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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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違和感

「無事か!お前たち」

「はい。なんとか」

 合流した赤本に、源はそう言って続けた。

「あの怪獣の足止めをしてくれて、ありがとうございます。おかげで航空支援を要請できた」

 それに赤本がやれやれといった感じで答える。

「正直、運が良かっただけだ。次からはもう少し慎重に行動してくれよ?」

「そうそう。間一髪すぎて気が気じゃなかったよ。だよね、白石ちゃん」

 諏訪部は白石に振った。白石は源を見ながら言った。

「……そうですね。もう少し、慎重になってもよかったと思います。結果的には最善の選択でしたが」

 もう2度と死にに行くような事をするな。そういう白石の視線が源に刺さる。

「気を付けます……」

 源は隣のカナを見てみる。カナは不満そうだったが、反論する気はなさそうだ。

「よし。では今より浄化作業を開始する。今回は諏訪部と緑屋も参加してくれ」

 赤本はそう言って2人を見る。

「もちろん」

「やっと新型装備を試せるな」

 そして班員たちは翼を広げて横たわる怪獣の死骸に登ると、その羽の上を歩き始めた。

『うわっ!この羽毛、脂でギトギトじゃないか……』

 神田は人間サイズの羽毛の上で思わず呟いた。

『恐らく撥水性を高める為に変異した産物だろうね。そのせいで、素体であるカラスの特性が失われているけど』

(でも、それは異常なことだ。今までの怪獣は素体の特性を活かすように変異していたのに、この怪獣はむしろ、その特性を殺しているように見える。なんというか、雑だ)

 諏訪部は1人、そう訝しんでいた。そして電柱のように突き刺さった神経毒ミサイルの目立つ背中を通り、まるで登山をするかのように怪獣の頭頂部へと到達した。そこで源はこちらに登ってくる2人に手を振った。

『諏訪部さん、緑屋さん早く!』

『ま、待ってくれよ。僕たち元は一般人なんだから』

『はあ、はあ。なんで白石はそっち側なんだ……』

 緑屋の問いに白石は困ったように答える。

『え?いや、なんでと言われても。部活が陸上部だったから、とか……』

 白石はそのお淑やかな見た目に反して体育会系であった。

(お茶会とか、そういう方が似合いそうだけど)

 源はそんな事を思ったが、もちろん言わなかった。

『これで全員集合したな。じゃあ俺の傍から離れてくれ。羽毛を切断する』

 赤本は腰に帯びていた術刀を抜くと、なんとそれを巨大な羽毛に突き刺した。羽毛とは言っても、その軸はペンとして使えるほどには硬い。その怪獣サイズでは、羽毛は毛のついた丸太のようなものであった。

(それを術刀一本で貫いたのか……)

『源、アカモトは本当に過程変異はしてないんだよな?』

 思わずカナは源に尋ねる。

『してないな。ただ、潜在の顕現とかなんとか、身体機能の強化を行ったらしい』

『へえ……。潜在の顕現、ね』

 カナは呟く。

『何か心当たりがあるのか?』

『まあな。お前はどうなんだよ』

 そう言われて源は考えてみたが、心当たりは無かった。

『いや、特に』

『ないのか?まさかそんな、いやでも……』

『カナ?』

 その時、赤本がバリバリと羽毛を折り曲げた。するとピンク色の地肌が露出した。

『諏訪部、体内ガスはどうだ?』

『まあ、許容値かな。緑屋は?』

『神経毒による筋肉硬直が厄介だ。赤本に任せるよ』

 それを聞いた赤本は頷くと、また術刀を振り上げて地肌に突き刺した。途端に真っ黒な血が周囲に飛び散る。赤本は返り血も顧みず、1メートル四方の正方形に切り進めていく。それが15分ほど続くと、切り裂かれた肉の山とともに、白い頭蓋骨が露わになった。

『中々上手くなったじゃないか、赤本』

『緑屋、パルスリングを』

 赤本はさっさとそう指示を出す。

『無視は傷つくぞ……』

 緑屋はしょんぼりしながらも、リュックから折り畳まれた円形のリングを取り出すと、それをピッタリと頭蓋骨にセットした。緑屋はそのまま立ち上がると、端末を操作する。すると、バコッという音と共にリングの内側の、分厚い骨が頭蓋の中に落下した。落下したのは、もちろん頭蓋の中が空洞だからである。さらに厳密に言うと、満たされていないのである。

『入るのは俺と源と白石だ。トラグカナイと神田は周囲の警戒を怠るなよ』

『了解です』

『チッ、了解』

 赤本は神田たちにそう指示をすると、頭蓋の中にロープを垂らしてゆっくりと降下した。やがて、グニャっとした気色の悪い感触と共に、頭蓋の内部に降り立った。そこには何本もの神経の束が繋がり、グロテスクに中央にぶら下がったコアがあった。赤本は慣れた様子でブレードメスを使い神経を削いでいく。最後にコアの下にエアクッションを敷き、コアのぶら下がった神経を切る。するとコアがクッションの上に落下した。これで準備は完了である。

『源、白石!降りてきてくれ』

『はい』

 呼ばれた2人は降りると、源が手袋を外した。

『え?』

 白石は咄嗟に言った。

『源君が浄化するんですか?担当は私のはずですけど』

 通常、浄化担当員はその負担を考慮し交代で業務を行う。

 それに赤本が答える。

『状況が状況だからな。この怪獣に細工が仕掛けられている可能性もある。というか、その可能性が高い。危険だ』

『で、でも!』

『万一白石がその仕掛けにかかったら、取り返しがつかない。白石をそんな目には遭われられない。だから俺が浄化するんだ』

 今度は源が言う。

『それは源君も同じじゃない!』

『落ち着け、白石。源は特別なんだ。アメリカでの経験もあるし、そして源に"大君"と呼ばれる過去があるのは、白石も知っているだろう』

 だが、白石は拳を握りしめる。

(それは過去の話だ。大君なんかじゃない。源君は、源君だ。変わってなんかないんだ)

 やがて白石は言った。

『……分かりました』

『すまんな、白石。俺もできれば源と代わってやりたいくらいなんだが』

『2人とも、心配しすぎですよ。俺は大丈夫です』

 源はそう言うとコアに触れる。赤本は源の首元に狙いを定めて術刀を構えた。

「ここは……」

 源は自身の深層意識で目が覚めた。が、何かがおかしい。

(なんというか、広い?)

 元々源の深層意識は、真っ平らな灰色の地面が延々と続くというものだった。だから視覚的な広さは元々分からない。それでも、

「なぜか、広く感じる……」

「それはトラグカナイがいないからだ」

 源はその声にハッとして振り返る。そこには、見覚えのある男が立っていた。

「久しぶりだな、大君」

「立川主任……」

 それは、かつて長崎の神獣協会の本部で出会った研究者だった。立川は言った。

「どうやら"細工"は上手く発動したようだ」

 源は少し距離を取る。

「細工?」

「君たちが言っていたんじゃないか。この怪獣に細工が仕掛けられている可能性がある、と」

(盗聴されていた?)

 源はそのまま立川の話を聞く。

「それで、なぜ君の深層意識が広いと感じるのかについて話しておこうか」

「………」

「昔君に言っただろう。"トラグカナイの及ぼす膨大なエラーは君の持つ広く深い深層意識を満たしきれず、それは半分に留まっている"とな。その元凶であるトラグカナイの意識が君から抜けた」

 立川は腰に手を当てる。

「もう見当はついただろう。そう、君の意識は元に戻った。元の広さに。ただそれだけさ」

「"ただそれだけ"を言うためにコアに細工を?」

 立川は嘘っぽく笑って言った。

「ははは、実はそうだと言ったら馬鹿にするかね。というのも、君の推測はほぼ当てはまっているのだよ。これ以上俺のやる事も無いんだ」

「なんだと…?」

 源は立川を睨む。

「そう警戒するな。俺はただ、君と会えれば良かったのだ。大君として覚醒した君とな」

「俺は大君なんかじゃない」

「ほう、それは面白い答えだ。もし殿下が聞いたら卒倒してしまうかもしれんな」

 源は立川に注意を向けながらコアを探していた。

(これ以上時間を使いたくない。この男、胡散臭すぎる)

 そして源は、立川の後ろに目をつけた。

「おや、どうした大君」

「そろそろ雑談も飽きたんだ。終わりにする」

「ふむ。そうか」

 その瞬間、源は走り出す。立川の横を通り過ぎ、宙に浮かぶコアを握りしめた。

「立川主任、他の怪獣にもこの細工はされているのか?」

「それに答えるほど楽観的じゃない」

 その答えを聞いた源は、コアを握りつぶした。

「さあ、どうなる?」

 そう立川の声が聞こえた気がした。

『起きたか、源』

 源は怪獣の頭蓋の中で目を覚ました。目の前には灰色になって割れたコアがある。

『異常は?』

 赤本が術刀を構えながら尋ねる。

『敵側の人間と深層意識で接触しました。ですが、これといった変化は見られません』

『……そうか。では撤退だ。すぐに移動するぞ』

 赤本はそう言って術刀を納める。そして源は、少し間を開けた答えた。

『……はい』

 そんな源に白石が尋ねた。

『源君、大丈夫?』

 源は答えた。

『なんでそんな事を聞くんだよ。俺は大丈夫だって』

『う、うん……』

 だが、白石は確かに感じていた。漠然とした違和感を。



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