東京中央基地
東京中央基地では、爆発音が響いていた。落下した怪獣によって地下の弾薬庫が押し潰されたのだろう。
(クソッ!弾薬庫が誘爆し始めてる)
「迂闊に近寄れない…!」
赤本はそう呟くと、怪獣を迂回するように基地内に入る。そして駐車場に車を停めると、赤本たちは術刀を持って基地の中を走り出した。
「中央棟で護衛部隊と合流する!」
赤本は基地内に響く警報音に負けないように声を張り上げる。このまま真っ直ぐに進むと中央棟がある。その時だった。巨大な鉤爪が、中央棟に併設された管制塔を鷲掴みにしたのだ。
「おい、あれ!」
「まさか、あの落ちてきたやつが…?」
基地隊員たちはその場から動けずにいた。赤本たちを除いて。
「源!あいつ生きてるんだよな!」
「はい!コアの反応があります!」
そしてズズンという音と共に地面が揺れる。怪獣に掴まれた管制塔が根本から折れて、中央棟の建物に落下させられたのだ。中央棟は一瞬にして瓦礫の山と化した。
「多分、護衛隊は……」
「チッ!この状況で、俺たちだけで移動するしかなくなったのか!」
そこに諏訪部がタブレット端末を見ながら言う。
「それよりも、さっさとあの怪獣を浄化しないとマズイよ」
「どういうことだ?」
諏訪部は画面を赤本たちに見せる。そこには怪獣のサーモグラフィーが映されていた。
「これは……」
「さっき撮った映像だ。あの怪獣、胃の中に人間がいる……」
「つまり、人を食ってるってことか?」
「そんな、ありえない……」
白石は口を塞ぐ。カナも、
「あくまで奴らの中身はラケドニア人だ。俺たちは人を食わねえ。それは、怪獣でも同じことだ。コアはそれを許さねえ」
源は、今まさに起きあがろうとしている怪獣を見ながら言う。
「多分、コアのプログラムが書き換えられてるんだ。アシュキルかレストアか、それとも別の誰かの手によって」
「兎にも角にも、早く浄化しないと、あの怪獣はまた人を食う可能性が高い」
諏訪部は言う。
「でも、私たちはあくまで、浄化の処理が専門の事後処理部隊です。怪獣退治なんて……」
周の発言に赤本も頷く。
「その通りだ。俺たちでは奴は倒せない。だからこの情報を自衛隊と一刻も早く共有する」
「この中央基地は機能を喪失しつつあります。知らせるって言っても、この基地の人間では……」
神田の問いに、源が答えた。
「自衛隊じゃない。通信設備なら、俺たちも持ってるだろ?」
源はそう言ってアンテナの付いた小さな装置を取り出す。
「源、冗談だろ?それはコア探知用の専用アンテナだぞ?」
緑屋は言う。だが、源はニヤリと笑って答えた。
「使うのはこの高感度アンテナだけですよ。いいですか、これを一○式装甲車の無線装置にくっつけるんです。このアンテナなら基地の通信設備を介さずに、直接司令部と連絡がとれる」
源の説明に、みな面食らった顔をする。カナを除いて。
「よし、なら俺とミナモトで格納庫まで走るぞ。アカモトたちは他の自衛隊員と協力して奴の気を引いてくれ」
そう言って源とカナは近くの格納庫まで走り出していた。
「あ、ああ。分かった」
(あいつ……)
赤本はその背中を見ながら答えた。
「源君、あんな感じだったっけ?」
諏訪部の言葉に緑屋も頷く。
「源の奴、まるで別人みたいだな」
そして白石は、源を見て胸に手を当てて呟いた。
「源くん……」
その頃、源とカナは格納庫の中に入り込むと、装甲車に乗り込んでいた。と、そこに数人の隊員が駆け寄ってくる。
「おい!そこで何をしている!」
「我々には構わず、あなたがたは早く撤退してください」
「何を言って……」
そう言いかけた隊員の前に、カナが立ちはだかる。
「怪獣特殊処理班の任務中だ。邪魔をしないでもらいたい」
「特殊処理班だと?死骸漁りが仕事の下っ端公務員が、ここで何をしている」
隊員たちは嘲るようにカナを見る。
「あ?」
(コイツら、特殊処理班の業務内容を知らねえのか。それに、この非常時にこんなところで水を売ってやがる……)
カナは隊員たちを睨みつける。そしてドスの効いた声で言った。
「聞こえなかったのか?我々は浄化任務遂行のため、この装甲車を利用している。これ以上の干渉は業務妨害と見なし、上層部に報告するぞ」
「はっはっはっは!ふざけた事を言う。業務妨害だと?上層部に報告?もっとマシな嘘をつけよ」
カナはそれを聞いて拳を固める。
「これ以上の妨害には、こちらも力ずくで対応せざるを得ない」
「やってみろ!少しでも俺に触れようものなら……」
その瞬間、隊員の顎を拳が掠める。その隊員は力無くその場に崩れた。
「な、え?」
「数秒すれば動けるようになる。おい、そいつを連れてさっさと失せろ、無能ども」
「は、はい!」
隊員たちは動けずにいた隊員を連れて格納庫をいそいそと出ていった。
「チッ、雑魚が」
カナはそう吐き捨てて拳を解く。
「ありがとな、カナ。俺、ああいう奴らの相手は苦手なんだよ」
「知ってる。昔から甘いんだよ、お前は」
カナはそう言って首を振る。
「そんな事を言って、カナも手加減してただろ?」
「それは……」
「いいじゃないか。そういう優しさはカナの美点だよ」
「………」
カナは何も言わずに源から顔を背ける。そして源は、ボンネットに載ったアンテナから伸びるケーブルを、車の無線に繋ぐ。
「……よし。後は赤本さん次第だな」
そう言って装甲車の無線を取ったその時だった。
『ゴアアアアア!』
そう耳をつんざくような鳴き声が聞こえたかと思うと、バリバリという音と共に、黒い巨大な何かが格納庫の屋根と壁を破壊しながら地面に倒れた。それは、赤本たちに任せていた怪獣だった。
「よし!次弾装填次第、目標怪獣の首を狙い砲撃!」
その頃、赤本は自衛隊員から借りた無線で、戦車にそう指示していた。
「すごい!怪獣相手に戦車一台でここまで!」
神田が驚く。
「昔、教わったんだ。怪獣の弱点は頭じゃなくて首ってな。充分な可動域を確保するために、首は防御が薄いかそもそも無いんだ」
「教わったってそれ、有坂隊長の事ですか?」
白石が尋ねる。
「そうだ。有坂さんの置き土産だよ」
そういう赤本は、少し悲しそうな顔をした。そして源は格納庫で、
「こちら東京中央基地!司令部、応答せよ!」
『こちら司令部、状況を報告せよ」
(繋がった!)
源は倒れる怪獣を横目に言う。
「怪獣一体が基地中央に落下。直下の弾薬庫が引火し、航空機格納庫が爆発。加えて怪獣の攻撃によって日米中央棟と管制塔が完全に破壊。通信設備も破壊。被害甚大です」
『了解。怪獣の生死はどうか』
「以前、健在。さらに、当該怪獣は人間を捕食している模様」
『なッ…!り、了解。戦闘機の派遣を要請する』
「了解、感謝する……」
(要請するだけじゃ間に合わない…!)
源は無線を切る。その時、カナが叫んだ。
「逃げろミナモト!」
「え?」
その声に源が運転席で顔を上げる。そこには、巨大な嘴が迫っていた。
「ッ……!」
源は間一髪で車から飛び出す。装甲車は怪獣の嘴に貫かれ地面に叩きつけられた。
「危なかった……」
「何ボサっとしてんだよ!早く逃げるぞ!」
源はカナに手を引かれて格納庫から逃げ出した。が、怪獣は体を起こして逃げる源たちをじっと観察していた。
「赤本さん、怪獣がこちらに全く意識を向けていません!」
「もしかして……」
赤本は呟く。それと同時に怪獣は巨大な翼を広げた。それによる突風で赤本たちはその場でよろける。
『グアッ!グアッ!』
怪獣は何か言葉を発するようにそう鳴くと、源たちの方に体を向けた。
「おいカナ!あの怪獣、明らかに俺たちを狙ってるぞ!」
「そりゃそうだ。なんせお前はギルガメシュで、俺はトラグカナイだからな!」
カナは投げやりにそう叫ぶ。怪獣は鉤爪でアスファルトを抉りながら、ゆっくりと源たちに近づき始めた。赤本たちの攻撃には見向きもしない。
「急げミナモト!奴の素体が鳥でも、大きすぎる体格差でじきに追いつかれる!」
「分かってる!」
だが、怪獣はさらに足を早める。次第に縮まる距離に、怪獣は首を伸ばし巨大な嘴を開けた。
(こいつ、俺たちも食う気だ!)
そして怪獣の嘴が2人に届きそうになった時、不意にキーンという甲高い音とともに、怪獣の背中にものすごいスピードで細長い針のようなものが突き刺さった。
『ググ……』
怪獣は声も発せずにその場に倒れ込む。源たちは肩で息をしながらそれを見上げた。そこには矢印のような形をした戦闘機が今まさにUターンしようとしていた。
(あの形状は、ライトホークか?)
「……そうか、あいつらか!富士大隊か!」
ライトホークのパイロットは、地面に倒れる怪獣を見ながら無線する。
『こちらレックスツー、目標の死亡を確認』
『了解。帰投せよ』
そしてパイロットは無線を切ると呟いた。
「また助けてやったぜ、源」
源はライトホークを眺めながらカナに言った。
「……まずは赤本さんたちと合流しよう。浄化作業だ」
「ああ。そうだな」
そして2人は、怪獣の死骸へと歩き始めた。




