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怪獣特殊処理班ミナモト  作者: kamino
第4章 汚染大陸
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新たな時代

 小雨の降る首相官邸の執務室では、神原総理と地球防衛省長官、長良が緊迫したムードの中、話し合いをしていた。

「これは好機です、総理。アメリカの影響力の弱まった今、強引にでも日本が主導権を握る一つの手段になる。中韓との関係強化はそういった意味合いを持ちます」

 長良はそう野心溢れる目で神原に訴えかける。だが、神原はそんな長良にため息をつく。

「どうやら、君は今を中世か何かと勘違いしているようだが、これは政略結婚とか秘密同盟とかいった類いの、野蛮な外交交渉ではないのだよ。相手はGDP4位のれっきとした先進国だ。乱暴な対応をすれば、こちらが被害を被る」

「なぜそうも慎重になるのです。先方の出した条件は非常に魅力的だ。大怪獣相当のコアを2基に、通常怪獣相当のコアを6基。対してこちら側からは、源王城とジレイド・ウル・トラグカナイの2人を"貸し出す"だけ」

「………」

 神原は険しい顔で腕を組む。

「総理も知っておられるでしょう。世界の新たな共通認識を」

「……もはや怪獣は脅威ではない」

「その通り。九州紛争とニューヨークは例外として、我々人類が怪獣に居住圏への侵入を許したことがありますか?

 電波灯台は依然として怪獣に対しては有力な防衛設備でありますし、自衛隊の防衛戦力は日本全土を十二分にカバーできます」

 長良はさらに畳み掛ける。

「総理、この機を逃せば日本は取り残されます。核抑止に変わる『怪獣抑止』の時代に。それは絶対に避けなければならない」

 一連の話を聞いた神原は、腕を組んだまま呟いた。

「……そう簡単な話ではない」

「今なんと?」

「君の見通しの甘さに対して言及しているのだ。今まで築いてきた防衛線は、今までに幾度となく崩壊の危機に瀕してきた。電波灯台という細く繊細な鉄の塔に囲われた人類居住圏は、あまりにも脆いのだ。内側に潜り込んだたった数体の怪人に風穴を開けられるほどな。それは今でも変わらん」

 神原はソファから立ち上がると、執務室の大きな窓の前に立つ。目の前には周囲を威圧するように地球防衛省省舎が聳えていた。

「あの地下には都民550万人を避難させる都市型シェルターがある。何層もの強化鋼板と防衛設備に守られた、いわば要塞だ。建設当時は世界一安全な場所とも呼ばれた。だが、2年前の九州紛争の最中に、たった1人の怪人によって突破されたのだ。我々の持つ防衛設備とはその程度のものだ」

 長良はソファから立ち上がると、こちらに背を向ける神原に鋭い視線を向ける。

「……とても、一国を任された首相の発言とは思えませんな」

 神原は、それを聞いて長良の方に振り向く。

「まだ分からないのか?君はリターンばかりを過大に注視し、そのリスクからは目を背けている。『もはや怪獣は脅威ではない』だと?バカバカしい。怪人に操られた怪獣はそれこそ十二分な脅威だ。電波灯台は管理室を占拠すれば極論、民間人でも無力化できる。そうなれば自衛隊基地も破壊される。そして……」

 神原は執務机から書類を手に取り、長良に渡す。

「管理元である春麗グループから譲渡されるコア計8基。これらの中身が細工されている可能性を君は考慮したか?」

「何を言い出すのかと思えば、それはこちらの第一に疑うことでしょう。無論、コアの状態は譲渡前に入念に確認します」

「どうやって」

「困りますねぇ総理。私は現場の人間ではないのでその質問にはお答えしかねます。ですが、地外研の狛江主任の提案した検査方法をつい先ほど書面で提出しました。そちらに目を通されれば疑問も解消されるかと」

 長良は一向に引き下がらない。神原は若干戸惑った。

(用意がいい。この男、私が好意的な反応をしないのを読んでいたな?とすると……)

「……関係省庁と自衛隊にはどう説明するつもりだ」

「あらかた了承を得ています。後は国会で承認されるかどうかと言うところでしょう」

(やはりか……)

 神原はまた険しい顔をする。

(この私でも今の今まで気づかなかった程だ。一体どれほど前から手を回していたのだ)

 その時、神原の脳内にある言葉が浮かぶ。そして神原は拳を握りしめる。

(秘密同盟……野蛮な男め)

「では私はこれで。大変有意義な時間でした。総理の意見を踏まえて、こちらで再検討させていただきます」

 長良は満足げにそう言うと執務室を後にする。神原はその背中を黙って見送るしかできなかった。

(出羽、俺だけではもう力不足のようだ。せめて、お前が残ってくれていれば……)

 神原はそう考えずにはいられないのだった。


 それから2日後、怪獣特殊処理班のオフィスでは、赤本と源が応接室の机に新装備を広げていた。

「これが怪獣の体内観測用の簡易X線モジュールで、こっちが頭蓋骨穿頭用のパルスリング。そしてこれがブレードメスです」

「へえ、これが」

 赤本はブレードメスを手に取って見る。

「スペック聞きます?」

「いや、いい。仕様書は目を通した」

 赤本はそう言いながらメスを握り込む。すると、ジャキッという軽快な音と共にブレードが出現した。

「癖はあるが、まあ使いやすそうだ」

 赤本はカナと同じ感想のようだった。そして源とも。

「繊細な操作が必要になる分、即応性が高いですよね。怪人との戦闘は大体が一瞬で決着がつく。そういった時にこういう得物があると便利だ」

 源はそう言いながらブレードメスを手で操る。

「……手慣れてるな」

「え?」

 源は手を止める。赤本は言った。

「いや、随分短刀の扱いが上手いなと思ってな。片手で持ち替える時、無意識でも刃を恐れてない」

「それは、まあ……」

 赤本はさらに、少し間を開けて尋ねた。

「……昔の記憶ってやつか?その、ギルガメシュの」

 源はそれを聞いてブレードメスを机に置く。

「そうですね。俺は戦士でしたから、武器の扱いは一通り習得してましたし」

 源は言葉を止める。そして気まずそうに言った。

「やっぱり、変ですかね?」

 赤本は首を振る。

「いや、気にしてない。俺の中でお前は誰でもない、源王城だ。みんなもそう思ってる」

「そう、ですかね……」

 2人の間に気まずい沈黙が流れる。その時、更衣室のドアがガチャリと開く。出てきたのは周だった。

「あ……」

 周は場の空気を感じて固まる。そしておずおずとした様子で聞いた。

「……あの、二人とも難しい顔をしてどうかしたんですか?」

 その問いに赤本と源は姿勢を崩す。

「別に、なんだ。大したことじゃない」

「そうそう。装備の確認をしてただけだから……」

 源は笑って誤魔化すが、周がなおも怪訝な顔をしているので、

「ところで、周さんは私服に着替えてどこへ?」

 と適当な話題を振る。それに周は少し恥ずかしそうに答える。

「えっと、トラグカナイさんが美味しい街中華を見つけたらしいので、その同行を……」

 どうやらカナに誘われたらしい。

(アイツ、もう周の事を妹だと思ってるんじゃないか?)

 源は内心呆れる。カナがなぜか周を可愛がるので、そのわけを聞いたところ、

『ウルに住んでた頃の、近所のガキに似てるから……』

 とのことだった。そういえば、昔からカナは子供には優しかった気がする。

「そうなんだ。気をつけて」

「はい!」

 周は元気よく返事をすると、オフィスを後にした。もう時刻は18時を回っている。

「俺たちもそろそろ上がりますか。残業ないでしょ?」

「ああ。もう終わってる」

「じゃあ飲みに行きません?明日休みだし」

 赤本は予定を確認するようにスマホを見ると、言った。

「そうだな。行くか」


 渋谷はいまやアジア一の観光地となっていた。その理由は第一次侵攻と第三次大戦の影響を受けずに、建築物がそっくりそのまま残っているからであった。超高層ビル群や、ホログラムの広告の浮かばない街並みは、いまや渋谷でしか見られない。

「多いですねぇ、観光客」

 源はスクランブル交差点を渡りながら言う。周囲にはスマホを掲げて動画を撮る観光客たちばかりである。

「一時期はアメリカからの観光客はほぼゼロだったしな」

 赤本もそう言う。センター街に入ってからもこの混雑は変わらなかった。飲食店もどこも満席である。だが、2人は穴場を知っていた。センター街の途中で曲がり、横道にそれる。その横道に並ぶ店の間に、細い道があった。さらにその道を進んでいくと、居酒屋『絹の道』に到着するのである。店内は適度に賑やかで、渋谷のとりとめのない喧騒は届かない。2人は時々ここで飲んでいた。

「生ビール2つと枝豆1つ。あと砂肝」

「好きですね、砂肝」

「東雲さんが好きだったんだ」

 2人はそんな会話をしながら雑談をする。

「それでカナはなんて言ったと思います?5回死ねって言ったんですよ?」

「ははは、やけに具体的な悪口だな。でも怪人をナンパする方も悪い」

「ですよね。それで……」

『提供されるコアは安全です。専門機関の厳正な検査の元、海岸線の各ポイントに配備されるのです』

 2人はテレビを見た。そこには、国会中継のニュース映像が映っていた。映像は切り替わり、アナウンサーは言う。

『このように、長良長官は中韓連合からのコア譲渡の安全性について与野党と答弁を交わしました。国会後の長良長官は……』

 映像が切り替わる。長良は自分を囲むマイクに向かって言った。

『概ね予想していた通りの結果になったのではないかと思います。今回でた懸念は全て、十分に解消できるものでありますし、国民の皆様に受け入れられるものだと私は考えています』

「源……」

 赤本は源を見る。すでにその顔から笑みは消えていた。そして源もまた、

「はい。分かってます」

(また、面倒なことになる)

 アナウンサーが言う。

『専門家はこれを受けて……』

 映像は切り替わり、大学教授が取材に答えていた。

『今回の外交交渉、どう見られますか?』

『国益に繋がる有意義なものであると考えます。第一次侵攻からすでに33年、すでに怪獣は脅威ではないと、各国はその認識を持ちつつあります。この交渉が成功すれば、日本は新たな時代の到来の先駆けとなるでしょう。それは世界の勢力図の変化だけでなく、日常化した災害のコントロールも意味するのです』

 源はそれを聞いて、

(怪獣は脅威ではない、か)

「……いくらなんでもナメすぎだ」

 そう呟くのだった。

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