おかえり
100話ありがとうございます
「お、早いな」
寮の食堂で、アーサーはスープを飲みながら言った。その相手は源である。
「荷造りが終わってなかったんだよ」
源はそう言って朝食Aセットのトレイをアーサーの向かいに置く。そして座ると手を合わせた。
「いただきます」
アーサーはそんな源をまじまじと見つめると言った。
「……お前、本当は今日が待ち切れなくて早起きしたろ」
「………」
源はトーストを食べる手を止めた。図星である。
「案外子供っぽいとこあるよな、ミナモト。リリーも似たようなことがあったけどよ」
源はそれに少し恥ずかしそうに答える。
「……もうこっちに来て一年だ。そろそろ帰りたくもなるだろ」
「でもシライシだっけ?そいつとはちょくちょく連絡とってんじゃねえのか?」
「そんな頻繁にやりとりするわけじゃないからな。それに、白石以外とはメールでも話してない」
「アカモトともか?」
源はその質問に、少し間を開けて答える。
「……忙しいんだ、赤本さんは。なんでも新設された対怪人部隊にいるらしい」
(そしてそれを、俺には教えてくれなかった)
源はそう考えると、思わずため息をついた。
(信頼されてないのかな、俺……)
そんな様子を見たアーサーは、黙って自分のトーストを源のトレイに置く。
「せっかく帰るんだろ。考えすぎんなよ」
「アーサー、お前……」
「礼はいらねえよ。俺はこのハンバーガーを食べる」
アーサーはポケットから潰れたチーズハンバーガーを取り出す。が、その後ろから手が伸びる。
「カロリーオーバーだ、アレク」
アーノルドはアーサーのハンバーガーを没収した。
「ちょっ!旦那!」
「駄目だ、没収する。……それよりもミナモト、ちょっといいか?」
そのままアーノルドに連れられて源は、MSB本部の大隊長室にいた。
「こんな朝っぱらからすまんな」
バレンタイン大隊長はそう言いながらコーヒーを啜る。また徹夜をしていたのだろう。ベイリン事件の後始末は、半年経った今でも続いているのだ。バレンタインは言う。
「今日で君の"貸出期間"も終わり、やっと日本に帰国できるわけだが、その前にこなさなければならない事が2つある。1つは日本へ帰還するに際しての雑務。そしてトラグカナイについてだ」
バレンタインはそう言うと、アーノルドに室外待機を命じた。そして2人きりになると言った。
「……正直、私は君が日本に戻るのには反対だ。無論、これは私の一意見でしかないのだが」
「反対、ですか……」
「ああ。知っての通り、この半年でアメリカの国威は半減した。賃金も雇用も半減。それなのに税率は腹ばい。今ではこのニューヨークにもホームレスが溢れ、道にはドラッグの臭いが常に漂っている。これではまるで、かつてのリーマンショックのようだ」
バレンタインは深く重い溜息を吐く。
「対怪獣、怪人の切り札となり得る君がいなくなれば、さらにアメリカの国際的立ち位置は苦しくなる。それはつまり……」
バレンタインはそこまで言いかけて、やめた。
「……とにかく、そう言うことだ。すまんな、こんな愚痴まで聞かせてしまって」
「いえ、心中お察しします……」
源はそれしか言えなかった。なぜなら、執務机の後ろの窓の外には、MSBの責任追及を求めるデモの一群が押し寄せていたからだ。すでにこれは1ヶ月続いている。
「……では、トラグカナイについての話をしよう。これが君にとっては1番重要だろう」
バレンタインはそう言うと、椅子に座り直す。そして手元の分厚い資料を見ながら言った。
「君も知っていると思うが、ベイリン事件以来、ジウスドラは月に一回、トラグカナイの脳波を測定していた。その計6回分のデータとその所見が送られてきたのだ」
バレンタインは資料の一部を取り上げて源に見せる。そこにはびっしりと書き込まれた何かの数値表が印刷されていた。
「安心したまえ。どうやら結果は良好。ベイリンと接触した事による精神汚染も見られなかった」
「それがトラグカナイについて、ですね?」
「ああ。勿体ぶった言い方をしたがな。だが一つ、ジウスドラはアメリカに残ってもらう」
源にも理由はおおよそ検討がつく。
「先程仰っていた"国際的立ち位置"ですか……」
「そうだ。電波灯台の発明者であるジウスドラがいれば、対怪獣防衛について他国をリードできる」
余裕のない選択だな、と源は思った。
(でも、今更どうすることもできない。切り替えないといけないんだ。過去の栄光は決して帰ってはこない)
源は姿勢を正すと、バレンタインに向き直った。
「大隊長殿、自分からも一つ宜しいでしょうか」
「……うむ」
源の改まった様子にバレンタインも襟を正す。そして源は言った。
「1年間、誠にありがとうございました。大隊長殿をはじめ、怪獣殲滅大隊の諸隊員の方々にも深く感謝申し上げます」
源はあえてそう口にした。源の出国は極秘である。おおっぴらに感謝の言葉を述べる事は出来ないのだ。
「源王城、今後とも自身の責務に邁進いたします」
バレンタインはその言葉に深く頷いた。
「地球の、人類の未来は君の手にかかっている。頼んだぞ」
「はっ!」
源は敬礼をした。それはかつての赤本のような、一寸の乱れもない綺麗な敬礼だった。
ケネディ国際空港のターミナル11では、一般の旅客に混じって源とカナ、アーサー達がいた。
「お忙しい中、すみません」
「何を言う、見送りくらいはするさ」
アーノルドは珍しい私服姿でそう言った。
「そうだぞミナモト。たったの一年でも、俺たちは何度も一緒に死にかけたんだ。もう仲間だろ」
アーサーもそう言って源の肩を組む。
「アーサーに同意だ。応援してるぜ、ミナモト」
カートマンもそう言う。
「僕も、ミナモトさんと仕事ができて良かったです。日本でも頑張ってください!」
リーはにこやかな笑顔で源と握手した。
「私からも、短い間だったけどありがとう。アーサーの事も助けてくれたしね」
リリーはそう言いながら、源に紙袋を渡す。
「それと、これシライシに渡して?」
「渡すって何を……」
源が中を見ると、どうやら有名ブランドの化粧品が数点入っていた。
「こんな高いもの…!」
「何言ってんのよ。アナタの彼女なんでしょ?シライシって。お土産の一つくらい無いとダメでしょう」
「はあ?」
リリーの発言にまず反応したのはカナだった。
「コイツに彼女なんて出来るわけねえだろ。そのシライシは彼女なんかじゃねえよ」
カナはそう言いつつ源を横目で睨む。
(なんで不機嫌なんだ……)
源はそう思いながらリリーに説明する。
「えっと、カナの言うとおり白石は俺の仕事仲間で……」
それを聞いたリリーは少し考えると答えた。
「……なるほどねえ。でも、渡しておきなさいよ。せっかくだし」
(コイツ……)
カナはリリーを睨む。が、当の本人は素知らぬ顔で化粧品の説明をしている。
「……ざっとこんな感じね。どう?私センス良くない?」
「お、なんだ?シライシへのお土産か?」
そこにアーサーが入ってくる。
「はー、随分高いの選んだなあ。源にも彼女がいたなんて……」
そこでカートマンが、後ろからアーサーの肩を掴んで引き離す。
「お前は一回黙っとけ」
カートマンはそう言ってアーサーに釘を刺す。カナの鋭い目線を察したのだろう。
やがてフライトの時間が迫る中、搭乗口の横で、アーノルドがあらためて源に言った。
「まあ何はともあれ、日本に戻っても頑張れよ。そして、機会があったらまた一緒に仕事をしよう」
アーノルドはそう言って源に右手を差し出した。源はその手を握り返すと答えた。
「はい。皆さん、お元気で」
そして源は荷物を抱えて搭乗口をくぐる。アーサー達は、源が見えなくなるまで手を振り続けていた。
(また、会えるといいな)
源はそう思いながら、飛行機の機内に乗り込むのだった。
成田国際空港に着いたのは、その日のお昼過ぎだった。飛行型怪獣を避けるように迂回した航路でも、12時間で太平洋は横断できるのだ。
「久しぶりだなあ、この感じ……」
源は空港の様子をまじまじと見ながらそう漏らした。そんな源をよそに、カナはさっさと先を歩く。
「待ち合わせは向かいの棟だろ。急げよ」
「お、おいカナ!」
源は慌ててその後を追う。
(さっきから機嫌悪いんだよなあ、カナ。なんと言うか、焦ってるっていうか……)
そんなことを考えているうちに、道の先に見覚えのある後ろ姿が映った。艶のある綺麗な黒髪、どことなく上品な佇まい。源はハッとした。
「……白石」
そう源が呟いたのと同じタイミングで、あちらも源の方に振り向く。そして、周りの目を引くその美人は、源の顔を見た途端とびきりの笑顔を作った。それはもちろん、白石であった。
「白石!久しぶり!」
源は大きく手を振る。
「源さん!」
白石もこちらに駆け寄ってくる。そして、
「……って、そちらの女性は誰ですか?」
白石はカナの姿を見た途端、みるみる表情を変え、源に疑り深い視線を向けた。
「ああ。ほら、前に書いただろ?こいつがカナだよ」
「トラグカナイ……さん」
白石はカナの顔をまじまじと見る。
「んだよ、見せもんじゃねえぞ」
カナはそんな白石にガンを飛ばす。それに白石は、一切怯むことなく答える。
「……いえ、美人だなぁと」
(私の次に)
「へえ。それはどうも」
(あからさまな嘘つきやがる。このアマ)
2人はお互いに睨み合う。源がその対処をしかねていると、こちらに声を掛ける人物がいた。
「あ!いたいた!久しぶり、源くん」
それは諏訪部だった。さらにアイスクリームを片手に持った緑屋と、そして神田がいた。
「諏訪部さん!緑屋さん!それに神田も!」
神田は源の肩を叩く。
「久しぶりだな、源」
「ああ、お前も元気そうで何よりだ」
源も答える。
「で、この状況か」
一方諏訪部は白石とカナを見て言う。
「……戦争って感じかな。あっと、アイスが垂れてるよ」
諏訪部は緑屋の服の袖を拭くと、白石の肩を叩いた。
「白石、一旦停戦。せっかく源君が帰ってきたんだから。そっちの君もそんなに殺気を向けないでね」
諏訪部は手慣れた様子で2人を引き離した。そしてみなを集合させる。
「さて、僕がメインみたいになっちゃってるけど、それもこれも赤本班長のせいなんだよね」
諏訪部はやれやれという感じでため息をつく。
「そういえば赤本さんがいませんね」
「別の仕事だ。源ももう知ってるんだろ?」
緑屋が言う。
「怪人退治、ですか……」
「それでもう2時間は遅刻してる。アイツが遅刻なんて、まったくどんな激務なんだろうね」
諏訪部は皮肉混じりに答える。
「とりあえず赤本さんとは東京で集合にしませんか?ここで待つのもアレですし……」
白石が提案したその時だった。
「源!」
そう聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、明らかに戦闘用の服を着た男がこちらに走ってきた。
「赤本さん!」
赤本はさっき脱いだであろう防弾チョッキを片手に、源たちに合流した。
「すまない。遅れてしまった……」
「まったく、しっかりしてくれよ?」
そう言う諏訪部に続いて白石も、
「もう東京に戻ろうとしてたんですからね」
と赤本に言った。そして源は、
「赤本さん……」
「本当に申し訳ない」
源が言うより早く、赤本はなんと頭を下げた。
「ちょっ、何を……」
「日本を離れる前のお前に、俺は怪人特務処理班のことを言わなかった。これはとても不誠実な行為だ。だからまずは謝罪させてほしい」
「不誠実だなんて、そんなこと思ってませんよ。それよりも、こうしてまた皆さんと会えただけで俺は満足です。だから、普段通りにしてください」
源の言葉に、赤本は顔をあげる。
「源…… お前、強くなったんだな」
「赤本さんこそ」
源はそう言うと笑った。それに赤本はつられて少し笑った。久しぶりの笑顔だった。そして言った。
「おかえり、源」




