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シャンティとお祭り(一)

 レオンと共に屋敷へと戻った時、案の定ノエル家の侍女が憤怒の表情で迫って来た。これは間違いなく鞭で打たれるくらいじゃ済まされない。


「お嬢様!! 勝手に出掛けるなど、ノエル家に泥を塗るおつもりですか!!?? これは奥様に報告させて頂きますからね!!!!」


 此方へ来なさいと強引にシャンティを連れて行こうとするが、それをレオンが止めた。

「待ってください、夫人。私が彼女を視察に誘ったのです。あなたはちょうど休憩中だと聞き、伝えておくようにと使用人に言っておいたのですが。……我が伯爵家の使用人に不手際があったようで」

 シャンティを庇うようにレオンが立ち塞がり、真摯に話をした。市場からの帰りにも思ったが、これはやっぱり私を庇ってくれてると、シャンティの顔が熱くなる。

「……二度と、そのような事をないように、しっかりと使用人を躾けて下さいませ!」

 金切り声を上げて、侍女は屋敷へと戻って行く。ホッと息を吐いたシャンティは、レオンの背中に向かってお礼を言った。

「別に、こちらがいきなり誘ったから、気にしなくていい。……君、部屋にいる間、何をしてるんだ。刺繍か?」

 なんでそんなに、この人は刺繍をさせたがるのだろうかと、シャンティは顔を引き攣らせた。何か刺繍してほしいものでもあるのかしらと思いつつ、マナーのお勉強とだけ答える。

「そう、そうか。……祭りが終わったら、少し話す時間をとってほしい」

 レオンは振り向かずに言い、去っていってしまう。その姿を見て、シャンティは祭りって何と首を傾げたのだった。



「もうすぐ収穫を祝う祭りがあるのですよ」


 ノエル家の侍女がまだ眠っている早朝にシャンティは部屋を抜け出し、ネーバルを捕まえてお祭りについて訊ねた。

 すると毎年この時期に、規模の大きな祭りをこの街で行うのだと教えてくれた。

「元々は税を納めに来た近隣の村人の為に、領主がスープを振る舞ったというのが始まりです」

 なのでお祭りの一番のメインは、広場に設置された巨大な鍋で作られるスープなのだそうだ。

「どんなスープを作るの?」

「それは当日のお楽しみです、お嬢様。というか私も、どんな具材が入れられるのか知りません」

 街や村の人々が納める農作物や畜産物が無造作に入れられて、スープが作られるのだという。


「スープの味を決める料理人に選ばれるのは、この街では誉れです。その特別なスープを、皆で分け合って食べ、冬を越える為の活力にするのですよ」


 祭りでは市場がさらに賑わって、誰もが長く厳しい冬の前に、歌って踊り楽しいひと時を過ごすのだとネーバルが言った。それは何とも楽しそうだわとシャンティは目を輝かせる。

「私もそのスープ食べたいわ」

「誰でも広場に行けば食べられますから、お嬢様もぜひご参加下さい。このクレーナッツ領での催しを、少しずつ知っていってほしいと思います。長く続く伝統というものは、重く面倒なものもありますが、ずっと続いてほしいと思う楽しい事もあるのですよ」

 ネーバルは目を細めて優しく微笑みながら、子供の頃はこの祭りが楽しみで仕方ありませんでしたと言った。

「何せ一年で一番、腹一杯食べられる日ですからね」

「ふふふ、それはすごく大事で素敵な日だわ」

「そう言って頂けると、きっとレオンさまも喜びますよ。何せ今年は、レオンさまが領主となり始めてのお祭りですから。とても張り切ってらっしゃいます」

 レオンが執務室に篭り忙しくしているのは、その祭りの準備に勤しんでいるからだそう。

 市場にはセウィ族だけでなく、王都からも商人がやってきて様々な露店が開かれる。それだけでなく、今年はレオンが公国から劇団を呼び寄せる予定なのだそうだ。

「まあ公国の!? 私も観た事があるけど、歌って踊ってすごく素敵なのよね。お祭りで観られるなんて! みんなぜひ観たほうが良いわ」

 シャンティは有名な劇である『ココ・ベネローマ夫人』を観た事がある。公国に実在した悪女の一生を、色艶やかな衣装と歌で表現した素晴らしいものだった。あの感激を同じように味わって欲しいと思う。


「お嬢様はそう思うのですか」


 何とも含みのある言い方だった為、シャンティは首を傾げながら何かあるのと訊ねた。するとネーバルが、一部の者から不満が出ているのだと教えてくれた。

「屋敷で働く者の中で、休みが取れないと嘆くものが」

「あら、そうなの。じゃあその日のお給料は少し多めにしたらどうかしら。それにお屋敷に居るのは、最低限の人数にしちゃえば良いのよ。私もレオンさまも、小さな子供じゃないのだから、食事は市場でとればいいし、疲れちゃったら何か買って持ち帰って食べれば良いだけだもの」

 一日くらい掃除をしなくたって死ぬわけじゃない。もし誰か貴族を招くのなら問題があるかもしれないが、ネーバルの話では特にないそうだ。

「ご親戚の方々は、領内の街の代官を務めていらっしゃいますので。その街での祭りを執り仕切っておりますから、こちらに来られる事はありません」

「それなら問題ないじゃない。うーん、レオンさまが一人で起きられないとか、着替えとか出来ないっていうなら、私がお世話しとくわ。一応これでも、妻になるのだし」

 ネーバルはシャンティをじっと見つめた後で、お嬢様のご意見を参考にさせて頂きますと、恭しくお辞儀をして去っていった。

 その姿を見てシャンティは、また何か間違っちゃったのかしらと、一人肩を竦めたのだった。


 それから数日程すると、ノエル家の侍女が苛々とした様子でシャンティの部屋へとやってきた。普段の淑女がどうたらとか、優雅さがどうたらとか、そう言ったことを投げ捨てて、荒々しく扉を開きズカズカと足音を立ててシャンティへと近付いてくる。

「これだから田舎は嫌いなのよ! 野蛮な催しをするのに、屋敷の使用人を減らすだなんて、なんて事」

 金切り声で叫ばないで欲しいとシャンティは思ったが、下手に刺激すると鞭が飛んでくるであろう事は予想出来たので、口に出すのはやめておいた。

 侍女はシャンティの持ってきた旅行鞄を取り出すと、勝手に引き出しを開け荷物を詰めていく。それを見たシャンティは、いきなりの事に驚き制止の声を上げた。

「ちょっと、何してるのよ!? 人の物を勝手に触らないでちょうだい」

「お黙りなさい! これからしばらく、保養地のホテル暮らしになるのです! その準備をして差し上げてるのですわ、お嬢様」

「はあ!? 何言ってるのよ、気でもくる……いっ!」

 訳がわからないと呆れるシャンティの手を、侍女の鞭が掠めた。血走った目でシャンティを睨み付け、そうして使用人もいない屋敷にお嬢様を置いてはおけませんからと、まったく心配の色をまぜない声色で言った。

「ここから半日ほど行ったところに、温泉の湧く保養地があるそうです。そこのホテルにしばらく宿泊する事に致しましょう。野蛮な催しが終わるまでの間は、そちらにいましょう。ねえ、お嬢様の為ですもの、ねえ」

 侍女の言葉を聞いて、シャンティは理解した。

 どうやら以前シャンティが言ったように、お祭りの日は最低限の使用人でお屋敷を回すようなのだ。そしてそれが、このノエル家から来た侍女には我慢ならなかったらしい。

 シャンティを部屋に押し込めて、この侍女はクレーナッツ領主の屋敷の使用人を好き勝手に扱き使っている。侍女は別に貴族でもなんでもないのに、ノエル家で重宝されてたから自分も貴族と同等だと勘違いしているのかもしれない。

 シャンティは呆れたが、しかしこの侍女と保養地のホテルになど行きたくない。

「貴方ひとりで行けば良いじゃない。ゆっくりしてきたらどう?」

「私は、貴方のような不出来な娘の監督を、奥様から任されているのです! 目を離せる訳がないでしょう」

 金切り声で怒鳴りつけられたシャンティは、侍女に乱暴に腕を掴まれて、部屋から出された。

 そしてそのまま引き摺られるようにして屋敷を出た所で、侍女は再び怒りの声を上げた。

「何ですか、この馬車はどこにあるのですか? それになぜ、こんな野蛮な連中が伯爵家の敷地にいるのです!!??」

 屋敷の前で待機していたのは、セウィ族の男性で、馬車はなくシピに鞍らしきものがつけられていた。シピに乗っていくのかしらと、シャンティがちょっとだけワクワクしている横で、侍女がネーバルに詰め寄った。

「保養地に向けての道は、既に雪が積もり始めているのです。馬では少々危険が伴うかと思いまして。栄えあるノエル家の皆さまを安全に送り届けるには、雪山や岩山を駆ける事の出来るシピが最適かと……」

 侍女が行こうとしている保養地は、この街より北西の、ちょっとした山の中腹にあるとネーバルは言った。

 保養地のホテルは、裕福層がバカンスを楽しむ為に行くので、交通の便はそれなりに整っている。街道だって整備されているから、いくら山の中腹だからといって、馬車で行けない場所ではないだろう。

 一応シャンティも、クレーナッツ領ではないがそういった保養地のホテルで過ごした事があるので、ネーバルの言葉を素直に受け取れない。だが傍らの侍女は、ネーバルの言葉を信じてしまっているようで、頭を抱えていた。

 貧乏なノエル家の侍女が、保養地のホテルなんて行った事ないでしょうしねと、シャンティはネーバルを見た。

 これはネーバルによる、ちょっとした嫌がらせというか、足止め工作に違いない。

 まあ一応、シャンティはクレーナッツ伯爵夫人となる為に、領地の事を知らなければならないのだから、こういったお祭りを避けるのは有り得ないだろう。

 上手い事考えたわねと思いつつネーバルを見ると、侍女に気付かれないようにシャンティに向かって笑みを返してくれた。やっぱりシャンティの思った通りのようだ。

 そうしているうちに、屋敷の門から何台もの馬車が入って来る。

「な、何事です!?」

「申し訳ありません、本日は祭りの日の為に、公国からお招きした劇団の皆様が、領主さまとお会いになる約束がありまして」

「そ、そんなの……、きゃあああああっ!!???」

 王都や貴族の住む屋敷周辺は、石畳になっている事が多いのだけれど、クレーナッツのお屋敷や街は、土を踏み固められて整地されているだけだった。そして雨が降ると所々に泥濘が出来ている。

 そして本日の朝方まで雨が降っていたわけで、劇団の馬車が泥濘を通った瞬間、泥水を跳ね上げそれが思い切り侍女へと降り注いだのである。

 その場にいたシャンティやネーバルにも掛かったが、一番の被害は侍女だった。しかも侍女の叫び声に、シピが驚き体を揺らす。その巨体が侍女に当たり、横へと吹き飛んで地面へと倒れたのだった。

「なんて事だ、誰か、人を!」

 慌てたネーバルの声に、使用人達がやってきて侍女を屋敷へと運んで行く。とんだ騒ぎに、劇団員も慌てて馬車から降りてきて、座長らしき男性もネーバルについていってしまった。

 取り残されたシャンティは、天罰がくだったんだわと思いながら、舌を出して見送っていると、おずおずとセウィ族の男性に声を掛けられた。

「あの、……奥さま。大変な失礼を致しました」

 奥さまと言われて誰の事かと思ったが、そういえば私がクレーナッツ伯爵夫人だったわねと、忘れかけていた事実を思い出す。普段の扱いが扱いなので、仕方のない事だけれど。

「こ、この、お詫びは……」

「別に、気にしなくたっていいわ。シピだって、あの侍女の声にびっくりしただけでしょ。むしろ驚かせてごめんなさいって感じよね。とはいえ、このままここに居たら、面倒ごとになるかもしれないわ。だから帰って良いわよ。侍女が何か言ってきたら、知らぬ存ぜぬで通しちゃいなさいな」

 セウィ族の男性は目を丸くしているが、シャンティは良いからと言って男性を帰らせた。何とも言い難い表情を浮かべていたが、どうしてだろうと思って、そういえば手間賃を払っていなかった事に思い当たる。

 まあ後でネーバルに言って払ってもらうか、ロロナナあたりにお願いして渡して貰えば良いだろう。そんなことを考えていると、シャンティと同じく取り残されていた劇団員の一人が話しかけてきた。


「あの、奥さまは、ずいぶんとお優しいのですね」

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