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シャンティとお友達

 食事をご馳走してくれるとは、なんとも運が良いと、シャンティの足取りは軽かった。可愛くしていると人から親切にしてもらえるという母からの教えは、間違いではないようだ。

 ロロナナの後をついて行くと、市場の奥まった場所に、炊事場があった。そこでは何人ものセウィ族の女性が、子供をあやしたり、おしゃべりしながら鍋に火を掛けていた。

「村から遠い、ここで何日か寝泊まりする。前の領主さまが、つくってくれた」

 詳しく聞くと、セウィ族の村は山の中に点在しているらしい。ロロナナは三日ほどこの街で石を売り、村へと帰って三日過ごすというのを繰り返しているそうだ。

「そんなに市場で儲かるの?」

「石飾りは、たまにしか売れない。けど、遠くの街からの商人、石たくさん、買いとる」

 それを売りに来るのだとロロナナは言った。市場で見た宝石は、間違いなく本物だった。なら遠くの街とは、王都あたりなのだろうとシャンティは思う。

 王都ではとんでもなく豪華な衣装や飾りが流行っているから、買い手がいるのだろう。

「村で、私の父、兄弟、石掘ってる。兄嫁が夜に、飾り作ってる」

「へえ、そうなんだ。器用なのね」

「兄嫁、家の仕事もある、忙しい。だからロロナナ、売りに来てる」

 なるほど家族で色々と仕事を受け持っているのかと、シャンティは感心しながら頷く。するとロロナナは、首を傾げながら口を開く。

「王国の人、妻を働かすロロナナの兄、貧しい男、言う」

「そうなの?」

「家族を養えない、貧しい、みっともない。ロロナナの母、シピの世話する。狩りも、たまにする。肉を捌く、それ言うと王国の人、いつも驚く。野蛮だと言う。おかしいと言う」

 何ともまあ酷い言い草だとシャンティは呆れた。家族を養うお金を稼ぐのが、夫の仕事だと誰が決めたのだろうか。

「別に王都でだって、商会とかなら家族全員で働くのは、割と普通だったりするわ。働かない事こそが美徳だとかいうのは、一部の世間知らずなお貴族様くらいよ」

 その一部の世間知らずなお貴族様というのが、ノエル家だったりするのだけれど。

 シャンティの言葉に、ロロナナは瞬きを何度かしてから、そうして笑った。

「みんな、家族のため、自分のため、何かしたい。それだけ」

「そうね、それだけの事なのにね」

 誰かのために何かをしたいという気持ちのありようなのだ。そこでおかしいだの何だの言う方が、何だかおかしい気がする。

 まあそんなシャンティの考え方は、ノエル家からしてみればおかしいのかもしれないけれど。

 そんなふうにロロナナと話をしていると、赤ん坊を抱いた女性が近付いてきた。料理をするから見ていてくれと赤子を手渡されたロロナナが、じっとシャンティを見る。

「シャンティも、お世話、して」

 赤ん坊だなんて抱っこした事ないと焦るシャンティに、ロロナナは大丈夫だと笑いながら抱き方を教えてくれた。

 シャンティの抱き方が悪いのか、むずがり泣き出したが、ロロナナが抱くとすぐに笑顔になった。経験の差よねと思いながらも、笑う赤ん坊に釣られてシャンティも笑みを浮かべる。

「可愛いわねぇ」

「……領主さまと結婚した。シャンティも子供、産む」

「ああ、それねぇ」

 白い結婚宣言をされているから、子供を産むのは不可能だ。そもそもここ数日、二人っきりになった事すらないというか、挨拶すら交わしてないのだから、問題しかない。

 呻き声まじりのため息を吐いたシャンティに、ロロナナは気遣わしげに言った。

「シャンティ、領主さま、うまくいってない?」

「あー、うまくいくとかそういうの以前の問題かしら」

 ロロナナはシャンティの言葉に首を傾げた。

「結婚したら、夫と話す。いっぱい、話す。そうしろと、母が教えてくれた。セウィ族の結婚、親が決める、多い。だから、お互い知る為、話す。シャンティも、親が決めた、結婚した。領主さま、嫌?」

「そうねぇ、嫌かどうかっていってもねぇ」

 言い淀むシャンティに、ロロナナはますます不可解そうな表情を浮かべる。

 一応、レオンと仲良くなろうと努力はした。全部失敗というか、何も始められていないのだけど。

「なら話す、たくさん」

「そうしてみたいけど、向こうが全然会ってくれないのよ。執務室に閉じこもってて、顔すら見てないわ」

 執務室へ行っても、中に入ることすら叶わない。

 初日に対面した時に、ほぼ一方的に話してきただけの相手を、気に食わないときめつけるのはあまり良い事じゃない。直感で気に食わないと感じる人種はいるが、しかしレオンは少なくとも夫なのだから、もう少し顔を突き合わせて話し合うべきだろう。

「忙しいなら、手紙、書く?」

「……果たして読んでくれるかしらね。まあもう少し、何か考えてみるわ」

 考えても何も思い浮かばないのだけれど、いざという時は窓から侵入してみようかしらと、シャンティは令嬢としてはありえないことを考えていたのだけれど。

 ロロナナに赤ん坊を預けた女性が、料理が出来たと器に盛ってくれる。美味しそうな匂いに食欲が刺激され、シャンティは待ちきれないとばかりに指を組んでソワソワと動かした。

「シャンティ、これ、どうぞ」

 ロロナナが温かなスープが入った器を、シャンティへと差し出す。それを笑顔で受け取るが、シャンティの手を見たロロナナの顔が曇った。

「え、受け取っちゃダメだった?」

「いい、それは構わない。…シャンティ、虐められてる?」

 ロロナナはシャンティの掌を見て、痛ましそうに言った。

「ああこれ、嫉妬よ嫉妬。嫌になっちゃうわ」

 スープには豆と骨付きの肉が入っており、それを嬉々として食べながら、シャンティはノエル家の侍女について、ロロナナに愚痴を漏らす。屋敷の人間には言えないので、ここで思う存分言っておこう。


「……ってわけで、相手にされない苛立ちってやつを、可愛い私にぶつけてくるのよね。本当に嫌になっちゃうわ。だいたい考え方が古臭いっていうか、固すぎるっていうか、時代遅れも良いとこだわ」


 侍女の言い分はこうだ。

『爵位を持つ夫の妻が、朝早く起きてあれやこれやと仕事をするのは、とてもはしたなく女として不出来であると言って回っているのと同じです。

 夫を立てて陰で支え、子供を産み育てる事こそ、立派な妻としての役割なのです。自分が何をしたかではありません。すべては夫の為、夫の利益になるように動きなさい』


 妻である女性は慎ましやかに、決して前に出る事はないようになさいと、侍女は繰り返しシャンティに言い聞かせてきた。

「別に前に出ようが後にいようが、結婚相手を尊重して、お互いに支え合うってのが一番だと思うのよ、私は」

「そう」

「別に昔の考えを否定するわけじゃないわよ。ただ私には合わないだけ。真っ向から否定しないで譲歩してあげてるんだから、あっちだって譲歩すべきなのよ」

「うん」

「私だって好きで来た訳じゃないのに。何もするな、部屋に居て刺繍でもしてろですって。私のことをなんだと思ってるのかしら」

 スープの器が空になっても、シャンティの愚痴は止まらない。ロロナナはそれを頷いて聞いてくれたので、さらに気持ちが良くなってシャンティはペラペラと喋り続けた。

「シャンティ、刺繍、きらい?」

「嫌いっていうか、出来なくはないけど、趣味ってわけじゃないわ。ロロナナは刺繍好きなの?」

「セウィ族の娘、刺繍出来て、一人前」

「まあ、そうなの。それじゃロロナナが着ている服の刺繍も、自分でやったの?」

「これは、ロロナナの母、つくった」

「王都で流行ってるのとは違うけど、これはコレで色鮮やかで素敵だわ」

「ありがと」

 セウィ族は母から娘へ、家庭ごとに伝わる紋様の刺繍を伝えるのが慣習なのだそうだ。代々受け継がれていく紋様なのねと、ロロナナの着ている服を改めて見ながら、そういえば自分は母親から刺繍などの手解きを受けた事がなかったなと思い返す。

 ママから教わったのは、人から親切にしてもらう為の笑顔の作り方と人から気に入られるおしゃべりの仕方くらいだろうか。

 シャンティのママらしいと言えば、ママらしい。

 そんなママに父はベタ惚れで、ママもまた父にベタ惚れだった。出来る事ならばやっぱりシャンティも、両親のような仲睦まじい夫婦生活をしたいわけで。

 ぼんやりと思いを馳せていたシャンティに、ロロナナが問いかけた。

「……シャンティは、ここ、嫌い?」

 じっと、ロロナナの瞳がシャンティを見詰めている。その真剣な眼差しに、シャンティはしっかりと考えてから答えた。

「嫌い、ではないと思うわ」

 王都とは違って田舎過ぎて娯楽は少ないけれど、絶対に嫌という場所ではない。

「嫌なのは、私の意志を無視して此処に連れて来たノエル家よ。まったく、嫌になっちゃうわ。ここが嫌いかどうかでいえば、そうでもないわ」

 それにと、シャンティは言葉を続ける。

「だってロロナナっていうお友達が出来たし、レオンさまは顔だけは格好良いじゃない」

「そう」

「ママが言うには、人って最終的に中身ですって。でもやっぱり、格好良い顔は格好良い顔で、良いと思うのよ」

「……そう」

「ちょっと肌が浅黒くて、輝くシルバーブロンドでしょ。もうそこだけでさぁ、かなり点数高いと思うの。王都で美しき貴公子図録っていうの売ってるんだけど、それに載っててもおかしくない顔立ちだわ。図録って若い子にめちゃくちゃ人気で、私も友達に頼んで譲ってもらってやっと手に入れたのよねぇ」

 そういえばと、シャンティは気付いた。目の前のロロナナもそうだが、セウィ族は皆、浅黒い肌に銀髪だ。時折違う髪の色の者もいるが、大半が同じである。王国の人間では珍しいので、このセウィ族の特徴なのだろうか。


「あ、ねえ、レオンさまって」


「私がどうかしたか?」


 気になったことを聞こうとした瞬間、ここには居ないはずの男の声が聞こえてきた。驚いて振り返れば、そこには数日前に会ったきりのレオンが居た。


「屋敷から居なくなったとネーバルが慌てて報告に来たから、攫われたのかと思ったが……」


「あ、あはは、え、えーっと、ちょっとお昼ご飯を食べに出てきただけ。ごめんなさい?」

 勝手に抜け出してきたのは事実であり、行き先を告げずに出掛けたシャンティが悪いのは間違いない。怒っているのかしらと見上げれば、レオンは眉間に皺を寄せ不機嫌そのものの表情だった。

「領主さま、お嬢さまを昼食に誘ったのは、私…」

「ごめんなさい! 勝手に抜け出したりして……。そこは本当に私が悪かったわ。で、でも、その、出掛ける時ってやっぱり、貴方に許可をもらった方が良いのかしら。使用人の人達に会いたいって伝えても、執務で忙しいから無理ですってしか言われなくって」

 最後は言い訳がましくなってしまったが、それらは全て事実であった。初日に案内してくれたネーバルはノエル家の侍女から目の敵にされている。その所為なのか、ネーバルはレオンに付きっきりのようである。

 そしてネーバル以外の使用人達はシャンティに冷たい。何かをお願いしようにも、忙しいからと言ってあまり相手にしてもらえないのだ。

「……その手は」

「えっ? あ、これ、……あー、なんでもない、かしら」

 ロロナナに侍女について愚痴りはしたものの、それをレオンに告げる気はなかった。下手に事が大きくなって、ノエル家に伝わってしまったら、さらに大問題が起こりかねない。

 シャンティは後ろ手にして傷を隠すと、不安げにレオンを見上げた。先程よりも更に険しい顔になっており、これは激怒してるのかしらと青褪める。

「……まあいい、帰るぞ。私と、視察に出ていたと侍女には言っておけ」

「え、は、はい」

 ロロナナにお礼を言ってレオンの後ろをついていく。

 これは屋敷に帰ったらお説教くらいですめば良いわと肩を落としたが、少し歩いてから、もしかしてもしかしなくとも、勝手に出掛けた事を庇ってくれようとしているのかしらと気付き、シャンティは一人もぞもぞと体を動かした。

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