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シャンティと吹雪の中で

 屋敷の外は吹雪だった。

 街には人影がなく、窓や出入り口は固く閉ざされていて、助けを求められるような雰囲気ではない。それにジェイクやシェリーロワ公爵達が、シャンティ親子を助けるなと触れ回っている可能性もある。


「パパ、パパ、大丈夫!?」

「ゴホッ、……私はいいから、お前だけでも……」

「いいから黙って! ちょっと待っててね、パパ」


 シャンティはドレスの裾を持ち上げると、すぐ近くにあるセウィ族が使う炊事場へと走った。そこに積まれた木箱をどかすと、古ぼけたそりが出てくる。力付くで引っ張り出して、引きずりながら父の元へと戻った。

「パパ、これに乗ってちょうだい」

「しかしシャンティ……」

「いいから、早く!」

 そりには厚手の毛布が載せてあったので、シャンティはそれを父の上にかけた。そしてドレスの裾をたくしあげると、内側に縫い付けてあるポケットから、懐炉を取り出し父に渡すと、そりにロープをかけ引っ張って歩き出した。

 ノエル家の侍女の様子がおかしかったから、いざというときは逃げ出せるよう色々と準備をしていたのだ。ただまさか、こんな悪天候なときに防寒具もなしに父を連れてくるだなんて、思ってもいなかった。ここから逃げた後で、ノエル家に乗り込んで父を助ければいいという目論見が外れたと、シャンティは唇を噛む。

 先ほどのアンジュとシェリーロワ公爵の様子を見ていると、二人は恋仲とかそういうのだと思った。ノエル伯爵夫人が再婚を解消したというから、金銭的な援助もしている可能性がある。騙されたことにして、さりげなくクレーナッツ伯爵との婚姻も帳消しにしていた。


 ごちゃごちゃいっていたが、つまりはアンジュがクレーナッツ伯爵よりも条件が良い男を見つけたから、乗り換えたって事でしかない。


 多分クレーナッツ家がノエル家に出した支度金も、シェリーロワ公爵が返金するだろう。シャンティのパパの財産は没収されたままだというのに。

 理不尽さに思い出しても腹が立つが、シャンティのママは貴族とはそういう生き物なのよと言っていた。だから理不尽な目に遭った時は、仕方ないって思いなさいと。


 それからママは。


「待ってくれ!!」


 吹雪の中、ありえない声が聞こえてきて、シャンティは思わず振り返った。そこにはレオンが馬に乗って駆けつけてきていたのだ。

「レオンさま!?」

「君が、ドレス姿のままで出ていったと……! 何を考えているんだ!? このままでは君も、君の父親も凍えて死んでしまうじゃないか!!」

 これをと、レオンが毛皮のコートを差し出した。シャンティはそれを受け取ると、そりに横たわる父へとかける。レオンがどうしてと悲痛な目で見てくるので、シャンティは片目を瞑り、大丈夫なのよと笑って見せた。

 そうしておもむろに、シャンティはドレスの腰の部分についているリボンをとく。


「えっ、ちょっ……っ!?」


 開いたドレスの裾の内側には、シピの毛皮が縫い付けてあった。上下が分けて作られているので、下の部分を羽織ると、防寒用のケープとなる。

 好きなようにドレスを縫ってもらえと言われたから、ロロナナにお願いしたのだ。面倒すぎると文句を言われたけれども、最終的には引き受けてくれた。しかもドロワーズの下地にも毛皮が縫い付けられていて、ロロナナには感謝する以外ない。

 ちなみにコルセットの内側には、細長くカットされたシピの毛皮をサラシのように巻き付けてあるし、ヒールの入った靴はそりに隠しておいた毛皮付き雪原用の靴と交換してあった。靴はセウィ族伝統のシピの骨と皮を編んで作られているものである。

「なんとなくね、こうなることは予想してたから、防寒対策はバッチリなのよ。使用人の人たち、大丈夫だった?」

「……まったく君は、……聡明な人だな」

「あら、やっとわかってくれた?」

「いいや、知ってたよ」

 レオンが顔を歪ませながらも笑う。

「それでもあまり長い時間吹雪の中にいるのはまずい。行く当てがあるのか?」

「前、レオンさまと一緒に過ごした小屋があるでしょう。とりあえずあそこへ。森の中なら、風もしのげるはずだし」

「わかった、行こう」

 レオンは馬にそりと繋がっているロープをくくりつけると、手綱を引いて歩き始めた。一緒に行くのと少し驚き、瞬きを繰り返してから、シャンティはその背中を追った。


 小屋の中は無人で冷え切っていたが、雪と風は入ってこない。シャンティは父を横にすると、床に敷いてある布を持ち上げ、取り外せるようになっている蓋を持ち上げた。そこから大きな鍋や火おこし道具を取り出すと、炉に火をつけたのだった。さらには外に出て鍋に雪を入れ、煮出していく。

「…………なんだか、やけに手慣れてないか?」

「この小屋、セウィ族の人達も使うことがあるんですって。だから道具がどこにあるか教えてもらったのよ。パパ、ちょっと痛いけど我慢してね」

 沸かしたお湯をバケツに入れ、そこに父の足を浸した。苦悶の声が上がったが、シャンティは構わず両足をいれた。

「ねえ、ところでレオンさまは、ここにいて大丈夫なの?」

「大丈夫かどうかは、屋敷に戻ってみないと分からないな。……君が、吹雪の中追い出されたと聞いて、気が付いたら馬に乗っていた」

「レオンさまにしては、めずらしいわね」

「そうかな?」

「ええ、何事も慎重に調べて計画して、予想外の事が起きたら混乱して固まるタイプじゃない?」

「私のことをそんなふうにみてたのか!?」

 肯定すると、レオンはまいったなとぼやいた。けれどもそこに、怒りや嫌悪などは微塵もまじっていない。灯りに照らされたエメラルドの瞳が、熱を帯びているような気がした。

「それにしても、屋敷にいる時よりも喋るんだな」

「これがふつうなの。だって一応貴族令嬢としてきてたから、お淑やかにしなきゃって思って」

「…………あれで?」

「何よ、失礼しちゃうわね。おしゃべりな女はきらい?」

「いや、その、私はあまり面白い話ができないから。……君が楽しそうに話すのを見るのは、とても好ましく思う」

「ありがとう。……ねえ、レオンさま」

 会話が終わり、シャンティは静かにレオンの名前を呼んだ。そうして視線が絡み合い、口をひらこうとした瞬間、小屋の扉が乱暴に開かれた。


「クソッタレな雪だな、畜生め! おい本当にここなんだろうな!? 間違ってたらただじゃおかねえぞ!!」


 乱暴な言動にレオンが身構えるが、シャンティは入ってきた人物を見るなり目を輝かせた。帽子とコートが雪まみれになっており、悪態をつきながら男は葉巻を咥え、そうして中にいるシャンティを見た。


「伯父さま、きてくれたのね!」


 飛びついたシャンティを抱き抱えると、凶悪な顔立ちの男が口元を歪ませて破顔した。

「おいおいおい、可愛い姪っ子のお願い事だぜ。来ないわけにはいかないだろ」

「お、伯父?」

「そうよ、私の伯父様。パパのお兄ちゃま」

「おう、俺はフロラン商会の会長をやってるガルロってもんだ。よろしく頼むぜ。まったくよ、お前らが土地を買いに行ったって話は聞いたが、そこから行方がわかんなくなっちまったから、てっきり死んだと思ってたぜ。そしたらアフガが再婚しただなんて、この世で最も有り得ねえ話が聞こえてくるしで……」

 ガルロが寝かされているシャンティの父アフガの姿を見て、眉を寄せた。

「それで、これか。何があった?」

 シャンティはノエル領で起こった事から、クレーナッツ家へ来るまでの事、そして夜会で起きた事を掻い摘んで話した。アンジュから聞いていた話とは違うと、レオンが驚いている。

「わ、私が聞いた話と全然違う……」

「そりゃあアンジュは、ノエル伯爵夫人の言葉しか信じてないもの。彼女からしたら、それが真実だったんでしょ」

「それにしたって、ひどい話だ。君と君の父親は、ただの被害者じゃないか」

 レオンはシャンティの話をちゃんと信じてくれたようだ。なんだかそれがとても嬉しいと、シャンティは頬を染めた。顔に手を当ててもぞもぞと体を動かしていると、伯父からのなんとも言えない視線に気付く。シャンティはこほんとわざとらしく咳払いをしてから、伯父にちゃんと手紙が届いて良かったと言った。

「手紙、……いつの間に?」

 レオンの質問に、ガルロはコートの内側から木の枝を取り出す。それはロロナナがハオエンにと書いた手紙につけたベネの木の枝だった。シャンティはそれに、端的な数字を彫っておいた。といっても、普通ならただ枝にキズがあるくらいにしか思わないだろう。ベネの木の枝を巻いた切布に、ロロナナにとある符号を刺繍してもらってあった。

 それは一流とは認められていない流れの劇団なら、喉から欲しがるもの。『ココ・ベネローマ夫人』の上演許可証ともなるものだ。それを然るべき場所に提出する事で、正式な台本が送られてくるのだ。さらには舞台や衣装制作の協力まで得られる。

 どうやらハオエンは正しくベネの樹の枝と符号の意味を理解して、『ココ・ベネローマ夫人』の権利を管理しているフロラン商会に、大急ぎで届けてくれたようだった。

「符号のほかに、可愛い姪っ子お気に入りのリボン、それから数字ときたら、間違いなく金儲けの匂いだ」

 ほらよと言って、シャンティに冊子を渡してきた。それから何枚かの書類も。

「劇の台本と王都の劇場の使用許可証だ。それから支度金の小切手。契約書もろもろ。それで、これは何と交換なんだ?」

「それはもちろん、セウィ族との直接交渉の機会よ。クレーナッツ伯爵の立ち合いのもとでのね」

 シャンティが片目をつぶって笑みを向けるとともに、外にいた護衛の一人が小屋の中に入ってきた。

「頭! 客人が来たぜ!」

「うるせぇ! 人前じゃ会長と呼べっつってんだろうが! ……すまねえな、どうにも気の利かねえ野郎が多くてよ」

 怒鳴った後で、扉から入ってきた人々に向かって、ガルロが謝罪の言葉を述べる。そこにいたのは、ロロナナとセウィ族の男性達だった。

「ロロナナ、父と兄、連れてきた。集落の長、それと跡取り」

 セウィ族の男性たちは険しい表情を浮かべていたが、小屋の中にレオンがいることに気付き、少しだけ安心した様子を見せた。

「今日ここに来たのは、あんたらと直接契約がしたくて来たんだ。なにせよ、そこにいる奴らが随分と舐めたまねをしたようで」

 ガルロは顎をしゃくって、扉付近に立つ護衛を促した。すると扉が開かれ、外には数人の護衛に取り囲まれて跪いている男が二人。そのうちの一人は、セウィ族の村に来ていた商人だった。

「俺んとこの金、チョロまかしたんだってな。俺は経費は出し惜しみしねえ。だがそれを勝手に懐に入れられるのは、許せねえなあ」

 その言葉に、シャンティはさすが伯父さまだわと感心した。伯父は父とは違い、お金儲けに関してとても厳しい人だったので、セウィ族の買付金額がおかしいのを指摘すれば、すぐさま飛んでくるだろうと思ったのだ。シャンティがいるおかげで、そのセウィ族との直接交渉の機会も設けられたのだから。

「き、君の伯父上は……」

「ちょっと顔のこわい人たちが集まってるけど、ごく普通の商会の会長さんよ。それよりもレオンさま、しっかりして。セウィ族と伯父さまの契約、不正がないように取り付けるわよ! 上手くいけば、フロラン商会の職人が在住するってことで、山を荒らされないように色々とできるわ」

「あ、ああ」

 そうしてクレーナッツ伯爵のもと、セウィ族とフロラン商会は、宝石の採掘と加工、販売において専属的な契約を結ぶことになった。セウィ族は宝石の売値が上がり、フロラン商会は余計な中間がなくなったので、掛かる経費が減った。そしてレオンは、クレーナッツ領に新たな産業を招いたこととなる。

「はははは、やっぱり可愛い姪っ子だな! お前の行くところには、金の匂いがする!!」

「伯父さまのそういうところ、大好きよ!」

「俺もお前のそういうところが好きだぜ!!!」

 伯父と姪は顔を見合わせると、声を上げて笑ったのだった。

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