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シャンティと新しい出会い

 シャンティは深くため息を吐き、窓の外の雄大なカルホルモカ山脈を眺めたのだった。


「大丈夫ですか、お嬢様」


 窓の外を見詰めたまま歩みを止めたシャンティに、ネーバルが心配そうに声を掛けてきた。


「え、ああ、大丈夫よ。馬車で長い時間移動してきたから、少し疲れちゃっただけ。それにしてもこの街、城壁に取り囲まれているのね。王都とかではこういう造りなんて見ないから、すごく新鮮だわ」


 考え事をすると黙り込んでしまうのは、シャンティの悪い癖だった。普段はどうでも良い事を喋り続けるくせにと、そんな嫌味を良く言われている。

 シャンティの言葉に、ネーバルは目を瞬かせてから、そういうものでしょうかと言った。

「そういうものよ」

 片目を瞑ってネーバルをみれば、口髭を撫でながら、何やら考え込んでいる様子だった。

 そうして城壁に興味があるのでしたらと前置きして、屋敷の中だけではなく外も案内しようかと提案してきた。

「まあ、お願いするわ!」

「この領主の屋敷は、街を取り囲む城壁の一部なのですよ」

 ネーバルと共に外へと出ると、石で出来た城壁に連なり、領主の屋敷があった。街全体が、巨大な石砦のようなものになってるようだ。

「城壁にはパイプが通してあり、領主の屋敷にある大きな炉に繋がっています。冬の間はずっと薪を燃やし続け、街全体を温める暖房となるのですよ」

「凄いわねぇ」

「寒すぎると人は動けなくなりますので、先々代の領主さまが改築なされました。とはいえ平和なご時世ですので、現在は使用されていない場所が大部分です。屋敷への門の横には、昔使われていた鍛錬場や武器庫がありますよ」

 そこには遥か昔に王家から賜った剣や盾を保管していると言われ、シャンティは凄いわと素直に感心した。

「へえ、王家からそういうものを貰えるの? どういった伝承があるのかしら? 私も見れる? 王都の方じゃ絶対みれないものばかり、色々と教えてちょうだい」

「お嬢様の趣味に合いますでしょうか?」

「趣味じゃなくとも、遥々クレーナッツ領に来たのよ。普段見れないものを、いっぱい見ておくべきじゃないかしら」

「なるほど。……それならば、鍛錬場などもご案内致しましょう」

「良いわね! さっそく行きましょう」

 夫となったレオンは少々気難しそうだけど、執事ネーバルは話しやすくて親切だと感じていたので、腕を組んで意気揚々と歩きだしたのだった。


 鍛錬場跡地や武器庫の物珍しい品々は、シャンティの好奇心を大いに満たし、とても楽しく過ごせた。

 やっぱり見学をお願いして正解だったわと、シャンティは一人微笑む。なにせここには、ノエル家の侍女がいない。彼女の性格からして、淑女がそのような場所に足を踏み入れるのははしたないだなんて言って憚らないだろう。

 シャンティはそんな侍女の事が大嫌いである。侍女だってシャンティの事が大嫌いなのだから、お互い様だ。

 一緒に居たくない人物とは、なるべく離れて距離を空けるべきだ。気が合わない人間と、何の利点もないのにわざわざ付き合わなくっちゃいけないだなんて、我慢ならないわとシャンティは思っていたからだ。


 自由で開放的な時間を過ごしたシャンティがネーバルと共に外へと出ると、屋敷の正面にある通りに、大きな荷物を乗せた馬とは違う生き物を引いて歩く独特の衣装を纏っている集団を見掛けた。


 馬よりも毛が長い、牛とはまた違う不思議な生き物。


「何かしら、あの不思議な生き物」

 わからない事があったら、わかる人に聞くのが一番と思っているシャンティは、隣のネーバルに訊ねた。

「……あれは、山脈に生息するシピを家畜として飼育したものです。野生のものより毛が長く体が丸く見えるのが特徴ですね」

「へえ、何だか可愛らしい見た目ね。ぬいぐるみとかにして売れば、欲しがる人が居そうだわ」

 私も欲しいしとシャンティが言うと、ネーバルは目を瞬かせていた。ぬいぐるみを欲しがるような年頃に見えなかったかしらと、シャンティは首を傾げる。


「お嬢様はセウィ族に対して、何か思う事はないのですか?」


 ぬいぐるみの事じゃなかったようだ。

 聞き慣れない言葉に、シャンティはセウィ族ってなんだっけと必死に記憶を辿った。たしか山の方に住んでる部族だっただろうか。

 シャンティの住んでるモーラ連合王国は、建国時から王都周辺に住んでいたモーラ人が大半を占めている。シャンティもモーラ人だ。

 その他に、長い歴史の中で後から併合された少数民族とか小国の人々が居て、そのうちカルホルモカ山脈に住む民族をセウィ族と呼んでいた筈。

 モーラ人の中には、その後から併合されモーラ連合王国に入ってきた人々を、王国民と認めない考えの人間が一定数いるのだ。併合した時に王様が国民と認めたのに、一体何が気に食わないのだろうかと、シャンティは不思議でしかない。

 モーラ人とは違う習慣や見た目だから野蛮という意見が大半だった気がするが、それは些か短絡すぎるわと呆れてしまう。

 それにシャンティは王都で暮らしていたので、セウィ族と関わりがない。それ故にそういう人達がいるのねくらいの感覚しか持たず、差別する気もなければ偏見もなかった。

 

「セウィ族って、街にも遊びに来たりするのね。まあ山の中ばっかりじゃ、飽きちゃうものね」

「いえ、彼らは商売に来ているのですが」

「あらそうなの? 何を売ってるのかしら。見に行きましょうよ。美味しいお菓子が売ってれば良いのだけれど」

 ネーバルを促して案内させた先は、街の中心部にある市場だった。そこにはセウィ族や行商人が入り混じって様々な店が並んでいる。

 シャンティはなんて楽しそうな場所なのと、興味が惹かれたものへ次々と露店を見て回っていく。

 特に目を引いたのは、石を加工して作ったであろうセウィ族の少女が店番をしていたアクセサリー店だった。


「…色とりどりの石が沢山あるなんて、とっても素敵だわ。私はエメラルドが特に好きなの。そういえばレオン様の目の色も、エメラルドみたいで綺麗だったわね」


 シャンティの父の目の色はルビーのようで、母はその瞳を見詰めながらうっとりと「私の可愛いルビーちゃん」なんて言っていたのを思い出す。

 シャンティは私もいつか、レオンの事を「私の美しいエメラルド」なんて、歯が浮くような事を言うのかしらと首を傾げた。恋に浮かれた自分を想像しようとして、まったく出来ずシャンティは眉を寄せる。

 まあそういう事を言うか言わないかは、これからのレオンとの仲次第ではある。しかし仲が深まるかどうか、あの様子を見る限り前途多難だ。

 しかしそれなりの時間を一緒に過ごすのだ。仲が悪いよりは良い方が良いのだから色々と頑張ろうと意気込み、シャンティはせっかくだからと緑色の石を嵌め込んだイヤリングを買うことにした。

「あ、でも、そういえば私、お金を持ってなかったんだわ」

「お嬢様、お支払いは伯爵家が致しますよ」

「そうなの、それじゃお願いね。でも、悪いから後でちゃんとお金返すわね」

 何か言いたげなネーバルに対し、シャンティはイヤリングを身に付けてご満悦だった。店番の少女からも似合うといわれ、ますます気を良くしたところだったというのに。


「何をしているのですか!? このような野蛮な連中と話をするだなんて……!!」


 ノエル家から来た侍女が血相を変えてやってきたのだ。そしてシャンティの腕を引っ張り、セウィ族の少女から無理やり引き離した。

「ちょっと、痛いじゃない」

「私は貴方が、ノエル家の令嬢としておかしな行動をしない為に居るのですよ。この事を奥様がお知りになったらどうなるか、よくお考えになって下さい」

 目を吊り上げた侍女に詰め寄られたシャンティは、納得いかなかったが謝る事にした。物凄く不本意ではあるが。

「申し訳ございません。私がお嬢様に町の案内をと連れ出したのが悪いのです」

「執事ならば行動を諌めてこそでしょう! ……ああそういえば、貴方はそこの野蛮人達と同じ生まれでしたわね。王国民の真似をしているようですが、性根は変わらぬのでしょう。出来る事ならばこんな野蛮な田舎などに……」

 侍女の言葉を聞き流していたシャンティだったが、だんだんとその矛先がネーバルに向いていく。しかも侮辱しているので、ついに我慢できず声を上げた。


「ちょっと待ちなさいよ! そういうのってどうなの。セウィ族とモーラ人になんの違いがあるっていうのよ。この人達だって、王国民じゃない。王様がこの国に住まう者すべてが王国の民として不等に虐げられる事なきようって、即位した時宣言したの忘れちゃったのかしら!?」


 多分忘れちゃったのだろうなと、シャンティは思った。

 なにせノエル家というのは、頭の悪い連中の集まりだからだ。そんな家で働く使用人だって、間違いなく頭が悪いに決まってる。

 そんなシャンティの物言いに、侍女は目を吊り上げ、手を上げた。頬でも打たれるのかと思ったが、それだったら叩き返してやるわと受けて立つつもりで踏ん反り返るシャンティに、侍女は金切り声を上げた。


 そして手が振り下ろされる瞬間、シャンティは怯む事なく侍女を睨みつけていたのだが。


 結局のところ、シャンティは殴られなかった。


 侍女とシャンティが揉めているのに気付いたレオンが、走ってきて間に入ったのだ。そして怒る侍女の腕をレオンが掴んでいた。


「主人を諌めるにしても、些かやりすぎではないか」


 いつの間にきたのだろうか。

 驚いてレオンを見上げていると、緑色の瞳がシャンティを射抜いた。


「……君も少し言い過ぎだ。だが私の執事を庇ってくれてありがとう」


 不機嫌な顔しか見てなかったシャンティは、この時レオンがほんの少しだけ微笑んだ事に気が付いた。

 その顔がまるで砂糖を溶かしたミルクみたいで、何とも甘い痺れをシャンティにもたらす。

 だからシャンティは、侍女がレオンの手を振り払って屋敷に戻って行ったのも、それを焦ったレオンが追いかけて行っても、呆けたままだった。


「あらら、あらら、私ってば」


 頬が熱くなっているのがわかる。

 先程、恋をした自分の姿など想像できないなんて思っていたのに、これとは。


「……惚れっぽ過ぎる」

「やっぱりそう思う?」


 頬を染めるシャンティに対し、やや呆れた様子の店番の少女の言葉が突き刺さったのだった。


 とはいえ、まだこれは恋と決まったわけではない。


「ほんのちょっと、格好良いかもなんて、思っちゃっただけだもの」

「………」


 少女の視線に対し、シャンティは片目を瞑って素知らぬ顔で通した。

「お嬢様、お屋敷に戻らない?」

「戻った方がいいわよね、やっぱり」

 なんだか忘れられているけれども、ここで戻らなかったらますます面倒な事になりそうである。

 大きくため息を吐いたシャンティは、肩を竦めた。

「それにしても、ノエル家の侍女が失礼な事を言って申し訳なかったわね。ごめんなさい」

 一応、あの侍女はシャンティの連れである。非礼を詫びるのは当たり前の事なので、シャンティは少女に謝った。すると少女はほんの少しだけ目を見開いていた。

 その瞳はレオンと同じエメラルドのような透き通った美しい色で、シャンティを見つめていた。

「私、ロロナナ。数日おきに石、売りにくる」

 ロロナナと名乗った少女に、そういえば名乗ってなかった事に気付いた。

「そうなのね。私はシャンティ、宜しくね」

「シャンティ? ……うん、よろしく。シャンティはセウィ族の私と、よろしくするのか」

 訝しげに見上げてくるロロナナに、シャンティは片目を瞑り、腰に手を当てて言った。

「だって貴方、私の事可愛いって褒めたじゃない。そういう事言ってくれる人は、私のお友達決定。優しくしまくりよ」

「……シャンティ、なんか変。目を瞑ってどうした。痛い?」

「……ママから教わったとっておきのポーズなのに」

 父を一目で魅了したという母直伝の、片目を瞑り指先を唇に当てるという仕草は、ロロナナには効かないようだった。まあロロナナは女の子だし仕方ないかと思う事にする。

「シャンティは、領主さまの奥さま?」

「そういう事になるわねぇ、書類上では。誰からも歓迎されてないけど」

「……ロロナナは、シャンティを歓迎する」

「あら、ありがとう」

 嬉しいわと素直に笑うと、ロロナナもまた少しあってから笑ったのだった。

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