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シャンティと秘密

 レオン・クレーナッツ伯爵と政略結婚したのは、王都の名門貴族の娘アンジュ・ノエルである。

 なのでレオンは、アンジュという娘が嫁いできたのだと思っている。もちろん、クレーナッツ家の人々もだ。


 しかしながらシャンティは、家名など持ち合わせてもない平民である。もちろんノエル家の令嬢ではないし、レオンと結婚したアンジュ・ノエルでもなかった。


 シャンティは王都で暮らしていた商人の娘で、そこそこ裕福な家で不自由なく愛されて育った。

 将来の夢はパパのような素敵な男性と結婚する事と、世界一のビスケット屋さんになることで、それが叶う事を信じてやまない幸せな日々を送っていた。

 そんなシャンティが十二歳になった頃、愛するママが流行病で亡くなってしまった。深く悲しい思いをしたが、けれどもいつまでも悲しんでいられないと、父子二人で手を取り合って商売に精を出す事にしたのだ。

 両親は女の子だからとあれやこれやと制限したりせず、やりたい事はなんでもやらせてくれるという教育方針だった。その恩恵を受けたシャンティは、読み書きや計算は出来たし、馬や馬車を操ることも、貴族の社交の場に行くこともあったし、さらには商談の場に行くこともあった。


 そうして父の商いの手伝いをして数年。


 帝国から輸入された綿花栽培に商機を見出して、うまく波に乗り儲けを出した。

 その儲けで、王都より少し離れた場所に土地を買い、工場を建てて新たな商売の手を広げようとしていた時に、とんでもない不運に巻き込まれてしまったのである。


 それが今回のこれ。

 ノエル家の娘アンジュだというとんでもない嘘をついて、レオンの妻としてクレーナッツ領に送り込まれる茶番の登場人物になってしまったというわけだ。


 正直に思ってる事を言えば、自分は何一つ悪くない。

 けれども貴族というものは理不尽な生き物であるからして、最後には力を持たない者が犠牲になるのだ。


 そもそもだ。


 本来ならばレオンの妻となるべくこのクレーナッツ領へと来る筈だった、アンジュ・ノエルはシャンティと同い年の娘だ。シャンティは会話らしい会話などした事ないので、どういう性格の持ち主かはしらないが、何も教えられていないお嬢様だという事は知っていた。


 そのアンジュお嬢様が、ようやく取り付けてきた縁談の相手であるクレーナッツ伯爵のもとへ嫁ぎたくないと言い出したのだ。絶対に嫌だと癇癪を起こしてどうにもならなくなって、ノエル伯爵夫人はシャンティを代役に仕立てたというわけである。


 アンジュお嬢様がいきたくない理由。


 それはクレーナッツ伯爵領が王国の北側にある山脈の麓にあるとっても田舎で、冬の間は王都との行き来がほぼ出来なくなる場所なのだ。そのため、結婚して領地に行くと、王都の学校をやめなけばならないと聞いて、絶対に行かないと言い張り部屋に閉じこもったわけである。

 領主の妻として暮らす為には、実情を見てもらう為にどうしても一度領地で冬を越してほしいとのクレーナッツ家の要望だったのだけど、学校を卒業してからじゃなきゃ嫌だと拒否した。


「私の学んでいる事は、将来的に王国の方々の役に立つものです! それを理解しようとしない方と結婚など、絶対に無理ですわ!!」


 それを学ぶために通っている学校に掛かるお金とか、お屋敷で暮らしている日々の生活費とか、借金の利息とか、それらひっくるめて諸々をクレーナッツ伯爵から贈られた支度金が使われているのを知らないらしい。

 お金って、勝手に湧き出てくるもんじゃないのにねと、シャンティはアンジュの叫びを聞いて呆れた。

 学ぶことは確かに大事だけれども、ノエル家の娘としてもっとやる事があるんじゃないのかと思ったのだ。何せノエル家の領地は、アンジュの将来的に役立つ学びが生かせるほど、維持できそうなものではなかったのだ。


 何せノエル領、とんでもなくヤバい土地だったのだから。


 ノエル伯爵が亡くなり、伯爵夫人が代理領主をしているという話は知っていた。その土地が相場より安く売り出されていたのは、伯爵が生前残していた借金を精算する為だとも聞いていた。だからまあそういうものだろうと思って、シャンティと父は購入を決めたのである。


 それがいけなかった。人生最大の失敗と言っても良い。


 王都で土地の権利書や金銭の手続きを済ませ、工場を建てる土地の下見に、父と二人でノエル領へと行ってみるとだ。

 廃墟かとおもわんばかりの農村に、痩せ細り座り込んでいる浮浪児。寝そべって動かない老人と見間違うほど疲れ果てた青年。

 王都の阿片窟近くのスラムでさえ、ここまで酷くはないんじゃないかなと顔を引き攣らせた。

 工場を建てる人足を現地で調達しようなんて考えずに、この時点で工場建設など諦めて帰った方が良かったのだ。

 廃墟と変わらぬ農村で唖然としていると、すぐさまノエル家の私兵らしき男達に囲まれ、暴力をチラつかせて無理やり領主の屋敷へと連れて行かれた。

 これが王都なら、人の目がある為そこまでまずい事にはならない。だがここはノエル領で、父とシャンティ以外に味方などいなかったのだ。王都から近いから身軽に親子二人で行動などしなければ良かったと、後悔ばかりが募る。


 そして連れて行かれた領主の屋敷にて牢屋に押し込められ、父は再婚の書類にサインをする事となってしまったのだ。

 父は母を愛しており、病没した後も再婚などせず、たった一人の娘であるシャンティに惜しみ無い愛を与えてくれていた。だからシャンティに危害を加えると脅された父は、伯爵夫人の言葉に従うしかなかったのである。

 理不尽にも、父の持つ資産、綿花栽培の権利など諸々を、ノエル伯爵夫人は夫婦になったのだからという理由で奪った。


「私は貴方の父親に無理やり手籠めにされ、脅され、嫌々ながら再婚をしました。どうか娘のアンジュだけには酷い事をしないでと懇願し、ならばその代わり平民の娘を養女にするよう言われ、仕方なくその話を呑むことにした。そういう事です」


 何がそういう事なのか、シャンティはノエル伯爵夫人を睨む。

 父は牢屋に入れられたまま、シャンティだけが屋敷の一室へ連れてこられ、護衛や侍女達の冷たい視線に晒されながら、そんな馬鹿みたいな話をされたのである。


「貴方は我儘なアンジュの義姉。クレーナッツ伯爵との婚約を羨ましがり、アンジュではなく自分が結婚するのと言い張りなさい」


 心の底から馬鹿じゃないのという顔をするシャンティを、ノエル家の侍女がなんなのその目はと平手打ちしてきた。

「五日後、うちで夜会を開きます。そこで盛大にそうやって騒ぎなさい」

「そんなの私がやるわけないじゃない、何なのよそれ」

「私がやれと言ったらやるのです。口答えは許しません。私を煩わせるのなら、あの醜い化け物のような父親を、別に生かしておかなくても良いのですよ」

 父の命を盾にされると、シャンティとていうことを聞くしかない。父がシャンティを大事に思うように、シャンティだって父の事を大事に思っているのだから。

 父が自分の事は気にせず機会があったら逃げなさいと言ったとしても、シャンティは見捨てる事が出来なかった。


 夜会まで屋敷の一室に軟禁され、わけもわからず着せられたドレスと慣れない靴を履いて、シャンティは貴族達が集まった夜会へと連れて行かれた。

 周りから礼儀すらしらぬ勘違いの平民がという嘲笑が聞こえてきた。

 望んできた場所ではないので、そういう嘲笑は聞きながせば良いだけだ。我慢ならないのはシャンティの父の事を死の商人と言い、阿漕な事をして未亡人を手籠にした悪人だという話で盛り上がっていた事だ。


 シャンティの父は、可愛いものが大好きで、刺繍や編み物を趣味とし、何よりビスケット作りが得意な素敵なパパなのだ。

 死の商人なんてものには程遠い人物である。

 確かに父は、そりゃあもう恐ろしい顔立ちをしている。青白い不健康そうな肌、薄い頭髪、落ち窪んだ眼光は鋭く、鷲鼻で、さらには歯が茶色く鋭く尖っている。背中は湾曲し、ところどころに瘤もあった。

 一般的に醜いとされる部類に入る容姿だが、父ほど心優しく可愛らしい人はいないと母は言い、シャンティもそう思っている。


 父の見た目だけで判断している連中に、一言くらい文句を言ってやりたくて堪らなかったのだ。

 だがそれはピッタリと張り付いているノエル家の侍女によって阻止されている。事あるごとに「お嬢様」なんて言い、背中や腕の見えないところを抓り、伯爵夫人が望む言動を強要するのだ。


 身の程知らずの平民上がり。

 頭の悪い愚かな勘違い女。


 それが夜会でシャンティに付けられた、新たな蔑称だった。


 だいたい普通に考えて、貴族に対してわがままを通せる平民がいるわけないじゃないのよと、シャンティは辟易した。

 多分だけど、ノエル伯爵夫人に起きた不幸な出来事が、貴族にとっては面白おかしい話のネタにしか過ぎないのだろう。ノエル伯爵夫人に本気で同情している人間なんていやしないのだ。そしてノエル伯爵夫人もそれを承知で、己に降り掛かった不幸を堪える振りをしている。

 どうやらノエル伯爵夫人は、少し前から自身に関する噂を意図的に流していたようだ。己の身に起きた不幸を嘆き、同情を誘い、何も知らぬ優しい方を見繕っていたようである。

 その中にクレーナッツ伯爵の関係者がいて、それならばと婚姻を申し込んだらしい。それなりの支度金と共にだ。

 けれども娘のアンジュが結婚に頷かず、困り果てていたところにちょうど良いタイミングで、シャンティと父がノエル領にやってきたものだから、計画に引き込んだのである。


 それとなく流した不幸な噂を真実とする為に。

 

 頭のおかしい人の周りには、頭のおかしい人が集まるのねと、シャンティは盛大に呆れた。

 そういう事ばかりやってるから、最近は厳格な身分制度なんてものなくそうなんて話が出てくるのだし、貴族の称号だって名誉職的な扱いにされかけているのだ。

 身分制度撤廃の阻止を訴えてる高貴なる血筋の貴族の人達には、是非にこういった連中を取り締まってもらいたいものだわとシャンティは思った。


 そうして再び屋敷の一室に軟禁され、馬車に乗せられクレーナッツ領へとやってきた訳である。

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