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シャンティと王都の商人

 ロロナナの住む村に辿り着くと、シャンティと商人らしき男と荷馬車が目に入った。


「こんな場所まで、荷車でこれるの?」

「途中まで、シピ、引いてく」

 村で飼育しているシピを貸し出して商人を送っていくのだと、ロロナナが教えてくれた。わざわざ山奥まで来てくれているから、そのお礼だそうだ。

「領主さまの街、持ってく、言ったら、宝石、傷付くから、価値下がる、言われた」

「なあに、それ。どういうこと?」

「宝石が傷付かないよう、特別な荷車、言ってる」

「はああ!!??」

 そんなもの聞いたことがない。揺れがあまりない馬車というものが、王家御用達であるのは知っていたが、それはもっと構造が複雑だった。あんな使い古された荷車じゃない。

「あまり、人様の商売に関して口を出したくないけれど、宝石類は幾らで売ってるの?」

 ロロナナから商人の買取額を聞いたシャンティは、シピから飛び降りると、商人のもとへと駆け寄った。

「ねえ、ちょっと良いかしら。貴方、一体どこの商会の方かしら?」

「な、なんだ突然。アンタ誰だ」

「いいから答えなさいよ」

「フロラン商会だ」

 商人の男は王都で有名な商会の名前をあげた。確かにフロラン商会は、宝飾品も扱っている。希少な宝石を取り扱っている事を売りにしているが、クレーナッツ領で採掘されたものは聞いたことがない。

 それを指摘すると、商人の男は顔を真っ赤にさせて言い返してきた。

 

「最近じゃクレーナッツの名前を出すだけで、大損なんだ! それでも仕入れて売ってやってるんだから、感謝して欲しいものだ」

 

「ふうん、でもおかしいわよね。モーラ連合王国じゃそうでしょうけど、隣国では、カルホルモカ山脈で採掘された宝石って、ものすごい希少価値が高いのよね。貴方のいる商会も、そういって近くの王国のお姫様だか誰かに、売りつけてなかったかしら?」

 豪華なネックレスを身につけたお姫様の絵とともに、ものすごい金額だと書かれた新聞記事を、シャンティはつい最近読んだばかりだ。王都にある商会の店では、それを自慢げに宣伝しているのも知っている。

「それを考えると、セウィ族からの買取金額、安すぎないかしらねぇ」

「運送費を差し引いて……」

「村から大事なシピを貸し出してるのに?」

「宝石に傷がある、その加工費も……」

「職人何十人分の加工費かしら?」

 シャンティが商人に詰め寄っていくと、とうとう大声で「黙れ小娘が」と怒鳴られた。が、シャンティはそこで怯むような娘ではない。

「そんな、私、貴方が阿漕な商売をしているって、そう言ってる訳じゃないの。利益を出すには、どれだけ原価を安く抑えるかっていうのも、大事ですもの」

「そうだ、これは商売をする上で必要なことだ! 大体、こいつらが装飾品を加工して売ったところで、買う王国の人間なんていやしない」

「ふうん、そういうわけね。ところで商会の人に、もっと買取金額を上げてって交渉できないかしら?」

「無理な話だ。金額が不満なら別に、わざわざ買取に来なくても構わないんだぞ」

「ふうん、それは悪かったわね。私が余計な口を出しちゃったみたいだわ、ごめんなさい」

 シャンティは商人の言葉にあっさり引き下がった。商人は興奮冷めやらぬ様子で、村を出ていく。それを見送った後で、シャンティは心配げな面持ちのロロナナに訊ねた。

「ねえ、ロロナナ。セウィ族の人たちってクレーナッツ領からは、あまり出ないっていうけど、お隣の領地までくらいなら、いけるかしら?」

「行ける、けど。せいぜい、領の端、小さい村くらい。私たち、クレーナッツ領の外、酷い目遭う、言われてる」

 セウィ族については話は聞くけれど、王都で実際に見た事はなかった。通っていた学校で勉強した程度の知識しかなく、クレーナッツ領に来るまでは忘れていたくらいだ。それ程、馴染みのない人々だった。

 だから酷い目に遭うというのが、本当かどうかはシャンティには判断がつかない。しかしセウィ族がいうのだから、そうなのかもしれない。

「うーん、ならこれは、レオンさまに相談した方が早いわね。あ、でも、ううん、セウィ族からの手紙に偽装すれば……」

 どうするのと言わんばかりの表情で、ロロナナが見上げてきた。シャンティはママ直伝のポーズをとって、私に任せなさいと言い放つ。

「不安、ものすごく不安、不安しかない」

「酷いわねぇ。私、これでも王都の商会には知り合いがいるのよ。ただ、私から直接手紙を書くと、邪魔してきそうな人がいるのよ。だからね、ロロナナ」

「……なに?」

 シャンティはにっこりと笑って、ロロナナに言った。


「ハオエンに熱烈なファンレター書いてちょうだいな」




 盛大に顔を顰めてロロナナは断ったが、村の収入が増えるのよと言い募ると、渋々頷いてくれた。

 ついでにシャンティもまた、先ほど見た商人の様子と、セウィ族への買取額などを書き記した。シャンティの手元を見ながら、ロロナナが言った。

「商人、問題あっても、他じゃ買い取ってくれない」

「それはないわよ。ありえないのよ。そもそもね、カルホルモカ山脈で採掘される宝石って、希少価値が高いの。手に入らないのよ。だから王都のフロラン商会は、結構な金額を出してね、仲介に仲介を経て入手してるのよ。つまり、フロラン商会が払ってるお金、中間で抜かれすぎってこと」

 多分だが、あの商人が売る相手も、割と安く買い取っている。間に入る人間が、少しずつ己の懐に入れているからこその、あの金額だ。

「だからね、相手の面目を潰さないように、セウィ族からの買取金額を教えてあげるだけなの」

 あとはどうするかは、フロラン商会次第である。


「フロラン商会って、根っからの金儲け大好き人間が集まってるとこなの。だからね、誠実をモットーに取引してくれるはずよ。商売は誠実こそが、一番効率的に儲けが出せるのだから」


 セウィ族と敵対した方が面倒臭い。それならばセウィ族に恩を売っておこう。そう考えるのが、フロラン商会の人間である。シャンティは商会の人間の性質をよく知っていたので、自信を持って言ったのだった。

 ロロナナはそんなシャンティを見て、カルホルモカの女神みたいだと呟いた。

「め、女神? 私って可愛い顔してると思うけど、そこまで言われるほどだった?」

「…………シャンティの髪色、カルホルモカにおわす女神、同じ色。それに、言い伝え聞く話、シャンティと似てる」

「へえ、どんな?」


「降りそそぐ慈愛の女神ウルモヤ、母なるシピの化身。ウルモヤが歩いた後、種が芽吹き、新たなるもの、咲き乱れる」

 

 シャンティは無宗教主義者ではないが、熱心なモーラ国教の信者でもなかったので、ロロナナの話に対して嫌悪感はなかった。基本的に王都でしか過ごした事がなかったので、山岳信仰の話にふれるのは、とても興味深く感じた。

 シャンティの反応に、ロロナナはやっぱり変わってると言い、そして貴方が友人になって良かったと笑った。


「ロロナナの友、村に来てくれたこと、歓迎する。村の人、紹介する」


 来てと手を引かれて向かったのは、村の中心にある大きな建物だった。そこには何人もの女性達が座っており、シャンティを好奇心いっぱいの目で見ていた。

 セウィ族の女性達はシャンティに好意的で、そしてクレーナッツ領より外の話を聞かせて欲しいとせがんで来た。王都のことは割と知り尽くしているシャンティは、お得意のおしゃべりを披露する。

 さらには得意料理がビスケットだと話すと、村の窯で焼けないかなんて話になる。材料さえあればできるといえば、あっという間に用意され、シャンティはレオンに披露するより先に、セウィ族に秘伝のレシピで作ったビスケットを焼くことになってしまった。


「おじいちゃまから教えてもらったレシピって、特別な材料が何にもないの。これってね、六十年くらい前の食糧危機の時に考案したんだって」


 冷夏が続き、作物が取れなくなり、国内で餓死者が出るほどの食糧危機があったのだ。その時に好機だと勘違いした隣国が攻めてきたのである。それを迎え討つ為、シャンティの祖父の友人が徴兵されたのだそうだ。

 その友人に、少しでも生きて帰って来られるよう、栄養のあるものをと、なけなしの材料で作れるものを必死になって考えたのだという。

 国境付近で小競り合いをしたが、最終的には攻めて来た隣国の兵は兵糧不足で敗走して終結したそうだけど。

 食べるものがなくて大変なのに、わざわざ戦いに行かされた兵士の人達は可哀想過ぎるわと、シャンティは歴史の勉強をする度に思ったものである。


「シャンティの祖父、友人、無事だった?」

「さあ、そこまではおじいちゃまから聞いてないから知らないわ。おじいちゃまは話の最後に、みんな腹が減ってるから碌なことを考えなかったんだよ、みんな同じようにビスケットを食べてれば平和なんだって言って締めくくるから」


 祖父の作るビスケットは美味しかったが、いつも同じ枚数しか食べさせてもらえなかった。ビスケットを焼くと、家族全員に同じ枚数を振る舞うのだ。独り占めしたいというと、決まってみんな同じが良いんだよと諭されるのである。

 ただ祖父は、もっと欲しいとぐずるシャンティに、みんなには内緒だと言って、一枚だけ特別なビスケットをくれた。木の実が入っていたり、干した果物が入っていたりする、特別な味のもの。

 特別扱いされるというのは幼いシャンティの心を、それはそれは満足させたのだ。大きくなってから、家族全員にその特別なビスケットをちゃんと振る舞っていたという事実を知ったのだけれど。

 そういうところは、祖父らしいといえば祖父らしいと思う。だからシャンティは、そんな祖父から教わった秘伝のレシピで作るビスケット屋さんになるのが夢だった。


「ビスケットって日持ちするのよ。旅のお供に間違いなし」


「このびすけっとを持って、王都、遊びに行けたら、楽しそう。……それに、シャンティの言った、海、見てみたい。王都より、遠く、何日も掛かる。行けない場所」


 湖ならばみた事があると、ロロナナは言う。それよりも大きな海を、ロロナナは知らなかった。

 モーラ連合王国の南側が、海に面している。地理的にみれば、縦に長い領土なので、北の端に位置するクレーナッツ領からは、気の遠くなるような距離だった。


「カルホルモカの神々、言った。望め、さするば叶う、と。だから望む、海を見たい」


 望んだだけで願い事が叶うわけないじゃないのと、シャンティは少しだけ呆れたが、けれどもすぐに思い直した。だって何も望まないよりも、望みを持っていた方がよっぽど良いから。


「じゃあ私もロロナナが、海が見られますようにって望んでおくわ」


「ありがとう、シャンティ、意外に優しい」


 意外には余計よと、シャンティは頬を膨らますが、ロロナナは声をあげて笑っただけだった。

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