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シャンティとレオン(三)

 レオンが用意してくれた食事はとても美味しく、全て食べ終えたシャンティは満足げにカトラリーを置いた。

 美味しかったと素直に感想を言えば、レオンは良かったとホッとした様子で言った。


「そういえば君は、肉を食べる事に、あまり抵抗がないんだな」


「お肉? 王都でも食べるわよ。流石にシピのお肉は食べた事なかったけれど」

 本日の昼食で出たのは、シピの肉だと聞いていた。あのセウィ族が連れていた、大きなモフモフとした生き物だ。てっきり荷運び用の家畜かと思ったら、食用だったなんて驚きだったが、固くもなく筋もない肉は美味しいものであった。

「王都の方では、シピを食べる事を嫌がる人達がいるんだと聞いていて。王都に住む親類が、野蛮だと言われていると教えてくれたんだ」

 一体どう言う事かと、シャンティは眉を寄せた。王都でよく食べるのは、豚や羊、それから牛と鳥だろうか。

 けれどもそれは、王都で比較的入手しやすいからというだけである。そしてこのクレーナッツ領では、羊は放牧しているが、豚や牛はあまり家畜として扱っていないと聞いた。その代わりのシピなのだろうけれど。


 それが別段、野蛮だとは思えない。


 なぜと首を傾げるシャンティに、レオンが深いため息を吐いて言った。

 シピは体毛を毛糸に加工することができ、防寒具に使われるのだという。その毛を刈られたシピを、たまたまクレーナッツ領にやってきた貴婦人が、可哀想だと言い出したらしい。

 そしてわざわざお金を出してシピを王都の屋敷へと引き取ったそうだ。それでその貴婦人と仲の良い方々が、こんなに可愛らしい生き物の肉を食べるだなんて恐ろしいと言い出したのだという。

 なんとなく、温室で花を育てるのはおかしいとか言い出したご令嬢と似たものを感じる。お金と暇のある貴族は、碌なことをしないわねと、シャンティは思った。まあお金のない貴族も碌なことをしないけれども。

 レオンは困った顔をして、嘆くように言った。


「野蛮だと言っている一部の貴族が、クレーナッツ領の物を倦厭するようになっているんだ。見ての通り、クレーナッツ領民は特産らしいものがない。領民は牧畜と炭焼きで生計を立てている。だから一部の貴族が不買していると、色々と大変で……」


「そういえば、レオンさま。前に木炭が売れなくなって来たって言ってたわね。王都の主流は、木炭から石炭に変わって来たのは確かよね。でも完全に需要がなくなったわけではないでしょう」

 レオンは無言で首を横に振った。

「これは、身内の恥を晒すんだが……」

 重苦しい雰囲気で、レオンが話した内容というのが、目も当てられない悲惨な物であった。

 蒸気機関車の燃料として、クレーナッツ領の木炭を売り込もうとした親戚が、まとまった資金をくれというので、レオンは訝しみながらも渡したのだそうだ。そこには後見人の叔父の強い意向もあったし、取引先が王立の科学アカデミーであるのなら、あまり問題も起きないだろうと、そう思ったのだという。

 そしてその親戚は、科学アカデミーでの仕入れを全て担当する官僚の親戚、という怪しすぎる人物を伝手の伝手から紹介してもらい、まとまったお金を渡して便宜を図ってもらおうとしたそうだ。


 シャンティからしたら甘い話だわ、騙されてそう、なんて感想しか浮かばない。


 案の定、レオンの親戚は騙されていた。

 科学アカデミーでの仕入れを全て担当する官僚なんて人物は存在しなかったし、その親戚だと名乗った男は金を受け取ってから少しして所在不明になったという。

 それだけなら間抜けにも金を騙し取られただけで済んだのだけど、それだけでは済まなかったそうだ。

「その官僚の親戚を名乗った男が、中途半端に貴族たちにクレーナッツ領の木炭を宣伝して回ったんだ。しかも、蒸気機関車の燃料になるから今が買い時だと吹聴して、倍以上の値段で売りつけたらしい」

 王都の貴族からしてみれば、痛手にもならない金額ではある。だが騙されたとなっては、面子を潰されたことになるわけで、ただでは済まされなかったようだ。


「……王都の貴族を、完全に怒らせてしまったんだ。謝罪はしたし、こちらは被害者だけど、そもそも私は、社交界に顔を出したこともないし、爵位を継いだばかりの若造だ。だからというか、うちの木炭は買うなとそれぞれの家と懇意にしている商会に圧をかけているとか」


 王都の貴族ならやるわねと、シャンティは顔を引き攣らせた。悪いのは騙された親戚だろうが、しかしその親戚は元を辿ればクレーナッツ一族。そしてその一族の当主たるレオンの監督不行届となるわけで。

 レオンの性格を考えると、うまく立ち回ることもできなかったのねと、ちょっとばかり同情した。

「王都での石炭の供給を一手に担っているのは、シュリーロワ公爵なんだ。公爵領には石炭が採掘できる場所が幾つもあるらしくて、かなり潤っているときく。しかもシェリーロワ公爵は、軍縮を支持している貴族で、うちのような軍閥の家門に厳しくて……」

 レオンがどんどんと落ち込んだ様子になっていく。シャンティは元気づけるように声をかけた。とはいえ、良い打開策がある訳でもなかったけれど。

「そ、そういうことも、たまにあるわよ。あんまり気にしすぎないほうがいいわ。そうだわ、クレーナッツ領にも山がいっぱいあるのだから、調べれば石炭以外にも、宝石とか出てくるんじゃない?」

 セウィ族が掘り出して加工しているのだから、領主主導で行えばそれなりの産業になるのではなかろうか。


「……カルホルモカ山脈は、セウィ族の信仰対象なんだ。大規模な採掘なんて許されない」


「信仰対象? 神様みたいなものなのね」

 教会に飾ってある神様の像に穴を開けるような行為って事ねと、シャンティは理解した。そんな事をしたら教会の司祭がすっ飛んできて激怒するだろうし、まず間違いなく信心深い方々から猛烈な怒りをぶつけられるだろう。その程度の想像しか出来なかったが、とにかくやっちゃいけない事であるという理解はできた。

 あっさりと受け入れるシャンティに、レオンは少し驚いたような表情を浮かべる。


「君はセウィ族を嫌ったりしたりしないんだな」


「そうねぇ、私は別にあの人達から意地悪されたりした事ないもの」


 嫌な事をされたのなら話は別だけれど。

 シャンティは、自分に優しくしてくれた人たちには優しくしようと心掛けている。だから親切にしてくれたロロナナがセウィ族であったので、これといって嫌だと思うような気持ちはなかった。


 シャンティからしてみたら、危害を加えてこない、むしろ歓迎すると言ってくれたロロナナがいるセウィ族の方が、クレーナッツ家の使用人より好きだったりする。ノエル家の人々は、比べるまでもない。


 それにしてもと、シャンティは ロロナナの店で買った、エメラルドのイヤリングに思いを馳せた。

 ロロナナから、似合ってるすごい美人だと言われたので、出来る事ならば毎日でも身に付けていたいが、鞭を打ってくる侍女がいる。

 彼女はセウィ族をやたらと嫌悪しているので、そのセウィ族から買った物だと知られたら、確実に破壊され捨てられるであろう事は、簡単に予想できた。なので見つからないように隠しておくしかない。

 素敵なイヤリングに似合う服を着て、それでレオンと一緒に出掛けられたら、きっととても楽しいだろうにと、小さくため息を吐いた。


 楽しい時間はあっという間に終わってしまうもので、執事のネーバルがやってきて声を掛けてきた。


「失礼致します、レオン様。そろそろ侍女の方が部屋を飛び出しそうです」


「……そうだな、私が直接話をしに行こう」

 女主人としての仕事がどうとかそういう話だっただろうか。一体どうするのだろうかとレオンを見上げれば、眉尻を下げて言った。

「申し訳ないが、君にはまだ女主人としての仕事を任せられないんだ。……その、ノエル家の方が強く出ている今の状況では……」

「まあそうよね。自分の家のお金を余所者が口を出すの、嫌よね」

「わかってくれるのか? すまない、ノエル家の方が口を出すのは、多分間違いなく叔父の影響もあるだろう。……身内の恥を晒すようだが、彼らからの横槍をまだ入れられたくないんだ。出来れば春までにはどうにかするから、そうしたら……」

「わかったわ、レオン様」

 シャンティはそれらに文句を言える立場ではない。なので素直に頷いて、温室を後にしたのだった。




 部屋まではネーバルが送ってくれる事となり、シャンティは浮かれた足取りでその後ろをついていく。シャンティとしては女主人の仕事に全くもって興味がなかったし、できる気もしないので、やりたいとも思わなかったのだ。

 そんな事よりも、レオンとの食事は楽しかったし、新たな一面もみられた。良い事づくしだと笑みを浮かべていると、ネーバルが話しかけてきた。


「お嬢様、昼食はいかがでしたか?」


「とっても楽しかったわ、温室は素敵だったし、料理は美味しかったし」

「それは、ようござりました。レオンさまがお嬢様にも、是非にこの地の料理を食べて欲しいとおっしゃっていられましたので。気に入っていただけたのならば、嬉しい限りです」

 奥様が気に入ってくださったと料理人に伝えましょうと、ネーバルは頷きながら言った。

「先ほどご案内いたしました温室は、レオンさまの御母堂様との思い出の場所なのです。お二人はよく温室で過ごされておりました」

 あの温室は、レオンにとっては大切な場所なのだろう。そんな場所にシャンティを入れてくれるだなんてと、また顔に熱が集まってくるのを感じた。


「何にせよ、レオンさまって優しいのね」


 初対面が散々だったが、時折だが見せてくれる優しさは、間違いなくシャンティに向けられているものである。人からの好意に敏感でありなさいとの母からの教えにより、シャンティはその優しさをしっかりと受け止めていたわけで。

「……おや、レオン様の事をそのように仰るとは」

 驚くネーバルに、シャンティは片目を瞑って、分かりづらいけど私にはわかるのと言っておいた。


「あとで何かお礼した方が良いかしら。言葉だけじゃなくって、何かプレゼントを贈るべき? ねえ、ネーバルさん。レオン様の好きなものって知ってるかしら」


 シャンティの問いに、ネーバルが今度は柔らかく微笑んで、勿論ですと答えた。

「ネーバルさんは、レオン様とも長いの?」

「ええ、生まれた頃から存じ上げております」

「好みもバッチリ把握してるって事ね。レオン様は甘いお菓子好きかしら、ビスケットとか」

「そうですね、普段はお召し上がりになりませんが、昔は良く好まれていましたよ」

「あらそう? それなら今度、私が作って差し入れをしてあげるわ。これでもビスケット作りは得意なの」

 秘伝のレシピがあるのよとシャンティが言えば、ネーバルはおやと眉を上げた。

「秘伝のレシピ、それは興味深いですね」

「そういえば、お祭りの時にレオンさまと一緒に作る約束をしたわね。覚えていてくれるかしら?」

「レオンさまは律儀な方ですから、覚えていらっしゃいますよ。クレーナッツ領の冬は長いですから、収穫祭の書類が片付いたら、もっと一緒にいられる時間も増えるでしょう。その時ご一緒に作られたらいかがです」

「そうね、それが良いわね」

 もし叶うのならばねと、シャンティは心の中で呟いた。


「それにしてもビスケット作りが得意とは。ふむ、お嬢様は甘い物がお好きですか? もしお嬢様が好きなのでしたら、ご用意致しましょう」

「えっ、本当? それじゃ私、ケーキとか食べてみたいわ。いま王都で、夕食前にお茶とお菓子を食べるのが流行ってるのよね」

 シャンティが欲しいと言っても、間違いなく侍女はダメだと禁止するだろう。クレーナッツ家の使用人も、シャンティよりノエル家の侍女の言う事をきくので、断られるに決まっている。

 ならば自分に唯一優しい、それも色々と便宜を図ってくれるネーバルが申し出てくれている今、シャンティは己の希望を主張した。


「それはお茶会を開きたいという事でしょうか?」


「別にそういうのは。ただそういうところで出すようなお菓子が食べてみたいってだけ」

「なるほど、それでしたら何とか致しましょう。なにせこのクレーナッツ領は、冬になると雪と氷に閉ざされてしまいますから、遠方からご友人を招待するのは、何かと危険がございます」

 その言葉にシャンティは首を傾げた。たしかにこのクレーナッツ領は王都から北の方にある場所だが、しかし冬でも人の行き来はあった筈だ。

「……貴族の方が立ち寄れるような休憩所はありませんので」

「なるほどね」

 馬車が通れる道は整備されているけれども、馬も人も休憩が必要だ。そのための休憩所や宿場町みたいなものが、王都からクレーナッツ領のこの街までの間にはなかった。

 簡易的な休憩所があったけれども、貴族ともなれば平民と一緒の場所に入るのが嫌だと言いかねない。狭い休憩所から平民を追い出すなんて光景は、最も簡単に想像できたからだ。

 夏なら兎も角、吹雪の中、追い出されでもしたらと考えると、シャンティは執事の懸念を当然のものとして受け止めた。

「それに冬場はあまり馬車で走らせられませんからね。もっと山裾に近い街や村だと、犬やシピにそりを引かせたりしてます」


「まあ、楽しそう。ぜひ一度乗ってみたいわね」


「お嬢様がお望みになられるのでしたらば」


 楽しい冬になりそうだわと言うシャンティを、ネーバルは優しい目で見つめていたのだった。

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