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シャンティと結婚

 ママはよく、愛した人と一緒にいられる素晴らしいものなのよと言っていた。

 愛した人と一緒なら、何でも出来るって気持ちになるのよだなんて、心の底から幸福であるかのように笑っていたけれども。

 十六歳になったばかりのシャンティは、恋を知らない。

 けれども両親のように愛し合って結婚するというのは、とても素敵な事だと思った。


 だから自分も結婚するときは二人みたいになんて、恋をして素敵な男性と手を取り合い、そして愛し合って結婚をと甘い夢を見てたのだ。


 いざ結婚するとなった今現在、全て夢でしかなかったが。





「もう来ているとはどういう事だ!? こっちは妻などいらないと断ったのに……!! 追い返せ!!」


 部屋の外から、苛立った男の声が響いてくる。

 なんとなくクレーナッツ領主のお屋敷に来た時から、歓迎されていないのはヒシヒシと感じていたシャンティだったが。

 屋敷の主人たるクレーナッツ伯爵らしき人の怒鳴り声に、感じた雰囲気は間違いじゃなかったと思い切り顔を顰めた。


 シャンティはこれでも一応、政略結婚で嫁いで来た花嫁である。宮廷貴族であるノエル家の令嬢で、若くして領主となったレオン・クレーナッツの支えとなる為に、王都の遥か北にあるこの領地へと送り込まれたはずだったのだけど。


 ノエル家にやって来たクレーナッツ家の使者は、優秀だと名高いノエル家のご令嬢の御力をお貸しくださいと、涙ながらに語っていたのを覚えている。

 なんだか妙に演技がかった話振りであったので、印象に残っていたのだ。


 そんな使者と、応接室の外で怒声を上げているレオン(推定)。


 考えなくとも、シャンティは望まれた花嫁じゃ無いということは、簡単にわかった。


 まあ確かに、迎えに来たのは割とボロい御者しかいない馬車一台。

 護衛がわりなのか馬車は行商人の隊列に組み込まれて移動という、まったくもって貴族の令嬢らしからぬ旅路。


 そして極め付けは、出迎えた執事が慌ててシャンティと御付きの侍女を応接室へと案内し、待たされまくった上での怒声である。


 これはもう、この結婚自体なかった事にした方が良いじゃないのと、シャンティは思い切りため息を吐いた。

 やっていられないとばかりに顔を歪めると、隣にいた侍女が睨みつけてきた。シャンティは致し方なく咳払いをしてから、佇まいを直す。

 すると執事らしき男性の諌める声が聞こえたかと思うと、ノックもなしに乱暴に応接間の扉が開かれた。

 そこから入ってきたのは、不機嫌ですというのを隠そうともしない青年で、座って待っていたシャンティをジロリと睨んだ。


「君が、ノエル家の……。先に言っておくが、ここで君のすべき事は特にない。君の相手をしている暇などないんだ。とにかく部屋で大人しく刺繍でもしてくれ」


「……はあ」


 シャンティには将来の夢というものがあったし、可愛い服を日替わりで着たかったし、美味しい食べ物をお腹いっぱい、それも色々なものを食べたかったし。


 つまりは色々、やりたい事があるのだ。


 それを我慢させられて連れて来られた結果がコレ。

 初対面でコレとは、ありかなしかで言えば、なしだとシャンティは判断した。


「結婚はすでにしているようだが、書類はすべて伯父が提出してしまい、私の同意は得ていない。……落ち着いたら取り消すよう申し立てをするつもりだ。だから君は、お飾りの妻にしか過ぎない。本当に、余計な事は一切しないでくれ」


「はあ」


 出会って早々、何もするなと釘を刺してくるくらい、当人からしてみれば、無理やりに押し付けられた妻なのだろう。

 政略結婚と言っても相手が承諾してなかったら、もうどうしようもないじゃないのと、シャンティは思いっきり呆れて肩を落としてしまった。

 そもそもシャンティだって、こんな田舎に来たくて来たわけじゃないわなんて言い返してやりたかったが、言わないでおいてあげた。

 もちろん表情にも出さず、レオンの言うことを素直に頷いておいてあげる事も忘れない。それくらいの礼儀を、シャンティはレオンより持ち合わせていたのだ。


「冬が終わり春になったら結婚式の予定だそうだ」


 眉間に皺を寄せて、忌々しそうに話すレオンに、そんなに気乗りしないならやらなくても良いのだけれどと、シャンティは思った。


「……それまでこの領地での暮らしが耐えられるとは思えないから、いつでも好きに出ていって構わない。書類上は夫婦でも、私は君と寝室を共にはしないから、女性としての名誉が傷付く事もないだろう」


「はあ」


 白い結婚だったと逃げ道を作ってくれているようだけれども、それって一体どれほどの救いになるのだろうか。

 お金のある貴族のお家なら、再婚話は聞くけれども、ノエル家はその辺り微妙である。何せノエル家はたとえ妻の方に問題が無かろうとも、離婚されたお前が悪いとか言いそうな家なのだ。

 離婚したら路頭に迷うこと間違いなしである。

 それをレオンにあえて言う必要もなく、シャンティの真横にはノエル家から一緒にやってきた侍女がいるので、お行儀よくしていなければならなかった。

 口から生まれたうるさい小娘って言われることが多いシャンティは、下手に喋らないで黙って頷くのが一番である事を知ってるのだ。


 大人しく澄ました顔で立っていると、執事がどうぞこちらへと退室を促してくれた。声からして、先程部屋の外でレオン・クレーナッツを諌めてくれていた人物だろう。

 口髭のある初老の男性で、なんだかとっても優しそうだわとシャンティはホッと息を吐いた。レオンはとても整った顔だけど、不機嫌にシャンティを睨んでいるので、印象は最悪であったのだ。


「ではお嬢様。屋敷をご案内致しましょう。どうぞこちらへ」


「はあ。……じゃあね。あ、ちがった、失礼しますね、レオン様」

「申し訳ありません。お嬢様は、少々、マナーが苦手でございまして」

 部屋を出る直前になり、つい気が抜けたシャンティは素が出てしまった。そんなシャンティに対し、ノエル家から着いて来た侍女が、慌ててレオンに謝罪をしたのだった。


 そんな侍女を置いて、シャンティは応接室の扉を自ら閉めた。なにせノエル家から一緒に来た侍女の事が嫌いで、本当に鬱陶しいと思っていたからだ。

 侍女はクレーナッツ領へ来るまでの馬車の中で、ずっとレオン・クレーナッツの悪評とシャンティがいかに無知で馬鹿で愚かな娘であるかを言い続けたのだ。

 そんな人間と一緒にいたいと思う方が難しい。


 クレーナッツ家への嫁入りの条件は、冬が来る前に領地へ来てほしいというものだった。


 ノエル家の侍女は、それがもう嫌で嫌で仕方なかったようだ。

 なにせこのクレーナッツ領、王都の遥か北、国境に位置するのだ。

 つまりど田舎。

 侍女は自分のような教養のある人間には耐え難い野蛮な地だと言い放題だった。彼女の頭からは、そんな場所に無理やり嫁がされるシャンティのことなんて、抜け落ちているのだろう。

 それにレオン・クレーナッツについては、気に入らなければ殴りかかって来る乱暴者だとか、荷物ごと外に追い出されて終わりだとか、散々な話をしてシャンティを脅してきた。そんな侍女の話を考えると、睨まれて最低最悪な態度だっただけですんで、良かったと思うべきかもしれない。

 そもそもレオン・クレーナッツは爵位を継いでから領地に引き篭もりっぱなしで、王都での夜会とか社交に全然参加してない。だから変な噂が流れても、流布する事など考えもしていないのだろう。

 貴族の噂だけで物事を判断するのは、危険な事だ。

 シャンティの母も、噂で人となりを判断しないで、自分の目で見て感じた事を信じなさいって言っていた。それらを総合的に見てみて、レオン・クレーナッツは今のところ、結婚相手としては最悪という評価しかないわけだけれども。


 とはいえシャンティは、クレーナッツ領で過ごしていくしかない。


 最低最悪な夫でも、この領主のお屋敷で一緒に過ごすのだから、ゆっくりと仲良くなることを目指すしかないのだ。


 あの機嫌の悪さを見る限り、今日はもう一度話しかけるのは無理そうだけどと、シャンティは肩を落とした。そうして髪を結んでいるリボンをいじりながら、前を歩く執事を見た。

 白髪の老齢の男性は、口髭を生やしており、いかにも執事ですと言わんばかりの見た目だった。執事はネーバルといい、長年クレーナッツ伯爵家に仕えてきたのだという。

「このクレーナッツ伯爵家は代々、騎士の家系なのですよ」

 廊下に掛かる代々のクレーナッツ伯爵の絵を紹介しながら、そう言った。

「それなら知ってるわ。クレーナッツ伯爵家は、昔から騎士として王様に仕えていたのでしょう?」

「ええ、ええ、そうなのです。古よりこの地を守っていたクレーナッツ家は、王より男爵の地位を賜りました。以来、王家に貢献し続け、ついには伯爵の位を授かるまでに至ったのです。剣が廃れ銃と火薬の世の中になりつつある現在では、国軍で働いている方が多いのですよ」

「ふうん」

 先程会ったレオンは、絵に描いた軍人そのものだった。

 きっちりと隙もなく着込んだ服装で、眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔。前髪だってきっちりと後ろに固めていて、せっかくの整った綺麗な顔立ちが台無しだ。

 レオンは王都ではあまり見かけない、浅黒い肌に銀色の髪という、これまた絶対にモテそうな雰囲気だというのに、本当に勿体無い。


 そしてあの、失礼な態度。


 あんなのが夫だなんてと、シャンティは思いきり顔を顰めた。

 そんなシャンティの内心を知ってか知らずか、ネーバルはクレーナッツ家について話を続けていく。

「窓の外の雄大なカルホルモカ山脈が見えますでしょうか。あの山脈の向こうには、かつて敵対していた帝国や公国がございます。それ故に、クレーナッツ伯爵家は国境警備を担っているのです」

 カルホルモカ山脈は、シャンティの住むモーラ連合王国の北側の国境沿いにある、すごく高い大きな山々の事だ。

 一番高い頂をカルホルモカ山といい、夏でも雪と氷が溶ける事のない場所だそうだが、山脈の殆どは上の方は雲が掛かって見えやしない。一体どれがどの山であるかはさっぱりわからなかった。

 そしてそんな山々を越えて侵略してこようとした帝国や公国は、物凄い執念だとシャンティは思う。モーラ連合王国は北にカルホ山脈、西と南は海に面していて、東側は同盟国なので、地形的に攻めてくるならば北しかないとしてもだ。

「帝国も公国も、今じゃ友好国よね。国境警備のお仕事はなくなったの?」

「いえ、警戒度が下がっただけで、ここは国境の要です。……王都ではあまり重要視されていないようです。何せ山脈は険しく、安易に往来できる場所ではありませんので」

 それでも山脈にも人々が点在して村を作り暮らしているのだと、ネーバルは言った。安易に往来は出来なくとも、山を越えて来るのは不可能ではないという事だそうだ。

 しかしながら現在、帝国や公国はモーラ連合王国へと侵略してくる事はないだろう。

「今じゃ帝国や公国からも色々な技術を取り入れて発展していこうって、仲良くして行きましょって、そういう感じだもの」

 帝国や公国は周辺の国々と手を取り合う方向性にしたらしい。それはモーラ連合王国も同じなのだ。

 今の王様が先進的な考えの持ち主で、他国の良いところをどんどん取り込んで行く政策を打ち出して、王都は目も回る程の発展を遂げている。

 帝国から持ち込まれた綿花のお陰で衣服が安価で手に入るし、公国から招かれた華やかな劇団の催し物を見るのは楽しいしで、物凄く良い事ばかりだ。

 歴史の本で読んだ戦争なんかしているより、よっぽど素晴らしい考えだとシャンティは思う。

 ちなみに、そういう開かれた連合王国になってきた事で、厳しかった身分制度も見直され始めてる。商人の力が強まってきていて、貴族であってもあまり尊ばれなくなっていた。王様が爵位をお金で売り出しているというので、それなりの金額を積めば貴族を名乗れるのである。

 そんな中でクレーナッツ伯爵家は、大地主が男爵の位を賜った事から始まるのだから本当に代々続く由緒ある家柄なのだろう。


 ノエル家とは大違いである。


 何せシャンティを送り出したノエル家というのは、代々続く宮廷貴族の家柄で、領地というものはほんの小さな寒村のみ。あるのは王宮でのコネだけである。

 そのコネで役職について真面目に勤務していれば良いものを、商人から借金をして事業を起こしては失敗するのを繰り返して来た。そして見栄だけは張るので、借金は膨れ上がるばかりで、爵位を返還する瀬戸際であった。

 一時凌ぎの為のお金欲しさに、娘への持参金目当てで、そのお相手本人と顔を合わせず結婚を承諾した結果が、コレだ。


 まあクレーナッツ伯爵であるレオンの承諾無しに、結婚の書類を提出してしまう伯爵の伯父とやらも同じくらいヤバそうだけどと、シャンティは肩を竦めた。


 ちなみにノエル家の王宮でのコネが、どれほど凄いものかは知らない。役職名からして、微妙な感じなのだけれども。

 ど田舎のクレーナッツ伯爵の一族から見たら、とんでもなく凄い事のように思えたのだろう。それにクレーナッツ家は軍人が多い為、隣国と協調するから軍縮路線という現状に、危機感を抱いているようだ。

 先程ネーバルが言ったように、国境警備といっても重要視されなくなっているようだから、今後は軍人としてだけではなく、王宮内でうまく立ち回ろうって考えてるのかもしれない。


 よく調べもせず、美味しそうな話に飛びついたって、上手くいく筈ないのにね。

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