天才は笑う
彼は天才を手にしている。自分が天才であることに気づいていないのだ。
太陽は東から南へ昇りつめ、南から西へと身をひく。そのような思考は彼の波打つ鼓動のひとつに過ぎない。大地が震え大気が渦巻こうと、太陽は静観しているのだ。鼓動に身を任せ大地をアスファルトで覆い、彼は内笑うのだ。動き荒れ狂うのは微々たる脈であろうことに彼が盲目倫理なのだ。
彼が掲げるものは言葉である。言葉は多種多様な資源であると彼は豪語した。記すことで時の変遷を伝え、口にすることは共生すること、無色無味の殺し合いをすることらしい。
凡人は言葉を使えない。彼の言葉で凡人を救うこと、導くことは不可能だ。だが彼は天才だ。凡人を相手にすることに言葉を必要としない。凡人の息の根を止めようと思うならば、簡単に止められる。彼が凡人に警戒し、時に陶酔するほどに愛情を抱き、空想でしかない憧れを持つこともある。
生きることに違いはない。彼が天才を手放した瞬間に誰かが幸せになることは容易ではないのである。
美しいものが好みである彼は恋多き者なのだ。愛する彼女を見ては想い、眺め続ける。天才とて、心を満たす輝きがほしいのだ。新しいものが見えなかろうと、彼はすべてを知っている。知っているのであれば、見えなくても良いのだ。そんな彼に彼女は言った。
「あなたはなぜ生きているの?何が楽しくて笑っているの?」
この質問に彼はこう答えた。
「なぜ生きているのか、それは生まれたからだ。なんで笑っているのか、それは暇つぶしだ」
「なら聞かせて、あなたの大切なものって何?」
彼は豪快に笑った。彼は笑うが泣いたことはない。
「名誉も財産もたかが知れている。永遠の命か、愛か、死ぬまで食うに困らないことか、ただ漠然と生きることか。俺が大切にしているのは自分だ。この言葉は聞こえもしないし、見えもしないだろうに」
「大切なものがなにか知っているくせに。もう二度とこないで」
天才は笑っていた。凡人は生きることに必死になっている。
太陽は静観しているのだ。