91.見たいもの
「ああなってはもう化け物ではないですか」
「それで?」
表情を無くしたアンネマリーは座った目でゲオルグを見た。曇天の下でも偏光して見えるオパール色の髪が、風に揺られ視界の邪魔をする。髪で一部が隠れた為かその瞳は鋭さを感じさせた。
ゲオルグはアンネマリーの冷たい声を聞いても、表情一つ変えず飾りの様な紫眼でアンネマリーを見ている。
その顔が腹立たしかった。
「貴方は彼女を殺せと?」
アンネマリーは先程言われた言葉を嘲笑するように吐き出す。
いとも簡単に人を殺そうとする思考に吐き気がした。それにゲオルグはアンネマリーがリリーを助けようとしている事を知っている筈だ。カーティスもその意を汲んで、騎士団が来るまでに足掻けと言った。それなのに簡単に切り捨てようとする姿に怒りが湧く。
確かにアンネマリーの偽善なのかもしれない。しかし、それでも良いではないか。人が死ぬより悪い事はないのだから。
ゲオルグは何を笑う事があるのか、アンネマリーの言葉の後くつくつと堪え切れないと笑い出した。この状況で笑う事が信じられないアンネマリーは眉根を寄せる。
笑い声を止めたゲオルグはハアと楽しそうに息を吐き、最後にまたひとつ笑うと目を細めた。
「彼女?もう人では無いでしょう?アレ、と言っては?」
それは至極楽しいという顔だった。だが悪意しか感じない表情である。
長い銀髪をかき上げ、そのまま顔半分を手で覆う。指の隙間から紫眼が覗く。その目はアンネマリーを挑発する様に輝いていた。
怒りから目が見開かれ、吊り上がる。爆発的な感情により真っ白となった頭は一瞬にして怒りに占拠された。
人は怒りすぎると耳の奥で血流の音を聞く事が出来るのかもしれない。ごうごうと響く音が感情を更に荒ぶらせる。
しかし、ここで彼を相手にしている場合ではないのだと現実がアンネマリーを呼び止めた。感じるカーティスの強い視線と、離せと叫ぶ子爵達の声、それと今にも何かを起こしそうなリリー。
アンネマリーは自身の怒りを抑え込む様にきつく瞼を閉じる。ふう、と短く息を吐き、力強く瞼を開いた。
「私には貴方の方が化け物だわ」
口元だけは歪ませ、言葉の最後は嘲笑を入れた。
ゲオルグは「はは」と笑うと、視線をアンネマリーから外した。僅かに背を丸め震えている姿は怒りを再燃させたが、相手をするだけ時間の無駄である。
アンネマリーはゲオルグの存在を顎でしゃくり、カーティスへ赤い瞳を向けた。
「殿下、アレを何処かへおやり下さい。目障りです」
はっきりとした言葉だが、カーティスもゲオルグに思うところがあったのだろう。呆れ顔で頷き、ゲオルグへ視線を向けた。
「だそうだ、ゲオルグ」
カーティスの言葉にゲオルグは笑うのをやめ、恭しく腰を曲げる。コホンとひとつ咳払いをすれば、右手を胸に置いた。
「では後方へおります。何か御座いましたらお呼び下さい。無論、ヘルマン侯爵令嬢も」
わざとらしい、神経を逆撫でする行動だったがアンネマリーは一瞥もしない。視界に入れるのも時間の無駄だと言わんばかりの態度にカーティスが苦笑した。
「そんな怒んじゃねぇよ」
「通り越して呆れてます」
「そうは見えねぇなぁ」
軽い言葉の後、カーティスは改めてリリーに視線を向ける。その顔にいつもの軽薄さは無い。
「騎士団来るまでにどうにか出来るもんか?」
現実的な話、今出来る事はリリーから他の人を守る事だろう。アンネマリーは指を弾き、バルト子爵達を結界で包んだ。彼らからしたら邪魔なものかもしれないが、今は我慢をして欲しい。
「呪術師と騎士団は恐らく一緒に来ますよね」
「そうだろうなぁ」
「騎士団に少し時間を貰う事は出来ませんか?取り敢えず呪術が解呪出来るか試してみたいので」
アンネマリーの依頼にカーティスは暫し顔を顰めていたが、心が決まったのだろう。口端を上げ、細かく頷いた。
「ま、それしかねぇか」
当のリリーは先程から動きを止め、同じ場所に佇んでいる。黒い瞳は瞬きも無く、何処かを見ているようだった。しかし、真っ黒な瞳の視線は追えない。
アンネマリーは結界内のバルト子爵らの行動も見つつ、騎士団の到着を待った。時間としてはそんなに掛かっていないだろう。しかし体感にして何時間も経っていると感じ始めた頃、カーティスの側近が駆け寄ってきた。
「来ました!」
その声にカーティスは頷き、アンネマリーは大きく空気を吸い込む。
「やりましょう」
方法はもうこれしか心当たりがない。これが駄目だった場合の事は考え付かない。それでも出来る事からやらねば何事も分からないだろう。駄目であってもそこから何か見つかるかもしれない。
アンネマリーは駆け込んでくる騎士団長の姿を確認し、その後ろに黒いローブを身に付けた女を見つける。
恐らく彼女が呪術師であろうとアンネマリーはその場で彼らを待った。
次回更新は明日16時頃になります。
そして次回でこの話が一区切り致します。
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