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8.売られた喧嘩


 移動授業までの道、横にいるサラに算術の先生の事を聞いた。サラは苦笑をしつつもあれは馴れだと言い、それとあれが例外で他はまともな先生が多いと教えてくれた。


 そしてサラはクラスメイトについても軽く口にする。どうやら同じクラスにこの国の王子と北の隣国の王子がいるらしい。隣国の王子は登校しているが、授業を受けていないとか。

 そういう手もあるのかと思案していると授業場所に着き、規律正しく数列なしている中に混ざり込む。


 暫くすると老齢の髭を蓄えた教師が現れた。教師はアンネマリーを一瞥すると堅い声を出す。


「初めての生徒もいる様だから自己紹介をしよう。私はこの授業を受け持つアーベル・バーゲンと言う。よろしく頼む」


 自身に向けられた言葉にアンネマリーも挨拶をしようとしたが、アーベルに知っているから大丈夫だと言われ、阻止された。妙な緊張感に防衛反応の笑みが浮かぶ。


「今日の授業は魔術操作の精密さを磨く。あそこの人形を破壊するのだが、単純に大技をぶつけて破壊しては駄目だ。人形の一部を的確に攻撃し破壊してみせなさい。例えば」


 アーベルは詠唱を始めた。言葉を聞けば、どうやら風魔術のようだ。アーベルの手元に成形された風は意志を持ったかの様に三日月に形を変え、人形の右腕のみを切断した。圧縮された風は背後の森に危害を与える事なく空に霧散する。


 生徒達は感嘆の声をあげた。


「この様に出来たら合格だ」


 壊れた人形は魔術人形なのだろう。ニョキニョキと切られた腕が復活した。


 それを見てアンネマリーは自分の発表した『無限シリーズ』を思い出す。無から有を作り出す生活魔術。人気のシリーズだ。無くならない石鹸、無くならない調味料入れ、パクパクスライム君。空間魔術と圧縮魔術を応用して作成した『生活の母』の代表作。


 あれの技術が使われている人形を見て、アンネマリーははてと頭の中を整理する。学会に発表した魔術は余程の問題がない場合は特許申請をする。アンネマリーは当然『無限シリーズ』の一作目、無くならない石鹸を発表する前にこの技術を学会に発表し、特許申請した。


 だが、アンネマリーはこの人形の事は知らない。勝手に技術を使われている、という事だ。営利目的で無ければ問題はないのだが、顔の部分に既存の商会のロゴが入っているので明らかにクロだ。


 どうしたものかと授業そっちのけで考えていると不意に名前を呼ばれた。


「ヘルマン嬢、初めての授業だ。皆の前でやってみなさい。()()()()総長のご息女だ。簡単だろう?」


 普通の老人だと思っていたが、先程とは纏わせる雰囲気をガラリと変え、悪意を丸出しにされた。片方の口端をいやらしく上げている。

 アンネマリーはどうやら喧嘩を売られたらしい。『何せあの』という棘のある言葉。馬鹿にしているだろう?


 クラスメイト達は急に緊迫した空気の中、近くの人間と顔を見合わせている。アンネマリーの隣に居たサラも動揺を隠せないのか揺れた瞳で事の次第を見ていた。


「わかりました」


 アンネマリーは笑みを貼り付けて、立ち上がり演習場へ立つ。15m程先に人形が等間隔に10体並んでいる。

ニヤニヤ笑う男はどうやらアンネマリーが生活魔術だけの女だと思っているらしい。


(そういえば魔術の試験でこの人を見た事ないな)


 伊達に満点を取っているのではないのだぞ、とアンネマリーは思う。試験に一度も顔を出さなかった人間に馬鹿にされるとは何とも心外だ。しかも父ギュンターも馬鹿にした。


「良いですか?やっても」

「ああ、やりなさい」


 その声を合図にアンネマリーは指をパチンと鳴らした。すると指先から細い炎が飛び出し、10体の人形の首を舐める様に一斉にぼとりと落とした。そして中指をクイっと上げると地面に落ちた10個の頭がふわりと浮き上がり、アンネマリーの足元に落ちる。それを当然の様に眺める姿に皆が息を呑んだ。

 アンネマリーはグラグラと不規則に揺れる頭の一つを手に持ち、アーベルに向き合う。


「私は合格でしょうか?」


 目を見開き、呆気に取られた顔は年相応の老人に見える。つまらない挑発だった、と老人の答えを静かに待っていれば、老人はようやっと意識を戻し苦々しそうに合格だ、と言った。


「私はもう見学でも良いです?」

「あ、あぁ…」


 力なく答えた老人を横目に写し、アンネマリーは人形の頭を持ったまま屋根付きの見学席へ向かう。席に着き、まじまじとロゴを確認するが、やはり記憶にない商品だ。


「兄様にお願いしようかな」


 アンネマリーは人形の頭に魔術で文字を書き、パンとそれを叩く。すると頭は一瞬で跡形もなく消えてしまった。

 理由は簡単。頭はヘルムートのところへ転移させたのだ。今頃、彼の手元に突然現れて部下達を驚かしている事だろう。


 事を兄に丸投げし、ふう、と一息吐くとクラスメイト達の授業風景が目に入る。

 人形を派手に爆破しているのが多数で、人形にも届いていない人も居る。まだ成功している人はいなそうだ。


 サラを見つけて見ていれば、サラも人形に届いていない人達の1人だった。

 このまま1人でいても暇だし、と見学席を離れ、アーベルにクラスメイトに助言しても良いか?と聞く。不機嫌そうな声で是と言われた。


「サラ」

「アン!」


 サラの所へ一直線で行けば、愛称で呼ばれくすぐったい気持ちになった。


「さっきの凄かったわね!無詠唱なんて凄い!私なんて人形にも届かないの」


 喜怒哀楽が激しいのだろう。サラは笑顔から一気にしょんぼりとした表情になる。面白い程の急降下に悪いと思いつつも笑みを浮かべてしまった。


「これは私独自のやり方なんだけどね。まず、糸を想像するの。そして詠唱中に頭の中で形を作って、それを糸に乗せて飛ばす」

「糸?」

「魔力操作の感覚を鍛えるには導いてくれる何かを想像するのが一番やり易いの。糸は私がやり易い感覚なだけなんだけどね」

「糸、糸ね。わかった!」


 サラは両手を翳し、囁くような声で詠唱をする。どうやら土魔術を得意とするらしい。サラの手元に光が集まり、形を成形していく。そして小さい土の塊が弾丸のように掌から飛び出して行った。人形の頭を目掛けて飛んだそれは人形まであと僅かなところで失速し、空へ霧散する。あと数cmだった。何とも惜しい。

 さぞかし悔しかろうとサラを見れば悔しい処か嬉しそうに飛び跳ねた。


「凄い!あとほんの少しだった!今までずっと何mも前で消えてたのに!」


 何と教えがいのある事か。こんなに喜んで貰えると逆に恥ずかしい気持ちにもなる。

 今度はアンネマリーは手っ取り早く自分の魔力の流れを感じて貰い、感覚的に覚えさせようとサラの手を取った。


「次は私が的を打つ時の魔力を感じて。そうすれば感覚的にわかると思う」

「え!」


 突然の接触にサラは赤面した。見た事もない美人が嬉々として己の手を握っている現実に一瞬にして全身が上気してしまう。至近距離の美人は嗅いだ事のない爽やかで甘やかな香りを放っており、頭の奥がクラクラした。


(同じ女の子なのに!)


 周りのクラスメイトはその様子を羨ましそうに眺めている。自分が最初に声を掛けていれば自分がサラの様になっていた可能性があったのに!と。


 そんな周りを知ってから知らずかアンネマリーは気分良く久しぶりに詠唱をしながら炎を打つ。いつもより激しい炎は細い蛇の様に人形の腕に巻き付いて腕をポトリと落とした。


(やっぱり詠唱すると威力増すなぁ)


 サラの手を離し、顔を覗き込めば赤い顔がポカンとしていた。あまりの赤さに感覚共有しすぎたかな、と不安に思ったがサラが嬉しそうに満面の笑みを浮かべた為、それは杞憂に終わる。


「感覚わかった?」


 視界を邪魔する髪を耳に掛けながらそう聞けば、サラはまたピョンピョンと跳び始めてしまった。


「凄い!凄い!他人の魔力ってああ感じるんだね!凄い!何だか出来そうな気がしてきた!」


 今にも回り始めそうな様子だったが、突然手をグッパし始め、手を人形に向けて翳すと先程よりも大きい土の塊が飛び出た。形も先程の丸では無く円柱型で何とも殺傷能力が高そうである。

 円柱の塊は勢いを落とさず、真っ直ぐに人形の足の付け根を貫き、そして足が胴体から離れた。円柱は貫いた瞬間、地面に落ち、そのままサラサラと土に帰る。

 その瞬間をサラはこれ以上開かんばかりの瞳で見つめていた。


「サラ、おめでとう。出来たじゃない」


 その言葉にサラはくるりと振り向き、信じられないと呟いた。


「え、私がやったの?嘘!本当に?だってあんな高度な事!」

「サラ以外の誰がやったって言うの。サラがやってたわよ、ちゃんと」

「本当に?夢じゃない?」

「夢じゃないと思うわ」


 ポカンとしたサラはぎゅっと目を閉じ、そして勢い良く開いた。両手を空に向けて『やったー!』とまた飛び跳ねる。

 魔術とは感覚を掴めば簡単に出来るものだ。だがこの感覚を掴むのが一番難しい。アンネマリーがやったこの方法も加減が難しく、また受け側が変に魔力を掛けたりすると思うように出来なかったりする。ちょうどサラが呆けていたから上手くいったのだろう。


 クラスメイトはサラの成功にどよめいた。いとも簡単に成功させたからだ。アンネマリーが教えてから2回で成功。遠目で見ていたアーベルも教師型なしだろう、悔しそうにしていた。


 サラはそのままの勢いで、そんな渋面のアーベルを知ってか知らずか合格しようと見てもらう為に走って行く。感覚を忘れないうちに行きたい様だ。


 周りは次は誰に教えてくれるのか、と少し期待して様子を伺っていたがアンネマリーはそんな事微塵も思っておらずサラの後ろ姿を見てから見学席へ歩みを進める。


(一度感覚がわかれば忘れないから大丈夫)


 ふふ、と先程のサラを思い出して口元に手をやった。背中に感じる強い視線達等は少しも気にならない。


 席に戻り、広がる空を見ればそれはそれは青く美しかった。この1年だけの学園生活がどうか平穏で終わる様に祈ってしまう程に。


 だが、不意に思い出された『最期の黒い空』がそれを嘲笑うかの様に心を染めて行った。




読んで頂き、ありがとうございます。

※2022/06/30 教師の名前を一部訂正しました。

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