83.一方その頃エドウィンは
一方その頃、隣国のカドリック帝国でエドウィンは皇太子である兄、ウルリッヒと今後の話をしていた。
ウルリッヒはエドウィンと同じく黒い髪を持ち、また碧眼を持つ長身の男である。エドウィンとの違いがあるとしたら緩やかな癖のある長い髪と、鍛え上げられた厚みのある肉体だろう。服で隠れてはいるが、その下は傷跡が多く残っている。
ウルリッヒはエドウィンに比べると魔力量が少ない。だが、それを補うだけの戦闘センスがあった。散々暗殺されかけたせいか生への執念は凄く、生き残る為にはどんなに泥臭く、汚い手をも迷いなく使える。こう聞くと冷酷に思えるかもしれないが、決してそうではない。実に愛嬌のある男である。人の冗談にも乗ってやるし、自分もくだらない話をするのが好きだ。甘いものは大の好物であるし、女性に対してはシャイな一面を持っていたりもする。22歳の時に結婚をした妃に対しては流石に慣れたが、それでもたまに初心な反応を見せたりするらしい。
何故今回、このような事になったのか。それはこのウルリッヒの生い立ちにある。
ウルリッヒとエドウィンは同じ女性を母として持つ。それは今も皇后として皇帝を支えており、二人に同等の愛情を注いでいる。では、エドウィンとウルリッヒで何が違うのか。
それは父親である。
皇后には今の皇帝の前に夫が居た。それは現皇帝の兄であり、前皇帝である。前皇帝が病に倒れ、崩御されると皇后は他の業務との引継ぎと同じように今の皇帝へと嫁いだ。当時既に前皇帝との間にウルリッヒが生まれており、ウルリッヒを皇位にという声もあった。だが、3歳と幼かった故に中継ぎとして現皇帝が即位したのだ。ウルリッヒに男児が生まれ次第、皇位を譲渡する予定である。
「東部で暴動が起きたと報告があった。内乱を本気で起こすつもりらしい」
ウルリッヒはテーブルに広げた地図にポンと駒を置く。置いた場所は今回暴動が起きた町である。エドウィンはその駒を見下ろし、暫し思案すると手元にあった別の駒を地図に置いた。その場所は先に駒を置いた町より南にある山である。その地は岩山だ。目印程度に針葉樹があるだけで他には何もない。雑草もあまり生えない乾燥地帯、ではそこに何があるのか。
「山賊か」
エドウィンの意図を察したのか、ウルリッヒは顎を撫でる。
何者をも寄せ付けない山脈。だからこそ其処を根城としている者達がいる。
「こいつらは金をつめば何でもする奴らです。利用しない手は無いかと」
駒を指さしエドウィンはウルリッヒを見た。その力強い瞳にウルリッヒは口端を上げる。攻撃的な、そしてあまりに考え無しな作戦だ。今までのエドウィンからは考えられない愚策である。金で言う事を聞く者は金で立場を変える。つまりは綱渡りのような策なのだ。そのような存在にこちらの命運を託すのは愚かとしか言いようがない。
急に青臭くなった弟にウルリッヒは声を出して笑った。
「どうしました、兄上」
急に笑い出した兄にエドウィンは驚き、目を丸くした。そんな笑える話をしていた覚えはないが、兄からしたら何かあったのだろう。エドウィンはキョトンとした顔のまま兄を呼ぶ。
ウルリッヒはそんな弟の反応に手を振った。
「ああ、すまん。お前も婚約者が出来て変わったなと思ってな。そんなに早く婚約者の元に帰りたいか」
いつも冷静な弟が強引に物事を進めようとしているのは、留学先にいる婚約者の為だろう。本来であれば夏に婚約式をする筈だったのだが、今回の事で延期となった。まあ、エドウィンの婚約があったからこそこういう事態に陥っているとも言えるのだが。
エドウィンは顔を顰め、額を片手で押さえた。疲れた様に頭を振り、座っていたソファーからずり落ちない程度に座位を崩す。色々な事が重なり頭が働いていなかった事は否めない。目頭を揉み、エドウィンは兄の言う婚約者アンネマリーの顔を思い浮かべる。オパールの様に輝く髪を靡かせて笑う姿を懐かしく思う。記憶の中でしか会えないのが恨めしかった。
元々エドウィンが惚れて婚約を申し込んだので、アンネマリーとの熱量に差がある事はわかっていた。だが、ここ最近はアンネマリーから好意が感じられる事が多かっただけにこの突然の帰国は距離を詰める上でだいぶ痛手だった。それでなくても彼女は見目が麗しく、頭も良い。他の男が放っておけない存在である。警戒心が強いと見せかけて、心を許せばちょろくなる可愛さもある為、エドウィンは気が気で無かった。
だからこそ早期決着をし、アンネマリーの元へ帰りたかったのだが『急いては事を仕損じる』。
エドウィンは自分の愚かさを自覚し、ウルリッヒへ頭を下げた。
「愚策でした」
「そうだな、山賊は使えん。あいつらは駒にはならない」
笑いを含んだ声で返され、エドウィンは苦笑した。
「お前に熱をあげている令嬢の様子はどうだ?」
エドウィンが置いた駒を回収しながらウルリッヒはそう訊ねる。もう声に笑いは含まれておらず、目元にも力が込められている。兄の視線に気を引き締めながらも件の令嬢を思い出し、エドウィンはウルリッヒとは反対に力ない視線を空に向ける。それだけで理解できそうだが、エドウィンは溜息混じりに口を開いた。
「そうですね、相変わらずうるさいです」
件の令嬢の名はデニーゼ・ヘス。この国の三大公爵家の一つであるヘス公爵家の令嬢である。見た目は可憐で清純派だが、中身は過激で陰湿である。情報戦を得意としており、また格下の令嬢、令息を自分の奴隷と勘違いしている節もある為、エドウィンはデニーゼの事が幼い頃から好きではなかった。
何よりエドウィンが留学した原因はデニーゼである。彼女と彼女の父親であるヘス公爵がエドウィンの婚約者の有力候補はデニーゼであると吹聴した為、エドウィンは国を出た。まあ、そのお陰でアンネマリーとも会えたのだが。
当時、エドウィンには婚約者候補などおらず、父である皇帝も中継ぎの皇位である事を理解していた為積極的に婚約者を探したりはしなかった。変に権力がある家門の者を据えると権力争いの駒になる事が目に見えて分かっていたからだ。皇帝も皇后も、そしてエドウィンもウルリッヒが結婚するまでは婚約者候補も立てないと決めていた。なのにも関わらず、一目惚れだか何だか知らないが勝手に盛り上がり勝手に名乗りを上げたのだ。しまいにはウルリッヒに皇位はどうなのか?と発言もし始め、エドウィンを担ぎ上げようとしてくる始末。
物心ついた時より両親から言い聞かせられてきたエドウィンにとって、それは甘言ではなくただの煩い羽虫のようであった。
だから早々に国を出たのだ。自分は皇位に興味は無い、お前の娘にも興味は無いと言い捨てて。




