82.比較
いつもと違う声が出たからか、気まずい空気となったテーブル。だが気まずいと思っているのはアンネマリーとリリーだけだ。男性陣の無関心さに少し救われる。
「お前がこいつを嫌いでない時なんてあったんだな」
いや、無関心というより無神経なのかもしれない。自身の長い髪をくるくると指先で遊びながらカーティスは笑った。しかも嘲るという言葉がよく似合う顔の歪みだ。実に感じが悪い。
『なあ?』と同意を得ようと空色の瞳がアンネマリーを見たが、それに同意するほど性格は悪くない。アンネマリーはすぐに視線を外し、黙殺する。不敬でも何でも目の前の少女をこれ以上傷付ける事はしたくなかった。それをする意味も今はないのだから。
反応がないと分かると面白くなさそうにカーティスは鼻で笑った。
その声に不快感を覚え、アンネマリーは心の中で毒を吐くと、ペンを握る力を強めた。
何故この人は同行したい等と言い出したのだろうか。全くもって何も分からない。確かにあの石は気になるなものだろう。自分の領地から発掘されるものなのだから研究したいのも大いに分かる。だが今、彼は何をしている?ただ面倒臭そうにソファーにだらしなく座っているだけ。相槌もなく、口を開いたと思えば感じの悪い言葉だけ。何故ここに?暇つぶし?だとしたらいい迷惑である。
トントンとノートの端をペンで叩く。苛立ちを全てそこにぶつけ、カーティスを視界に入れない様にリリーへ再び質問を始めた。
「因みに演習の時の事は何処まで覚えていますか?」
アンネマリーの声にビクリと肩を跳ねさせたリリー。何をそんなに怯える事があるのか。アンネマリーは自身の目が鋭くなっている事には気付いておらず、リリーの様子に小首を傾げた。鋭い目つきのまま首を傾げたので脅しているようにも見え、更にリリーは顔を引きつらせる。勿論、アンネマリーには脅しているつもりなど皆無なのだが。
リリーは気持ちを切り替える為かぎゅっと目に力を入れ、ペンを走らせた。
『エドウィン殿下が来たところまでは覚えています。でもそのあとは朧気で、あっと思ったらベッドの中でした。それも数日経っていて、声も出なくなっていて』
走り書きされた文字を順々に見る。言葉の最後には黒いぐるぐるがあり、書いた文字を消した事が窺われた。
文字を何度も読み、当時を思い出す。確かにエドウィンが来てから激しくなった気がする。エドウィンは自分が好きなのだと、なのに何故自分ではなくアンネマリーを助けるのかと目を血走らせながら言っていた。
エドウィンがリリーに思いを寄せた事も、少しでも好意持ったという事実はない。だが、そうだと思い込みリリーは感情を爆発させた。
「エド、そうね。確かにそこからかもしれない。あんな風になったのは」
きっかけはアンネマリー。エドウィンがリリーの導火線に着火させた。膨れ上がった悪意、嫉妬、おおよそ良くない感情が弾け、あの現場が出来たのだろう。
エド、という言葉にリリーが反応する。文字を書くわけではないが、何か思っている表情にアンネマリーはジッとリリーを見た。一瞬苦々しい顔をしたリリーは片手で顔を半分覆うと深呼吸をする。肩が上下し、ソファーの背もたれに体を預けた。
「バルト子爵令嬢、お疲れでは?顔色が良くありません」
何も発さず立っていたゲオルグが突然抑揚のない声を出した。言われてみれば顔が真っ白な気がする。リリーはあの時の後遺症で声が出ないが、体力も落ちていると聞く。もしかしたら短時間でしか座位が保てないのかもしれない。
「すみません、気付かず。今回はこれでおしまいにしましょう」
開いていたノートを閉じ、アンネマリーは入り口付近にいるバルト子爵家の侍女へ目配せをした。侍女は頷くリリーの反応を見てから動き、リリーの横へ移動すると起立を支える為に彼女の腰へ手を回す。ぐっと立ち上がったリリーはかすかに微笑むとゆっくりと頭を下げた。
「無理をさせてごめんなさい」
本心からの言葉だが、それをリリーがどう捉えるかは分からない。アンネマリーの謝罪にリリーは首を横に振るとゆっくりと部屋を出て行った。残されたのは客人三人と僅かな使用人。アンネマリーはふうと息を吐き、ゲオルグへ視線を向けた。
「トレッチェル男爵、ありがとうございます。気付かず無理をさせるところでした」
「いえいえ、お気になさらず。そういえば令嬢はあの方と仲が悪いのですか?そういう話をしてましたよね」
ゲオルグの質問に苦笑するとカーティスが自身の髪を弄りながら笑った。
「一方的に嫌われてたんだよな?婚約者殿に好かれてっから。あと俺とも話すからか?」
自分が嫌われているというのを他人に説明するのは中々言い辛い。恐らくプライドの関係があるのだろう。だが、それを気にもせずカーティスは言い放ち、面白そうに口端を上げた。
若干嫌な気持ちになったが、そういう事です、とアンネマリーはゲオルグに小さい声で伝える。ゲオルグは特に驚くでも気まずそうにもせず、ただ頷いた。
「そうなんですね」
「ははは……」
「婚約者、と言いますとカドリック帝国の第二皇子ですか?今国に帰られているという」
「そうです。その時はまだ婚約者では無かったのですが、その……打診は受けていまして」
「その割には一緒にずっといたよなぁ?」
やはりカーティスは意地が悪い。いや、実際事実なのだが途中まで不本意でいた事も知っている筈なのにその言い方。アンネマリーは揶揄われるのに慣れていない。だからだろう、眉間に皺が寄った。
「何だぁ?その顔?」
「いや、殿下は性格が悪いなと思いまして」
今まで不敬かと思い、アンネマリーははっきり伝えた事はなかったがもう気にするのも馬鹿馬鹿しい。取り繕う表情もせず、言えば案の定気にも留めない様子でカーティスはくつくつと笑った。
「そんなん生まれつきだわ。あんなところで生きてきたら性格も悪くなんだろ。それに俺は素直だと思うぜ?お前ら貴族みたいに嘘を張り付けて話さねえからな」
「いや、嘘吐くじゃないですか。前吐かれましたよ、私」
魔石の事である。
「ああ?あれは遊んだだけだ。嘘とかそういうんじゃねえだろ」
「殿下の中ではそうなのかも知れませんね、そう、殿下の中では」
「ああ?」
不服そうな声を上げられ、アンネマリーは目を細めた。カーティスも同様の視線をアンネマリーに向けている。何故、同じ立場であるエドウィンとこうも違うのだろうか。説明は難しいのだが、エドウィンは土台がしっかりしているがカーティスはふわふわな感じがする。まあ、今回臣下の前では普通に会話が出来る事が分かったので取り繕おうと思えば取り繕えるだけの土台はあるようだが。
それにしたってこの性格はどうかと思う。
「何か?」
冷ややかな視線を向けたまま言えばプイっとカーティスは顔を背けた。どうやら気に障ったらしい。
アンネマリーはもうこの場所に用は無いとソファーから腰を上げ、業務連絡を告げた。
「次回の時間が分かりましたらまたご連絡いたします」
では、と部屋から退出する為に扉に手を掛ける。入り口付近にいた侍女が慌てた様子で扉を押さえたが、自分の手も離さずそのまま振り返らずに部屋から出た。
与えられた部屋までの道、アンネマリーは何となくエドウィンの事を考える。国へ帰ってから大分経った。当初の予定より長引きそうだという事も知っている。
何故だか無性に彼に会いたくなった。恐らく先程カーティスと比較をしたからだろう。そしてその際に、記憶の中のエドウィンが少し薄れていると気付いた事も関係しているに違いない。
アンネマリーは一つ一つパーツを嵌めるように彼の姿を瞼の裏に描く。
少し癖のある黒い髪に碧い瞳、たまに見せる目じりの下がった柔らかい微笑み、自分を呼ぶ低く甘い声。
一つ思い出すごとに鮮明になる姿。だが答え合わせはいつになるだろうか。いつか来る再会の日を思い、アンネマリーは窓から見える青空を見上げた。




