79.晩餐
時間通りに始まった晩餐会ではこの領地の名産であるエシャロットがふんだんに使用された料理が振舞われた。前菜だけだろうと思っていたのだが、デザートにまで使用されており驚いた。だが料理人の腕が良いのだろう、全て満足出来る味だった。
デザートも食べ終わり、食後の紅茶を飲む。茶葉はアールグレイだった。特徴的な香りが口内から鼻に抜ける。匂いが強い飲み物はアンネマリーの好みではないが、飲めない訳ではない。底に少し残しバルト子爵とカーティスの話に耳を傾けた。
暗愚と蔑まれているカーティスではあるが、臣下の前では普通に話をしていた。言葉遣いはあまり変わらないが、それでも嫌な顔をせず話をしている。相槌も打てるし、相手が喜びそうな質問も出来る。見た目と言葉遣いを直せば完璧な王子になれるだろう。
バルト子爵が調子に乗りそうになると、それとなく軌道を修正しそれを封じる。
(本当に勿体無い。ちゃんとすればもっと評価も上がるのに)
アンネマリーはそう思い、手元のカップに視線を向ける。薄っすらと残る中身が何かの拍子にゆらりと揺れた。何だと思い、揺れの原因を見れば隣に腰掛けるゲオルグと目が合った。
「ヘルマン侯爵令嬢、この後どうでしょうか」
紫色の瞳が微笑みと共に細められる。胡散臭い顔だとアンネマリーと思った。それと話などしたくはないと。だが、前も言ったが断わる事など出来ない。アンネマリーは暫し考え、頷いた。
「ええ、大丈夫です。侍女も一緒で構わないでしょうか」
「それは勿論」
ゲオルグは壁際に居るアンネマリーの侍女へ視線をやり、柔らかく頷く。突然見られた侍女は体を固まらせ、徐々に顔を赤く染めた。手慣れた様子を見るとやはりただの女好きなのかもしれない。
身内に理想の美形であるヘルムートがいる為か、アンネマリーの美形の基準は他人より少し水準が高い。ゲオルグに対しても恐らく美形の類なのだろうなと感じるだけで彼が美形かどうかはわからない。侍女が微笑まれただけで頬を染めたという事はほぼ初対面でも嫌悪感を抱かない程度の見た目である事は間違いないのだろう。
腹の底が分からぬ仮面をつけた顔つきは飄々という言葉が良く似合う。真意の分からぬ視線は熱を感じるが、面と向かっているとそれが弱まるのがアンネマリーには不思議でならなかった。
侍女から視線をテーブルに戻し、アンネマリーは僅かに残った紅茶に口を付けた。もう冷めきった温度に喉が少し驚く。
「では、食事が終わったら。夕方に少し散歩をしていたら話をするのに良い場所を見つけたのでそこで話しましょう。なに、そんな疚しい場所ではありません」
カップをソーサーへ戻すと同時にそう言われ、アンネマリーはそれを了承した。返事をしながら『疚しい場所』の基準を考える。この場合、疚しいとは逢引きするような人目に付かない場所の事を言うのだろうか。だとすると比較的人の目がある場所なのかもしれない。そんな場所で一体何を話す事があるのか。隠れずに話せる内容であればここで話しても良いと思うのだが。
その指摘をここでしていいものかとアンネマリーは考えたが、一対一で話さないのであればいつ話しても同じだと考え直し、両手を膝の上に置いた。
ふと視線を向かい側に向けると呆れたような目をしているリリーと目が合う。目が合うとリリーはふるふると首を左右に振り、額に手をやり俯いた。どうやら馬鹿にされているようだ。アンネマリーはにっこりと微笑み、笑顔で圧をかけた。
晩餐会も終わり、部屋から退出する際にアンネマリーは侍女へゲオルグとの話の件を伝える。侍女は既に退出し、廊下で待っていたゲオルグへ視線を向けると顔をほんのりと赤くした。どうやら侍女はゲオルグの事がお気に召したようだ。
「ナディネ?」
動きの止まった侍女に対してアンネマリーが疑問形で名を呼べば、侍女は慌てたように手を動かした。そして腰を曲げ『承知しました』と動揺の見えない声を出す。
ゲオルグに案内され、辿り着いたのは屋敷の裏にある小さな庭園であった。メインの庭ではないので、手入れは程々だ。装飾に使われている石材やインテリアはほんのり緑がかっている。この苔は手入れ云々もそうだろうが大きな屋敷の陰と北側に面している立地も関係しているだろう。
夜でも装飾の苔がわかるのは多く設置されている外灯のお陰だ。暗い場所という事でメインの庭よりも多く外灯が設置されている気がする。実際は密度の問題で多く感じるだけだが。
確かにこの明るさといい、屋敷の裏側とはいえ、渡り廊下からも見える場所は疚しい場所ではないのかもしれない。
統一感のある外灯の中、ゲオルグの後ろをついていく。それ程大きくはない庭の為、目当ての場所は直ぐに分かった。それにそこは四方の屋根に照明がついており、他より一層明るい。足元の石畳の音がひとつ消え、ゲオルグがアンネマリーに手を差し出した。
僅かにある東屋の段差をゲオルグの手を借り上がると、六角形のガーデンテーブルをはさむ様に置いてある椅子にハンカチを敷かれる。アンネマリーは素直にそこへ腰掛け、目の前に座ったゲオルグへ微笑んだ。
「それで、お話とは何でしょうか。トレッチェル男爵」
早々に話を終わらせたいアンネマリーは着席と同時に話を切り出す。いくら侍女がいるとはいえ、あまり良い印象を持っていないゲオルグと共に居る事が嫌だったのだ。それに侍女には悪いが、親しくなる気も更々無い。当然、この日程が終われば会うつもりも無い。
それにアンネマリーはこの男を見ていると心がざわつく。本当に嫌なほど。それが視線のせいだともわかっているが、落ち着かないざわつきはじわじわと心を蝕んだ。ありもしない考えが浮かび、その度に呼吸が止まる。ドクンドクンと心臓の脈打つ規則的な音が意識せずとも耳の奥に響いた。
アンネマリーはゲオルグの切れ長の目をにこやかに見る。ゲオルグもアンネマリーを微笑みながら見ていた。微笑みあい、一見和やかに会話をしている風に見えるが、少なくともアンネマリーの心中は決して穏やかなものではなかった。




