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75.不機嫌な殿下


 いっそ訪問を拒否してくれたらとリリーの返信に希望を持っていたが、返ってきた返事は『お待ちしています』との言葉だった。本来だったら喜ばしい言葉であるが、カーティスも同行するというだけで最悪な言葉となる。何故王族と出掛けなければならないのか。護衛はどれくらいなのだろうか。アンネマリーひとりの場合は転移術で移動するのだが、カーティス他多数であるなら馬車移動となるだろう。


 リリーが療養しているバルト子爵領は王都から東に位置する小さな長閑な場所だ。距離的には馬車で二日というところだろう。街道が通っている為、道は平坦だがそれでも長時間の馬車移動は精神的に疲れる。アンネマリー自身のお尻の心配もし、その日までにお尻に優しいクッションを開発することに決めた。


「殿下、リリーさんから返事が来ました。いつでもよろしいと」


 魔石に魔力を込めているカーティスに手紙の内容を伝えると、カーティスはアンネマリーの方を一瞥もせず『いつにする?』と尋ねてきた。日程はカーティスに合わせるつもりであった為、アンネマリーはその旨を伝える。


「それは殿下に合わせようと思います。私より殿下の方がご多忙かと思いますし」

「それもそうだなぁ」


 間延びした平坦な声の後、カーティスは離れた場所にある卓上カレンダーを見るとある日付を指定する。その日は王妃生誕祝いの夜会、一週間前の日だった。


「どうだよ」

「私もその日で問題ないです。ではその日で打診してみますね」

「ちんたら手紙のやり取りすんだろ。俺が手配するからお前手紙だけ書けや」


 王子とは思えぬ口調で言われ、アンネマリーは顔を顰める。


「なんだぁ?その顔はよ」

「いえ、何でもないです。今返事書きますね」


 あからさまな顔を指摘されたが適当に誤魔化し、ごちゃついていない机に向かう。移動しながらあちらこちらにあるインクの瓶を一つ拝借し、ついでに棚にある明らかにカーティスのものでは無さそうな便箋と封筒を抜き出した。本日は機嫌が悪そうなカーティスの機嫌を更に悪化させないよう手早くペンを走らせ、書き終えるとその手紙をカーティスへの邪魔にならぬように渡す。殿下、と声を掛け渡したがいつもより冷たい空色の瞳がアンネマリーを一瞬見たかと思うとすぐにそらされ、乱暴に手紙を取られた。流石の態度にイラっとしたが、これでアンネマリーも機嫌を悪くしたら居心地が悪くなる。文句をぐっと飲みこみ、無理やり笑みを作るとアンネマリーはカーティスの場所より机三つ離れた長机に移動した。


 机に置いたのはあの原石である。透明の何も施していないもの。それを柔らかい布の上に置くと、アンネマリーは準備しておいた金槌を高く振り上げた。ゴッと鈍い音が響く。だが音は思った程大きくはなく、カーティスもこちらを向く事はなかった。

 アンネマリーは金槌で叩いた原石を覗き込む。やはりというか何というか、傷ひとつ付いていない。所詮女の

腕だから、と思うかも知れないが所持していた一般的な魔石はこの一撃でいとも簡単に砕けた。という事は砕けなかった理由に女の力云々は無いだろう。


 原石を手に取り、今度は魔力が入るか試してみた。しかしグッと力を込めても何も変化は起きなかった。やはり物理ではなく、魔術で刺激するのが良いようだ。因みにアンネマリーはまだカーティスからこれ以外の方法を聞かされていない。自分の手の内だけ見せられ、とても損した気分だ。


 何だか急に面倒くさくなり、アンネマリーはふっと小さく息を吐いた後、原石を制服のジャケットにしまい込んだ。そして機嫌の悪そうなカーティスを一瞥した後、部屋から出る。勿論退室時はきちんと挨拶をした。いくら面倒臭くてもそれくらいの事は出来る。何たって相手は腐っても王族、無言で帰る事など誰が出来ようか。


 廊下へと出たアンネマリーは足早に学園の敷地内を抜けると、勢いのまま転移術を使用した。一瞬で家へ着き、自室へ向かうと制服のジャケットを脱ぎ捨てた。機嫌の悪い人と同じ空間は実に疲れる。

首に手を当て、左右に伸ばしているとアンネマリー付きの侍女 ジェリーがノックをして入室してきた。そして絨毯の上に落ちているジャケットを見て驚きで目を丸くさせた。


「あらあらあら」


 床に脱ぎ捨てたものを見られ、ほんの少し気まずく思ったアンネマリーは苦笑しながらジャケットを拾った。


「勢いよく脱ぎすぎちゃったの」


 半分嘘で、半分本当である。言い訳を口にすればジェリーは顔中の力を抜いたような笑みを見せた。


「もう素敵なレディーになったと思ったのですが、まだ可愛らしいところがおありですねぇ」


 ほほほ、と笑われ、ついでとばかりに着替えの手伝いをされる。まだ子供と暗に言われ否定出来ないのがほんの少し悔しかった。


 着替え終わったアンネマリーは自室から父親のいる執務室へと向かった。ジェリーに聞けば今日ギュンターは城へは出仕せず家にて仕事をしているとの事。ちょうど良い機会なのでリリーへ会いに行く事を伝える事にした。


 執務室の扉を軽く二回ノックすると中からギュンターの声が聞こえてきた。


「どうぞ」


 返って来た声に扉を開けば眼鏡をしているギュンターと目が合う。娘の訪問に微笑むと休憩とばかりに眼鏡を外した。


「どうしたんだい、アン。珍しいね、ここに来るなんて。最近は書庫に籠りっぱなしだったし」

「父様に報告したい事がありまして」

「報告したい事?今調べている事かい?」

「それに関連していることです」


 ギュンターはアンネマリーをソファーへ座らせると自分も反対側に腰を下ろした。すると出来た執事がすぐさまお茶を入れ、目の前にクッキーが置かれる。それを手に取り、一口齧ったアンネマリーは咀嚼が終わってからリリーの件を話し始めた。


「魔獣討伐演習の際に後遺症を負った女生徒に会いに行ってきます。カーティス殿下と共に」


 カーティスの部分は苦々しくアンネマリーは口にした。不本意そうな娘の反応を見てもギュンターは『カーティス殿下』という言葉に驚く。何故あの変わり者の第二王子と?と疑問ばかりが浮かぶ。


「なんで殿下と?」

「話の流れです。不本意ながら」


 ぶすっと端的に言うアンネマリーにギュンターは戸惑った。どういった話の流れでそうなったのかを説明して欲しかったが、あまりにも不服そうな顔の娘を見てギュンターは深追いを諦める。それに正直父親としては少し心配ではあるが、王族と一緒であれば警備の数は多い筈。アンネマリーひとりで行くよりも断然安全な旅となる筈だ。

そう考えたところでギュンターは小さく咳ばらいをした。


「わかった。気を付けて行ってくるんだよ」


 父の心配にアンネマリー頷いて返事をすると、またクッキーを口に入れた。帰宅してからも苛ついていた気持ちがバターと共に溶けていく心地がし、アンネマリーは漸くホッと一息つけた。





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