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72.夜会の招待状


 共同研究をすると言ったものの、ここ最近アンネマリーはヘルマン侯爵家の書庫に入り浸っている。理由は言わずもがな、妖精とあの闇の関係を調べる為だ。ヘルマン家は先祖が妖精という事もあり、妖精についての蔵書が多い。だがまだ思うようなものは見つかっていない。そもそもヘルマン侯爵家には書庫が二部屋ある。一部屋は本館にあり、もう一つは研究棟の地下だ。湿気が多いのであまり書庫には向いていないのだが、何かしらの魔術を施されているのだろう、保存状態は良好で何十もある本棚に様々な分野の書物が収められている。蔵書数は研究棟の方が遥かに多い。


 そんな二つの書庫を行ったり来たりしながら本を読み漁る。アンネマリーの母エリゼがその姿を見て『一か所が見終わったらもう一か所に行けば?』と至極真っ当な意見を言っていたのだが、出来るならそうしている。だがどうしても文献をずっと探していると飽きるのだ。だから気分転換を兼ねて移動をしている。あと移動しながら考え事をしていると思考がまとまりやすいというのもあるのだが。


 アンネマリーは本館にある書庫の本棚の前に簡易的な椅子を設置し、そこでいつもと同じように文献を読み漁っていた。集中していると周りの音を一切遮断してしまうのだが、その日はたまたま別の事を考えていたところに書庫の扉が開く音を聞こえ、本から視線を上げる。

 広い書庫の中間あたりに居たアンネマリーは足音からそれが兄であるヘルムートであると分かった。椅子を畳み、本棚の側面に立てかけるとアンネマリーはヘルムートの前に姿を見せる。どうやらヘルムートの目的もアンネマリーであったようで丁度良かったという風に眉が上がった。


「お前は本当に本の虫だな」

「今は好きで本の虫をやっている訳ではないです」


 嫌味と言えなくもない言葉を吐かれ、アンネマリーは溜息を洩らしながら肩をすくめた。その姿を見てヘルムートは小さく鼻を鳴らすと手に持っていた手紙を見せてきた。


 手紙と言えば先日リリーへ送った手紙だ。まさか返事が来たのかと驚いていると全く違うことを言われる。


「来月に王宮で夜会が行われる。それの招待状が届いた」

「夜会?夜会ですか?今の時期に?」


 アンネマリーは小首を傾げ、思案するように視線を上げ何もない空間を見た。王宮で行われる夜会はそう無い。あるとしたら国王の生誕祭か何か大きな討伐前やその後に行われる。指を折りながら考えていたところ、ヘルムートの呆れの混じった溜息が聞こえ、アンネマリーは視線を元に戻した。すると見えたのは呆れかえったヘルムートの顔だった。


「毎年この時期にある王妃の生誕祭だ」


 王妃の生誕祭。言われてみればそういうものがあったような気がする。何分、アンネマリーは今までそういう催し物に一切参加していなかった為、そういうものにとても疎い。国王の生誕祭があるのであれば王妃もあるのは当たり前かとアンネマリーは『ああ!』と手を叩いた。そのおどけた態度にヘルムートは眉を顰め、眉間をつまむように揉んだ。


「それでそれがどうしたのですか?もしかして私にも届いたとか?」


 嫌味が飛んでくる前に尋ねれば、睨むような視線を送られる。いつもの事ではあるが、中々の鋭さにアンネマリーは少し怯んでしまった。美形の睨みは効果二倍だ。


「そのもしかして、だ。お前は社交界デビューしていないが例外で呼ばれた。そもそもその年齢で社交界デビューしていないのがおかしいのだがな」

「いえ、ほら。私引き篭もっていましたし。お外怖かったので」

「ああそうだな」


 抑揚のない冷たい相槌に背中がゾクゾクする。氷結のマリオネットと恥ずかしい呼び方をされているヘルムートではあるが実際は全く無表情では無い。喜怒哀楽の怒と呆れ顔は良く見る事が出来る。それはもしかしたら家族、アンネマリー限定の事なのかも知れないが。そしてアンネマリーはと言うと冷たい視線を浴びせられる度、心の中で彼のあだ名である『氷結のマリオネット』という名を嘲笑するように唱えていたりする。


 本日何度目かの溜息を吐いたヘルムートは招待状をアンネマリーに渡すと中身を見るよう促す。初めて見る王宮の招待状の豪華さと封蝋に感動しつつ中の手紙を抜き出せば、やはりあまり見ない上等な紙が現れた。


「凄い、何この紙……」

「良いから早く読め」


 苛立ちを隠しもしないヘルムートの言葉に素直に従い、アンネマリーはそれに目を通した。書いてあったのは日程、服装、注意事項。その中に当たり前のように『パートナーと共に』と記載があった。


「パートナー……」


 その言葉をぽつりと呟く。

 パートナーは妻や夫、婚約者が務めるのが主だ。未成年者や婚約者がいない人は身内がなるもの。つまり本来であればアンネマリーのパートナーはエドウィンとなるのだが彼は残念ながら今この国に居ない。という事は身内がパートナーとなる。

 アンネマリーはじっと目の前の兄を見た。


「つまり当日のパートナーは兄様となるのですね」

「そうだ。本当は父上がやりたかったようなのだが、母上が一人になってしまうと言ってな。お前の社交界デビューのパートナーは俺になった。不服か?」


 薄目で見降ろされ、嘲る様に言われた為ヘルムートの方が余程不服に見えるとアンネマリーは小さく笑ってしまった。妹のエスコ―トが嫌なのであればさっさと婚約者の一人や二人作れば良いものを。そうすれば自分の好きに出来るだろうに。折角見目麗しく生んで貰ったのだから、それを有効活用するべきだ。アンネマリーは口には絶対出来ない事を考えながらにっこりと微笑んだ。


「不服だなんて滅相もない」


 オーバーな程身振り手振りで答え、手紙を封筒の中にしまう。家でくつろぐ用のゆったりとしたワンピースの大きなポケットに封筒を詰め込んでいると強い視線を感じた。何事かとアンネマリーがヘルムートを見ればより深い眉間の皺が目に入る。何をそんな目で見る必要がある?疑問に思いながらその皺を見つめていると苦々しそうにヘルムートが口を開いた。


「お前、仮にも侯爵家の令嬢だぞ。その服はなんだ。普通令嬢の服にそんな馬鹿でかい収納はない」


 まさかたかがポケットの事で眉間の皺を深くしていたとは。それに驚いたアンネマリーはポケットがあるスカートの部分を摘まんで反論をした。


「令嬢云々はやめましょう。それにポケットは大きいに越した事はないのですよ?手ぶらの方が優雅じゃありません?」

「ポケットパンパンな令嬢が優雅だと思うか。姉上は家でもそんな恰好はしていなかったが」


 なんと小うるさい男だろう。家なのだから好きな恰好しても良いと思うのだが、どうやらヘルムートはそうは考えていないらしい。姉を引き合いにだされ、アンネマリーは不貞腐れた様に口を尖らせた。


「姉様は姉様です。私はあんなに完璧な淑女にはなれませんよ。まず頭の作りが別方向です」


 アンネマリーの姉であるユリアンは長年社交界の花として君臨している存在だ。それは結婚をした今でも変わらない。未婚、既婚問わず理想の淑女として崇められているのだ。そんな存在を引き合いに出されアンネマリーが不満に思わない訳はない。アンネマリーはユリアンが好きだし、尊敬している。だが、それとこれは別だ。本当に性格や趣味嗜好が違うのだ。姉のようになどなれる訳がない。


 ヘルムートはアンネマリーの指摘に思うところがあったのか、『それもそうか』と言うと何事もなかったかのようにアンネマリーに背中を向けた。


「調べ物も程ほどにしろ、いいな」


 書庫の扉が閉まる瞬間、そう言う兄の声が聞こえアンネマリーはクスリと笑う。素直に心配していると言えば良いものを。こういうのを何と言うのだったか、と考えながら調べ途中の本棚の前へと戻った。




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