71.サンゼランカの森
カーティスと共同研究を始めたアンネマリーはその研究の拠点を学園内にある特別室へと移した。豪華な造りの部屋なのだが、カーティスがいじりまくり今はその豪華さが成金の悪趣味のようになっている。これは卒業後に改修をするのだろうかと疑問に思ったが考えても仕方が無い事だと緩く首を振った。
アンネマリーはカーティスの対面に座り、自身の魔石を手の中で転がす。
「私がそれに気付いたのは感情干渉の値が飛びぬけていたからです」
話はどうやって魔力を込める事が出来たのか、という話だ。アンネマリーは透明でなくなった石をローテーブルに置いた。
「解析結果は明日にでも持ってきます。見た方が早いと思いますから」
カーティスはテーブルに置かれた石を手に取ると透かすように上に掲げた。淡い黄色い石に光の粒が混じって見えるそれはアンネマリーが付与した魔石。その能力は守りである。
一般的な魔石と同等のものに仕上がってはいるが、やはり感情干渉が強いのか見ていると不思議な気持ちとなってくる。
カーティスは真面目な顔で一通り見ると、顔をいつものにやついたものに戻した。
「で?お前はどうやってこれを作ったんだ?」
テーブルに戻された魔石をアンネマリーは再び手に取り、カーティスと同じように透かす。魔石の色と相まって光の塊のように見えるそれを見ながらアンネマリーは話し始めた。
「強い衝撃を与えました、とても大きな衝撃を」
「衝撃?」
カーティスが知るものとは違うのか、面白そうに口端を上げた。アンネマリーは頷き、説明を続ける。
「感情干渉の事を中心に私は考えました。そして思い出したのです。昔読んだ文献の中で、妖精の多くは感情干渉をすると。ほら、よく言うじゃないですか。妖精が惑わす森とか、そういうのです。そして妖精は衝撃に弱いと記載があって」
「衝撃によえーのか?」
「もう妖精はいないので実際には知りません。ですが、文献にはそう記載がありました」
しれっとアンネマリーは説明したが、実際は嘘半分である。妖精が衝撃に弱いのは前世の記憶だ。彼らは雷撃等の激しい攻撃に弱い。近くで戦争が行われると一斉に姿を消すのだ。それがどんなに彼らの理想郷であっても。
「これは妖精の気質に似ているのでは?と思ったのです。勿論妖精など見た事もない。実際居たのかもわからない、でもただの魔石にしては感情干渉の値がおかしい。ならばもし、これが妖精の何かであったのなら」
アンネマリーの空想めいた話にカーティスは真剣に耳を傾けている。口元はにやついているが、目に馬鹿にするものは感じない。アンネマリーはカーティスの様子を確認し、話を続けた。
「殿下、殿下は前に魔石のようなもの、とおっしゃいました。殿下も同じように考えていたのではないですか?」
アンネマリーの問いにカーティスはにやりと笑った。肯定とも否定とも取れない反応ではあったが、じっとアンネマリーはカーティスを見続ける。
「これ、何処で発掘されたか知ってるか?」
「以前、殿下の領地で見つかったと」
「領地の何処で見つかったかだ」
にやにやとした顔を崩さず、カーティスはそう言うと自分の指にはまっている悪趣味な指輪を撫でた。アンネマリーは暫し考え込み俯くと、何かに気付いたのかハッと顔を上げた。
「迷いの森ですか?」
その答えは正解であったようでカーティスが満足そうに頷く。
「やっぱ思うところは一緒だよなぁ。多分この石は妖精が関係してんだと思うわ」
カーティスが与えられている所領は王都より北にある避暑地として有名な場所である。小さな所領ではあるが財源は豊富で代々王族が管理してる。そんな避暑地の名所の一つにサンゼランカの森という場所がある。平坦な舗装された道に、木々のアーチ、そして5段にもなる荘厳な滝。滝つぼに落ちる飛沫は霧のように細かく天気の良い日は常に虹がかかっている。
そんな神秘的な場所であるが、遥か昔は妖精界と人間界の境目があり森に入る人間を多く迷わせたという伝承が残っているのだ。
「殿下はこの石の加工をどうやっていたのですか?」
「ん~?知りてぇか?」
「はい。その為に協力を求めたと言っても過言ではないので」
素直に口にしたアンネマリーに対してカーティスは面白そうに小さく笑うと、新しい石をアンネマリーに投げた。
「今度教えてやるよ」
落とさないようにキャッチしたアンネマリーはカーティスの言葉に不満そうに眉根を寄せる。そして手のひらにある新しい石を見た。それは何も施されていない透明の石。これでまた何かを調べろという事なのだろう。不敬にならない程度に視線を鋭くすると嫌味なくらい口端をにっこりと上げられた。
帰宅したアンネマリーは日課となっている研究棟へと足を運んだ。新しい石を手に入れたので、また何か新しい発見がないか研究の日々だ。カーティスが言うには妖精が絡んでいるのであれば一筋縄ではいかない筈、との事。ヘルマン侯爵家には妖精の血が入っている、であれば思考が近いのではないか?とも言われた。冗談で言った事は分かっているが、何となくアンネマリーは癪に障った。妖精と思考が似ている訳はない。
新しい石を保管用の木箱へ収納したアンネマリーは研究室にある休憩用のソファーに身を沈めた。石の加工方法等は分かった。あとこの石の気質のようなものも。だが、肝心な事はまだ不明なままである。
何故、リリーやアーベルがあのようになったのか。あの黒い靄は、どろりとしたものは何だったのだろう。何故あのような竜もどきが現れた?絶対にあの石が鍵の筈。だが、まだそこにたどり着くには情報が足りなかった。
アンネマリーはソファーに身を任せながらボーっとあの時の事を考える。感情的な二人と割れたペンダント、そしてあの禍々しい黒い靄。石が媒体となり闇を呼び寄せたと考えるのが一番しっくりくる。石に呪いか何かを掛けられており、それが割れた拍子に出てくる。もしかしたら悪感情を増幅させ、リリーを嫉妬深くさせたのもあのペンダントの石かもしれない。そしてその感情を吸い込み、呪いが増幅されあのような禍々しいものが出てきた。
だがこれは想像の域に過ぎない。何の検証もしていないし、どう証明したら良いのかもわからない事象だ。頭の中で理論を組み立てようにもそれが出来る知識が無い。アンネマリーは明日からまた文献漁りから始める事に決めた。
「そうだ」
そしてもうひとつ。領地に帰ったリリーへ手紙を書く事にした。内容はあのペンダントの事。そして感情の起伏がどうであったかという事。あの事件の後遺症で言葉を発する事が出来なくなったリリー。脳に少し障害があるかもしれないと言われていた為、返事が来る事は期待しないが、返ってくる可能性にかけてみる。
リリーからしたらアンネマリーは嫌悪の対象かもしれない。だが、正直それはお互い様だ。アンネマリーだってあの事件を調べてなければリリーに好き好んで手紙など送りはしない。
ソファーから起き上がったアンネマリーはリリーへの手紙の内容を端的にまとめ、そして飾り気のない便箋に書き始める。時候の挨拶もそこそこに本題へ入り、1枚で収まった短い手紙。愛想のない内容を確認し、その素っ気無さにアンネマリーは自分で書いたのにも関わらず思わず笑ってしまった。




