69.感情干渉
夕食のことも考え、軽食ですませたアンネマリーは軽く腹を満たした後、自室へ戻り二種類の魔石を机の引き出しから出した。一つはアンネマリーの魔力を帯びたもの、もう一つは先日貰った何の加工もされていないものだ。二つを机の上で暫し見比べたアンネマリーはふむ、と腕を組む。
「見た目が違うのは当たり前だけど」
原石の方を手に取り、少し撫でてみる。そしてほんの少し魔力を流してみた。折角原石を貰ったのに何て勿体ない事を、と事情を知っている者がもし見ていたら言いそうだが、そんな事お構い無しに手のひらに魔力を込める。自分の手の中にほわりとした空気が巡り、留まる。それはどういう事なのか、それをアンネマリーは理解して魔力を込めるのを止めた。
「違和感はこれ、か」
苦笑に似た声を出したアンネマリーは、魔石を握り締め、肩を落とした。
アンネマリーはカーティスが渡した原石を疑っていた訳ではない。だが、貰った時に感じた違和感の正体を追求しない訳にはいかなかった。
何故、カーティスが最初に加工したものを渡したのか。それはきっとそうしないとアンネマリーへやりたかった事、つまり魔石に魔力を込めて貰うという行為が出来なかったからだ。
この魔石は普通ではない。それが今分かった。
どうやら通常と同じ手順ではこの魔石には魔力を込める事が出来ないらしい。研究棟に行かなくても判明した事実にアンネマリーは溜息しか出てこない。これは中々難解である。そりゃあ、魔導具マニアのカーティスが研究に没頭するわけだ。
ではどういう原理で加工に至るのか。
当初考えていた手順、方法を全て頭の中で組み換え直し、二つの魔石を不要な小箱に詰めたアンネマリーは部屋を出た。
研究棟までの道も思考を止めず、挨拶をしてくる使用人達への返しも適当に通り過ぎる。考えながら歩いていると様々な事が頭から湧いてくる。不意に原石を手に入れて解析が上手くいきそうだと考えていた少し前の自分を殴り飛ばしたくなった。
本館を出て、研究棟へと続く渡り廊下を足早に進み、程よく古ぼけた扉を開けば埃と薬草の匂いが鼻腔を擽った。建付けが年々悪くなっており、扉から手を離せば勢いよくバタンと扉が閉まる。いつもなら驚きで肩を上下するのだが、今日に限っては思考を繰り返すアンネマリーに音は聞こえなかった。
石造りの階段を上り、2階のアンネマリーが主に使用している研究室へと入ると、アンネマリーはまず原石を魔力分析器へとかけた。ガラス玉のように透明な石は液体の中に入れると同化したと勘違いしてしまう程、液体に馴染んでいる。よく目で追っていなければ姿を見失ってしまうだろう。
アンネマリーは石に意識を集中させながら分析器のスイッチを押す。動作音と共に中のトロミを帯びた液体がゆらりと揺れ始めた。
ブオンブオンと動作音が響き、液体が規則正しく揺れ、魔力を求めて光る。通常だとこの光の測定に魔石が反応して何かしらの事が起こるのだが、この魔石はうんともすんとも言わない。いや、変化がない。これは本当に魔石なのか?ふつふつと疑問が湧いてきたが、それと同時にワクワクと心が躍ってきた。疑問が湧くほどに、高まる興奮。これは未知のものに対して心が高鳴っているに他ならない。
「心臓痛くなってきた」
興奮のあまり胸が痛みだす。左胸に手を添え、息を吞みながらそれを見守る。手を当てている胸が驚くほど早鐘を打っていた。興奮のあまり、視界が狭窄してきた気もする。瞬きも少なに機械が止まるのを待っていると機械の振動が終わり、分析結果が印刷され始めた。ガタガタと出てくる紙を全て排出される前から覗き込んでいるとひとつの項目に目が留まった。
———魔力容量値【測定不能】
「測定不能……」
結果が全て出きった後も、その単語を見つめ続ける。見た事がない言葉にゴクリと喉が鳴った。アンネマリーは興奮を隠しもせず乱暴に結果を切り取ると、実験道具が乱雑に置いてある長机に腰を掛けた。
上から下まで結果を何度も見る。手に力が入っているのか触れている部分がくしゃりと歪んだ。だが、歪んだのは紙だけではない。アンネマリーの眉間に皺が寄る。
「これは……」
予想以上の結果、そう予想以上過ぎる。
魔力を取り込むには十分すぎる程の器を持ちながら、何の個性もない石。だが一点があるが為にそれの異様さが目立つ。
下から5つ目の項目、感情干渉。その部分が見た事も無い程、高い数値を示していたのだ。
感情干渉とは魔石の発動時に感情が高揚すれば高揚するほど威力が強くなる。だが一部の研究者の間では魔石が感情を引き出しているのでは?とも言われている。感情という測ることが出来ない曖昧な情報に高く反応する魔石。
カチャリとピースがはまる音が聞こえ、アンネマリーは身震いをした。
「やっぱりそうだったんだ」
紙を持つ手の力が抜ける。ぶらりと下した腕が机の縁にぶつかり、手から紙がひらりと落ちた。
きっとこの魔石があの事件に絡んでいる。確信を得たアンネマリーは机に腰かけたまま、窓の外に目を向けた。まだ陽は落ちていない。つまりはまだこれについて調べる事が出来るという事だ。
机から腰を下ろし、床に落ちた紙を拾ったアンネマリーはその紙を様々な文字が並んでいるボードに張り付ける。これから行う実験に心が落ち着かないのか、紙は斜めに張り付けられた。
きっと、100%に近い確率でこの魔石がリリーのペンダントの石に違いない。だが、まだそれを他人に絶対だと説明できるだけの証拠はない。震える手を制しながらアンネマリーは手元にあったメモ紙に頭の中の計算式を書き出していく。
この魔石の可能性を記し、理論立てる。恐ろしく楽しい作業にアンネマリーの口角は自然と上がっていった。




