68.前向きに考える
暖かいベッドの中で蹲っていたアンネマリーは段々と覚醒してきた頭で、のそりのそりと上体を上げた。閉じていた瞼を擦り、ゆっくりと開ける。カーテンが閉められている為、外の様子から時間を測る事は出来ない。壁際にある時計を見て、自分が思ったより長く寝ていた事を知った。
今は15時。昼をとうにすぎている。
アンネマリーはスッキリとした頭でベッド横にあるサイドテーブルのベルを鳴らす。涼やかな音が響くと直ぐに部屋の扉が開いた。来たのはアンネマリー付きの侍女、ジェリーだった。
「おはよう、ジェリー」
「ふふ、おはようございます。アンネマリー様」
「びっくりするほど寝てたみたい」
「ご心配なさった奥様が何度かお部屋を覗いてましたよ」
「死んでるかもしれないって思ったのかしら」
自分の母親ならそう思うに違いないと苦笑し、アンネマリーはベッドから抜け出した。
ジェリーはアンネマリーにストールを掛けると厚手のカーテンを開け、換気のためにベランダへと続く窓を開ける。心地よい風が部屋を通り、籠った空気が一掃された。改めて起きた心地となったアンネマリーは雲が多い空を見る為にベランダへと近付く。
(そういえば夢を見た気がする)
肩に掛かったストールを落ちない様に胸元で握り、夢の事に意識を集中させる。だがぼんやりとしか思い出せず、胸にもやもやが溜まった。
何だかとても気味が悪かった気がする。ぞわぞわとする様な、そんな夢。
輪郭さえも曖昧でモヤの様に頭を掠る。思い出そうとも何処から糸口を探せば良いのかも分からない程ぼんやりとしていた。
「なんだっけな」
深追いしたい気持ちだったが、思い出せないものはしょうがない。首を捻ったアンネマリーは後ろに控えるジェリーへ振り返った。
「夢を見たんだけど、忘れちゃった。何か気味が悪かったのは覚えてるんだけど」
ジェリーは『あらあら』と笑った。
「夢なんてそんな物ですよ。それよりも食事はどうしましょうか?」
食事、という言葉に体が反応してお腹からグーと異音が鳴る。そういえば朝も碌に食べていない事を思い出し、アンネマリーは腹を押さえながら頷いた。
「そうね、お腹ペコペコみたい。軽いので良いから貰えるかしら」
「お部屋でお召しになりますか?」
部屋で食べても良いが、1日部屋に篭るのも時間を無駄にしている気がする。部屋は居心地が良いので出たくない気持ちもあるが、ご飯くらいは部屋から出た方が良いだろう。
「どうしよう……。下で、ダイニングで食べるわ」
少し考えた末、そう答えたアンネマリーはジェリーと共に部屋を出る。
廊下ですれ違う人がやっと起きたのかという顔をことごとくしていて口元が緩む。自分でもよくこんな時間まで寝ていたと思ったのだ、他人なら尚そう思う事だろう。母であるエリゼに至っては死んでいるのかと呼吸を確かめに来た程だ。
(そういえば寝たら少し不安が減ったかも)
寝る前はあんなにエドウィンの事を考えていたのに、起きたら少し忘れていた。思考が整理され、うまく収納されたという事なのかも知れない。
深く考えてもしょうがない。心配してても自分は側には行けないのだ。ならば帰ってくるのを待つしかない。
いや、行こうと思えば行けるだろう。だが彼を担ぎ出そうとしている人達にとってアンネマリーという婚約者は邪魔者以外何でもない。排除の動きで危険に陥るに決まっている。そうなったら自分は足を引っ張る事しか出来ない。だったら此処で大人しく待つのが正しい選択だ。
エドウィンの話だと彼に恋慕している令嬢が絡んでいるという。ならば本当にアンネマリーは変に動かない方が良いのだ。自国で自衛に徹する。そして全てを終わらしたエドウィンをこの国で迎えるのだ。その時は両手を広げ、再会の抱擁をしよう。
全てを前向きに考え、アンネマリーはダイニングの椅子に座る。
グラスに入れられた水を飲み、料理が運ばれてくるのを待つ。グラスの縁を指でなぞると澄んだ音が鳴った。
その音は春の小鳥の様で思わず笑みが浮かぶ。きっとあと少し、あと少ししたら吉報が聞けるに違いない。
アンネマリーはまた一口水を飲む。
そうだ、エドウィンの帰りを待っている間に気になっている事を全て終わらせよう。そう思い、アンネマリーは自室の引き出しにある魔石の原石の存在を思い出す。
食事後は研究棟に篭り、原石の解析をする事に決めた。




