59.本性
(怒ってる、怒ってる?)
笑ってはいるが、目が笑っていない。目の奥を冷え冷えとさせ、エドウィンはアンネマリーを見ていた。繋いでいる手が段々と汗ばんでくる。勿論アンネマリーの汗だ。手は汗ばんでいるのに何故か背中には悪寒が走っている。
エドウィンの視線から逃れようとも目を逸らすなと言わんばかりの眼力がアンネマリーを捕らえる。側から見れば見つめ合っている様にも見えようが、実際は蛇に睨まれた蛙状態だ。
「エド……?」
口端をひくつかせて名を呼べば、空気を読まないフェリクスが笑い出した。
「エドウィン!君は随分と嫉妬深いんだな!知らなかったよ!これからアンネマリー嬢は大変だな。これと一生一緒なんていつか監禁されるんじゃないか?まあ、君だったら監禁されても自分で脱出は可能かな?未来の皇弟殿下が奥方を離宮に監禁、何だか淫靡な響きだなぁ。ああ!そんなに怒らないでくれよ、冗談、冗談だよ」
エドウィンにギロリと睨まれ、フェリクスは両手を前に出して謝った。当然顔は反省していない。目も口も笑っている。だがお陰で注意がアンネマリーから逸れてホッとした。
「ふふ、面白い。いつも感情が読めない君がそんなに感情を露わにするなんてね。君が10歳くらいの時から付き合いがあるけど、新たな発見だよ。良かったね、留学してきて。あっちの国にいたらアンネマリー嬢には会えなかったでしょう?」
「アンとは物理的に距離が離れていたとしても会えたであろう自信がある」
「わあ!どういう事!そんな事も言えちゃうんだね!僕だってクラリッサに言った事ないよ!」
余程エドウィンの答えが面白かったのだろう。フェリクスは腹を抱えながらヒーヒーと笑い始めた。
見た目完璧王子のだらしない姿を見て、アンネマリーは彼の弟を思い出した。こう見ると性格も似ているのかも知れない。この国の王族教育はおおらかの様だ。隣にすわるエドウィンも隣国の皇族である。そんな彼は怒っていても表面上は隠し、笑みを浮かべ、隙が無い様に振る舞っている事が多い。まあ、瞳を見れば感情は分かるのだが。エドウィンと比べると少し不思議な気持ちになる。
ツボにはまったのか笑い続けるフェリクスをアンネマリーとエドウィンはお茶を飲みながら待った。いつ収まるのか、ただフェリクスが笑っているだけの空間がシュールに思えてつられて笑いそうになってくる。そんなアンネマリーを感じてかエドウィンが耳元に口を寄せてきた。
「さっきの話、後で聞かせてくれ」
終わったと思っていたのはアンネマリーだけだった様だ。エドウィンを見ればにっこりと微笑まれる。目は当然笑っていない。アンネマリーは口元に手をやり『ほはほ』と引き攣りながら笑った。
フェリクスはひとしきり笑った後、息を整える為に大きく息を吐くとティースタンドのクッキーを口に入れた。笑った後に乾き物を食べて咽せないのだろうかと地味にアンネマリーは心配をしてしまったが、フェリクスは一度も咽せる事なく食べ終えた。そして何事も無かった様に『さて』と両肘をテーブルに付いて首を傾げる。
「君達二人に聞きたい事があるんだ。何、難しい事じゃない。思ったままを言って欲しい。そしてこの内容は他言無用だ」
纏う空気を変えたフェリクスにアンネマリーはドキリとした。別に恋に落ちたとかではない。その変わり様にに驚いたのだ。目は笑っている様に弧を描いているが、中の瞳はゾッとする程深い。隣の男に通ずるものがある。何の感情も見えない仮面の様な顔にこれが王太子フェリクスの本性であり、父と兄が嫌がっていた部分なのだろうとアンネマリーは唐突に理解した。
アンネマリーの戸惑いを知ってか、エドウィンがフェリクスの言葉に返事をする。見たところ、彼に変化は無い。エドウィンも彼の本性を知っていたという事だろう。
「他言無用か、恐ろしいな。どんな内容だ」
エドウィンが言い終わると共にアンネマリーも頷く。答えられる内容であれば、何でも答えよう。何故なら相手は王族だ。隠し事をしても暴かれる可能性が高い。
フェリクスはにっこりと笑った。
「我が婚約者、クラリッサ・トールマン公爵令嬢の事だ。彼女は3年前から病に冒されている。だが僕はこれは病ではなく、呪いだと考えている。さて、これについて話そう。これは私的な場だ。不敬も何もない。アンネマリー嬢、君の考えを教えて欲しいな」
値踏みされる様な視線を受け、アンネマリーは固まった。口元はニヤついているが、目元の恐ろしい事。いや、それよりも『呪い』だと。
アンネマリーはつい最近、それに似たものを感じていた。そう、あれは演習での事件で対峙した黒い黒い闇。
確かに呪いの様にも見えたそれに対してアンネマリーは思考を巡らす。
(呪い、かもしれないけど、どちらかというと人間を代償に何かを成そうとしている様にも見えたのよね。でもそうね……)
そこまで考えて、アンネマリーは一つフェリクスに尋ねた。
「トールマン公爵令嬢殿は感情を露わにする事が多かったですか」
その質問にフェリクスは大きく目を見開いた。予想外の質問であった様だ。




