58.お喋りな王太子
お茶会の場所へ着くと、既にこの場をセッティングした王太子が着席していた。
王太子は弟のカーティスと同じ金髪を持ち、瞳も当然の事ながら王家特有の『天の輝瞳』を持っている。遠目からでも分かるその輝く瞳に人外の美しさを感じ、アンネマリーは息を呑んだ。
カーティスも整っているが隠しきれない奔放な性格が滲み出ているが故、残念な美形と称される事が多い。兄の王太子はと言うとそこまで性格を知らないからか、貶すところが無い正統派な美形の顔立ちをしている。見た目だけなら理想的な王子そのものだ。
金髪が光を受け、後光の様に光り輝く。まるでオーラの様な輝きにアンネマリーは目を細めた。近くにいたら目が悪くなりそうな程、輝く美形だ。
そんな王太子の顔を見た瞬間、朧げだった記憶の中の顔が鮮明に蘇る。そういえば、数年前に見た時もこんな感じだった気がする。アンネマリーは今度こそ自分の脳に王太子の姿をしっかりと記録した。それにしても何故こんな美形の顔を忘れてしまっていたのか。一度見たら忘れない顔をしているのに。
「やあ、来たんだね。待ってたよ」
絵本の中の完璧な王子様の様な王太子フェリクスは座っていた席から腰を浮かせ、アンネマリーとエドウィンを出迎えた。
その動作にアンネマリーはカーテシーをする。
「ああ、堅苦しいのは良いよ。知っていると思うけど一応自己紹介をしよう。僕はフェリクス。フェリクス・アンタレス・タウンゼント。一応王太子をしているよ。君の兄とも仲が良い。父君とも仕事をさせて貰ってるよ。二人共とても優秀でね、僕にとっては無くてはならない存在さ。それにしてもまさか噂のゴーストレディがこんな綺麗だったなんて驚きだな。本当は居ないと思ってたんだよね、だってゴーストレディだよ?何年も姿を見せていないし、いつの間にか居なくなっちゃったのかなって思ってたりもしてたんだけど本当に居たんだねぇ。ヘルムートにも本当に居るのって何度か聞いてたんだけどさ、何度聞いても居ます、としか言わないで詳細は教えてくれなかったんだよね。幻じゃなくて良かったよ。でも君は本当に綺麗だね。君の姉君、ああ今は僕の義叔母だね、あの方も綺麗だけど君はまた違う美しさがあるね。まさにヘルマン家の至宝じゃない?ねえ、エドウィン」
アンネマリーの礼を片手で制止し、フェリクスは歩きながら挨拶をした。挨拶と言うには長すぎる言葉にアンネマリーは呆気に取られ、横のエドウィンを見る。
何を気にする訳でもなく、受け流している様子にこれが彼の通常なのだと理解した。案内をしてくれたサンジェルマン公爵令息も涼しい顔でやり取りを見ている。
驚きを顔には出さず、ゆるりと腰を上げたアンネマリーは柔らかい笑みを浮かべるエドウィンの声を横で聞きながらフェリクスの首元に視線を合わせた。
「そうだな、確かに至宝だろう。だがアンは見た目だけでは無いがな」
「アン!君はそんな風に呼んでるの!いやぁ、もうそんな仲なんだねぇ。君は女性には興味無い部類の人間だと思ってたけど違ったんだなぁ。会って数ヶ月でしょ?何処に惹かれたの?まあ恋なんて突然落ちるものだって言うから説明は難しいかも知れないけど教えておくれよ。あ!そういえばまだ婚約者殿の自己紹介を受けてなかったね、どうぞどうぞしてくれたまえ。まあ僕が一方的に喋っていたのが悪いのだけどね。さあさあ!」
他の者が口を挟めぬ程の怒涛の勢いに体がのけ反りそうになった。まあ王太子の話を遮れる人はそう居ないが。
楽しそうに、さあさあ!と催促をするフェリクスに悪意等は感じられない。
王太子に催促されたのであれば、とアンネマリーは彼の要望通りに自己紹介をした。
「王太子殿下、お会いするのは二度目になります。ヘルマン侯爵家が次女、アンネマリーと申します。この度はご招待頂き、誠にありがとう御座います」
戸惑いを見せない様に微笑めば、エドウィンの腕がアンネマリーの腰に回った。フェリクスに対して不敬になるのでエドウィンの方を見る事は出来ないが、腕の力からすると牽制を感じる。
(王太子殿下は婚約者が居るからそんな牽制しなくとも)
そう疑問に思い、腕を外したくなったが婚約者という間柄であり、また人目がある為、腰の手を外す事は出来ない。アンネマリーはその拘束を外す事なく、誘われるがまま席へと着いた。席に着けば流石に腰の手は外れたが、テーブルの下で指を絡められる。その動作にハッとし、チラリとアンネマリーはエドウィンを見た。エドウィンは目が合った一瞬、意地悪く笑い、指の力を強めた。
「アイコンタクトかい?本当に仲が良いね。それにしては婚約打診から婚約まで少し期間があったんじゃない?アンネマリー嬢、どんな心境の変化があったの?権力や見た目で選んだならコレだろう?すぐ承諾したと思うんだ。でもきっと君はそういうのでは無かったのだろう?これの性格?面白味の無い男だと思ってたけどそうでも無いのかい?それとも君はこういう無味の男がお好みかい?」
よく喋る。しかも勢いに圧倒されて会話の中身が飛びそうになるが、地味に失礼な事を言っている。にこにこと悪意なく喋るその姿は実に王族らしい。勿論悪い意味でだ。
アンネマリーは作り物の笑顔を貼り付けたまま、その無邪気な問いに答えた。
「エドウィン殿下は決して面白味の無い方では御座いませんわ。それに彼と居るととても心が安らぐのです。姿が見えないと落ち着かない程になってきてしまいました」
ふふふ、と口元を押さえて微笑めば、隣の視線が強くなる。自分をどの様に見ているのか見たくなり、微笑んだままエドウィンを見ると驚く程蕩けた顔をこちらに向けていた。顔がポポポと赤くなるのを感じ、持っていた扇で思わず顔を隠す。
フェリクスは面白そうに目を細めたかと思うと深い溜息を吐いた。
「良いねえ、君達は。近くに婚約者が居て。僕なんてクラリッサが領地に療養に行ってしまったからそう簡単に会えやしない。こんなに離れたのは初めてだよ。そりゃ最初の頃はさ、手紙のやり取りに新鮮さを感じていた事もあったよ。内容がいつもと違うのが面白いなあ、と思ったり。でもね、そんなの本当に最初だけ。今はただただ寂しいよ」
「トールマン公爵令嬢はいつ頃まで療養を」
エドウィンはそう言うと入れられたお茶に口をつけた。
「分からないんだよね、これも。先月行ったばかりだから体調もまだ良くなってないみたいだしね」
「そうか」
フェリクスは本当に寂しいのだろう。彼女の事を考えているのか、何処か遠くを見ながら、言葉を止めた。先程よりも少ない言葉に少し心配となったアンネマリーは気を紛らわす為にお茶の入ったカップを眺める。
琥珀色の芳しい香りを放つそれに、何処か憂鬱そうな自分が映り不思議に思った。
「アンネマリー嬢は魔術にも造詣が深いんだよね?この間の演習では凄かったと騎士団も魔術師団も言っていたよ。何人かは君に求婚したかったみたいだけど、あの後直ぐにエドウィンと婚約しちゃったから失恋者続出だったんだって。知ってた?エドウィン」
寂しげにしていた癖に直ぐに調子を戻したフェリクスはまたも変な事を言ってくる。これはどう考えても無神経な質問だ。確かに婚約者はいるか?とかアピールをしてくる人は居た。失恋と言うよりもヘルマン侯爵家との縁が欲しくて言っていた人が多かった様に思える。だからアンネマリーは言わなかった。エドウィンにこういう話があった事を。アンネマリーにとっては世間話の様なもので、気にかけるものではなかったからだ。
「ほう、初めて聞いたな」
(ん?)
だからアンネマリーには分からなかった。テーブルの下でアンネマリーの手を取るエドウィンのチカラが強くなる理由が。にこやかな笑みの中で瞳だけが冷えた理由が、アンネマリーにはさっぱり分からなかった。




