57.王宮にて
そうして迎えた王太子とのお茶会の日、支度を済ませたアンネマリーをエドウィンが迎えに来た。
「エド、おはよう」
玄関ホールに居るエドウィンへ2階の踊り場からアンネマリーは顔を出し挨拶をする。
既に支度を終えていたアンネマリーはエドウィンの来訪を今か今かと待ち構えていた。何度も私室と玄関ホールを往復し、部屋から玄関ホールへと向かう何度目かの道でエドウィンの来訪を知り、急いで此処へ戻ってきたのだ。なのでよく見ると息が上がっていたりする。
アンネマリーは胸に手をやりながら平静を装い、ゆっくりと階段を降りていく。目線の先に居るエドウィンはアンネマリーの声に執事との会話を止めていたが、瞬きも同時に止めたのか驚いた顔でアンネマリーを見ていた。
階段を降り、エドウィンの目の前に立ったアンネマリーは目を見開いているエドウィンへニヤリと意地の悪い笑みを向けた。
「どうでしょうか、今日の私は」
ドヤっと胸を張り、ついでに耳のピアスをちょんちょん触る。涙型にカットされた、それはそれは綺麗なブルーサファイアのフックピアスがそこで小さく揺れていた。
ブルーサファイア、それはエドウィンの瞳の色だ。この意味を知らない訳は無い。
ドレスはエドウィンの髪色にしようかとも思ったのだが、夜会は兎も角、昼間のお茶会で黒いドレスもないだろうと思い諦めた。代わりにピアスにエドウィンの色を取り入れたのだ。
黒いドレスは諦めたが、やはり近い色にしたかった為グレイという落ち着いた色を選んだ。だがそれだけだとやはり暗いのでサイドに差し色として青、つまりエドウィンの瞳の色を此処にも入れてみたのだが、これが大成功。エドウィンとの婚約が無くなったとしても着ていたい程お気に入りの一着が出来上がった。
「いや、何だか感慨深いな。それにとても綺麗だ。月並みで申し訳ないが女神がいたらこんな感じなのだろうなと思ってしまった」
アンネマリーのドヤ顔で意識を戻したエドウィンは蕩ける様な笑みを浮かべた。
「ありがとう。でもその言葉で月並みなんて、カドリック帝国は紳士の国なのね」
女神という言葉に一瞬怯んだアンネマリーは、横にいる執事をチラリと見て恥ずかしそうにはにかんだ。幼い頃から見てくれている執事にこんな場面を見られる日が来ようとは。執事の何の悪意も他意も無い、嬉しそうな笑みに気恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ、行きましょう!エド」
アンネマリーは笑みを絶やさないエドウィンの袖を引っ張り、外へと無理矢理連れ出した。屋敷から出る時に執事へ『行ってくる』と赤い顔で伝えれば、よく通る落ち着いた声で『いってらっしゃいませ』と見送られた。その顔はやはり嬉しそうだった。
エドウィンが乗ってきた馬車に乗り込んだアンネマリーは対面で座るエドウィンの熱い視線の攻撃に眉を顰める。思えば迎えに来てからずっとこの調子だ。良い加減熱苦しい。
眉を顰めたアンネマリーを確認したエドウィンは小さく笑い、口元を指で軽く抑えた。
「いや、本当に綺麗だな、アンは。険しい顔をしていても良いと思える」
「険しい顔をしてるなと思ったら少し視線を外して欲しいのだけど」
「確かにその通りだと思う。だが、もう少し良いか?」
「正直、嫌だわ」
「そうか、ならやめよう。暫く外を見る事にする」
エドウィンはそう言うと、顔は楽しそうにしたまま窓の外へ視線を向けた。
嫌な事はしない彼の行動はとても良いと思う。何より問題があったら話し合いで解決出来そうな点がとても良い。
件の演習の時はアンネマリーの頭に血が昇っていて、碌な話し合いは出来なかったが、普通にしている今は何かあるとお互い話をして解決している。妥協案を出しているとも言うのだが、まあそれは良いだろう。
その話し合いの中で決まったのだが、今後アンネマリーは自身に防御結界を掛けるのを止める事となった。勿論、エドウィンからの要望である。要望理由はエドウィンが触りたい時に触りたいから、らしい。なんて不埒な!と思ったが、確かにふと触れた時にバチバチしたら可哀想だと思い、アンネマリーはしぶしぶそれを了承した。
エドウィンが居ない時はその限りではないらしいので、状況によって使用していこうと思っている。
「ねえ、エド」
「ん?」
「王太子殿下ってどんな人?」
アンネマリーの質問にエドウィンはいつぞやの父や兄と同じく暫し黙り込むと悩んでいるのか唸る様な声を出した。
「そうだな、癖がある。悪い人では無い」
「やっぱりそんな感じなのね」
家族とほぼ同じ答えに、アンネマリーは大きく頷いた。気まずそうにしたエドウィンは窓から視線をアンネマリーに一瞬移すと、直ぐに思い出したかの様に窓の外を見た。
(そこまで厳密にしなくていいのに)
ふっと笑みを溢したアンネマリーもエドウィンと同じく窓の外を見る。
整備された道が続き、馬車の外が騒がしくなってきた。そろそろ王宮が近い事を感じ、アンネマリーは俄に緊張し始める。
「大丈夫だ」
そんなアンネマリーを感じてかエドウィンがそう声を掛けた。
「何かあったら俺がどうにかするから」
窓の外へ視線をやりながら言葉を続けたエドウィンにアンネマリーは目尻を下げる。
「頼りにしてる」
「してくれ、俺はお前の夫になるのだから」
少し気の早い言葉に思わずアンネマリーは吹き出す。
王宮は目の前に迫っていた。
王宮に着いたアンネマリーはエドウィンのエスコートの元、目の前を歩く王太子の側近に着いてお茶会場所を目指していた。
側近はサンジェルマン公爵の跡取り息子。つまりは次期公爵である。そしてアンネマリーのファンクラブ会長であるケイシーの兄でもあった。
次期公爵という事よりもケイシーの兄という事実に驚き、初対面で少し大きな声を出してしまった。口元はちゃんと手で抑えていたが、目の肥えている公爵令息にはどう見えた事か。
「ヘルマン侯爵令嬢殿には愚妹が大変お世話になっている様で。ご迷惑をお掛けしておりませんか」
「ご迷惑だなんて。日々私の方が助けてもらっておりますわ」
「そう言って頂けると有り難いですね。エドウィン殿下にもご迷惑をお掛けしていると伺ったのですが」
「いや、俺も別に迷惑は掛けられていない。貴方の妹君はいつも楽しそうに活動していて見ていて楽しくはあるが」
取り様によっては嫌味にも聞こえる返事にサンジェルマン公爵令息は一瞬固まったが、言葉を素直に受け取る事にしたらしく感情の無い笑い声を上げた。
「エドウィン殿下を楽しませているのであれば良かったです」
そんな何とも言えない会話をしつつ、目的の場所を目指しているとアンネマリーの視界に見覚えのある人物が入る。前方からアンネマリーを真っ直ぐに見ながら歩く男に内心アンネマリーは首を傾げた。
(誰だっけ。何処で見たんだっけな)
銀髪の細身の男。最近何処かで見た覚えのある男。だが見かけた程度の人物なのか、何処で見たのか全く思い出せない。最近会ったとしたら王宮での取り調べが濃厚だが、何となくしっくり来ない。
それにその男は全く目を逸らさず、アンネマリーを見続けている。廊下の遥か先から既に感じていた視線はまだアンネマリーに注がれたままだ。
ほんの少し居心地が悪く感じたアンネマリーはその視線から目を逸らし、案内人の背中を見る。だが、それでも強い視線は感じ続けた。何というか粘り気のある視線は見られているだけで気になってしまう。
そうこうしている間にも男との距離は近くなり、あと数歩ですれ違う距離まで来た。
意識して見ないようにしていたが、すれ違う瞬間まで強い視線を感じ、アンネマリーは不安から無意識にエスコートしているエドウィンの腕に力を入れた。
その行動にエドウィンは不思議そうにアンネマリーの名を呼ぶと立ち止まり、後ろを振り返る。だが、何があったのか分からないエドウィンは首を傾げた。
「アン、何かあったか?」
心配そうな声にアンネマリーはふるふると首を横に振る。
「何でも無いの。大丈夫よ」
言いようのない不安を説明出来るだけの語彙力はアンネマリーには無い。アンネマリーはエドウィンに対して無理矢理笑みを作ったが、それを察したエドウィンは再び廊下を振り返る。
そこにはもう誰も居なかった。




