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52.婚約しました


 あの波乱に満ちた魔獣討伐演習から二週間が経った。


 あれからアンネマリーは王宮で話を聞かれたり、学校でも聞かれたりと多忙な日々を送っている。


 王宮での聞き取りは数日間に渡って行われ、様々な部署の上の方々が次々と来ては同じ話を求めていった。今もたまに招致されたりする。当然、アンネマリーは起きた事を事細かに説明し、時には記憶術で自らの記憶を見せて説明をしたりもした。

 その中でやはりあのペンダントが原因なのでは、という結論となり問題のペンダントは魔導具課が解析中だ。だが、肝心の魔石が消えているので解析には時間がかかるだろう。


 そして取り調べ以外でもアンネマリーの頭を悩ませる事が起きた。騎士団と魔術師団がやけに絡んでくる様になったのだ。


 どうやらあの竜もどきを消した時の様子が映像玉で記録されていたらしく、それを見た騎士やら魔術師がキラキラした目で迫ってくる様になってしまった。質問責めとも言っても良い。あれはどういう原理なのか、とか魔力量を測らせて欲しいだとか、果ては婚約者は居るか?自分はどうだとアピールしてくる。


 大体5分くらいでアンネマリーの兄であるヘルムートが蹴散らしてくれるのだが、引き篭もりをしていたアンネマリーにとって人に囲まれるのは慣れておらず、何気にストレスだった。


 学校でもほとんど同様な事が起きた。まず、ファンクラブが設立された。しかもアンネマリー公認のものだ。


 アンネマリーが暫くぶりに登校をするとファンクラブの会長なる者が突撃してきて、公認してほしいと土下座をしてきた。これには『ファンクラブ絶対嫌なのだが』となっていたアンネマリーも許可せざる得なく、今や朝の挨拶に沢山の生徒が花道を作っている。


 『お姉様』『お姉様』と何故か同級生も言ってきて、アンネマリーはどう対処して良いのかもう分からない。下級生は百歩譲っても良い。だが同級生は違うだろう。

 アンネマリーはそんな活動を今や『なる様になれ』と生暖かい気持ちで見守っている。


 そして学校と言えば、あの出来事の最大の被害者兼重要参考人のリリーとアーベルだが、結果的に言うと2人共もう学校には来ていない。


 まず、リリーだが意識不明状態は翌日には回復したが、精神が病み言葉が話せなくなった。声帯機能がおかしくなった訳ではなく、これは精神と脳の問題だと医師が言っていた。リリーは学校を退学し、領地で療養をするとの事だった。回復は見込めないが、リリーは若い。もしかしたら回復するかもしれない可能性に掛けたらしい。


 アーベルは亡くなった。予想をしていた事だが、アンネマリーには辛いものがあった。確かに嫌われていたし、アンネマリーも好きではなかったが、こんな風に亡くなれば良い等思っていなかった。自分の責任も少なからずある気がして、暫くは夢にも出てきた。

 亡くなったアーベルの遺体だが、家族の元へ帰そうと処理をしている時、突然黒い靄となって消えたそうだ。サラサラと体が崩れ出し、一気に消え去ったらしい。

 あの黒い闇の影響である事は確かだろう。



 そんな慌ただしい日々を送っていたアンネマリーは王宮での聞き取りの後、三日ぶりに学校へ登校してみた。

 熱烈な出迎えを受けた後、ぶらりと裏庭へ足を運ぶ。目的地は温室だった。


「あ、エド」


 久しぶりに温室に足を踏み入れたアンネマリーの視界に黒髪の長身、エドウィンが現れる。

 相変わらず癖のある黒髪は艶やかに光っており、いつも目を奪われる碧眼はやはり美しい。

 数日前に見たばかりなのに、何度でも目を奪われるのは見た目が好みだからだろう。


「アンネマリー、今日は学校に来ていたんだな」

「今来たとこ。出迎えに疲れちゃったから此処に逃げてきたの」


 アンネマリーはあれからエドウィンに対して敬語をやめた。エドウィンからの要望があったというのもそうだが、ちょこちょこ敬語が外れる事が多くなったからだ。

 心を許してきた証拠と言えばそうなのかも知れない。


「ファンクラブだったか、大変だな人気者は」

「エドだって、きっと出来てるわよ。だって皇子様よ?」

「どうだろうな」


 ふっ、と笑ったエドウィンの顔につい見惚れる。本当にこの顔には弱いものだ。アンネマリーは見惚れたのを誤魔化す様に微笑み、此処数日間ずっと考えていた事を思い出す。


 考えていた事、それはエドウィンとの婚約のことだ。打診をされてから結構経っている。ヘルムートはああ言っていたが、実のところアンネマリーの心は既に決まっていた。あとはいつ伝えるかだったのだが今がチャンスかも知れない。


 アンネマリーはおずおずとエドウィンの顔色を窺う様に話し掛けた。


「エド、婚約の事なんだけど」


 婚約、と言う言葉にエドウィンは一瞬表情を固まらせ、直ぐに何事も無かった様に微笑んだ。


「なんだ?」


 これは余裕の表情なのか?それとも不安を隠しているだけ?アンネマリーは心拍数が上がっていくのを感じながら、ぎゅっと体の横にある拳に力を入れた。


「受けようかなと思っております、婚約」


 エドウィンの様子を見ながら伝えた言葉。それは婚約の了承だった。


 最初こそは警戒をしていたが、今のエドウィンに対しては正直好意を覚えている。一緒に居て落ち着くし、嫌な感じは全くしない。寧ろ居ないと何処に行ったのだろうと考えてしまう程だ。此れが恋愛のそれかと言われると良く分からないが、今の関係性が婚約をしないという結論で崩れてしまうのはとても避けたい。ならば婚約をしてしまえば関係性は崩れる事無く、共に居られるのでは無いかとアンネマリーは考えたのだ。


 少し打算的ではあるが、これがアンネマリーの精一杯。今の中での最適なのだ。


 エドウィンは驚きすぎて、言葉を失っている様であった。瞬きもせず、口をほんの少しだけポカンと開けて、アンネマリーを見ていた。


「本当か」


 漸く出た声は一音目が掠れていた。驚きすぎて声の出し方を一瞬忘れたのだろう。目は驚きで見開いたまま、エドウィンはアンネマリーに確認をとる。


 アンネマリーはその顔は初めて見るとまじまじと観察した後、大きく頷いた。


「うん」


 若干の恥ずかしさから、はみかみながら肯定しアンネマリーは固まるエドウィンの手を恐る恐る両手で持った。


「待たせてごめんね」


 うんと微笑み、そうアンネマリーが言えばエドウィンは嬉しそうにくしゃりと笑い、アンネマリーの体を引き寄せる。もう抱き締められるのは何度目だろう。抵抗なく身を委ねた。


 アンネマリーよりも頭一つ分以上高いエドウィンの体がすっぽりとアンネマリーを包み込む。優しく背中に回された腕は微かに震えていた。間近に聞こえる心臓の音も速く、エドウィンが緊張しているのが全身から伝わる。


「アンと呼んでも良いか?」


 ぽつりと聞こえた声にアンネマリーは噴き出す。


「もう何度か呼んでたじゃない」

「それでも、許可が欲しい」

「良いよ、呼んで。アンて」


 声と共にエドウィンの背中へ手を回せば、エドウィンの腕に力が込められる。思わず変な声で呻くと少し身を屈めたエドウィンが耳元で掠れた声を出した。


「アン、ありがとう」


 胸が詰まるとはこういう事なのか。体の奥から処理しきれない感情が涙腺を揺らそうとする。もしかしたらエドウィンの熱量に当てられたのかもしれない。それともこれはアンネマリーの中に元々あった感情?理解出来ない思いが溢れそうになる。


 アンネマリーも腕に力を込めた。ぎゅっとエドウィンのジャケットを掴む。背中の布地がクシャクシャと皺を作る。跡に残ってしまうかも知れない。だけど、やめられなかった。


「幸せにする」


 はっきりと誓われた言葉にアンネマリーは堪えきれず、涙が一筋流れた。


 ふと脳裏に前世の一生が流れる。辛い人生だった。何も無い、壊すだけの人生。でもその中でも僅かに色付いていたのはエドウィンの前世、クラウスとの出会いだった。顔に出なくとも彼がくれる花をアナスタシアは心待ちにしていた。揺れない心も自分でも気付かぬ内にゆらりと僅かに揺れていたのだろう。彼に会うといつもと違う気持ちになれた。


(あれは好きという感情だったのかも)


 アンネマリーは涙を気付かれぬ様に顔をエドウィンの胸に押し付けた。先程よりも強く、速い鼓動がアンネマリーの顔に響く。それが何だかとても嬉しくて、隠したかった筈なのに胸から顔を離し目元を緩めた。


「あはは、ありがとう」


 泣き笑いという表現が良く似合う。ふにゃんと笑った目尻には涙があった。それをエドウィンは親指で拭うとアンネマリーの額に自分の額を合わせる。柔らかい空気にお互い笑い、幸せを感じた。


 前世、自分を殺した人に求婚されました。今世ではこの人と結婚しようと思います。




説明書きの様なのんびりな1章が終わりました。これも読んでくださった皆さまのお陰です。本当にありがとうございました。

2章は1章よりもぽんぽん話が進むと思います。私の願望も入っておりますが、ぽんぽん突き進んで年内完結目指して頑張ります。


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