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51.魔獣討伐演習終了


 特徴的な髪が見えた瞬間、体の芯から冷えていくのを感じた。直ぐに加勢しに行こうとしたが、魔術師団は規律を守る国の機関。一人突出する事は許されない。しかもヘルムートは団長でもある。誰よりも冷静に現場を確認をする立場にある自分がそんな事出来る訳も無かった。


 騎士団と連携を取り、陣形を指示する。ヘルムートは何度もアンネマリーの様子を確認し、速る気持ちを冷静に抑えて援護へ向かおうとしたが、意外にも事は直ぐに決着した。他でも無い、アンネマリーの手によって。


 ヘルムートはアンネマリーに魔術の才能がある事は知っていた。様々な商品を作り、特許を幾つも持ち、論文も歳の割に多く発表をしていたからだ。

 だがヘルムートはアンネマリーへの認識を誤っていた。きっと妹は攻撃魔術よりも生活魔術の方が得意なのだろうと、そう思っていたのだ。

 実際は違った。アンネマリーは全ての魔術において他の追随を許さぬ力と構成力を持っていた。


 地上から見たアンネマリーの術はとても静かなものだった。突如現れた空間の切間が意志を持つ様に足掻く竜をゆっくりとあやす様に飲み込む。派手さは無いが、魔力量の消費が半端無さそうな其れはきっと空間魔術の一つだ。


 その光景を見たヘルムートは只々驚きでその場に立ち尽くした。それは他の人々も同じで、視線はアンネマリーに釘付けられている。誰も彼も声も出せずに容赦ない、存在そのものを抹消する無慈悲な行いを見ていた。


 其れが竜を飲み込み、空間が閉じる。その瞬間、空間を開けた事の反動か爆風が起こる。ここまで来た強烈な風に姿勢を低くし、耐えると空に居た煌めきが吹き飛ばされるのが見えた。


 飛ばされる妹を助けようとヘルムートは足元に魔力を込めたが、風のせいで上手く動く事が出来ない。アンネマリー、妹の名を叫ぼうとしたヘルムートだったが、その妹は何者かに抱き抱えられ真っ直ぐに落ちていった。


 森の中に消えていくアンネマリー。誰かに抱き止められていてもあの高さから落ちて無事なのだろうか。ヘルムートを不安が襲い、直ぐに動く事の出来なかった不甲斐なさから体から力が抜けていく。だが、いつまでもそんな事をしている訳にはいかない。


 ヘルムートは混乱する部下達へ指示を飛ばす。アンネマリーの救出と怪我人の確認、騎士団と共に竜が本当に消滅したのかの確認もしなければならない。

 拠点の中央で騎士団と合同で今後の方向性を話していると、シュンと転移時の独特な音が聞こえた。誰かが帰ってきたのかと軽く確認を兼ねて視線をやれば、そこには救出しようと部下を向かわせていたアンネマリーがいた。


 やたら顔の良い長駆の男に抱き抱えられたアンネマリーは見た事の無い赤い顔でポカンとしていたかと思うと、こちらの呆気に取られた雰囲気に気まずさを感じたのかボソボソと男に何かを言った様だった。

 そしてダラリと垂れた左腕からは血が滴り落ちており、彼らの歩く道に点々と血痕が落ちていく。

 無茶をした妹のボロボロな体を見て、ヘルムートは血の気が引いていった。アンネマリーは引き篭もりだったので、怪我もあまりした事が無い。そんな妹がおびただしい量の血を流している姿は、心臓が止まる程の衝撃だった。


 男に抱えられたアンネマリーは強制的にその場から直ぐに救護テントへ連れてかれる。その姿をただ見ている事しか出来なかったヘルムートは、自分の仕事をしようと咳払いを一つし、話し合いを再開させた。


 あとでハイポーションでも持っていこう、そう心に決め、自身の仕事を進めたのだった。




「兄様?」


 急に黙り込んだヘルムートを心配そうにアンネマリーが覗き込む。その声に意識を戻したヘルムートは瞬きをひとつすると気になっていた事を口にした。


「彼は誰だ」


 彼、という言葉にアンネマリーは暫しポカンと考え、一人の黒髪の男が思い浮かび『ああ』と手をポンと叩いた。


「カドリック帝国の第二の皇子、エドウィン殿下です」

「ああ、あの」


 ヘルムートは納得した様に頷き、ニヤリと笑う。その顔にアンネマリーは顔を引き攣らせ、ヘルムートが意地悪く笑った理由を口にした。


「そう、あの婚約の……」


 次期当主なのだから当然、アンネマリーがエドウィンから婚約の打診を受けた事は知っているのだろう。今まで顔を合わしてもそれに関しては何も言われて無かったので、もしかして知らないのでは?と思う事もあったが、ちゃんと知っていて触れてこなかった様だ。


 アンネマリーは顔を引き攣らせたままヘルムートを見ていると、ヘルムートはふいと視線を外した。


「お前の人生だ、よく考えれば良い。相手も待ってくれてるんだろ」


 意外とまともな意見にアンネマリーは目を丸くする。まさかヘルムートがそんな助言をしてくれるとは思ってもみず、フハッと笑い声が漏れた。

 ヘルムートはその噴き出た笑い声に不服そうに目を細め、椅子から立ち上がる。今にも行ってしまいそうな兄の姿にアンネマリーは服の袖を掴み、引き留めた。


「兄様、ありがとうございます」


 ふにゃんとした笑みを浮かべ、そう言うとアンネマリーは袖から手を離す。そして手を振り兄を見送った。


「帰りは迎えに来るから此処で待っていろ」

「本当ですか、やったー」


 少し機嫌の治ったヘルムートの背中を見送り、アンネマリーはまた毛布に潜り込む。元々眠りそうだった体は直ぐに落ち、スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえてきた。


 こうして波乱に満ちた魔獣討伐演習は漸く幕を下ろした。



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