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48.謝りたかったの


 安堵から気を抜いていたのか、アンネマリーは爆風に煽られ、上空で体制を崩した。少しは衝撃がありそうだなとは思っていたが、予想以上の爆風に身を守る体勢など一切とれず、踏ん張りの効かない空中でアンネマリーは木の葉の様に吹き飛ぶ。


(やば!)


 どうにか立て直そうと両手を前に出し、防御壁を出そうとしたが横から砕け散った木片が腕にあたり、アンネマリーの左腕を傷付けた。掠っただけだと思っていたが、木片の一部が腕に刺さっているのを見て、喉から乾いた声が出る。


「ハッ……」


 物凄い勢いで飛んで来たので、その衝撃も凄く、強力なヤスリをかけられたかの様なボロボロな傷はじわりじわりと血を滲ませていく。木片が突き刺さった箇所は血が噴き出ていた。

 意識を腕の痛みに持っていかれたアンネマリーは体勢を立て直す事も出来ず、足元の魔力を維持するのも忘れ、真っ逆さまに地上へ落ちていく。


 何て無様だろう。エドウィンに大口を叩いておきながらこの様は中々の喜劇じゃないか?アンネマリーはスローモーションになる視界の中、少しだけ笑った。


(このまま地面に打ちつけられて死ぬのかな。前世よりも短命じゃない?老衰で死にたかったのに)


 流れていく景色がスローモーションで見え、早すぎる走馬灯が走る。思い出されるのは家族の事、サラの事、そして自分を最後まで心配して止めようとしてくれていたエドウィンの事。


(謝れなかったなぁ)


 エドウィンは自分が死んだらどう思うのだろう。悲しむ?いや、とても酷い事を言ったのでザマアミロと思われてしまうかもしれない。


(でも……)


 そちらの方が良い。自分の好きな人が死ぬより、嫌いだと思う人が死ぬ方が心の傷は浅い気がする。


 だとしたら謝らないで死んで良かったのかも知れない。アンネマリーは口元を緩め、瞼を下ろした。


「アンネマリー!!」


 声が聞こえた。それは今日、何度も何度も自分を呼んでいた声だった。反射的に瞼を開け、声の方を見れば、少し癖のある黒髪、そしてずっと昔から知っている澄んだ碧眼が見えた。その瞬間、言いようも無い感情が生まれ、口元が勝手に震え始めた。


「エド!」


 声も若干震えたが、そんな事どうでも良い。アンネマリーは傷付いた左腕を伸ばし、エドウィンの名を呼ぶ。


 謝りたい。謝る前に死んで良かったなんて嘘だ。本当は死ぬ前に謝りたかった。とても酷い事を言ってしまった。心配してくれているのを分かっていたのに。悲しい顔もさせてしまった。悲しませたくなんか無かったのに。


「エド!ごめんなさい!」


 喉の奥から出た声は湿り気を帯びていた。だがまだ涙は溢れていない。くしゃりとなった顔は真っ直ぐに碧眼を見つめる。エドウィンは酷く焦った顔で指先から魔力が練られた紐を出した。


「良い!そんな事どうでも!だから!」


 焦りからかエドウィンは強めの語気でそれに答えると指先の紐をアンネマリーに投げる。紐は一瞬でアンネマリーの腰に巻き付き、それをエドウィンが手繰り寄せた。

 グン、と物凄い力で引かれ、体が弓形にしなった。あっという間にエドウィンの手が届く範囲に入り、腕を掴まれる。大きな手がアンネマリーの二の腕をしっかりと掴み、そのまま背骨が軋む程の力で抱きすくめられた。頭さえも守る様に大きな手で胸に押し付けられ、窒息しそうになる。だが、体に回るエドウィンの体温に酷く安心してしまった。

 アンネマリーは胸に押し付けられた体勢のまま、スーッと息を吸い込む。鼻腔を擽るのは嗅ぎ覚えのある匂いと砂、そしてあの黒い液体の臭い。その臭いを嗅いで、彼もこの近くに来てくれていたのだと知った。


 二人はくるくると回りながら真っ逆さまに落ちていったが、地面に叩きつけられる瞬間エドウィンが風魔術を使ってくれた為、衝撃少なく地上に降りる事が出来た。

 それでも背中から落下したエドウィンは小さく呻き、アンネマリーはエドウィンに乗ったままの体勢にハッとする。


「ごめんなさい!すぐ退けます」


 右手をエドウィンの胸に置き、立ち上がろうとすると目を瞑ったままのエドウィンの手がアンネマリーの頭に回った。強い力で引き寄せられ、片腕だけで支えていた体は簡単にエドウィンの胸に収められてしまう。片手は頭、もう片方は背中に回り、しっかりと隙間なく抱き締められる。アンネマリーは一瞬驚きはしたが直ぐにそれを受け入れた。


「無事で良かった」


 すぐ耳元で聞こえる声は先程のアンネマリーの声と同じく湿り気を帯びていた。だがそれを指摘する程、野暮では無い。


「ありがとうございました」


 少し声に柔らかさを出して、そう言えばエドウィンの腕の力がほんの少し弱まった。


「エド」

「ん?」

「心配してくれてたのに酷い事ばかり言ってごめんなさい」


 アンネマリーが死を覚悟した時、後悔したのはエドウィンに謝れなかった事だった。だから死ななくて良かった。生きてエドウィンに謝る事が出来て本当に良かった。


「無事であれば、それで良いんだ」


 優しい声色で呟かれ、頭をふわりと撫でられる。髪を梳く様に撫でる手はとても優しく、涙が込み上げてきた。だが、此処で泣いたらエドウィンにバレてしまうとグッ堪え、一回だけ鼻を啜るだけにした。


 暫くそうしていたが、アンネマリーはふとひとつの事が気になってきた。

 臭いである。あの竜もどきの素となった闇は悪臭がした。それを近くで浴びていた為、臭いが移っている気がしたのだ。あまり近くにいなかったであろうエドウィンも少し臭うのだから絶対アンネマリーは臭い筈。


 アンネマリーは恐る恐るエドウィンに尋ねた。


「臭くないですか?」

「臭い」


 即答され、アンネマリーは笑った。


「だが、それでも良い」


 ぎゅう、と腕に力を込められ、頭に顔を埋められる。スー…っと大きく息を吸われ、時折息とは違う柔らかい感触が頭頂部に落ちる。アンネマリーはそれが何なのか分かっていながらも素直に受け入れた。安堵からの吐息も何度も頭上から聞こえ、そのむず痒さに僅かに身を捩り、時折小さく笑った。


(本当にこの人は私の事が好きなんだなぁ)


 無性にエドウィンの頭をポンポンとしたくなったが、腕は自分とエドウィンの胸の間にある為、動かす事が出来ない。ならばとアンネマリーはエドウィンの首に頭を擦り付けた。すりすりといつもよりボサボサな髪で甘えればエドウィンの体がピクリとも跳ね、安堵とはまた違う息を吐かれた。


「エド?」


 突然拘束が緩み、アンネマリーは顔だけ動かしエドウィンを見上げる。ルビーの瞳を丸くさせ、様子を窺えばポツリと呟きが聞こえてきた。


「勘弁してくれ」


 エドウィンは片手で顔を隠していた。その奇妙な行動にアンネマリーは片眉を上げ、不服そうに口を尖らせる。


「やっぱり我慢出来ないくらい臭いんじゃないですか」

「違う、匂いじゃない。あー……何だ、取り敢えず匂いじゃない」

「……ふぅ〜ん」


 疑いの眼差しを向けるアンネマリーを見てもエドウィンは片手を顔から退けるはしなかった。だが見える瞳はうろうろとアンネマリーから逃げる様に泳いでいる。


「ま、そう言う事にしといてあげます」


 アンネマリーは挟まれていた左腕を抜き出し、エドウィンの体の横にだらんと垂らせる。土の冷たさが気持ちよかった。


 その動作に何かを気付いたのか、エドウィンは勢い良くアンネマリーの両肩を掴み、自分から引き離した。突然の暴挙にアンネマリーは何事かと驚いたが、離れたエドウィンの体を見て思わず悲鳴を上げる。服が血で真っ赤に染まっていたのだ。


「エド!服が血で真っ赤に!何処か怪我をしてるんですか!?」

「怪我をしているのは君だ!これは君の血だろう!」


 エドウィンの視線は左腕の擦過傷に向けられていた。そういえば!とアンネマリーも自分の傷に視線を移した。すると今まで昂ってハイな状態になっていた為か痛みを感じていなかったが、自覚した途端じわじわと痛みが出てくる。

 痛いな、痛いかもな、と思っていたところから急激に痛覚が主張し始め、一気に冷や汗がドッと出る程の痛みに変わった。ドクンドクンと傷口の血管が脈打つのが分かる。

 そうするとアンネマリーの顔は一気に青白くなり、目元には涙が溜まってきた。痛いのだ、とても。驚く程痛い。何故今まで何も感じなかったのか不思議なくらいの痛みだ。

 痛みに耐えるアンネマリーの姿を見てエドウィンも顔面蒼白となり、急いでアンネマリーを抱き上げた。


「拠点まで跳ぶぞ」

「空?転移?」

「転移だ」

「……よろしくお願いします」


 しおらしく小声でアンネマリーが言えば、エドウィンはアンネマリーの額に唇を落とした。しかもわざとらしくリップ音まで響かせて。


「任された」


 ふっ、と柔らかく笑ったエドウィンは真っ赤に染まったアンネマリーを満足げに見ると足をタンッと地面に打ち付ける。その瞬間、視界は木々が無惨に倒れた森ではなくアイボリー色のテントがやたら転倒している拠点へと切り替わった。




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