47.竜もどき
さて、仮定として竜が闇属性だとする。だとしたら弱点は光という事になるが、この世界で光属性を扱う事はとても難しい。魔術書も少なければ教える人も少ないのだ。そして学べば誰でも使えるわけではなく、光属性の特性がないと使う事は出来ない。しかもその特性持ちは一国に一人いるかいないか程度で、とても希少なのだ。
ちなみに魔力溢れるアンネマリーはと言うと特性はこれっぽっちもない。微塵もない。これに関してだけ言えばただの魔力量が多いだけの魔術師である。
「さて、どうしたものか」
アンネマリーはふわりと足下に風を纏わらせ、未だその場から動くことの無い竜に近付いていった。アンネマリーが動くと、竜は僅かに反応し目を細める。一体何を考えているのだろうか。
アンネマリーは竜の動向に注意しながら竜の頭上、遥か先まで上昇をする。真上から何かぶちかませばどうにか出来るのではないか?と力でのゴリ押しを検討しているのだ。竜はそんなアンネマリーの思惑を知ってか知らずか上昇するアンネマリーを見上げ、閉じていた口を大きく開いた。思った通りの鋭い牙が全貌を現し、だが想像以上に鋭い牙を見てアンネマリーは思わず息を呑む。あれに噛まれたら即死に違いない。掠っただけでも大怪我だろう。
そんな事を悠長に考えていると竜の翼がゆったりと動き出した。真っ直ぐにアンネマリーを見据え、体が段々と浮上してくる。
「え、今まで大人しくしてたのに!なんで今動くの!」
今までアンネマリーが正面に居ても攻撃などしてこなかったのに、上に居たら動くだなんてどういう事だ。こちらの事など気にしていないと思っていたがそんな事はなかった様だ。
アンネマリーは仕方なしに物は試しだと飛び立とうとする竜の体を四角い結界で覆った。パチンという指の弾きと共にその結界は三重にもなり、竜の動きを封殺する。閉じ込められた竜は先程までの大人しさは何処へいったのやら、必死に体を動かし、結界から出ようとしている様だった。翼で爆風を起こそうにも狭い空間では上手くいかないらしく、しまいには口から黒い炎を出してきた。だが、結界は三重だ。そうそう壊れるものではない。
アンネマリーはヒビひとつ入っていない結界を見て、束の間ほっとすると、続けて指をパチンと鳴らす。すると現れたのは小さな赤い玉だ。それをアンネマリーは指先だけで操作し、結界の中に移動させる。
「いけるかなあ……」
多少不安はあるが、やらない事には何もわからない。アンネマリーはその玉を炎を吐き続けている竜の口に放り込んだ。
「えい!」
竜は玉が口に入った事に気づいていない様子。アンネマリーは玉が入った数秒後に恐る恐る再び指を鳴らした。
―――パチン
その瞬間、天を裂く竜の叫びと地響きを伴う爆発音が結界内から聞こえ、竜の腹部が弾け飛ぶ。内部から噴き出たソレにアンネマリーは顔を歪ませ、一瞬顔を背けた。だが直ぐに何かを思ったのか弾け飛んだ竜の腹部を凝視する。
(おかしい……)
煙と黒い靄で中々全貌は見えないが、アンネマリーが思っていた結果と何かが違う。アンネマリーは腹部を内部から爆破するのだから当然、臓物が飛び出るのかと思っていた。血もきっと出るだろうと。だが、何だか様子がおかしい。
段々と鮮明となっていく結界内をアンネマリーは瞬きもせず見ていた。そして見えてきた腹部を見て、漸くそれの正体がわかった。
内部から爆破された竜の腹部には何も無かった。臓物もなければ、肉もない。言わば空っぽだったのだ。つまりこれは……
「竜ではない……?」
これは竜ではない。見掛け倒しの人形の様なものだ。腹部を爆破されたのにも関わらず竜は動き続け、黒い靄を取り込み、腹部を修復している。
つまりこれはあの真っ黒な闇なのだろう。地面に落ちた黒い闇から竜が出て来たのではなく、黒い闇が竜の形を取ったのだ。
だが何故こんな事に?そんな事を考えているとピシリと乾いた音が空に響いた。アンネマリーはまさかと結界を凝視すると、ある一辺にひびが一本入っている事に気付いた。これはまずい、アンネマリーは再度結界を掛けようとしたが既に遅く、それは大きな音を響かせて放射線状に広がった。
―――バリンッ
大きくひび割れたところから硝子の様に結界が砕け散る。その瞬間、黒い靄が空中に飛散していった。
竜もどきは怒りを隠しもせず、空を震えさせる程の雄叫びをするとその巨体でもってアンネマリーへ突っ込んできた。図体の割には素早い動きにアンネマリーは即座に足下に掛けていた飛翔術を解き、重力に逆らわず真下へわざと落下する。瞬間、竜もどきと視線が交わったが竜もどきは勢いを殺す事が出来ず、アンネマリーを通り過ぎた。それを落ちながら確認すると、アンネマリーは再び飛翔術を使い、ゆっくりと地面は降り、上空を見上げる。
憎らしそうにアンネマリーを見る竜もどきがバサリバサリと翼を動かしていた。
(あんな闇にも感情があるのね)
不思議なものだと見ていると、竜もどきが大きく息を吸い込んだ。その動作に背中に冷たいものが流れ落ちる。
(まさか、ここで火を吹いたりする?)
そのまさかだった。竜もどきは次の瞬間、その巨大な口から黒い炎を吐き出した。赤と黒の見るからに邪悪そうな炎は燃える前から触れるものを煤にし、全てを粉々にしていく。
アンネマリーは間一髪のところで上空へ戻り、その勢いのまま竜もどきを結界で出来ている網で覆った。網目状なので炎を止める事は出来ないが、動きを制御出来れば問題はない。
「もうさよならね」
アンネマリーは強風に煽られ、視界の邪魔をするホワイトゴールドの髪を搔き上げ、網の中の竜もどきを見据える。
一体こいつは何だったのか。何の目的で此処にいたのか。全くよくわからない存在だったが、そろそろご退場願いたい。竜でないのならこれの対処は簡単だ。空中にあった闇と同じ要領でやればいい。
アンネマリーは両手を高く掲げた。
「常世の闇よ、帰られよ」
柏手を2回打つ。すると竜もどきの背後に切れ目が現れた。その切れ目はじわじわと大きく広がり、あっという間にそれを飲み込める大きさとなる。
切れ目は竜もどきを絡め取る様に切れ目の中へ引き摺り込もうとする。竜もどきは抵抗をしようと翼を動かしているが網のせいで思う様に動けない。炎も吐くが、全て切れ目へ吸い込まれていった。
ずるりずるりと体を飲み込まれ、最後に口先が残る。竜もどきが何かを発していたが、それはしゅぽんと飲み込まれてしまった。遂に姿を消した竜もどき。現れた時は驚いたが、終わってみれば呆気ないものだ。
アンネマリーはフゥと息を吐き、最後の仕上げに柏手を一つ打つ。すると開いていた切れ目がしゅるしゅると小さくなり、爆風と共に消えていった。




