45.守りたい気持ち
ハハ、と馬鹿にした様に笑ったアンネマリーは掴まれていた腕を勢いよく外した。赤い瞳がエドウィンの碧眼を射抜く様に見る。まるで敵を見ている様な瞳にエドウィンは顔を歪めた。
何故伝わらないのか。ただ危険な目にあって欲しくないだけなのに。皆と共に安全な場所へ避難し、退治された事を報告されるだけでは駄目なのか?何故自分が先頭に立つつもりで動いている?
「アンネマリーが行かなくても良いだろう。もう騎士団と魔術師団に救援依頼は送ったと聞いた。この学園で起きた事だ、直ぐに来るだろう。君が行かなければならない理由はない」
「来たからって倒せるんです?」
「それは君でも同じだろう?」
「やってみなければ解らないじゃないですか」
「だからそれは騎士団にも、魔術師団にも言える事だ」
「…………」
「君は行かなくて良いんだ」
「堂々巡りですね」
アンネマリーは至極面倒臭そうな顔をし、鼻を鳴らした。
球体にそっと触れ、それをエドウィンの方へ押し出した。
「それ、誰でも良いので魔術か呪いに強い先生に見せておいて下さい」
目の前に来た球体の横から顔を出したエドウィンはもどかしさから生じる怒りを隠しもせず声を荒げた。もう何度目だろうか、名前を叫ぶのは。名前を呼ぶ度に腹の底に自身の不甲斐なさが溜まる。
「アンネマリー!!」
横に並び、共に戦えば良いのだろうと思う。だが、それではアンネマリーを確実に守れない。エドウィンは彼女と共闘したい訳ではない。安全に守りたいのだ。彼女が平和に暮らす事が出来る様にサポートをしたい。
―――今度こそ、幸せに
何処から来るのか分からない感情が自分を突き動かす。彼女と出会ってから、いつもそうだ。幸せになってほしいという感情が全身を巡る。例えそこに自分が居なくても彼女が幸せであれば良い、そう思うのだ。
なのにアンネマリーはそんなエドウィンを煩わし気に一瞥し、視線を空は移す。決して邪魔はするな、言葉に出さずとも感じる拒否にエドウィンは手を伸ばす事も出来ない。力を入れすぎたのか下唇から血が滲み、鉄の味が口内に広がった。
「駄目そうなら帰ってきますよ、死ぬ気は更々ないので」
アンネマリーはそう言うと自身の足元に術式を編み、ポンポンと上空へ上昇していく。ホワイトゴールドの髪をふわりと煌めかせて空を行く姿は神話の女神に通ずるところがある。
空に近付く程に髪は光を帯び、オパールの様な輝きを増していった。
絶望にも似た感情でそれをエドウィンは見つめていた。噛み締めている唇はもう痛々しさしかない。
「そんな顔してんなら一緒に行きゃあ良いんじゃねえの?」
陰鬱な空気の中、笑い声が聞こえ、エドウィンは横目でその存在を見た。
クツクツと笑うソレはこの国の第二王子であるカーティスだった。いつもと同じく着崩した制服に緩い三つ編みを前に垂らして、耳にあるピアスをくるくると楽しそうに回している。
「アンタだってアレくらい出来んだろ?」
カーティスが言っているのは飛翔術の事だろう。確かにエドウィンもそれが出来る。だが……
「あんなに拒絶されたのに行っても良いんだろうか」
エドウィンはアンネマリーの冷たい瞳を思い出す。まるで自分を敵だと思っている様な瞳。見放された気がした。もうお前などどうでもいいのだと。
守りたいだけだった。だがそれが独りよがりであった事は自分でも分かっている。
「お前、アレだな。女みてぇだな」
「……否定はしない」
「婚約者なんじゃねえの?女一人で行かせてお前すげぇな」
「まだ婚約者じゃない、」
もう遥か先、竜と対面をしているアンネマリーを見る。姿はほぼ点だが、特徴的な髪がゆらゆらと揺れている事は分かった。
「だからだろうな、これ以上悪印象を持たれたく無い」
実に情けない感情だ。自嘲の様な乾いた笑いが自然と溢れた。
ここ数日、近付けたと思っていた事が嘘の様だ。今日一日でこれまでの好印象がきっとマイナスになった。
『エド』と呼ばれて心躍った数十分前。そこからの急降下。彼女を尊重すれば良かったのだろう。だが、未知の状態にそれは出来なかった。
エドウィンから見れば無鉄砲に見えたのだ。アンネマリーが何を考えているのかも分からず、取り敢えず安全な場所へとしか考えられなかった。
「金玉ついてんのか、お前」
「……ついている」
「ま、俺にはお前らがどうなろうがどーでも良いがなぁ」
「……そうだろうな」
「それにお前がダメになったら俺にもチャンスがくるって事じゃねぇ?」
その言葉にエドウィンはハッとし、カーティスを見た。カーティスは相変わらず笑っており、エドウィンの反応を楽しそうに見ている。
「アレは国で囲わなきゃいけねぇ女だろ」
ナァ、と弾む声で言う姿にエドウィンは顔を歪めた。
そして思い出した。カーティスが以前アンネマリーに求婚した事を。片眉を上げたまま、カーティスを見ればいつもと同じニヤついた顔で感情は読めない。だが、彼の言う事も理解出来た。魔術師家系で、先祖に妖精がいる貴族はそう多くない。この国ではあと公爵家が一つあるくらいだろう。それにあの登校せずとも話題に上がる非凡さ、美しさ。
例え姉が既に王弟に嫁いでいても欲しい人材であるには違いない。
でも違うのだ。エドウィンにとってアンネマリーはそんな事はどうでも良い。確かに最初はそういうものもあったかも知れない。だが、日に日に増していく感情は泣きそうな程膨れ上がって、今にも弾けそうなのだ。
側に居て、幸せにしたい。それがどんな形であれ、幸せに生きていてくれればそれで良い。
―――今度こそ、幸せに
アンネマリーが幸せに暮らせる様に守っていきたい。戦う事等せず、穏やかに……
(違う、本当にこれで良いのか)
守るだけで良いのか?アンネマリーはそれを望んでいる?いや、彼女はそれを望んではいない。守られる存在ではないと自分を位置付けている。それなのに無理矢理彼女を弱者扱いしたら尊厳を傷付ける事になるのではないか。
エドウィンは考える。本当に自分はアンネマリーが好きなのかと。答えは『イエス』だった。誰に問われても即答出来る。ならばこの行動はなんなのか?と再び問い掛ける。お前は好きな女を一人死地に送ったのか?と。
嫌われるのが怖い?それよりも彼女が居なくなってしまう方が余程怖い事だろう。それともお前は自分を嫌う人間は死ねば良いとでも思っているのか、と頭の中で自分が罵倒してくる。何度も愚かだ、愚かだ、と叫んでくる。
(違う、俺はアンネマリーにただ幸せになって欲しい訳じゃ無い。俺と)
そう、自分はアンネマリーと共に生きたいのだ。誰かと幸せに暮らしているアンネマリーを見たい訳じゃ無い。自分が幸せにしたいのだ。自分はそんな偽善者では無い。誰かに自分の好きな女を譲るほどお人好しでも無い。だから求婚をした。守る為に、共に幸せになる為に。自分と居て幸せだと感じて欲しいから。そして何より生きていて欲しいから。
そうだ、共に居たいと思っているのに何故彼女を一人で行かせてしまったのだろう。何とも情けない。それに何をうじうじと。もうマイナスに振り切った好感度なのに、これ以上嫌われたら等、馬鹿馬鹿しい。これからは上がるだけなのに何を怖がっているのか。
エドウィンは空を見る。キラリと輝く七色の髪に強く決意した。戦いの女神は竜と対峙し、ゆるりと舞っている。
「カーティス」
「あぁ?」
「恩に着る」
視線を空に向けたまま、そう言えばカーティスの意地の悪い笑い声が響いた。
「いーえ、皇子様。いや皇女サマか?」
楽しそうにクツクツと笑うカーティスを見て、エドウィンは薄く笑い、足元に魔力を集中させる。発動させた魔力がポンポンと跳ね上がり、あっという間に空に近付く。そのまま飛ぶ様にアンネマリーの元へと急いだ。




