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43.焦る気持ち


「アンネマリー!?」


 そう口にした名前は最後まで彼女に伝わる事は無く、森の中に消えていった。先程まで掴んでいた筈のアンネマリーの腕はエドウィンの手の中には無い。ただそれを掴んでいた事の証拠の様に手は丸みを帯びていた。

 エドウィンはその手を見て、悔しさから拳を作る。


(何故!)


 最後に見たアンネマリーを思い出し、苛立ちと不甲斐なさから頭が沸騰していく。まともに働かない頭をそのままにエドウィンはリリーを肩に担いだまま、拠点にある救護テントへ向かった。


 向かいながらも思い出すのはアンネマリーとの言い合い。頑なに元に戻りたがる彼女の腕を必死に掴んでいた筈なのに、聞きなれない詠唱を彼女が唱えた瞬間此処へ飛ばされていた。まさか転移を他人にも使う事が出来るなど思ってもいなかった。アンネマリーが有能な事は知っていたが、此処までとは思っていなかったので完全に油断をしていた。


 何故あそこまでひとりでこなそうとするのか。エドウィンには理解が出来なかった。アンネマリーと初めて会ったのはほんの二、三ヶ月前。今までは多少の猫を被っていたのだろう。こんなに頑固な人間だとは思ってもいなかった。


 早る気持ちを隠しもせず、エドウィンは救護テントへ急ぐ。普段の穏やかさからはかけ離れた険しい顔に、拠点にいる生徒や教師が驚いた顔を向けていたが、そんな事も気にならない程、足早に通り過ぎる。その中でも何人かエドウィンの名を呼び、引き止めようとしていたが、一瞥もせず無視をした。


 早くアンネマリーの元に戻りたかったのだ。戻り、彼女の安全を確保、又は彼女の盾になりたい。あの性格から見るとそれを嫌がりそうだが、自分の手の届く範囲で守りたいと思う。その理由は何度もアンネマリーに伝えていたし、態度でもエドウィンは示していた。それをアンネマリーが理解しているかは別だが。


 エドウィンはけしてアンネマリーひとりでは危険だとは思ってはいない。彼女の成績もそうであるし、先程の他者を転移させる技術といい、きっとアンネマリーは万能で優秀な人物である。寧ろエドウィンの方が能力は劣っているだろう。だがエドウィンはそう、ただ()()()()()()()()()()()とそう思っているだけ。


 初めて会った時から沸々と湧き起こる自分では制御出来ない感情は、自分を他人に変える様だった。こんな感情を持つ等、今まで考えた事は無かった。兄や祖国の幼馴染が婚約者と仲睦まじく居る姿を他人事の様に見ていたが、まさか自分がそれを羨ましく思う様になる等誰が分かっただろう。


 今回の事ではっきりとエドウィンは自覚した。あの無鉄砲を支えるのは自分なのだと。自分がアンネマリーの支えとなり、盾となるのだと。


(無事でいてくれ……!)


 歯を食いしばり、エドウィンは救護テントを乱暴に開けた。中に居たのは老齢の女性の医師である。医師は他の生徒を手当していた為、最初エドウィンには気付いていなかったが、ズンズンとエドウィンが近付き自身に陰が掛かった事でその手を止めた。


「はいはい、順番ですよ」


 医師はふんわりと微笑みながら、諭す様に言ったがエドウィンを見た瞬間、その表情を固まらせた。


「その子はどうしたの!」


 手当していた子を放り、エドウィンの肩にいるリリーに近寄ると顔を覗き込む。真剣な顔で呼吸を確かめたり、瞳孔を見ている。エドウィンは自分の肩にいるままに診られている事に対して素直に物申し、簡易ベッドにリリーを降ろした。くたんと力が入っていない体は重さ以外は何も無く、吐息も微かである。改めて見るリリーは担ぐ前よりも顔色は良くなっているが、呼吸は浅くなっている様に思えた。


 全身を見た医師は何度も目を見開き、その度に眉根の皺を深めていく。リリーの異変を見ていたエドウィンからしたらあの時よりは全然マシだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「一体何があったの!」

「俺にもよく分からない。彼女が身につけていた魔石が砕けたらそうなった」


 エドウィンは焦る医師に事の次第を客観的に説明していく。アンネマリーが言っていた『生贄』という単語は出さず、呪いの様だったとも言わない。あくまで客観的にだけ説明した。

 その説明を聞いた医師は只々困惑をしていたが、リリーの額に手を当てながら放置された生徒の手当を終えた助手に指示を出す。


「ジョン、責任者を呼んできて」


 助手は言われた通りに演習の責任者である教師を呼びに行った。その後ろ姿を見て、エドウィンはアンネマリーの元へ戻る為に後に続いたが医師に引き止められた。


「殿下はもう一度説明をお願いします」

「……わかった」


 本当はすぐにでもアンネマリーの元へ行きたかったが、人命の事を考えると無碍にも出来ない。エドウィンは医師の隣まで戻り、リリーの処置を落ち着かない様子で見ていた。医師は何度も脈を取り、下瞼を下げている。体を温めようとしているのか冬場によく見る温石をリリーの脇に挟んだ。


 この時にもアンネマリーに何かが起きているかもしれない。そう思うと無意識に眉間に皺が寄った。

 そうこうしていると慌てた様子で責任者である教師が駆け込んで来た。


 エドウィンを見た教師は一瞬驚いた様だったが、直ぐにその表情を隠し、ベッドに横たわっているリリーを見る。


「どういう状況ですか」

「脈も体温もとても低い。最悪の事もあるかもしれないわ」

「そんな……」


 今までこの演習で死者は出ていない。なのにこんな事が。教師は青い顔でリリーを覗き込む。その様子を見てエドウィンは口を開いた。


「経緯を話そう」


 エドウィンの声に教師は深く頷く。そしてエドウィンは先程と同じ様に客観的に説明をした。説明を進めると教師の顔色は段々と悪くなり『どういう事だ』と質問をしてくる。だが、それはエドウィンも知りたい事だ。答えられるわけもない。エドウィンはその質問に


「わからない」


 と答え、説明を終えた。沈黙に包まれるテント内を後にしようとエドウィンは医師に背を向ける。もうこの場で行う事は何も無い。長身からくる長い足のコンパスを素早く動かし、外まで急いだ。背後から引き留める声が聞こえたが、これまた無視をする。


「アンネマリー……っ!」


 救護テントから出たエドウィンはほぼ走っていると言っても過言でも無い速度でアンネマリーの元へ戻ろうと急いだ。だがそれは知っている声に足止めされる。


「殿下!殿下!」


 その声はエドウィンのペアの声であった。その声に思わず立ち止まり、そういえば教師を呼んでくると言っていたがまだ此処にいたのかと一瞬で考え『ああ』と返事をする。

 ペアはエドウィンを見ると申し訳なさそうに眉を下げ、小さく声を出した。


「中々戻れなくて申し訳ございません。空いている先生が全然見つからなくて」

「気にするな」


 焦りから言葉少なにそう答えると、ペアの子はびくりと肩を震わせる。怒っていると思ったのだろう。それ程までに冷たい声であった。だがエドウィンが怒っていたのは戻って来なかった事ではなく、今呼び止められた事に対してである。エドウィンは震える子を放置し、再び足を進ませようと視線を森に向けた。


 その瞬間である。木々を激しく揺らす突風が身を襲った。森の木は所々倒木し、拠点にあるテントが一部を除いて風に煽られ転倒した。

 あまりに激しい風にエドウィンは腕で顔を守り、足を一歩後ろへ引き、その場に踏ん張る。それでも体は僅かに揺れていた。


―――バキバキ


 遠くからも近くからも聞こえる木々の悲鳴に何が起きたのかと考え、ハッと風の吹く方向へ目を向ける。この異常な事態、今日だけで何度も経験した。


(これはあれに関連するものか)


 土埃と木屑やらが視界を濁すが、エドウィンは細めた目を凝らして前方を見る。


「あれは……」


 遥か前方にそれは居た。目を凝らさずともはっきりと存在していたそれにエドウィンは体から力が抜けた様に顔を覆っていた腕をダラリと垂らした。


 この森の木々よりも遥かな巨大な存在に、何故か喉が鳴る。


「竜だ!!!」


 一人の生徒がそう叫び、へたり込む。


 そう、竜だ。禍々しい紫がかった黒い竜が先程まで自分が居たであろう場所で邪悪なオーラを撒き散らしていた。




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