33.ペンダント
リリーは苛立っていた。幼い頃からの爪を噛む癖が出てしまう程に。その瞳は元来は大きく丸いが、今は醜く釣り上がっている。
考えるのは一人の女の事。生まれながらの貴族にして、見目も頭も良く、魔術センスも良い、いけすかない女。
(何なの!あの女は!?)
その女は傲慢だ。上から目線で自分に物を押し付けてくる。
(事あるごとにエドウィン様に視線を送って!)
その女は守られている。リリーが欲しい男に。
リリーはどうしようもなく苛ついた。その女の存在に。何一つ上手くいかない計画に。何故自分ばかりこんな目に遭うのかと只々腹が立った。
リリー・バルトは子爵である父とメイドとの間に出来た庶子だ。生まれてから8歳まで平民として暮らしていた。父は時々、家に来てくれる裕福はおじさんという認識で、幼いリリーは父親だとは認識していなかった。強請れば何でも買ってくれるおじさん、優しいおじさん。リリーにとって都合が言い存在だった。
父はリリーには甘かったので平民としては裕福な生活を出来ていたと思う。そして8歳の時、父の正妻が死に、嬉々としてリリーと母は子爵家へ迎え入れられた。
子爵家での生活は平民の時とは比べ物にならない程、素敵なものだった。何でも言う事を聞いてくれる父、傅くメイド達、美味しい食事に綺麗なドレス。こんな夢のような生活はないと思った。
貴族の義務という事で家庭教師がついた。今まで自分の好きなように生きてきたリリーにとって勉強は苦痛なものだった。家庭教師は何をやっても溜息ばかり。マナーの教師はいつも怒って、父に告げ口をする。
優しかった父は段々と勉強に口を出す様になり、母も口煩くなった。
『私は可愛いんだから勉強なんてしなくてもいいじゃない!』
本気でそう思ったリリーは最終的に父に泣きついた。
『あの家庭教師達は自分が平民だったからって意地悪ばかりする。分かりやすく教えてもくれないのに怒ってくる。みんな辞めさせて欲しい』
父は困惑はしていたが、元々リリーが可愛くて仕方が無い人であったので、リリーの要望通り家庭教師を全て辞めさせた。これに味を占めたリリーは次からも同じように辞めさせ、碌に学ぼうとはしなかった。
そんなリリーが11歳になった時、その時の家庭教師のツテで同世代の公爵令嬢のお茶会に行く事になった。両親はリリーのマナーの問題で行かせるのを渋ったが、リリーがどうしても行きたいと駄々をこね、出席をもぎ取った。
『リリー様、私から離れないで下さいね』
お茶会に着いた際、リリーは家庭教師にそう念を押されたが、当然の様に守らなかった。その時リリーは公爵家の豪邸さに魅入られ、そんな言葉は聞いていなかったのだ。
そしてリリーは家庭教師が目を離した隙に動き回り、お茶会の主催である公爵家の令嬢を見つけた。その令嬢は公爵家にしては大人しい色合いのドレスを身に纏い、リリーからしてみれば地味な顔立ちであった。リリーはその子に近付き、挨拶もせず声を掛ける。
『なんでこんな立派な家に住んでるのにそんなに地味なの?私の方がこの家に似合うわ。どう見たって私のほうが可愛いでしょ』
リリーはその場に居た令嬢の糾弾にあった。普通に考えれば当然の事だ。だがリリーには意味が分からなかった。何故本当の事を言って責められるのか、だって本当に彼女は地味だったからそう言っただけである。こんなにも大勢に囲まれ、令息達からも冷ややかな目で見られる様な事はしていない。
(なんでそんな地味な子を庇って可愛い私をいじめるの!)
リリーは怒りで目を吊り上げさせ、この意味の分からない状況を打破する為に声を張り上げようとしたが、事態を把握した家庭教師に寄って回収され追い返される様に子爵家へ送り返された。
家に帰ったリリーは家庭教師に怒られ、普段甘い父にも強く叱られた。何故怒られなければいけないのか、この時もリリーは分からなかった。可愛くもない子が良い家で暮らしていて、皆に守られている。それなのにリリーは虐められ、父にも怒られる。こんな理不尽な事があってもいいのか? 只々憤慨した。喚き、手当たり次第物を投げたせいか、その日は夕食は部屋で食べる様言い渡された。部屋から出るな、そんな酷い言葉を掛けられて。
部屋の中でも自分の感情のまま行動をしていたリリーはある事に気付く。
(偉くなればこんな事はなくなるんじゃない!)
そう、自分が子爵家だから虐められるのだ。もっと、高い爵位であれば自分を怒る人も居なくなるだろう。それどころか、この可愛さだ。色んな人が自分を好きだと言ってくれるに違いない。
(でもどうやって偉くなればいいの?)
その時、ふと以前読んだ絵本の事を思い出した。貧しい平民の子が王子様と恋に落ちて、お姫様になる話。皆に羨ましがられ、祝福される、それはそれは幸せな話だった。
(そうよ!王子様よ!王子様と結婚すれば良いんだわ!そうすればお姫様になれて皆に羨ましがられて、怒られるなんて事なくなるわ!)
その後リリーは12歳の時、学園に入学した。学ぶのは好きでは無いが、同学年に王子様がいると聞き、喜んで入学した。だが、学園はリリーが思っていたよりも面白いものではなかった。
まず、クラスに王子がいない。勉強の出来ないリリーはFクラス。王子はSクラスだった。クラスメイトであれば仲良く出来ると思ったのに、クラスも違えば教室の階数も違う。何もかもが予想外だった。それに王子はあまり学園に来ていないらしい。だから遭遇率も低かった。
王子であれば誰でも良いリリーは、ある日隣国の皇子も同学年にいる事を知った。この国の王子が駄目なら隣国の皇子でもと思ったが、こちらの皇子もSクラスで同じく接点など皆無だった。それでも話し掛けようとしたが、少しでも近付くと必ず同じ人の邪魔が入り、リリーは苛立ちを募らせるだけだった。
王子達とどうにか仲良くなりたいと足掻き続けて数年、そのチャンスは突然きた。魔獣討伐演習のペアが王子達と親しい女だったのだ。リリーはこの女を踏み台にして王子達を射止めようとしたのだが、その女はリリーを避けるばかり。それでも王子達と接触は出来たのだが、思うような反応は無く、反対に警戒されるようになってしまった。
リリーは自分の見た目が良い事を分かっていた。自分でも気にしていたし、クラスの男子はリリーがしなだれかかり、お願いすれば何でもやってくれる。それなのに王子達には効かない。どうしてだろうとリリーは考え、こんな事おかしいと歯噛みした。
(あの女がなんか言ってるんじゃないの)
そう考えたらそうとしか思えなくなった。自分の立場がリリーに取られるのを恐れ、悪印象を与える事を言っているのではないか? そう考えたらその女が憎くて堪らなくなった。
だってリリーは可愛い。頭が良くないところも愛嬌として取って貰える事が多い。女の癖に頭が良くて奢っている人間よりも断然リリーの方が良いに決まってる。まあ、確かにあちらも顔が良いが。
(ムカつく! ムカつく! ムカつく!)
リリーは授業の事を思い出す。何が『やってみましょう』だ。教師でもないのに上から目線で物を言って。別に自分は勉強の為に学園に来たのではない。『お姫様』になりたいから来たのだ。王子様と恋に落ちて、皆が羨む存在になる為にわざわざ来ているのだ。それなのに魔獣退治?する訳がない。出来る人がやればいい。
それに隣国の皇子エドウィンがチラチラとその女を気にして視線を寄越すのも、その女がエドウィンを見るのも腹立たしかった。その場所は自分のものな筈なのに。お姫様になるのは自分なのに!
リリーは怒りを隠す事もせず、教室へ戻り自分の机を見た。すると教室を出る時には何も置いていなかった筈の机に何かが置いてある。何だ? と不審に思いながらも近付くとそれはペンダントだった。黒曜石の様に鈍く光る石に、花を象ったフレーム。花にしては色合いが可愛くないと思いつつもリリーはそれを手に取った。
カサリとペンダントとは違う物が手に当たり、リリーはペンダントを裏返す。そこには一枚のメモが張り付いていた。
『あなたの願いを叶えます』
「願い?」
リリーはメモを剥がし、ペンダントを見る。これは誰かからのプレゼントなのかもしれない。名前も無いがリリーに想いを寄せるシャイな人物がそっと置いていったに違いない。センスは悪いが、気持ちは嬉しかった。それに願いを叶える? 願ってもないことだ。
リリーは早速そのペンダントを胸に付け、ほくそ笑んだ。これがどういう物かは分からないが、きっと良い物に違いない。そう信じて二人の王子の事を思った。




