32.性根の悪さ
その日の授業のリリーは先日と打って変わって大人しくなった。やはり教師が近くにいる事もあるのだろう。顔はぶすっとしているが、暴言を吐く事なく練習をしている。
リリーが得意とする魔術は詠唱を聴くと風らしい。だが、魔力量が少ないのか、集中力が足りないのか、兎に角理由は不明だが前髪を揺らす微風がそよっと出る位だ。勿論、的には一切当たらない。
「…………」
「なんですかぁ?こわぁい!」
アンネマリーはリリーの出した微風をどうしたものかと考える。恐らく、恐らくだがリリーはこれまでまともに魔術訓練を行なっていなかったのだろう。これはセンス云々というよりやり方を知らないだけの様な気がする。とりあえず出そう、そんな感じで出している感じだ。
(そういえば以前は平民として暮らしてたって聞いたな)
何歳から子爵家に引き取られたかは知らないが、ある程度大きくなってから引き取られたのであればこの力量には納得がいく。
ぶすっとしたリリーは目を座らせ、アンネマリーを見ている。アンネマリーが何も言わないのを不服に思っているのだろう。
「リリーさん、手を出してくれます?」
「なんでですかぁ。女の子と手を繋ぐ趣味ないんですけどぉ」
喋り方はぶりっ子だが言葉に棘がある。
「魔力の流れを見たいんですよ」
「はぁ?」
「原因を調べないと何も言えないので」
渋るリリーの手を強引に取るとアンネマリーは自分の魔力をリリーに流した。流し始めると不快感を感じたのかリリーの手がピクンと動く。それでも手を振り解かないのは自分が魔術を上手く使えないという自覚があるからに違いない。
緩く緩く魔力を流していく。詰まる様な感覚もないので、やはり魔力に問題はなさそうだった。量も心配していた程少なくはなく、普通の人と同じくらいだと感じた。
全身を見終わり、アンネマリーはリリーから手を離す。リリーはハッとした顔をした後、眉根を寄せた。
「魔力に問題は無いので魔力の練り方からやっていきましょうか」
以前、サラにやった様に自分の魔力の流れを見て貰ってやれば今より良くなるかも知れない。そんな気持ちでアンネマリーは言ったのだが、リリーは馬鹿にした様に鼻を鳴す。
「なんでやらないといけないのぉ?」
「え、魔獣討伐演習で何かあったら大変」
「アンネマリーさんがいるから、わたしは何もしなくてもよくないですかぁ?」
「は?」
クスクスと笑いながら、馬鹿にした様な目をされる。それを見てアンネマリーは呆けてしまった。
予想外の事だ。確かにアンネマリーだったら一人でも問題ないだろう。寧ろ本心は一人で全て狩りたい気持ちだ。だが、これは授業の一環である行事だ。内容的には魔獣の討伐だが、真の目的は慣れない相手とのチームワーク、コミュニケーションを円滑に取る事。一人だけ動いて、もう一人は傍観など意味が無い。
「私だけ討伐しても意味無いですよね」
「だってぇ、わたし魔獣なんて怖いの倒すなんて無理だしぃ。だったら出来る人がやった方が良くないですかぁ?」
いい加減そんな事を言うのだったらぶりっ子言葉もやめてほしい。
アンネマリーは近くにいる教師を見る。こちらの会話は聴こえてそうだが、対応するつもりはないようだ。
(この人、最初から私に対して当たりキツいのよね)
遠くを見るとエドウィンと目が合う。アンネマリーは困った様に笑いながら、大丈夫の意も込めて軽く頷いた。
「リリーさん」
「もうわたし疲れちゃったので、休んでますねぇ」
リリーはそう言って屋根のある見学スペースへ歩いて行った。
アンネマリーは引き留めようとはした。だが、手を伸ばしたところでリリーは行ってしまうだろう事が分かったので伸ばしかけた手を握りしめ、その場に立ち尽くす。周りの目が痛かった。
(仲良くなんて出来ないけど、せめて演習まではどうにかやりたいのに)
エドウィンを素直に紹介すれば良かったのだろうか。食堂に行くのも逃げずに四人で行っていたら? たらればを考えたが、今更意味のない事だ。
それに初対面でああいう事を言う人に優しく出来る程、性格は出来ていない。でもこういう時、つくづく自分は性格が悪いと思ってしまう。
(自分は拒絶しといて、拒絶されて落ち込むなんて)
最悪だ。本当に最悪だ。
アンネマリーは斜め前にいる教師に視線を向ける。教師は何故か勝ち誇った顔をしており、やはりこの教師とは合わないと感じた。
「大丈夫ですか……?」
落ち込んでいると隣のペアの子達が話し掛けてくる。その心配そうな顔に、アンネマリーは無理に微笑んだ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
全然大丈夫ではない。だが笑っていないともっと辛く、惨めになる気がした。




