29.リリーの襲来
「どうだった?ペアの子?」
地獄の授業が終わり、サラと合流すると晴れやかな笑顔でサラが訊いてきた。悪気は無いと分かっているが、まだ心が落ち着いていないアンネマリーは視線を泳がせ、顔を引き攣らせる。
どう伝えたら良いのか。どうだったかと言われたら最悪だったとしか答えようがない。だが、それを正直には言い辛い。
アンネマリーはリリーを思い浮かべて、最初の印象的だけを伝えた。
「あー……えー、うん。顔は可愛い子だったよ」
「何それ、成金貴族みたいな感想ね」
顔だけに言及したせいか、サラは嫌な顔をする。その顔になる気持ちも分かるが、それしか言いようがない。中身がアンネマリーにとっては未知過ぎてどう評価して良いのか分からないのだから。
「そうとしか言えなくて」
苦笑しつつ、もっとどう伝えたら良いのか考えていると後ろから声を掛けられた。アンネマリーは声で誰か直ぐに分かったが、リリーとのやり取りを思い出し、勝手に気まずくなってしまう。
「どうした?」
横に並んだエドウィンは気まずそうなアンネマリーを察して、少し身を屈めた。それでも視線の合わない高さにアンネマリーは見上げながら溜息を吐く。
「もしかしたら迷惑掛けてしまうかも」
「?アンネマリーから掛けられる迷惑なら全然良いが」
サラリとそう言われ、面を食らったアンネマリーは思わず立ち止まる。そういう処が本当良く無いと思う。
「アン、後ろが詰まっちゃうから」
苦笑するサラに促され、小走りでエドウィンとサラの間に戻る。チラリとエドウィンを見て、アンネマリーは口をへの字に曲げた。
(違うの、違うのよ)
エドウィンはアンネマリーの迷惑なら全然良いと言ったが、掛けるのはアンネマリーではない。リリーだ。
リリーはエドウィンと仲良くなりたそうであった。後から来たカーティスへのあからさまな媚びの売り方からすると身分の高い男性に言い寄っているのだろう。『私が偉くなったら』という言葉からもそれは窺える。
アンネマリーは申し訳なさそうにエドウィンを見た。
「…私は関係あるけど、迷惑かけるのは私ではなくて」
そう言ってアンネマリーは先の授業の事を二人に説明した。言葉を選びながら、下品にならない様説明していくも段々と二人の顔は曇っていき、最終的に激しく引かれてしまった。
「え、ペアって交換とか出来るのかしら?その子常識無さすぎではない?」
「流石に俺もそのような奴とは知り合いになりたくは無い」
ドン引きの表情で言われ、アンネマリーは自分だけがおかしく感じてた訳じゃ無いと安心した。周りの人も遠巻きにしていたのでおかしいとは思っていたのだが、言葉にされると安心感が違う。
「大丈夫?危険では無い?」
心配そうにサラが言う。自分的には結界を張ってあるし、物理的には大丈夫だと思うが、精神的な辛さは確かにある。あれを会う度に浴びたら精神がすり減る気がする。
だが、幸いな事にSクラスとFクラスは離れている。階数も違うので、授業以外ではそうそう会う事もないだろう。
「まあ、授業はしょうがないから良いとして、授業以外で見かける事もないだろうし、見かけても話しかけられない様に身を隠す事にするわ」
アンネマリーは二人を安心させる為にふにゃりと笑った。エドウィンはそれでも納得がいかない顔をしている。
「その授業が問題なんじゃないのか」
険しい顔で言われ、アンネマリーは眉根を寄せた。それはどうにも出来ない問題だ。それに魔獣討伐演習が終わるまでの事なので一ヶ月我慢すれば良い事。
「たった一ヶ月だもの。大丈夫ですよ」
エドウィンの曇った表情は変わらなかったが、最終的には『そうか』と納得してくれた。だがその笑みは複雑そうに歪んでいた。
そんな授業の次の日、アンネマリーとサラは食堂に行く準備をしていた。席の離れたエドウィンも合流し、さて食堂へ行くぞと歩き出した時、それは来た。
「あのぅ、すみません」
クラスの入り口から鼓膜にこびり付いている猫撫で声が聞こえ、アンネマリーはぎょっとしながら入り口を見る。居たのはそれはそれは可愛らしい顔つきのストロベリーブロンドの髪の持ち主、リリー・バルトだった。
「アンネマリーさん居ますかぁ?」
キュルキュルとした見た目で近くの男子生徒に声を掛けたリリーは、上目遣いをし、体をくねらせた。その姿を見て、アンネマリーは驚愕する。
「え」
嘘だろう、まさか教室にまで来るなんて。想像もしていなかった事に眩暈を起こしそうになる。
「アンネマリー?」
エドウィンが呼ぶ声が聞こえ、意識を戻したアンネマリーは小声でリリーの事を伝えた。
「今、入り口にいるピンクの子が例のペアの子で……」
二人とも驚きながら、ゆっくりと入り口を見る。キャピキャピと男子生徒と話している姿を見て全てを察した様だった。アンネマリーは隠れる場所を探そうとしたが、目の前のエドウィンが丁度良い壁になる事に気付き、エドウィンを縋る様に見る。
皇子を壁扱いするなんて不敬罪かも知れないが、今回は目を瞑って欲しい。
「エドウィン殿下、私の壁になってくれます?」
アンネマリーの申し出にエドウィンはキョトンとしたが直ぐに事を理解し、快諾してくれた。
「喜んで壁になろう」
「ありがとうございます」
アンネマリーはエドウィンの返事と共に自身に掛けている防御結界を解除し、急いでエドウィンの近くに寄る。
結界まで解除するとはエドウィンは思わなかったのか、酷く驚いた顔をした後、含みのある笑みを見せた。
その笑みにサラは気付き息を呑んだが、当のアンネマリーはそれどころでは無かった為気付く事はなく、リリーの襲来を如何にかわすかだけを考えていた。




