28.ペアの子
程々に楽しみにしていた魔獣討伐演習。くじ引きも先日行われ、ペア決定後初の魔術の授業である。
アンネマリーのペアはFクラスの女子に決まった。女子に決まった事でエドウィンは見るからに安堵し、喜んでいた。それをサラが生暖かく見ていたのは見なかった事にしたい。
アンネマリーは女子でサラ以外に友達という友達はいない。なので、今回のペアで女友達2号が出来るのを内心期待していた。サラと同じ様に活発な子でも良いし、内気な子でも良い。仲良く出来ればそれで問題はない。緊張と期待で胸が高鳴った。
(仲良く出来るかな)
そう思ったのは最初だけだった。
「ねえアンタ!エドウィン様紹介しなさいよ!」
「は?」
「は?じゃなくてエドウィン様を紹介しなさいって言ってんの!アンタいつも馬鹿みたいに一緒にいるでしょ!私も仲間に入ってあげるから紹介しなさいよ!」
目の前の女子はそう言うと偉そうに口端を上げた。そのとても憎たらしい顔を見てアンネマリーは『はあ』と気の抜けた声を出す。
この女子、リリー・バルトはアンネマリーとペアになったFクラスの子だ。爵位は子爵。元は平民として暮らしていたらしい。子爵家に迎え入れられた経緯はよく知らない。
顔立ちはふんわりと可愛らしく、アンネマリーは最初こそ小動物の様なので仲良くなりたいと思ったが、ペアが決まって初めての授業でこうなので、そんな気持ちも吹っ飛んでしまった。
(なに、この子……)
アンネマリーは引くよりも、呆気に取られて呆然としているとリリーが上から下まで舐める様に見てきた。
「万年首位ってこんなもんなのね。お金でも積んで成績買ったの?」
(え、なにこの子……)
こんな貴族令嬢がいるのか。アンネマリーは未知の生物との遭遇に段々と脳内が騒がしくなる。
あまりの衝撃にその場に立ち尽くしていたが、頭を整理する為に顎に手をやる。
(性格悪すぎない?)
アンネマリーは生まれてこのかた、こんな酷い言われ方をされた事がない。引き篭もっていたというのも勿論あるが『侯爵令嬢』なのであまり酷い扱いはされない。それに前世でもこんな変な事は言われなかった。悪口は言われたが、こんな感じのものではなく暗に馬鹿にするような陰湿なものだった。
(ん?逆に考えれば正面切って言えるのは良い事なのかしら?)
暫し思案しているとキャンキャンと再びリリーが喚き始めた。あまりの五月蠅さに眉根が寄る。周りの人間も同じく思ったのだろう。段々とアンネマリー達から距離を取り始めた。内心、置いてかないでと思ったがリリーとペアなアンネマリーが逃げられる筈もない。
アンネマリーはがっくりと肩を落とし、リリーに向き合った。
「授業中ですよね?」
理解出来ない言葉を喚くリリーの言葉を遮り、アンネマリーは目を細めた。
「はあ?当たり前でしょ!」
「ではそんな事を話してる場合では無いのでは?」
あくまで感情を出さずに言えば、リリーは目を吊り上げて怒り出した。
「アンタ!エドウィン様に気に入られてるからって調子に乗ってんの!?」
どうしてそういう思考になるのか。今の話にエドウィンの要素などあっただろうか。アンネマリーは授業中だからちゃんとしようと言っただけだ。なのに何故それがエドウィンに気に入られ云々となるのか。
アンネマリーは元凶のエドウィンを探そうとあたりを見回した。どうやら近くには居ないようだ。
(変な人は嫌だったのに)
アンネマリーは溜息を吐き、空を仰いだ。そして顔を片手で覆う。涙が出そうだ。実際は出ないのだが。
「アンタなんてねえ!私が偉くなったら追放してやるんだから!」
ふふん!と胸を突き出して、偉そうにアンネマリーを指差すリリー。その顔には絶対的な自信が見える。
「…………」
全く意味が分からず、アンネマリーは一番近くにいたペアに目線を送る。近くと言っても大分離れているのだが、アイコンタクトは出来る距離だ。アンネマリーと視線が合った生徒は一瞬驚いてから苦笑いを返してきた。
この事態をどうしたら良いのか、教師を呼べば良いのかと考えていると、カーティスがニヤニヤとこちらを見ている事に気付いた。目が合い、手をヒラヒラと振られる。
(まさか……)
アンネマリーの直感通り、カーティスはフラフラと近付いてきた。もしかしたらカーティスは人が嫌がる事を率先してするのが好きなのかも知れない。アンネマリーはリリーに気づかれぬ様顔でこっちに来るなと必死に表現する。来て欲しくないのは分かっているだろうに、カーティスはニヤついた顔を崩す事無く距離を詰めていく。
絶対にカーティスが来たらもっと面倒な事になる。
「アンタなにふざけてんのよ!」
アンネマリーの顔が段々とおかしくなってきたので、リリーは一段と声を荒げた。アンネマリーだって好きで変顔をしていた訳ではない。カーティスを止めたかっただけなのだ。
アンネマリーはリリーの背後に迫ったカーティスを見る。それはもうニヤニヤとしていた。
「ヘルマン侯爵令嬢、おもしれー事やってんな」
カーティスはリリーのすぐ後ろから声を掛ける。その声にリリーは先程からしている険しい表情で振り向いた。だが後ろに居たのがカーティスだと気付くと、パァっと明るい可愛らしい顔をする。
「カーティス様!」
先程の声とは1オクターブは違いそうな高い声に、アンネマリーは目を見開いた。あまりの変わりようにリリーとカーティスの顔を交互に見る。
「わたしぃ、リリー・バルトって言いますぅ。アンネマリーさんとはお友達でぇ」
そして舌ったらずな声でカーティスに媚びを売るリリーに更に衝撃を受け、口をポカンと開けた。カーティスはリリーを面白そうに見ながら、クツクツと笑う。
「友達だってよ、本当か?」
「本当ですよぉ」
アンネマリーは声に驚いて内容を聞いていなかったが、カーティスの声で事態を把握した。そして次に入ってきた間伸びした声に声を詰まらせる。
「……初対面なので友達ではないですね」
二人から顔を背けて、なるべく感情を出さない様に言えば、前から鋭い視線を感じた。リリーが恐ろしい顔で睨んでいるのだろう。アンネマリーはそちらに視線を戻す事無く、空を見上げた。
「友達じゃねえってよ」
ニヤニヤと耳のピアスを回しながら揶揄う様にカーティスが言う。
(完全に遊んでる)
アンネマリーは横目でカーティスを睨みつける。揶揄うくらいだったら教師を呼んできて貰いたい。今は授業中なのだから。
リリーはリリーで遊ばれているのも気付かず、わざとらしく頬を膨らませカーティスを上目遣いで見ていた。
「お友達ですよぉ!さっきもぉ、エドウィン様紹介してくださるって言ってくれたんですよぉ」
見る人によっては可愛い仕草と表情なのかもしれない。だが先程からの態度を見ていると全くそうは思えない。二面性と言うのだろうか。それを受け入れられる人は少ないだろう。やはり内面があってこその外見なのだとアンネマリーは理解した。
カーティスはピアスを回していた手を止め、意地悪く笑った。
「ああ?お前、そんなん言ったのかよ。エドウィン可哀想にな」
アンネマリーは再び肩をがっくりと落とすと、片手で顔を覆い、頭をふるふると力なく横に振った。声はもう呆れ果てて出ない。カーティスはその様子を見て鼻で笑った。
そしてリリーは何を思ったのか、カーティスに近付くと瞳を潤ませながら腕を絡め始める。突然の事にアンネマリーはギョッとしたが、当のカーティスは表情を崩さずそれを見ていた。
「カーティス様もぉ、わたしとお友達になってくれますかぁ?」
「ならねえ」
恐れを知らないとはこの事だ。カーティスの即答にもリリーはめげず『えー』と猫撫で声を出し、腕に更に巻き付いた。流石にこれはまずいのでは?と思っていると誰かが教師を呼んできてくれ、地獄の時間は漸く終わった。
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