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0.絶炎の魔女



 黒い空が全てを覆い尽くし、地上は赤い炎で覆われていた。黒と赤で覆われた世界は俗に言う地獄と似ている。国境とは程遠い、鉱山のある土地から近い此処は数年前から続く戦乱で荒野と成り果てた。以前は緑溢れる森で薬草がよく採れていたのだが、もうその面影はない。


 血と人が燃える臭いが開けた大地に充満し、慣れない者であれば吐き気を覚えるだろう。

 視界も砂と熱気でぼやけている。


 戦場に目を向ければ、そこかしこから『あの女を殺せ』という言葉が聞こえる。武器を振るいながら、士気を高める様に皆が口にする。そして皆、女を討たんとただ一点を見つめていた。視線の先には炎の壁がある。その炎の中にそれはいるのだ。


 その女は骸の山に腰掛けながら眼下に広がる炎を見ていた。

 ホワイトベージュの髪の一部は骸の血で汚れ、赤い瞳は炎の向こうの殺し合いを冷たい目で見ている。ある者は剣を使い、ある者は魔術で人を殺す。刃は敵に届かず、魔術によって屠られていく。ひとり、ひとりと倒れていく人間に何を思うのか女は瞼を閉じた。


 女には誰が仲間で、誰が敵なのか分からない。一体何が目的で戦争が起きているのかも分からなかった。

 何故なら女はただ人に命令されただけであったからだ。命令があれば何処にでも駆り出される、そういう契約、命令なのだ。


「絶炎の魔女よ」


 瞼を開けば、燻んだ金髪と碧眼が炎の向かい側より睨め付けていた。女はその金髪が元は太陽の下で燦然と輝く事を知っている。今の燻んだ色はこの戦いによるものなのだろう。埃と血に塗れ、普段の煌びやかな雰囲気は消えまるで囚人の様だった。


 絶炎の魔女、アナスタシア・ゴレッジはゆらりと立ち上がり、微笑むと指を鳴らした。

 すると男を招き入れる様に炎が消える。その隙を突いて、矢や様々な魔術が飛んできたが男がその中に入った瞬間炎が再び壁を作る。雨のように飛んで来たものは音もなく消えた。


 男は剣を持つ手に力を入れ、一歩一歩アナスタシアに近付くとその刃を首筋に当てた。掠った刃で薄く皮が切れれば血が流れ、襟口が血に濡れる。


 アナスタシアは男の名を呼んだ。その声は何の感情を乗せていたのか、溢れる声に男は返事もせず剣を首筋から左胸に移すとそのまま力一杯剣を突き刺した。刃は胸を貫通し、アナスタシアの体はぐらりと前に倒れる。ウェーブがかったホワイトベージュの髪が男の視界を奪う様に覆い被されば、剣を突き刺したままの男がアナスタシアの体を支えた。完全に体の力を預けられた男は小さく息を吐き、剣を体から抜く。主要な血管がある場所な為、大量の血が溢れ出た。口からも流れる血と瞼の閉じられていない瞳に、男は大きく息を吸う。

 胸を貫いた瞬間から弱くなっていた炎が遂に消えれば、魔女が事切れた事が分かった。


「終わった…」


 男が呟けば、彼の副官が走り寄ってくる。眼前に迫る刃と様々な魔術を跳ね返しながら副官の男は声を張り上げた。


「絶炎の魔女アナスタシアは死んだ!!戦は我々の勝利だ!!!」


 その声に大地が揺れる程の歓声が沸き起こる。


―――魔女は死に、戦が終わる


 それは戦に係る者達が待ち望んでいた事だ。漸く平和な世が訪れる事に皆歓喜した。


 男は魔女の体を横抱きにし、座り込む。開いた瞼を閉じさせ、流れる口元の血を拭けば、寝ているかの様に見えた。それに死んだばかりの体は温かい。


―――戦は終わった。

――魔女が死んで。


 男は魔女の頬に血だらけの手を添える。すると弛緩した体から涙が流れた。一筋の涙が頬を伝い、男の手を濡らした。


「終わった…」


 漏れた声は黒い空に消え、魔女の涙が男の皮膚に吸い込まれる。歓喜の声が耳元で聞こえ、頭を揺らした。


 男の目から涙が溢れる。それは歓喜か、安堵か、それとも喪失感か。魔女の額に自身の額を合わせれば、副官が自分を呼ぶ声が聞こえる。



―――戦が終わった。一人の魔女を生贄にして





グレゴル暦178年 シンダル皇国の王弟サフィル・ライル・シンディールがユメイラ国への外交中に殺害される。

同年 シンダル皇国はユメイラ国へ宣戦布告。

グレゴル暦181年 ユメイラ国の勝利にて終戦となる。


この戦は後に―サフィルの悲劇として歴史に記録される事となる。


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