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かくれんぼと6人の子供

作者: 押水武

 日曜の朝だ。

 窓からは黄色い柔らかな日射しが差し込んでいる。俺は台所のチェアに浅く腰掛け、コーヒーに口を付ける。点けっぱなしのテレビから流れてくるニュース情報は、頭には入ってこない。


「もういいよ」


 二階から声が聞こえる。

 息子の声だ。

 またかくれんぼか、と俺は嘆息した。

 妻はいないので、息子の相手をしてやれる人間は俺だけだ。しかし俺は息子の遊びにつき合ってやる気になれず、ただ苦い顔でコーヒーカップを掴んだまま少しだけ背筋を丸めた。


 四年前に息子が産まれたとき、皆から「口元がお父さんそっくりですね」と言われた。

 少し成長してくると今度は「目鼻立ちが奥さんそっくりですね」と言われた。

 今、息子の顔は俺にも妻にもまるで似ていない。


  *   *


 ところでかくれんぼに関して、奇妙な体験がある。

 俺が小学3年生の時の話だ。学校の裏山の石段を登った先にある無人の神社の境内で、かくれんぼをしていた。人数は俺を入れて8人。

 1人は同じクラスの辻野大輔だった。

 大輔と俺はクラスは一緒だが、別に仲が良かったわけではなく、それどころかほとんど話しをしたこともないような間柄だった。何故その時だけ一緒に遊んでいたのか、どれだけ頭を捻っても思い出せない。

 しかしさらに不思議なのは他の6人だ。

 残りの6人は、名前も知らなければ顔を見たこともないような連中だった。

 それでも俺は子供らしい無邪気さで、彼らと楽しく遊んでいた。

 そう。

 あの日は間違いなく楽しかった。

 普段一緒に遊ばないメンバーと、普段はあまり足を踏み入れない場所で遊ぶことに俺は興奮していた。

 何時間くらい経っただろうか。

 俺たちはずっと夢中でかくれんぼを続けていた。

 やがて、夕陽が半分沈みかけた頃

「そろそろ最後にしようか」

 と誰かが言った。


 その日最後のかくれんぼで鬼になったのは俺だった。

 目をつぶって100まで数え、「もういいかい」と声を張り上げた。「もーいいよー」の声があちこちからバラバラに返ってくる。

 俺はその声を聞くや否や、跳ねるように駆け出した。

 最初に大輔を見つけた。大輔は勉強はできるが、かくれんぼはてんで下手くそだということを俺はその日の経験で理解していた。

 それから15分くらいをかけて、残り6人も見つけだした。

 日はもう沈んでおり、鳥居の先に続く石階段の下で古ぼけた街灯がジリジリと鈍い音を立てて明かりを灯していた。

 辺りの暗さが少しだけ不気味に感じ

「帰ろう」

 と言って俺と大輔は石階段を降り始めた。

 階段を半分くらいまで来たところで後ろを振り返ると、あの6人はどこにもいなかった。

 俺と大輔は狐につままれたような表情で、互いの顔を見つめ合った。


 その後何度か神社に行ってみたこともあるが、あの6人を見かけることはなかった。

 ある日の放課後、大輔が紙の束のようなものをもって俺の机の方にやってきた。

「これ見てよ」

 広げたその紙は、新聞記事のコピーだった。

 

「小学生6人が行方不明」


 見出しにそう書かれているのが目に飛び込んできた。

「何これ」

 言いながら俺はその記事を読む。9月18日に俺と同じ小学3年生の子供6人が、俺の住む町で行方不明になった、という記事だった。

 9月18日と言えば、俺たちが神社でかくれんぼをしたあの日だ。

 そして記事の最後には行方不明になった子供たちの顔写真が掲載されていた。

 間違いなく、俺たちが遊んだあの6人だった。

 ぞっとした。

 誘拐か。何かの事故か。

 いずれにしても、あの後、あの6人は姿を消して未だに見つかっていないというのだ。と言うことは、俺と大輔も、彼らと別れるタイミングがもう少し遅ければ、彼らと同じように行方不明になっていたかも知れないということか。

「違うよ。そうじゃないんだ。この記事、10年前の新聞なんだ」

 大輔が指さした先を見ると、確かにその新聞の日付はちょうど10年前になっていた。


 俺と大輔は一緒に神社に向かった。

 理屈にならない漠然とした予感があった。今行けばあの6人に会えるんじゃないだろうか。俺はそんな気がした。

 石階段を上り、鳥居をくぐり、境内の裏手に出た。

「あの日の最後のかくれんぼで、あの子たちはどこに隠れていたんだっけ」

 思い出すと最後のかくれんぼは皆様子がおかしかった。かくれんぼの途中までは皆、社の裏や太い柱の陰に隠れていたのが、最後の一回だけは境内から少し離れ森の茂みの中に倒れるように潜んでいたのだ。

「確かこっちの方だよ」

 おかしなことに、鬼だった俺よりも、最初に見つかって俺の後から着いてきていた大輔の方が彼らの隠れ場所をよく覚えていた。

「この太い木の裏の茂みに確か一人・・・」


 予感は当たっていた。

 茂みをかき分けそっとのぞき込むと、彼らのうちの一人が居た。

 もちろん生きてはいない。

 10年前に行方不明になった彼の、俺たちが見つけたのは、白骨死体だった。

 俺と大輔はそれを見てぼろぼろ泣いた。怖かったのか、悲しかったのか、それとも全く別の感情だったのか。今となっては思い出せない。ただ、涙がこぼれるのを止められなかったことだけ、はっきりと覚えている。そして俺たちは泣きながら他の子の隠れ場所を探した。本当はすぐ大人に知らせるべきだったのだろう。しかし、その時の俺の頭にはそんな発想は浮かばず、とにかく一刻も早くこの自分が他の皆のことも見つけてあげなければいけないと、そういう思いだけにとりつけれていた。


 結局夜になるまでに5人を見つけて、だけど最後の1人だけがどうしても見つからず、そこで諦めて公衆電話から警察に連絡した。



 *   *


 発見された遺体の状況から、警察は殺人事件と断定した。しかし事件発生からあまりにも時間がたっており、有力な手がかりは殆ど残されておらず捜査は思うさま進まなかった。結局犯人は今も捕まっていない。

 1984年8月の朝、彼ら6人は家族に「カブトムシを取りに行く」と言い残して家を出た。小学校の校門前で待ち合わせをして、山に向かっていくところを目撃されている。それ以降の足取りは明確になっていない。

 日本では2010年4月に殺人の公訴時効が廃止されたが、それを待たずにこの事件は時効を迎えた。

 遺体発見のニュースは連日ワイドショー等で報道され、当時の俺はなぜかそれを目にする度に罪悪感を感じていた。もちろん理屈では俺に何の責任もないのだが、同年代の子供が死んで自分は普通に生きていることが、理由もなく悪いことのように感じていた。

 時効が成立したときには、大した報道はされなかった。少なくとも俺がテレビや新聞で情報をめにすることはなかった。


 それから、俺たちが見つけられなかった最後の1人は今でも見つかっていない。どこか別の場所に遺体が隠されているのか、それとも彼だけは生き延びているのか。


 *   *


 殺された6人の子供たちはさぞ無念だったろう。未だに捕まっていない犯人を深く恨んでいることだろう。それは仕方のないことだ。俺だって、どこの誰とも知れないその犯人が許せない。憎んでいる。今もどこかでのうのうと生きているのだろうと考えると、ぞっとする。


「もういいよ」

 2階にいたはずの息子の声が今はすぐ後ろから聞こえる。


 四年前に息子が産まれたとき、皆から「口元がお父さんそっくりですね」と言われた。

 少し成長してくると今度は「目鼻立ちが奥さんそっくりですね」と言われた。

 今、息子の顔は俺にも妻にもまるで似ていない。ただ、俺が見つけられなかった最後の1人の子供。あの子の顔だちに、日に日に似てきている気がする。いや、気がするなんてものじゃない。新聞に掲載されていた写真と瓜二つなのだ。


 おかしいじゃないか。

 恨むなら俺じゃなく犯人を恨むべきだろう。

 なぜ俺のところに来た。

 筋違いだ。

 

「もういいよ」「もういいよ」「もういいよ」と息子は延々と繰り返す。


「ねえ、なんで早く見つけてくれないの。なんで僕だけ見つけてくれないの」


 息子が俺を、深い怨みのこもった目つきで見ている。俺はいつまでこのかくれんぼを続けなければならないのだろう。  

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)いやぁ~「押水さんのホラーにしてはおとなしいな?」と思っていたら、じわりじわりときましたね。怖気が。そして最後の一文での突き落とし、凄いです。恐いです。この子。 [気になる点] ∀・…
[良い点] 非常に練られた二重怪異もので、ほう、と唸ってしまいました。解題も是非。 [一言] 自分の親か親戚が犯人だったりして。だから息子に取り憑いたと。
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