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"憧れのおねえさま"こと、ウィスタンベルグ公爵家のご令嬢 ルディアナ・ウィスタンベルグ様
国立サウスホールド貴族学院の2年生であり、成績優秀、眉目秀麗な彼女は、常に話題の中心だった。
腰程あるプラチナブロンドの緩く波打った髪は太陽のもとでは言わずもがなキラキラと輝き、月のもとでは柔らかで神秘的かつ荘厳なる光を放つのだ。
瞳はルビー色。しかも美しく澄んだピジョンブラッド。
最高級のその色は白磁の肌と相まって、儚げでありながら強い意志を秘めている。
サウスホールド国の宝石とも呼ばれていることからも、どれだけ彼女の美貌が神々しいのかは想像に難くないだろう。
そんな彼女だが、本を読んでいるときだけは楽しそうで、瞳がほんのすこしだけ緩むのだ。
その愛らしさといったら…!!
とにかく。
私も彼女の美貌に、冷静沈着な立ち振る舞いに、頬を緩める可憐さに、心を奪われた1人だった。
ただし彼女との接点はないに等しく、私の存在を気に留めてもいないだろうが。
さて、一歩間違えればストーカーになり得るだろう私は、おねえさまと同じく貴族学院に籍を置く末端貴族のひとり、サルビア・ランスロッド。
爵位だけはあるものの、生活はかつかつの貧乏子爵家だ。
ランスロット領では不幸にもここ数年の災害により領民はもちろん、領を預かる我が家も大きな打撃を受けた。
本来であれば学院など通わず、領地のために働くべきではあるが、しっかりと勉強することも領地のためになるとのことで、両親が通わせてくれている。
私もそれに恥じないようしっかりと学ばなければならない。
ならないのだが。
お昼休憩。
私はいつもどおり"特等席"に座り、窓越しに裏庭に視線を落とした。
「はぁぁぁ、今日も美しいわ…」
私の視線の先にはもちろんのことながらおねえさまがいる。
木陰で本を開いているおねえさまは、今日も今日とて美しい。
伏せた瞳、長い睫毛、風に揺られている柔らかな髪。
全てが完璧オブ完璧!
特等席というのは数か月前に偶然に発見した穴場である。
2階の空き教室。
その窓から見渡せる場所に裏庭があり、おねえさまが一人でくることが多い場所だった。
それからというもの休憩時間になれば私はこの場所へ足を運んでいた。
(声をかけるなんで恐れ多いけれど、毎日麗しいお顔を拝見できて私は幸せ者だわ…)
けれど一つだけ、気になる問題がある。
それは幼い頃からおねえさまの婚約者であるこの国の王太子、リヒトニア・ベルフォード・サウスホールド。
一つ上の学年に在籍する彼は、見目は良いものの女癖が悪いらしい。
女の子をみれば見境なく声をかけ、必要以上に接触するとんでも男。
そのうえ、すべてにおいて完璧なおねえさまのことは苦手に感じているようだった。
そんなわけで私は金と権力と見た目だけのこの男がおねえさまの婚約者であるということに不満を覚えていた。
そんな最中、私は見てしまった。
いつもと同じように特等席にて待機していると、校舎の向こう側からおねえさまを認めた。
(あれ?少し元気がないようだわ…)
いつもの強い光を放つ瞳は憂いに満ちていて、いつもの木陰で本を開いてもなかなか捗らないようだった。
気になってしまった私はそっと情報を集めて納得した。
数ヶ月前から王太子の女癖が悪化しているようだ。
他の女子生徒に過度に近づいては耳元で囁いたり、抱きしめたりしている。
ちなみに女子生徒は毎回違うご令嬢だった。
おねえさまは女神のごとき優しさを以って歩み寄ろうとされているのに!
怒りを覚えた私は心を決める。
私が必ず、おねえさまと王太子の結婚を阻止すると。
だって完璧で麗しいおねえさまにくず男は釣り合わないもの。