第2話『傾動』
「門真くぅ〜〜〜〜〜ん‼︎ 一緒に帰ろ〜〜〜〜〜‼︎」
俺の背中に投げかけられたその下校のお誘いを聞いて、俺が真っ先に起こしたアクションは、『やあ。待っていたよ』とにこやかに振り返ることではなかった。
『遅かったな』とぶっきらぼうに応えることでもないし、『待ち侘びたよ、ハニー』なんて白い歯をきらめかすことでもない。どれもこれも、俺のキャラじゃない。そんな恥ずかしいこと出来るかっつーの。なんだハニーって。
そういうわけで俺、門真進が奴の声を聞いて真っ先に起こしたアクションとは、全力疾走だった。そりゃあもう、完膚なきまでに、後先なんか考えていない全力疾走だった。背負ったスクールバッグが上下に揺れて安定しないが、名前の通り真っすぐ進むぜ、俺はよ。
しかし抵抗も虚しく、奴から逃げるというミッションは失敗に終わった。理由は、はちゃめちゃなミサイルが飛んできたから。自分でも何を言ってるのか分かんねえけど、まあ、ミサイルみたいなもんだ。
ミサイルーーもとい、声の主である相沢湊が背後から、俺の腰辺り目がけて突っ込んできたのである。
「ど〜〜〜〜〜ん!」
「ぐあ」
大げさな比喩表現ではなく、『相沢湊が突っ込む』と言ってしまえば、それは本当にそのままの意味だった。奴は両手を伸ばし、俺の腰骨辺りに頭突きをかましてきた。飛びついてきやがった。もし奴が飛行能力を持っていたらそのまま浮遊して遊覧飛行を楽しみそうな勢いすらある。俺は前に倒れ込んだ。
「もうっ! 門真くん! 酷いよ! 一緒に帰ろうって言ったのに!」
相沢湊は俺に覆い被さった体勢のままそう叫んだ。酷いのはお前だよ。なんだその触れ合い方。ギャグ漫画かよ。この時空はギャグ漫画じゃねえんだから、次のコマでダメージが無くなるわけじゃねーんだぞ。普通にいてーよ。加減をしろ、加減を。
「うるせえうるせえ! どいてくれ!」
俺がバタバタと身をよじらせると、相沢湊が俺の腰に回していた手がほどけた。土埃を払いながら俺は立ち上がる。あんな体当たりをかましてきたくせに、奴はどうってこともないような表情で俺が落ち着くのを待つ。体勢が整い次第そのまま逃げ出したいとも思ったが、あいにく飛行能力を持ち合わせていない俺には、土台無理な話であった。俺は諦めて、奴に向き直る。
相沢湊。
俺と同じ、中学三年生。少し茶髪味のあるショートヘアーの女子で、学校の人気者。
それまで何の交流も無かったのに、席替えで隣同士になった翌日から、俺はやたらと絡まれている。今みたいなノリで。ここ最近ずっとそんな熱烈な絡まれ方をしていたものだから、隣の席のこいつを撒くためにわざわざ遠回りして、各階の男子トイレを経由して身を隠しながら、やっとの思いで裏門からコソコソ出たというのに……
しかし相沢湊に見つかってしまった時点で、俺の計画は何もかもお終いだった。嵐のようなこの女から逃げるには、俺の身体能力はあまりにもお粗末だった。正門と比べて全然人がいない(俺が逃げ回っていたのが終業後だったため、部活のない連中が大勢帰った後だったのもある)ので、この場を誰にも目撃されなかったことが唯一の救いか。
「相変わらず、なんて足の速さしてやがる」
「ふっふー、これが愛の力だよ!」
「うるせーよ」
俺にとっては残念なことに、相沢湊は身体能力がズバ抜けていた。しかし奴は特定の部には入っていない。分類としては俺と同じで、帰宅部だ。
『だって、一つの部に所属してない方が色々渡り歩けて、活躍出来るじゃん?』という、根暗の運動音痴が理由で部活に入っていない俺には考えられないことを以前から公言していた。ぼっちの俺の耳にも入るぐらい、色んなところで。夏の大会予選が始まりつつある今の時期、こいつは色んな部活の助っ人として活躍している。過去には我が校の陸上部の短距離走エースと一騎討ちをして、打ち負かしたことがあるらしい。こいつなら、いつか本当に飛行能力を身に付けるのではないかとすら思ってしまう。そんな相手から、鈍臭い俺が逃げ切れるわけがなかった。全力疾走をしたとは言っても、所詮は鈍臭い俺の、だ。
「お前、部活に出なくていいのかよ。無所属とはいえ、練習には参加させてもらってんだろ」
「今日はたまたま休みなんだよねー」
「本当かよ。昨日も一昨日もそんなこと言ってたじゃねーか」
「そうだっけ? じゃあ門真くんに付き合って、帰宅部の活動に参加するよ」
「帰宅部の活動は帰宅することだ。お前の家、こっちじゃねーんだろ。帰れよ」
「行きたい道があるのなら、そこは私の帰り道なんだよ」
「うるせえうるせえ。屁理屈をこねるな。ほんとお前、ああ言えばこう言いやがるな」
「そりゃ、門真くんが『ああ』って言ってくれたら、『HO!』って言うしかないでしょ」
「言うしかなくねーよ。『ああ』と言えば『こう』と言えよ。『HO!』って言うな。パリピかよ。『ああ』言えば『HO!』言う奴はアホだよ。あHO!だよ」
「門真くん、元気だね。めっちゃ喋るじゃん」
「誰のせいだよ!」
んああ、と唸りながら俺は頭を両手でボリボリと搔いた。言葉のラリーはもっと丁寧にやれ。言葉のキャッチボールはもっとゆっくり投げろ。意思疎通は強い方が弱い方に合わせて力加減をしろ。
俺のその様を見た相沢湊は笑いながら「そんなことしてたらハゲるよー」と言ってきた。うるせえよ。
ちくしょう。なんでこいつ、俺にこんなに絡んでくるんだ。ハゲると言われて冷静さを欠いた俺は、頭に浮かんだその疑問をそのまま口にした。
「お前、何でこんなに俺に絡んで来るんだよ」
「それは私が、門真くんのことが大好きだからだよ!」
その一言に、俺は動揺してしまう。
いや、最近は何度も俺に『大好き!』って言ってくるもんだから、いい加減に耐性が付いてもいいはずなんだけど、人に好かれ慣れていない俺には、それすらもまだ難しいようだった。
心の中に生まれてしまった『照れ』という感情を覆い隠すために、俺は相沢湊に質問を投げかけた。
「俺なんかの、どこがいいんだよ」
「陰キャで根暗で冴えないところだよ!」
「やっぱりバカにしてやがる!」
ノータイムで答えやがった! 何だこいつ!
俺が心の中で悪態をついていると、正門側にあるグラウンドでランニングでも始めたであろう野球部連中の野太い声が聞こえてきた。校舎内からは吹奏楽部が放つ『プァ〜ッ』という音も聞こえてくる。左手に巻いた腕時計を見ると、すでに帰りの挨拶を終えてから三十分以上が経過していた。
「やべえ! もうこんな時間だ!」
俺は相沢湊を振り切るようにして、自宅への道を走り始めた。しかし、相沢湊は当然のように並走してきた。
「こんな時間って、大袈裟な。まだ十六時過ぎだよ? それを言っていいのは、『男とサシ飲みはしたけどそれ以上深い関係にはなりたくない女子大生が終電間際の言い訳に使う時』ぐらいだよ」
「終電間際じゃなくても使わせろ! 女子中学生が女子大生の例え話をすんな! サシ飲みとか言うな! お前も大して知らねーだろ! ああもう、バカの相手してる場合じゃねえ!」
「むうっ、門真くん。バカって言った方がドクズのゴミカスなんだぞぅ」
「可愛らしい口調で辛辣なこと言ってんじゃねえ! せめてバカと言え!」
「バ〜カ」
「バカって言う方がバカなんだよバーカ!」
「その理屈で言うと、門真くんもバカじゃん」
「うるバカせえ! 喋バカんな! ほっとバカいてくれ!」
「バカと同化しちゃってない? 大丈夫?」
「大丈夫か大丈夫じゃねーかで言えば、大丈夫じゃねーよ」
「大丈夫じゃないかあ。というか何で、そんなに急いでいるのかな?」
「うるせうるせ、お前には関係ねえ」
「気になるじゃん。教えてよ」
「教えねえよ」
「まあ、知ってるけどね。同じクラスだし。英語の宿題を未提出のまま溜め過ぎて、先生に呼び出し食らって怒鳴られてたじゃん、今日。で、明日までに不足してるノート二十ページ分書き取りしてこないといけないんだよね。だから焦ってるんだ」
「知ってんのかよ! 見てたのかよ! ご名答だよ! あの先生こえーんだよ!」
「こえーなら、何でずっと提出しなかったの?」
「それは俺が面倒臭くてサボってたからだよ!」
「素直で好感が持てるよ」
そう言いながら、相沢湊が明朗に笑った。こいつの笑い方は、いつもやかましい。
「素直に言ったご褒美に、私が手伝ってあげてもいいんだよ?」
「本当か⁉︎」
前に前に進むことが第一目標だった俺の足が、ピターッと止まった。ハイペースで走った後に急に止まるのは良くないことだと知っていたが、そうせざるを得ないぐらい魅力的な提案だったからだ。スポーツだけじゃなく勉強の成績も良いこいつがいてくれたら百人力だ。そしてノートの書き取りという作業的な課題だから、人手があるならそれに越したことはない。
「まあ、私の字と門真くんの字ははちゃめちゃに違うから、バレてさらに怒られるだけだけどね」
「てめえ! 分かってて提案したな!」
俺は動きを止めた足を再び動かした。さっきよりも早足だが、相沢湊は息一つ切らさずに着いてきてやがる。俺は走りながらその涼しげな顔に「着いてくんな」とか、「帰れよ」などと罵声を浴びせたものの、相沢湊はさっきと同じく飄々とした様子で、結局俺の家の前まで並走してきた。
「ありゃ、もう着いちゃったか。放課後デート、楽しかったね!」
「ハァ……ハァ……言ってろ……バカ……」
「んじゃ、邪魔するのもアレだし帰るね! 宿題頑張ってね」
お前がここまで着いてきた時点でめちゃめちゃ邪魔してるよ、と突っ込みを入れる前に、相沢湊は駆け出していった。どうすりゃあんな体力バカになるんだ。あのまま走って帰るつもりかよ。それなりの距離を走ってきたはずなのに、真反対の方向にあるらしいあいつの家まで、あのペースで走るなんて、俺なら無理だ。
まあ奴がこの場に留まっていたとしても、俺は息切れで突っ込めなかったことだろう……
◯
「ま、マジで昨日終わってよかった……」
翌日、へとへとになりながら英語の未提出分の宿題をまとめて提出した俺は、一日中ずっと自分の机の上にへたり込んでいた。授業中は、注意されない程度の姿勢を気力だけで維持することで乗り切った。休み時間は死んでいた。その間も隣の席の相沢湊が俺に何やら話しかけてきていたが、何も頭に入ってこなかったぐらいには疲弊していた。
理由は簡単だ。宿題を夜通しやっていたから寝不足なのと、昨日の全力疾走。ダメージが多過ぎる。よくもまあ、完遂したもんだぜ。俺ってやれば出来るじゃん。
体力とメンタルに余裕が生まれ、昨日の俺の頑張りを自画自賛していたと思ったら、気付いたら俺はなぜか、相沢湊の隣を歩いていた。
「……何で俺、相沢湊の隣を歩いてんの?」
「それは私が、門真くんのことが大好きだからだよ!」
またしても頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出していた俺だった。そして、こいつの返答も昨日と同じだった。突っ込みを入れる元気もねえや。
聞くところによると、俺が教室で呆けていた時に一緒に帰る約束をさせられたらしい。相沢湊いわく「これ以上無いぐらいの快諾だったよ」とのことだった。嘘つけ、俺に記憶が無いのを良いことにでまかせ言っているだけだろ。
まあ、ことの真偽はどちらでもいいが、どのみち今日の俺には全力疾走なんてする元気は無かった。そもそも、逃げ切れねーし。ミサイル飛んで来るし。俺は隣を歩くミサイル改め、相沢湊を横目で窺った。
ぱっちりとした瞳。意外に長いまつ毛。艶のある肌。黙ってれば『そりゃ人気出るよな』と納得してしまいそうになる。今日は昨日よりも口数が少ないので、そう思う余裕も少しだけあった。
しかし見れば見るほど、俺なんかが絡む相手じゃない。まだ少し高い夕陽に照らされた楽しそうな横顔を見て、俺は尋ねた。
「……何で、俺なんだよ。お前なら、もっと良い男が周りにたくさんいるだろ」
人気者ってのは、そいつの周りにひと気があるから人気者というのだ。そして、相沢湊を取り巻いているのは女子だけではない。俺みたいなのとは正反対のスポーツマン連中もみんな、相沢湊を好いている。
「周りは関係無いよ。だって私が、私自身が門真くんを好きなんだから」
「……また、それかよ」
「門真くんは、私のことをどう思ってるの?」
「俺は、お前のことなんて、嫌いだよ」
「そっか。嫌いかあ」
「ああ、嫌いだね。人の心にズカズカ入り込みやがって。 俺のハートは土足禁止だっつーの。毎日毎日話しかけやがって。んなことしてたら、お前に尽くしてくれるお友達連中にそのうちハブられるぞ? 毎日毎日、俺と帰ろうとしやがって。お前のお友達連中の、俺を見る目が冷たいんだよ。人気者が日陰者に気安くちょっかい掛けるんじゃねーよ。俺に優しくしやがって。俺だって男だ、勘違いしちまうじゃねーか。俺に構ってる暇があるんなら、お友達連中とつるんでりゃいいだろ。俺といても得なんてねえぞ。なんで俺なんだ。まだあるぞ。いくらでも出てくるぞ」
嫌いな部分が尽きないぐらい、こいつのことは嫌いだ。
嫌いだーーと、思っていたのに。
自分に無いものばかりを持っていて、苦手な奴だと思っていたのに。
「なんで、なんで、なんで」
嫌いだったのに。
嫌いだったのにさあ。
なんで。
「なんで俺はこんなにも、お前のことばっかり考えちゃうんだよ」
「それは私が、門真くんのことが大好きだからだよ」
「……微妙に答えになってねーぞ、それ」
「門真くんが私を嫌いな理由を説明してくれたように、私も門真くんの好きなところ、言えるよ」
相沢湊はそう言って、俺の顔を覗いた。「なんだよ」と言って、俺は反対側に目を逸らす。
「門真くんは陰キャだけど、しっかりと自分の考えを持っている人だと思う。門真くんは根暗だけど、授業中に騒いだりして、直接的に周りの人に迷惑をかけたりしないでしょ。門真くんは冴えないけど……それなら冴えるように、私と一緒に変わっていこうよ」
「……お前も、変わりたいのか?」
「変えたいことだらけだよ。コンプレックスまみれ」
「意外だな」
「昨日だって門真くんに対して、『押しすぎたかなあ』って後悔してたし」
「自覚はあんのな」
だから今日、あんまり騒がしくないのか。
俺が疲れてだるそうにしてたからってのもあるだろうけど、少なくとも今日の相沢湊は、昨日みたいに過剰なスキンシップを取ろうとはしなかった。
「でもそれなら、この先頑張ればいいじゃん。人間はいくらでも変われるんだよ。それに私たち、まだ中学生じゃん。 諦めるのは早過ぎだって。今日だって諦めずに、英語の宿題終わらせてきたじゃん」
「……んなもん、そもそも溜めるなって話じゃねーか」
「まあそれは、そうだけどね」
そこで相沢湊は笑った。教室の中で見せるやかましい笑みではなく、穏やかな笑みだった。
「そもそも、私を変えてくれたのは門真くんだよ?」
「……は?」
俺?
何かこいつを変えるようなこと、言ったっけ。
そんなわけがない。俺みたいな根暗が、こいつみたいな人気者に影響を与えられるはずがないだろう。
「席替えした日のことじゃん。覚えてない?」
席替えをしたのは、今から一週間前。
相沢湊が俺に絡んでくるようになった前日。
「『なんかお前、無理してんな』って」
すぐには思い出せなかったが、記憶の引き出しを開けまくって、俺はその記憶に到達した。ふと目があった瞬間、思わず口から、そんな言葉を漏らした気がしないでもない。
「あの一言で……私が、どれだけ救われたと思ってるのかな?」
俺はただ感想を言っただけだ。相沢湊を見たままの、感想。俺の言葉でこいつを変えた、なんて到底思えない。
「あの一言のお陰で、私は自分が無理をしてたことに気付けたんだよ」
運動も勉強も得意で字も上手くて、おまけにルックスも良いこいつを慕う連中は多い。多くの人間とつるむことも、それなりにストレスがあるのではないかと思って、そんなことを言ったのだろう。何気なく口から漏らした程度のものだし、事実俺は自分が言ったそんな言葉さえ、すぐには思い出せなかった。
「私はクラスの子たちも好きだよ。友達だからね。でも、それとは別のところで、門真くんのことが大好きだし、今まで全然交流が無かった分、同じ時間を共有したいって思ってる。でも恋愛のことなんて分かんないから、せめて私なりに無理せず、押して押して押しまくろうと思ったの」
「……無理せず、の範囲じゃねーぞ。あれ」
今までのスキンシップが無理をしていない範囲だったのなら、無理したらどうなってたんだよと言いたくもなる。
「まあ、でも。好きになっちゃったんだから、しょうがないでしょ?」
めちゃくちゃな奴なのに、何でこう、真っすぐなんだろう。俺とは大違いだ。こういう奴が、世界とかを変えちまうんじゃねーかなと思う。まあそれは大げさな言い方だけど、少なくとも、俺の世界はこいつに変えられてしまった。
「押して押して押しまくられたら、そりゃ逃げたくもなるってもんだぜ」
「ありゃ。やっぱり距離感間違えてたかあ」
「間違ってるよ。ずーっとな」
「そっかー。じゃあ、間違ってるついでに」
そう言って、相沢湊は俺の方へ手を伸ばした。そのまま、俺の手を掴む。
一般的に、『手を繋ぐ』という行為であった。
「……何してんの?」
「この際だからこのまま、押してみようかと思って」
「……本当懲りないし、めげないな。お前」
「そう思うなら、振り解けばいいのに」
「まあ、別に、そこまでする必要性は感じないっていうか」
「あはは。素直じゃないねえ」
相沢湊はこちらを見ながら、大きく口を開けて朗らかに笑う。その純真さに、不覚にもどきりとしてしまった。むず痒い気持ちになる。
しかし俺は頭の中で、自分自身のことを見つめ直す。
相沢湊とは正反対の、卑屈で根暗な門真進。
それが俺だ。
「……そうだよ、俺はお前と違って捻くれ者だ。もし付き合ったって、恋人らしいことなんて出来ねえぞ」
「自分のことをちゃんと捻くれ者だって分かってる門真くんのこと、すごいと思うよ。そんな門真くんが、私は好きなんだよ。だから門真くんは捻くれて、捻くれて、好きなだけ捻くれてよ。どこまで捻くれていったって、また私が追いついて、抱きしめてあげるからさ」
「……また後ろから頭突きするつもりか?」
「門真くんが逃げたら、そうなるかもね」
頭突きは勘弁してくれよ、と俺が言って、相沢湊がおかしそうに笑った。
捻くれ者の俺と、真っすぐな相沢湊。
アンバランスったらありゃしねえ。
「だから、さ……私と付き合ってよ。門真くん」
そのストレートな申し出に、俺は一瞬口ごもる。そりゃあ、青春に耐性が無い俺みたいな奴には無理もない話だ。
しかし、答えはもう決まっていた。俺は俺なりの言葉で返答をする。相沢湊は「嬉しい」とだけ言った。
俺と相沢湊はその後、無言のまま、手を繋ぎながら歩き続けた。生まれた静寂の中で俺は考える。相沢湊とつるむのが好きなお友達連中に敵意をむき出しにされるんだろうな、とか。これから大変だろうな、とか。そんなことを始めとした、色々な困難にぶち当たりそうだ。まあ、そんな賑やかな生活も刺激的で悪くはねーんじゃねえかな、と思わなくもない気がするぜ。多分。
捻くれ者らしく、今はそう言っておこう。