とある島国の姫君が残した手記
シルビア視点の息抜きで書いちゃいました……。
大まかな設定しか考えていないので、雰囲気で読んでいただけたらと思います。
※このお話が合わないと感じたら、そっとブラウザを閉じてUターンしてください。
あなたが好きでした。
誰より気高くあろうと振る舞うあなたが。兄皇子たちと比べられ劣等感を抱いてもそれを隠し笑っているあなたが。努力を惜しまずけれどそれを滲み出さないあなたが。幸せを追い求めるのではなく自ら掴みにいくあなたが。私は大好きでした。
「すまない、ルイーサ」
久しぶりに訪れたあなたをもてなす二人っきりのお茶会で、あなたは言いました。もう会えないと、婚約を解消しようと瞼を伏せて静かに告げました。その際にどことなく窶れているように感じたのは私の気のせいでしょうか。
「……分かりました」
私はついに来たのですね、と喉元まで出かかった言葉をグッと堪えて微笑みながら頷きました。こうなることは分かっていましたから、いまさら足掻いても無意味なのです。これはわたくしの力だけではどうすることも出来ない強制力というもので、あなたのように私は幸せを掴みにいくことを諦めたのです。当然の報いなのです。
*
私たちの婚約は、留学先で親しくなった父親同士が友好国になるついでに「どうせなら子どもたちを結婚させるか」という軽いノリで決まったものでした。それも、理由は問わずもしどちらかが解消を申し出て相手側が納得して了承すれば速やかに婚約は解消するという破格の条件付きで。こんな感じで決められたこの婚約を、あなたは厭うことなく受け入れてくれました。その日からあなたは、五つ歳の離れている私を妹のように慈しんで愛してくれました。
「ルイーサ、これを君に」
あなたと婚約して一年。その記念にと贈ってくださった真っ白な兎のぬいぐるみは、私をイメージしたと言ってくださったから。今も大切に部屋に飾ってあります。本当は兎のぬいぐるみよりもあなたが好きだと言った猫のぬいぐるみが良かったとしても。
「ルイーサの髪は雪のように綺麗だね」
あなたと婚約して迎えた三度目の私の誕生日。お祝いに届けられた桃色のバレッタは、離れていても身に付けられるもので。今もあなたに会えない時間はいつも身に付けているの。たとえ学園に通う年齢になったのにも関わらず周りから幼く見られたとしても。
「ルイーサ、じっとしていて」
あなたと結婚するまであと一年。学園を無事に卒業した私を迎えに現れたあなたは、初めての口づけとともに祝福してくれたから。今もその光景を思い出しては緩む頬が抑えられないの。たとえあなたに愛する人が出来たとしても。
あなたが好きでした。
いずれ別れを告げられると知っていてもあなたが。最後まで妹のようにしか愛してもらえなくてもあなたが。愛する人と幸せになるために私を捨てると暗に言われてもあなたが。私は変わらず大好きでした。
だから、どうか顔を伏せないでください。今日で最後だと言うのなら、あなたの美しい顔をいつまでも覚えていたいのです。
だから、どうか罪悪感を抱かないでください。私の存在があなたにとって不幸せに繋がるのなら、喜んで私は身を引きましょう。
前世の記憶というものを思い出した時から、私は覚悟を決めていたのですから。私が潔く身を引かなければ、あなたは永遠に苦しむことになります。私が婚約解消を嫌だと断ってしまえば、情に厚いあなたはそのまま私と結婚するしかなく愛するあの方を忘れなければならなくなる。その後、あなたは徐々に衰弱していき、いつしか心を壊してしまうのです。あなたの国と私の国の間に大きな禍根を残さないために、初めて幸せを掴むことを諦めたから。
そんなあなたの不幸を、私が婚約解消することで止められるのなら構いません。元よりこれは、私たちの父親がその場の勢いで決めたものです。今もなおあなたの国では私との結婚を受け入れていない貴族も大勢いて、隙あらば自国の有力貴族の娘をと皇帝陛下に進言していることは周知の事実です。そんな時にあなたが愛したあのお方は、由緒正しい貴族のご令嬢です。あなたの国は諸手を挙げて喜ばれるでしょう。
──末の皇子とはいえ、大国の皇子が海に囲まれた野蛮な島国の姫と結婚せずに済むと。
だから、いいのです。到底釣り合いの取れていない私たちの婚約が破談したところで、あなたの国はそれほど被害が出ません。優しいあなただから前世の記憶では少しでも禍根を残さないよう、私の国に住む人々のことを考えて私を選びました。その結果、自身を犠牲にして。
あなたが好きでした。
いいえ、違います。私はあなたをいつか間にか愛していました。だから本当は婚約解消など嫌なのです。我儘になれるのなら、今すぐにでもあなたを諦めたくないと叫びたいのです。けれど、私はあなたが何よりも大切なのです。あなたが私のせいで不幸になる姿は見たくありませんから、
「どうかあのお方とお幸せに」
あなたの前から消えることが、私に出来る最後の愛の示し方です。
──……さようなら、私が愛した皇子様。
その日、とある島国の姫が一つの手記を残し、護衛の目を掻い潜って国から姿を消した。手記が残された場所は、海が真下にある険しい崖の上。……後日、姫の手記が残された崖から少し離れた海辺で、姫がどんな時も身に付けていたとされる桃色のバレッタが見つかったという。未だ姫の行方は依然として見つかっていない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
【大まかな設定】
島国の姫君:十二歳で皇子と婚約する。前世の記憶があるため、この世界が恋愛小説の世界だと知っている。白い兎のような真っ白な髪に赤い瞳。
大国の皇子:十七歳で姫君と婚約する。末の皇子。姫君の行方不明以降、表舞台から姿を消すようになる。