両手いっぱいの、花束のような
「ただいま」
扉を開きとんっと床を蹴った彼女が、ふわりと僕の腕の中に飛び込む。亜麻色の髪が揺らめいて光に溶けた。花のいい香りが僕を包む。耳元で感じる吐息の熱が愛おしくてたまらない。
「おかえり」
羽根のように軽いその体を抱き上げれば、へにゃりと彼女の顔が緩むのを僕はよく知っている。
「調子はどう?」
「今日もちょっと悪いみたい」
強く抱きしめれば潰してしまいそうな体、自立するだけでも崩れてしまいそうな脚。今の彼女はあまりにも存在が希薄で不安になる。どうか強い体を手に入れてほしい。また太陽のもとを元気に走れるような、何を気にすることもなくお茶ができるような、彼女の精神に見合うような明るく健やかな肉体を。
「大丈夫だよ、きっとどうにかしてみせるからね」
「……うん、待ってる」
少し掠れた滲むような声で彼女は応える。
「大好きだよ、愛してる」
「僕も、愛してる」
絞るような声で紡いだ一言を最後に、彼女の体がぼろぼろと崩れ落ちる。愛してる、が僕たちの別れのあいさつになったのはいつからだっただろうか。彼女が何回蘇った頃からだったろう。
溶けた彼女の汁や肉片、髪、鱗、ツタ、パーツやのこりものをひとつずつ大切に掬い上げる。また昼を迎えさせてあげられなかった。いつ彼女をまた明るい世界に戻してあげられるだろう。今日は髪が溶けた、次いで目元の筋肉が崩れ落ちた。体温も少し異常値を示していた。まだ道のりは長い。それでも彼女が自力でベッドから起き上がり、安定して腕に飛び込めるようになったのは大きな進歩ともいえる。
「待ってて、すぐにまた新しい体を用意するからね」
ばらばらになった彼女を抱き上げる。精神を宿さない体は少し重たくて、でもまだ少しぬくもりが残っている。
筋肉が崩れるのを防ぐには、もう少し森にすむ魔物の体液が必要だ。それから氷の妖精が持つ羽根の欠片を少しと、エルフの焼け落ちた翼も。西の森にあるキノコの在庫も少ない。あれがなければ彼女の神経が使い物にならなくなってしまう。
落胆する暇も、休む暇も僕にはない。あの日、彼女を守れなかった日に誓ったはずだ。彼女に償いをして、そして許しを得なければ。
もし、もし、いつかすべてが最良の結末に実を結んだのならば。その時はきれいに陽が差す森の中、白いドレスを着た君を両手いっぱいに抱きしめたい。