第七楽章
~愛と策略~
ティータイムの会話が弾み、時間はあっという間に過ぎた…
「アッ‼️ もうこんな時間だ…
華さん、帰らなきゃ‼️」
「わっ‼️ こんな時間‼️
シスターが心配すると思いますのでもう失礼いたします…」
おじいちゃんは、
「ちょっと待っててくれるかな?」
と言って、書斎の方へ行った。
「華さん、ブラウニー、と~っても美味しかったわ。今度は何か一緒に作りましょうね。
それから、シスター様に御招待いただきありがとうございますとお伝えしてね。」
「ハイ。お伝えいたします。
お母様には歌は勿論ですが、色々なお料理やお菓子作りも御指南いただきたいです‼️」
「ウフフフ…そうね。私も楽しみだわ。あぁ、早く一緒に暮らしたいわ~」
「だから、母さんは、気が早過ぎです‼️」
「だって…華さんが可愛くて仕方ないんですもの…」
「私も楽しみです‼️」
「華さんまで…」
「だって…ウフフフ…」
「何だか賑やかだねぇ。」
と、おじいちゃんは書斎の方から封筒を持って現れた。
「お父様、今日も御教示いただきありがとうございました。」
「いやいや、どういたしまして。本番が楽しみだよ。ブラウニー御馳走様。とても美味しかったよ。
それから、これを御園さんに渡して貰えるかな…」
と、封筒を手渡した。
「ハイ。お渡しいたします。」
「うん、宜しく頼むね。それから、収穫祭に御招待いただきありがとうございますと…」
おじいちゃんは、笑顔だか、その笑顔はどこかぎこちなかった…
「ハイ…お伝えいたします。」
「それでは、収穫祭の日に。お邪魔いたしました、ごきげんよう。」
おばあちゃんはママをハグして、
「華さん、来週ね、待ち遠しいわ。」
と言ったが、おじいちゃんは、
「また来週ね…」
と、小さく手を振って、ぎこちない笑顔のままだった…
「じゃぁ、ボクは駅まで…」
「それでは、失礼いたします…」
駅に向かう二人は収穫祭が終わるとしばらく会えなくなる事が頭の中をグルグルと回って口数が少なかった…
「…あの、」
「…あの、」
「エッ⁉️」
「エッ⁉️」
「アハハハ…まただ。」
「ウフフフ…またですね。」
「次に言おうとした事も同じだったりして…」
「どうでしょう…ウフフフ…」
「じゃぁ、せ~ので同時に…」
「ハイ。」
「せ~の‼️」
「せ~の‼️」
「手、繋いでも良いですか?」
「手を繋いでいただけませんか?」
「アハハハ…一緒だった…」
「ウフフフ…そうですね…」
「では、レディー」
と、パパは手を差し出し、
「ありがとう、ジェントルマン」
と、ママはその手をそっと握った…
繋いだ手から互いの温もりを感じながら二人はまた歩き始めた…
駅が近付くにつれ、二人の心の中では、もうすぐ会えなくなるという事が現実味を増し、互いの想いは強くなった…
気が付けばどちらからともなく繋いだ手と手の指を絡めていた…
ふとママが口を開いた…
「優さん…帰り際のお父様、何だか今までと様子が違った気がするのですが…」
「そうだね…心此処にあらず…って感じだったね…」
「ハイ…何か気掛かりな事があるのでしょうか…
私達の演奏の事でしょうか…」
「いや、それなら練習中に言うと思うから…」
「そうですね…」
「普段はあまり無いけど、たまに考え事してるとあんな感じになるんだ…
ほら、父さん、喜怒哀楽が判りやすい人だから…
だから、心配しないで。」
「そうですか…ハイ…」
やがて二人は駅にたどり着いた。
「駅…着いちゃったね…」
「ハイ……」
「そんな悲しそうな顔しないで…ボクまで悲しくなるよ…」
と、言うパパの目は潤んでた…
「ゴメナサイ…だって…」
ママは、今にも溢れそうな涙を必死にこらえた…
そこへ容赦なく電車の到着を告げる構内アナウンスが流れた。
繋いだ手を名残惜しそうに離し、ママは到着した電車に乗り込んだ…
「じゃぁ、また来週…」
と、言うパパの目からは一筋の涙が流れていた…
「ハイ。」
と、ママは溢れた涙を手で拭い、無理に笑顔を作った…
発車のベルが鳴り終わり、ドアが閉まる。
パパは窓越しにこちらを見つめるママを追いかけホームの先端まで走った…
電車が加速し、追い付けなくなる寸前に、ママが涙を流しながら何かを言っていたのが見えた…
パパはママの口の動きでその言葉を察し、何回も大きく頷き、走り去った電車を目で追いながら呟いた…
【ボクも愛してるよ…】
その頃、篠山家ではおじいちゃんとおばあちゃんが神妙な面持ちで話し合っていた…
「泉君、芝居の経験はあるかい?」
「ハイ…大学の学園祭のミュージカルでならありますが…」
「ミュージカルか…」
「ハイ…」
「ミュージカルとは少し違うとは思うが、私はね、若い二人の為に一芝居打とうと思ってるんだ…
役柄は悪役になってしまうが…手伝ってくれるかい?」
「ハイ、教授。あの子達の為だったらどんな役でも演じます。
だって、あんなに互いに想い合っているのに…会えるのは年に数回だなんてあんまりですもの‼️」
「うん、そうだね。ありがとう、泉君。じゃぁ、シナリオを話すよ…」
おじいちゃんは、おばあちゃんに計画を伝えた…
そして、しばらくして、パパが駅から帰ってきた。
おじいちゃんは、パパが目を赤く腫らしていることに気が付いたが、気が付いてないフリをして、こう話した…
「おかえり。優。」
「ただいま、父さん。」
「優、話があるんだ。」
「ハイ…」
パパはおじいちゃんの様子がさっきと違う事に気付いたが、それについては何も言わなかった。
「優は、パイプオルガンを弾いた事はあったかな?」
「ハイ、小学生の頃に父さんと母さんと休日に大学に行った時に少し弾いた事が…」
「うん、そうだったね。じゃぁ、今度の収穫祭の日までに讃美歌を何曲か弾ける様に練習して欲しいんだ。
大学のオルガン科の教授には話をしておくから…」
「ハイ…でも、どうしてオルガンなんですか?」
「いいから、私の言う通りに…」
「ハイ…でも、大学まで行かなくても高校の音楽室のエレクトーンで練習なら出来ると思います。慣れてないのは足鍵盤だけなので…
スイッチやバルブの操作とかは前日に一回大学に行って教えていただければなんとかなるかと…」
「そうか、じゃぁ、そうしよう。頼むよ。」
「ハイ。」
パパはキッチンのおばあちゃんに
「ただいま。」
と言って、階段を上がって自分の部屋へ行った…
学園に戻ったママは、シスター御園におじいちゃんから預かった封筒を渡し、天神様でパパから渡された御守りを見せて、今日あった出来事を幸せそうに話していた…
そして、消灯時間を迎え、ひとりになった部屋でシスター御園はおじいちゃんからの手紙を読んだ。
そこには、
御園さんへ
収穫祭に御招待いただきありがとうございます。
当日お会い出来ることを楽しみにしております。
突然ですが、御園さんにお願いしたい事がございます。
まずは学園長さんと理事長さんに、依頼があれば我々も演奏させていただきますとお伝えいただきたいのです。
それから、学園長さんと理事長さんがチャペルに居らっしゃるタイミングで優に数曲オルガンを弾かせてやって欲しいのです。
どうしてと思われる事とは存じますが、これ以上は聞かないでください。
全ては若い二人の為です。
何卒、お力添えをください…
それから、そちらのピアニストさんは、コンクールの全国大会のテレビ放送を拝見した限り、手首を故障されている様なので無理をしないように言ってあげてください。
それでは、収穫祭でお会いいたしましょう。
篠山彬より
と、書いてあった…
シスター御園は、その文面にただならぬ決意を感じとり、
【ハイ。篠山さん、承知いたしましたよ…】
と呟いた…
(第八楽章へ続く)