第六楽章
~幸せな時間~
そして、次の日曜日、ママはシスターから預かったおじいちゃんとおばあちゃんへの収穫祭の招待状を持って、篠山家に向かっていた。
改札を出ると、パパが微笑みながら手を振っている。
ママも笑顔で手を振り返した。
「やぁ…華さん…」
「こんにちは…優さん…」
二人は、互いの想いを知ってしまった事と、収穫祭の後、しばらく会えなくなる事とで、どこかぎこちなかった…
「あ、あの…今日はブラウニーを焼いて持ってまいりました…」
「エッ⁉️ 華さんの手作りですか⁉️」
「ハイ。私、お料理やお菓子作りが大好きなんです。よく孤児院の子達のおやつを作ったりするんですよ。」
「へぇ~そうなんですか~⁉️
それはティータイムが楽しみです‼️」
「お口に合えばよいのですが…」
「美味しいに決まってるじゃないですか‼️ 他ならぬ華さんの手作りなんですから‼️」
と、パパが少し大きな声を出したので
ママは少し驚き返事に困った…
「あ、ゴメンナサイ…華さんの手作りが嬉しくて…それに…」
と、言いかけて、パパは無理に笑顔を作って話題を変えた…
「あ、うちの母さんも料理やお菓子作りが好きなんです。何でも大学時代に洋食屋で働いてたみたいで調理師免許持ってる位ですから…」
パパが「それに…」の後に言おうとした事を察したのかママも少し大袈裟にリアクションをした…
「まぁ‼️ やはりそうでしたか‼️ 先週いただいたタルトが、もはやプロの造作だと思っていたんですよ‼️ 今度、お母様に御指南いただきたいです‼️ …あ‼️いえ…その…」
ママは「しまった‼️」という顔をして一旦下を向いてから恐る恐るパパの方を見た…
「…あの、華さん…」
と、パパは真剣な面持ちでママをまっすぐ見ていた。
ママが思わず
「ハイ‼️」
と、大きな声で返事をすると、パパはママの両手を握り、まっすぐ目を見て、
静かに、且つ力強く、
「華さん、 キミが好きだ。
これから先、会えない時期もあるけれど、この気持ちはずっと変わらないから…」
と告げた…
暫く見つめ合う二人…
ママは顔を歪め、やがて、目から大粒の涙が溢れ頬を伝った…
「ありがとう…私も優さんが好き…
たとえ離れていても、心はいつも側におります…」
と応えた…
二人は互いの目を見つめたまま同時に大きく頷いた。
パパが、いつもの穏やかな口調に戻り、
「華さん、少し寄りたい所があります。」
と言うと、ママは、
「ハイ。お供いたします。」
と言い、潤んだ目のままニコッと笑った。
二人は特に会話をする訳でもなく、ただ街路樹沿いを歩いた…
二人は一緒に歩いているだけで、互いの存在を感じれるだけで幸せだった…
駅から20分位、登り勾配の住宅の間の狭い路地をカクカクと進むと、そこには都心部とは思えないような森に囲まれた場所があり、鳥居と上に延びる石段があった…
「着きました。ここです。ずっと坂道で疲れたでしょう?」
「いえ、大丈夫です。ここは…神社でございますか…?」
「ハイ。天神様です。学問の神様が祀られてま……あ‼️ その格好で神社はマズかったです…よね…?」
「いえ、大丈夫ですよ。私はクリスチャンですが、神様は唯一無二ではないと思っていますので…
八百萬の神様がいらっしゃるという日本古来の考え方、私は素晴らしいと思います。
だって、神様もお一人では大変でございましょ?」
「ハハハ‼️ 華さんらしいな…」
「そうですか…?」
「ハイ。神様の身まで案じるなんて、本当に優しいなぁ…って…
そんなところも好きなんですけどね…
あ、コレ、羽織って下さい、その服装で神社に居たら変に思う人も居るかもしれないので…」
と、着ていたジャケットを脱いでママの肩に掛けた。
「エッ…優さんは寒くないんですか?
私は大丈夫ですよ。この格好で街を歩いていると結構目立つみたいで、ジロジロと見られる事には慣れていますので…」
「ボクは大丈夫ですよ。坂道を歩いて来たから暑い位です。
それより、華さんが数奇の眼差しで見られる事がイヤです…ボクの…大切な人だから…だから…ね…遠慮しないで着てください。」
「……ありがとう…優さん…」
と、ママは頬を赤く染めて、肩に掛けられたジャケットの袖に腕を通した…
「では、参りましょう、レディー」
と、パパは英国紳士がレディーをエスコートするようなポーズをとってニッと笑った。
ママは
「ありがとう、ジェントルマン」
と言って、差し出された手を握り、恥ずかしそうに微笑んだ。
二人は鳥居の前で一例してゆっくりと階段を上がって行った…
境内でお詣りを済ませた二人は学業成就の御守りを買ってお互いに手渡し、
「よし、頑張ろう‼️」
「絶対に一緒に関東芸大に行こう‼️」
と、決意を新たにした。
そして、パパは
「こっちに来て。華さんに見せたい景色があるんだ。」
と、ママの手を引いた。
本殿の裏側に廻ると、視界が開けていて、下には都会の街並みが広がっていた。
「あれ見て。何だかわかる?」
と反対側の丘の上に見える西洋建築を指差した。
「うわぁ‼️ ミハエル学園と教会です‼️」
「そう。意外と近いんだ。」
「本当ですね‼️」
「手を振ったらお互いに見えるかな…」
「流石にそれは…」
「ですよね…ハハハ…」
「ハイ。フフフ…」
「でも、会えない間、どうしてもキミに会いたくなったらここに来ようと思う…」
「ハイ、私も、校舎の屋上に上がって優さんの姿を探します…」
「いや、流石に見えないかと…」
「そうですよね…ウフフフ…」
「アハハハ…いや、でも…もしかしたら…」
「今度、試して…みます…か?」
「みます…か?」
「アハハハ…」
「ウフフフ…」
幸せな時が流れた…
「あの…ここからの風景、見覚えがある気がするのですが、こちらの天神様では縁日が出る事はありますか?」
「うん。ありますよ。学校が夏休みに入ると週末には縁日が出るんだ。小さい頃、父さんと母さんに連れて来てもらったなぁ…
ここからの景色も父さんと母さんから教えてもらったんだけど…見覚えがあるって…?」
「ハイ。私、もしかしたら、こちらの縁日に来たことがあるかもしれません…
幼い頃、お母さ…シスター御園に、浴衣着たい、綿飴食べたい、金魚すくいしたいなどと駄々を捏ねて連れて来ていただいて、その時にこの風景を見た様な気がするんです…その時は夜景でしたが…」
「お母さんで良いんですよ。ボクの前では。ボクもお義母さんって呼ぶつもりですから…ハハハ…」
「そうでしたね。電報、拝見しました…」
「エッ⁉️ アレ、見たんですか⁉️ 恥ずかしい…」
「そんな事はありませんよ。お母さん、凄く喜んでましたよ。スキップする位に…」
「スキップ…ですか…ハハハ…」
「ハイ。それで、その時、ちょうど学園長が廊下に居て、みっともない‼️ って叱られてました…叱られているのに、お母さんたら、ハ~~~イ、園長センセ~~って…ウフフフ…」
「ハハハ…お義母さんらしいな…
本当にあの方は周りの人の気持ちを明るくしますよね~まさにお日さまみたいな人ですよね。」
「ハイ‼️ 」
二人はシスター御園がニッコニコでスキップしている様子を想像してニヤッっとした…
「そうかぁ~、じゃぁ、ボク達は幼い頃に会っていたのかもしれませんね…」
「そうですね‼️ 」
二人は幼き日の記憶をたどったが、残念ながら、お互いに記憶に登場することはなかった…
「さて、そろそろ家に行きましょう。父さんと母さんが待ってます。」
「ハイ‼️ 参りましょう。」
二人はもう一度景色を目に焼き付けてから、来た道を戻った。
「ただいま~」
「こんにちは。」
「あぁ‼️ 来た来た。なかなか来ないから心配したぞ‼️」
「天神様に寄って来ました。」
と、パパとママは御守りをおじいちゃんに見せた。
「あぁ、あそこの天神様か~懐かしいな~」
「ハイ、父さん、実は、華さんも幼い頃に、お義母さ…じゃなくて、シスター御園様と天神様の夏の縁日に行った事があったそうです‼️」
「そうなのか~、二人は既にめぐり逢ってたのかもしれないな…」
「ハイ、ボク達も、さっきそう話してました。」
「お父様、今日はシスターから収穫祭の招待状を預かって参りました。」
「うん、御園さんから聞いてるよ。ありがとう。」
「あと、ブラウニーを焼いて参りましたので、よろしければ後程、お召し上がりください…」
「ほぅ‼️ これはティータイムが楽しみだよ。」
そこへおばあちゃんがエプロン姿でやってきた。
「あらあら、華さんいらっしゃい。駅から随分と時間がかかりましたね…どこか寄って来たのですか?」
「ハイ、優さんに天神様へ連れて行っていただいてました。」
と、ママは御守りを見せた。
「そうでしたか、丘の上の…懐かしいわね~」
「泉君、今日は華さんがブラウニーを作って持って来てくれたそうだよ。」
「そうですか~それはそれは、ありがとう。後でみんなでいただきましょうね。」
「ハイ、お口に合いますかどうか…」
「フフフ…美味しいに決まってますわ。だって、将来私の娘になる子が作ったんですから。」
「まぁ‼️ お母様…」
と、ママは頬を赤く染めておばあちゃんの腕に抱きついた。
「ウフフフ…私、華さんがうちに来てくれるのが待ち遠しいの。
早く一緒にお料理やお菓子作りをしたいわ。」
「母さん、気が早過ぎますよ…」
「ウフフフ…」
「じゃぁ、華さん、あまり時間がなくなってしまったけど、音合わせをしよう。」
「ハイ‼️」
それから夕方まで、二人のますます息の合った演奏に、おじいちゃんとおばあちゃんは「ウンウン…」と頷き合った。
「お二人さん、凄く良いよ‼️ 本番もその調子で頑張って‼️」
「ハイ、父さん、ありがとうございます。」
「華さんの歌も優のピアノも愛で充ちてるわね~聴いていてウットリしましたよ。」
「お母様、ありがとうございます‼️
本番もこの調子が出せればよいのですが…」
「大丈夫よ。二人の間には強い絆がありますから。
互いを信じて、互いの演奏に身を委ねれば、きっと素晴らしい演奏になりますよ。」
「そうだね。私もそう思うよ。
お二人さん、ティータイムにしよう。」
(第七楽章へ続く)