第二十九楽章
また1ヶ月以上空いてしまいました…汗
~待っててくれる人がいるから~
私は意識を失っていたので覚えてないけど、私の中にずっと共存していた櫻さんの意識が表に出てきて、母である西大路さんと再会を果たし、三百年もの間、互いの胸に抱えてた想いはようやく伝えられたそうだ。
本当に良かった…
私は強い疲労感を覚えたので、しばらく西大路さんの胸を借りて休んでいた。
前世のママにハグしてもらえるなんて…こんな事、もう二度とないんだろうな…
とても貴重な体験…
でも、この事はあちらの世界に帰る時には忘れちゃうのか…
寂しいな…
出来る事なら忘れたくないよ…
そんな事を考えていたら、西大路さんがギュッと私を抱きしめ、耳元で囁いた。
「歌恋さん…刻が来ました…」
「えっ…!?」
「帰りましょう。」
「えっ…私、まだ心の準備が…」
「こちらに来た時も突然でしたよね?
帰る時も突然なんです…と言ってもこちらに来た人があちらに帰るという事自体、稀なのですが…」
「確かにそうかもしれませんけど…せっかく、西大路さんと…前世のママと出逢えたのに…急過ぎませんか?」
「歌恋さん、元の世界に帰りたくないのですか? 」
「帰りたいです!! …帰りたいですけど、心の準備をする時間が欲しいです…
せめて1日…とか…」
「確かにそうですね。ごめんなさい…
ですが、眠ったままになっている身体の事を考えると、1日も早く帰った方が良いと思います。」
「それは…そうですよね…ちなみに私はあちらの時間でどれくらい眠り続けているのですか?」
「もう1年が経過してしまいました…
本当にごめんなさい…」
「い…1年!? こちらでは数日しか経ってない感覚なのに…」
「そうですね、こちらとあちらでは時間軸が異なりますので…」
「頭でわかってても実感がないです…」
「そうですね。無理もないと思います。あの…歌恋さん?」
「ハイ?」
「実は…今回、歌恋さんにこちらに来ていただいたのは、歌恋さんの中に宿った櫻の意識を分離する為だったのです…
歌恋さんの意識に支障をきたしてしまわない様に細心の注意を払っていたので随分と時間がかかってしまいました…
もし分離に失敗してしまうと歌恋さんがあちらに戻れない事態になってしまっていたので…
本当に時間がかかってしまってごめんなさい…」
「そう…だったんですね? じゃぁ、私に対して今まで色々と特別措置がとられてきたから審議をするために命の保留を受けたっていう話は…?」
「それは…正確に言えば歌恋さんの中に共存していた櫻の意識に対しての事なので、半分はその通りです…残りの半分は…歌恋さんの心を乱してしまわない様に…その事を一番に考え、少し解釈を拡げてお話させていただきました…」
「そっか……」
「騙すつもりではなかったのです…どうか許してください…」
「いえ、そんな!! 騙されたなんて思ってませんよ。櫻さんと私の為…だったんですよね?」
「ハイ。その通りです。それから…」
「それから…?」
「私が歌恋さんとお話したかったのです。」
「なんですか?それ?職権乱用ですか?」
「ウフフ…確かに職権乱用ですね…
歌恋さん、私は櫻の母ですが、それと同時に……」
「同時に…?」
「私は……私は歌恋さんが大好きなのです。」
「エッ…!? 西大路さんゴメンナサイ、私も西大路さんの事大好きですけど、それはこちらの世界の事を何も知らなくて不安な私に優しくしてくれて…それと、前世のママだからであって…そういう好きとは…私には奏という恋人が居ますし…第一、私、一応、恋愛対象男性ですから…」
「そうですかぁ…私…フラれちゃいました…」
「ゴメンナサイ…」
「ウフフ…冗談ですよ。」
「もぅ…西大路さん、からかわないでくださいよぉ…」
「でも、大好きなのは本当ですよ。
その大好きの真意は今はお伝え出来ないのですが…」
「それは…未来に関わる事…だからですか?」
「さぁて、何故でしょうね…」
「え~~っ…西大路さんのイジワル…
でも、否定はしないんですね。」
「歌恋さん、実は私、今回が最後のお仕事なんです。」
「あ~、話逸らした~…って最後のお仕事?…という事は…?」
「ハイ…私、あちらの時間で300年程こちらで過ごしてきましたが、こちらでのお仕事は引退して、転生を受け入れる事にしました…
櫻と話す事が叶ってようやく決心しました…
私が転生して幸せになる事…
それがあの子の望みだと知ったので…」
「そうですか~きっと櫻さんも喜びますよ。」
「ハイ。」
「そうだ、前に、おじいちゃんや、おばあちゃん、恵子おばあちゃんが命の譲渡をしてくれようとしているって言ってましたよね?」
「ハイ。」
「その話はどうなるんですか?」
「櫻の意識を分離することが出来たので
もう命の譲渡を受けなくても大丈夫です。」
「そうですか~…ということは、おじいちゃん、おばあちゃん、恵子おばあちゃんも転生して新たな人生を迎える事が出来るという事ですよね?」
「そうですね。可能ではありますが、それはご本人が望めばの話です。
皆さんはこちらでの生活をお望みになっていますので…
富も名誉も、娯楽も…そして食べ物すら無いこの世界ですが、それでも皆さんは愛する方と一緒に過ごす事が出来れば他には何も要らないと、こちらの世界で暮らす事を選択されました。
その意思はとても固いのです。」
「そっか…おじいちゃん達がそれを望むなら…それが一番なんですよね?」
「ハイ。皆さんとても幸せにお過ごしになっています。」
「そうですか…あの、私が譲渡を受けなくても大丈夫だという事はおじいちゃん達には伝えていただけるんですよね?」
「歌恋さんは本当にお優しいですね。
大丈夫ですよ。私が責任を持ってお伝えいたします。私がこちらの世界から旅立つ事もお伝えしないといけませんので…」
「そっか……あの、もうひとつ聞きたい事が…聞いてもすぐに忘れる事になっちゃうんですけどね…」
「何でしょうか…?」
「西大路さんは、また英二郎さんとめぐり逢えるんですか?…って未来の事は話せないんでしたよね…?」
「それは、私にもわからないんです…
でも、私はいつかまた英二郎さんとめぐり逢えると信じています。
勿論、その時にはお互い別人の人生を歩んでいるので、また1から関係を築かなければならないのですけどね…
でも…たとえ生まれ変わっても、この想いは意識の深いところに受け継がれる…
何の根拠も前例も無いのですが、私はそんな気がするのです…
私と英二郎さんの心配までしてくださって…本当に歌恋さんはお優しいですね…
歌恋さん、大好きです。」
「に…西大路さん、手を握られて、そんなに目をキラキラさせて大好きとか言われるとドキッとしますよぉ…」
「ウフフ…何度でも言いますよ。大好きです。」
「あぁ、もう…心臓がもちません…」
「ウフフ…大丈夫です。歌恋さんの心臓はあちらの世界でしっかりと脈を打っていますから…」
「そっか…そうでしたね…」
「では…歌恋さん…そろそろ帰りましょう。元の世界へ…」
「ハイ…でも…私…西大路さんとお別れするのが辛いです…西大路さんの事…忘れたくない…」
私が感極まって西大路さんに抱きつくと
西大路さんは私をギュッとしてくれて、小さな声で言った…
「大丈夫です…また会えます、私が会いに行きます…だから…待ってて…ママ…」
「えっ…?何て?最後の方が聞こえなかったです…」
「いいんです…独り言です。さぁ、歌恋さん、帰りましょう。あなたの帰りを待ってる方がたくさんいらっしゃいますよ。」
「ハイ…そうですね。帰らないと。」
「では、そのままで結構ですので、目を閉じたままでいてくださいね。
こちらに来た時とは違って、歌恋さんは一旦意識を失います。次に意識が戻った時には、もう歌恋さんは身体に戻っています。
時空の移動によって乗り物酔いの様な症状が出ますが、命を脅かす様なものではありませんし、すぐに治りますので耐えてくださいね…
とは言っても、この説明も忘れてしまうのですが…
ちょっと辛いかもしれませんが頑張って耐えてくださいね…
それから…」
「大丈夫です。1年間眠り続けていたから身体が鈍ってるっていう事ですよね?おじいちゃんが目覚めた時にそう言ってましたから何となく想像はつきます。」
「そうですね。説明不要でしたね。」
「いいえ、心配してくださってありがとうございます…では…お願いします…」
「ハイ…歌恋さん…参りましょう…目は閉じたままですよ。」
「ハイ…西大路さん…さようなら…また会える日まで…西大路さん大好きです!!」
「歌恋さん…私も大好きです。また会える日まで…」
私はまた睡魔に似たあの感覚を覚えた。その感覚は次第に強くなり…
私は西大路さんに抱かれ、その胸の中で眠りに落ちた…
「歌恋、おはよう。今日は明日美先輩と事務所の社長がお見舞いに来てくれるみたいだぞ。」
「…そうなんだ…」
「おぅ…って…歌恋!? 今返事…した…よ…な? 気のせい…じゃない…よな……?
なぁ?歌恋? 今、返事したよな?」
「…うん…したよ。」
「せ…せせ先生~!!! そっか、ナースコール!! ナースコール!!」
「奏?どうしたの? 」
「どうしたの?じゃ…ねぇ…よ…」
「泣いてる…の?」
「歌恋…お前…事故から1年以上眠り続けてたんだぞ。」
「そっか…そうだったね…建設現場で上から何か落ちてきて…奏と明日美先輩は怪我無かった?」
「あぁ。無事だ。その代わりにお前が…」
「そっか…そうだったね…でも…私は大丈夫だよ…だからもう泣かないで…」
「あぁ。そうだな…良かった…本当に良かった…」
先生と看護士さん達が病室に駆け込んできた。
「前澤さんどうかされましたか!?
えっ…篠山さん…!? 私の声が聞こえますか…?」
「ハイ…聞こえてます。」
「どこか痛い所や、動かせない所、調子の悪い所はありますか?」
「いえ、特に…ですが…体が自分の体がじゃないみたいに凄く重いです…」
「それは1年以上眠り続けていたので仕方ありませんね…」
「それと…」
「それと?」
「乗り物酔いみたいな…もう限界です…吐きそう…」
私が体をを半分起こすと先生がスッと容器を差し出してくれて、私は胃液と思われる黄色く泡立った液体を吐き出した…
「奏…見ないで…恥ずかしい…あぁ…キモチ悪い…」
奏は私の背中を擦りながら、ピタッと隣に寄り添った。
「大丈夫か? 今さら何言ってんだ。オレはお前のオムツ換えだってやってんだからな。」
「オムツ? ちょっ…マジやめて…恥ずかし過ぎて死ぬ…」
「ウソ、それは晴海ちゃんや看護士さんがやってくれてる。 てか、死ぬ言うな。」
「そっか…晴海ちゃんは…?」
「もうじき来るだろう。毎日飯届けてくれて、お前の世話もしてくれてるから…」
「毎日ご飯を? 奏、お家に帰ってないの?」
「あぁ、オレはずっとここに居たからな。」
「そうなんだ…ずっと居てくれたんだ…ありがとう…でも学校は…?」
「あぁ…学校か…休学してる。」
「特待生が休学なんて…そんなの…」
「あぁ、特待生なら辞退した。」
「エェッ!? そんなのダメだよ…」
「そう言われると思った。でも、大丈夫だ。オレ、仕事も軌道に乗ってきたから、復学する時は自分で学費払えるから。」
「そっか…奏の作る曲は凄くイイからね…絶対に引っ張りだこになるって思ってたよ…そういえば私、学校とか仕事とかどうなってるんだろう…」
「心配すんな、お前も休学中だ。仕事も解雇じゃなく休業中だ。社長さん、お前をいつまででも待ってるって言ってくれたんだぞ。ちょうど今日、お見舞いに来るって言ってたから会えるぞ。ビックリするだろうな。吐き気は治まったか?」
「うん…大分よくなった…」
「篠山さん?」
「ハイ…先生…」
「あとで念の為に体の状態を検査させていただけますか?」
「わかりました…お願いします…」
「ハイ。では後程。前澤さん、我々は篠山さんの命を継続させる事しか出来ませんでしたが、前澤さんの献身的な看病が奇蹟を起こしましたね。」
「奇蹟…?」
「あぁ…お前、もう目覚めないかもって言われてたんだ…」
「エッ…そうなんだ…でも…起きたよ。」
「あぁ…本当に良かった。」
「では、篠山さん、検査の段取りをしてきます。」
「ハイ…よろしくお願いします…」
先生と看護士さん達は少し興奮気味に、なんか難しい医療用語を交えて話しながら病室を出ていった。
「ねぇ、奏? パパとママは? 今、日本に居るの?」
「あ、そうだ、父上と母上に電話しなきゃ!! 今は日本に居るぞ。すぐに会えるからな。」
「うん。でも…いっぱい心配かけちゃったな…ん!?…てか、なに? その父上母上って…」
「あぁ…今はそう呼ばせてもらってるんだ。オレ、お前のパパとママにお前をくださいってお願いしたんだ。もし、お前が目覚めなくても、オレはお前と結婚したいって…」
「結婚…?ちょっ…待って…エッ!? 私、何も聞いてないんだけど…って、眠ってたから当然か…でも奏、私がもし眠ったまんまでももらってくれたの? でも、それじゃぁ~とんだグータラ女房じゃない? アハハハ。」
「あぁ…」
「ちょっ、泣かないでよ~私、何か泣かせる様な事言ったかなぁ…」
「その笑い声が…ずっと聞きたかったんだ…ずっと…」
「そっか…ゴメンネ…いっぱい心配掛けたよね…」
「あぁ…いっぱい心配した。でも、いつか必ず、お前が目覚めるって信じてた。」
「うん。篠山歌恋、只今覚醒しました~エヘヘ…」
「おぅ…だから、もう一度言わせてくれ。前に言った時は、お前…眠ってたから…歌恋?」
「なぁに?」
「オレと結婚してください!! 」
「ハイ…ヨロシクお願いします…」
「良かった…親の許可貰ったのに本人に拒否されたらどうしようかと思ってた…」
「でも…」
「で…でも…?」
「学校はちゃんと卒業したい…かな…」
「あぁ、お前が退院したら一緒に復学しよう。結婚はすぐにじゃなくてイイんだ。ただ…お前を他の誰にも取られたくないから…予約…的な…?」
「うん。ありがとう…ご予約…承りました…的な…? てかさ、予約なんてしなくたって私は奏の側に居るし…居たいし…
ところでさ、奏、そのキーボードって音出せるの?」
「おぅ、ヘッドホン外せばパソコンからなら…外部スピーカーじゃないからあまり音は良くないけどな…しかもココ病院だから大きい音はマズいだろうし…」
「そっか…そうだよね…でもさ、奏、私、歌いたい。凄く歌いたいの…」
「お…おぅ、でも身体…大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。少しだけだからさぁ…イイでしょ?」
「じゃぁ…本当に少しだけだぞ。曲は?」
「櫻の丘の。」
「おぅ。わかった。いくぞ。」
私は奏の前奏に続いて1コーラスだけ歌ったけど、もうそれだけでヘロヘロになった…
でも、大好きな歌を歌える事がこんなに幸せな事なんだって改めて思った。
「いゃぁ…やっぱり声出ないなぁ…」
「仕方無いさ。焦らないで少しずつ感覚取り戻していけばいいんじゃねぇか?」
「うん、そうだね。奏、伴奏してくれてありがとう。」
「おぅ、オレもお前の歌、久しぶりに聴けて嬉しかった。本調子じゃねぇとは思うけど、オレ、やっぱ、お前の声好きだ。あ…電話しなきゃ…」
奏はパパの携帯に電話を掛け、私に渡した。
「もしもし?パパ?」
「…歌恋!?」
「そうだよ、パパ。」
電話の向こうで啜り泣く音が聞こえる…
「パパ?」
「うん…これは夢…じゃないよね…?」
「うん、夢じゃないよ。私、起きたよ。いっぱい、いっぱい心配掛けてごめんね…」
「歌恋が謝る事なんて1つも無いんだよ。ちょっと待ってね、華さ~ん!! 歌恋が…歌恋が…」
電話越しにママの声が聞こえた。
「優さん…歌恋がどうかしたの? えっ…優…さん…?ねぇ? 優さん? どうして泣いてるの? まさか…」
「違うよ…電話…出てみて。華さんが一番声を聞きたい人が居るよ。」
「えっ…!? 本当に?…もし…もし? 歌恋…?」
「ママ…私だよ。歌恋だよ。いっぱい心配させちゃってごめんね…」
「歌恋…歌恋が…コレは夢ではないわよね…?」
「もう…パパと同じ事言わないでよ~夢じゃないよ。私、目覚めたよ。」
「今からそちらに行くわ。すぐ行くからね。待っててね。じゃぁ、歌恋、あとでね。晴海ちゃ~ん!! 私達も病院に行くわ!!」
電話の向こうからガシッシャ~ンと何か物が落ちる音とママの「痛った~い」の声が聞こえて通話は切れた…
余程慌てたのだろう…
慌てなくても私はここで待ってるよ。
私が入院している病院とお家は車だったら20分位の距離。
あれからみんな慌てて家を飛び出してきたのだろう…
本当に20分後位には廊下を駆ける靴音が近付いて来た。
その靴音は私の病室の前で止まり、ドアはアレグレットで鳴らしているメトロノームの様にコンコンコンと素早くノックされ、返事をする間も無く扉が開いて、パパとママと晴海ちゃんが病室になだれ込んで来た。
「歌恋!!!」
「パパ、ママ、晴海ちゃん…」
私は眠っていたから、みんなと会うのは昨日振り位の感覚なんだけど、みんなが涙ブワァ~って流しながら抱きついてくるものだから私も涙が溢れた…
「みんな、心配かけてごめんね…」
「歌恋…良かった…本当に良かった…」
ママは元々泣き虫だけど、ずっと涙をポロポロ溢して、私をハグして離さなかった。
「華さん、ボクは先生と話してくるよ。」
「ふぁい……ゥゥゥ…」
「ママ、泣きすぎだよ…」
「だって…」
「私、もう大学生なんだよ。」
「親にとっては子供は何歳になっても子供なの~」
「そうかもしれないけど…」
「そうなの。歌恋にもいずれ子供が出来たらわかるわ。」
「子供かぁ…ってまだ結婚もしてないからなぁ。」
「歌恋には奏君が居るじゃない。」
「うん。私ね、」
その時、私のお腹がぐぅ~と鳴った。
「歌恋、腹減ったんだろ? 奏の朝飯用に作った味噌汁食うか? 先生に聞いたら汁だけなら大丈夫だって言ってたから。奏、あげていいだろ?」
「勿論。」
「明日は2人分作ってくるからな。」
「うん。ありがとう。晴海ちゃん、いただきます。」
私は1年振りの食事をした。
「あ~おいしい…やっぱり晴海ちゃんのお料理は最高!!」
「こんなん料理って言って良いのかわからねぇ~けどな…でも、歌恋のその言葉ずっと聞きたかったから嬉しい…
今までずっと点滴だったもんな。先生の許可が出たら柔らかいものから慣らしていこうな。」
「うん。なんかやっぱり痩せちゃったのかな…歌ってもパワーが出なくてさ…晴海ちゃん、おかわりってある?」
「あるぞ、胃がビックリすっから、ゆっくり食えよ。」
「うん。ありがとう。晴子さんはお仕事?」
「あぁ、電話来た時にはもう家出てたからな、さっき電話したら昼のピーク終わったら早退してこっち来るって。電話の向こうで泣いてた…」
「そっか…晴子さんにも心配掛けちゃったな…」
「いいじゃねぇか、こうして目覚めたんだから。腹は満たされたか?」
「うん。お腹が幸せだよ~って叫んでるよ。晴海ちゃん、ごちそうさまでした…」
「おぅ。叫んでるか、歌恋らしいな。お粗末様でした。」
それから私は身体の状態の検査を受けたけど、眠ってた時と変わらず、すっかり健康体だそうだ。
これから眠り続けて鈍ってしまった身体のリハビリをして、日常生活に支障ない位に回復出来たら退院出来る事になった。
検査から戻ると晴子さんも来ていて、個室で広いはずの病室は人口密度高めになっていた。
そこへ事務所の社長と明日美先輩も現れた。
「こんにち…歌恋!?」
「歌恋チャン!?」
「社長、明日美先輩、ご心配をお掛けしました。篠山歌恋、覚醒しましたぁ~」
「おかえり…歌恋、あの時は助けてくれてありがとう。目覚めてくれて本当に良かった…私…」
「明日美先輩、泣かないで…私、もう大丈夫だから。」
「うん…」
「歌恋チャン、良かった…
ボク達はいつまででも待ってるから、ゆっくりでいいんだからね、リハビリ、頑張ってね。歌恋チャンの帰りを待ってる人がたくさん居るんだ…」
そう言って、社長はカバンからタブレットを取り出して、私に見せた。
「歌恋チャンのホームページだよ。ファンの方々からの応援メッセージがこんなに沢山届いてるよ。」
こんな駆け出しの声優歌手に、こんなにも沢山の応援メッセージが届いてるなんて…
「社長、動画撮っていただけますか?」
「え!? だってまだ目覚めたばかりだし…」
「いいんです。この気持ちを伝えたいんです。スッピンだけど…」
「わかった。スッピンでも大丈夫さ。じゃあ撮るよ。5秒前、4、3…」
私はメッセージ動画を撮ってホームページに載せてもらった。
その動画にまた「おかえり~」のコメントが沢山届く…
私には家族や近しい人以外にも、こんなにたくさん待っててくれる人が居るんだ…
リハビリ頑張らなくっちゃ。
それから毎日私はリハビリに明け暮れて、先生も驚く程のペースで回復して目覚めてから1ヶ月で私の退院が決まった。
「篠山さん、退院おめでとうございます。本当に頑張りましたね。」
「先生、本当にお世話になりました。」
「目覚められてからの身体機能の回復の早さと回復への熱意には正直驚きました。」
「待っててくださる方々が居るので…気合いで頑張りました。」
「そうですね。私も篠山さんのご活躍楽しみにしていますよ~」
「ありがとうございます。頑張ります!! 何かの作品に出演が決まったらお知らせしますね。
では…失礼します。」
私と奏とパパとママと晴海ちゃんは先生と看護士さん達に一礼すると車に乗り込み1年1ヶ月を過ごした病院を後にした。
帰りに学校に寄って、復学の手続きをして晴海ちゃん御用達のお店で食材の買い出しを手伝って帰宅した。
「晴海ちゃん、なんか食材いつもより多くない?」
「まぁな、少し多めだな。」
「どうして?いつも食材は新鮮な物を。って言ってるよね?」
「まぁ、いいからいいから。早く中に入れ。荷物は大丈夫だから。」
「うん…」
私は1年1ヶ月振りにステンドグラスが施された大きな玄関扉を開き、その中の光景に思わず声を上げた。
「うわっ…えぇぇぇ!!!」
そこには事務所の社長、先輩方、明日美先輩、学校で仲良くしてたクラスメイト、櫻の丘君恋し刻で一緒に頑張った映研のメンバー達が居た…
「せ~の、歌恋ちゃん、退院おめでとう!!」
パンパンとクラッカーが鳴り、拍手と
「おかえり~」の声…
その光景はすぐに涙で滲んでいった。
「ありがとう…ありがとうございます…私…篠山歌恋は幸せ者です…」
私の快気祝いのパーティーに、こんなにもたくさんの人が集まってくれた…
本当に嬉しくてありがたくて…
私、こんなに幸せでいいのかな…
これから頑張ってありがとうの気持ちをみんなに返していかなきゃ。
そう思った。
退院したばかりの私を気遣い、パーティーは夕方でお開きになり、私と奏は集まってくれた方々を門のところで見送った後、夕暮れの庭を少し歩いてガーデンテーブルに腰掛けた。
「いやぁ~ビックリしたよ~」
「サプライズ成功だな。」
「うん、大成功だよ。ホントにビックリしたよ。」
「あのな…歌恋…もうひとつサプライズがあるんだけど…」
「えっ?そうなの?って言っちゃったらサプライズにならないじゃん。」
「そっか…そうだな…でも…」
そういうと奏は私の前に跪いてポケットから何かを取り出した…
奏は私の左手をとり薬指に指輪をはめてくれた…
「篠山歌恋さん、オレと結婚してください!!」
「奏…」
「勿論、すぐにじゃなくていいんだ。
前にプロポーズしたの病室だったし…婚約指輪渡せなかったから…」
「ありがとう…奏、こんな私だけどよろしくお願いします…」
「そんなお前がいいんだ。」
「ありがとう…奏、大好き。」
「おぅ。歌恋…?」
「なぁに?」
奏は立ち上がると椅子に座ったままの私をギュッと抱きしめた。
「歌恋、愛してる…」
奏の胸にくっつけた耳に奏の心臓の鼓動が聞こえる…その鼓動はとても速かった。
照れ屋さんの奏の事だから、凄く頑張って言ってくれたんだろうな…
「奏、ありがとう…私も愛してるよ…」
私は椅子から立ち上がり、奏の顔を見つめた。
思った通りだ。耳まで真っ赤だ。
「ありがとう…緊張した?」
「おぅ…心臓バクバクだ…」
「そうだね、バクバク言ってた。」
「だな。」
私は奏から貰った婚約指輪を見た。
「指輪、カワイイ。もしかして…オーダーメイド…?」
「あぁ。オレがモチーフ考えて、デザイナーさんと相談しながら作ってもらった。」
「桜だよね、ありがとう。とってもカワイイ。大切にするね。」
「気に入ってもらえて良かった。」
「ねぇ、奏?」
「なんだ?」
「大好き…」
私は背伸びをして奏と唇を重ねた…
あぁ…私は幸せ者だ…
ずっとこの人と一緒に居たい…
奏の腕が私を強く抱きしめた…
「お~い、歌恋?奏?どこだ?」
玄関の方から晴海ちゃんの声が聞こえた。
「そろそろ家に入ろっか?」
「そうだな。」
私達は手を繋いで玄関へ向かった。
「あ、居た。なかなか入って来ないからどこ行ったかと思ったぞ。」
私は左手を晴海ちゃんに見せた。
「晴海ちゃん、私達、婚約したよ。」
「そっか、良かったな。おめでとう!!
遂に歌恋もお嫁さんか…アタシも早く誰かもらってくんねぇかなぁ…ナンテな。 こんな男みてぇ~なアタシなんか相手にしてくれんの、あすみん位だかんな…」
「えっ?晴海ちゃん?」
「あぁ…もうな、性別とか気にしなくなった。あすみんはアタシが辛い時、いっつも支えてくれんだ…ほら、あすみんって年下なんだけど、包容力があるっつ~か…」
「確かに…遂に明日美先輩、晴海ちゃんを落としたか…」
「あ?何て?」
「ううん、何でもない。二人は付き合ってるの?」
「いや…どーなんだろう…一緒に出掛けたりはしてるけどな…」
「そっか…ふむふむ…う~む…」
「そういえば、さっき、歌恋も帰ってきたし、今度2人で温泉でも行こうって言われたけど。」
「あぁ…それ…晴海ちゃんのパーフェクトボディーが狙われてるね…」
「は?そうなのか?オンナ同士だし、全然気にしてなかった…」
「ねぇ、晴海ちゃん、オンナ同士だから…」
「あ!! そっか、あすみんは…」
「晴海ちゃん、頑張れぇ~」
「いや、頑張れって…」
「いいんじゃない?当人同士が良いんなら。」
「いや、アタシ…あすみんの事好きだけど…
それは友人としてであってな…」
「明日美先輩、前途多難だなぁ…頑張れぇ~」
「ちょっ、歌恋、アタシ、あすみんに迫られたらどうすればいいんだ?」
「晴海ちゃん、ファイト~」
「おぃ、何がファイト~なんだよ、他人事だと思って~」
「奏、変な想像してないでしょうね~」
「あ?な、何言ってんだよ…そんなもん…別に…」
「アハハハ。私はね、みんなに幸せになって欲しい。だって、私、みんな大好きなんだもん!! さぁ~て、お家入ろ?」
私は大好きな家族との日常を取り戻した。
おじいちゃん、おばあちゃん、日常ってこんなに幸せなんだね。
翌朝、私は奏と関東芸大の校門の前に立っていた。
「奏、もう一度1年生だね、付き合わせちゃってごめんね…」
「何言ってんだ、オレが自分のしたいようにしてるだけなんだから、歌恋が謝る事なんてこれっぽっちもないんだぞ。」
「おじいちゃんみたいな事言うね。」
「そうだな。教授はオレの人生の師匠みたいな人だからな…じゃあ、行くか。」
「うん。」
「せ~の!!」
「せ~の!!」
私達は手を繋いで門の中へとジャンプした。
時空を超えて 完
(第三十楽章~アフターストーリー~へと続く)
本編は今回で終了になります。
ど素人の小説と呼ぶには恥ずかしい様な
駄文にお付き合いいただきありがとうございました。m(__)m
この後、アフターストーリーを1話完結で書くつもりですので、そちらも読んでいただけましたら幸いでごさいます…