第二十楽章
またまた随分と間が空いてしまいました…
~超時空通信~
「教授? 教授? 起きてくださ~い!!」
「ん? あぁ…朝かい? 晴海ちゃん…
あれ!? さっきまで凄く頭が痛かったのにすっかり楽になっていつの間にか寝てしまったよ…もらった薬が効いたんだね。」
「教授? 私ですよ。」
「その声は!! 泉…君?泉君なのかい?」
「ハイ。」
「ちょっ…ちょっと待ってくれ…これは夢…だよね…?
いや、夢…なのかな…
ねぇ、泉君、ボクにはキミの声しか聞こえないんだ…どこに居るんだい? 君の姿が見たいよ…」
「私も面と向かってお話をしたいのですが、私と教授は現在は住んでる時空が違うので、残念ながら姿をお見せすることは出来ないのですよ…
声だけでもこうして繋がれているのは奇跡的な事なのですよ…」
「そうなのか…君の姿を見ることは叶わないのか…
でも泉君、ボクは今こうして君と話をしている事がどうやら夢ではなさそうな気がしてきたよ…」
「ハイ、これは夢とは違います。説明するのは難しいのですが…
私は教授の記憶の中の私ではなく、私は今、リアルタイムで教授の意識に直接話しかけています…」
「リアルタイム…泉君とリアルタイムで話しているって事は…つまり…ボクは…もう…?」
「そうではありませんよ。今、教授の身体は眠っている状態です。」
「そうなのか…ボクは眠っていて…でもこれは夢ではないんだよね…?
ウ~ン…ますますわからないよ…」
「理論的に説明するのは難しいのですよ…超常的な事なのですから…
これは時空を超えた会話なのです…」
「時空を超えた会話……」
「ハイ。」
「ウ~ン…理解は出来ないけど、今起こっている事を受け入れる努力をするよ。
それで、ボクが今覚えているのは…確か…昨日の晩に酷い頭痛で…晴海ちゃん…あ、今、うちでメイドをしてもらっている娘ね、」
「ハイ、お師匠様の三番弟子の娘ですね。彼女は本当に素敵なお嬢さんですね。」
「彼女を知っているのかい?」
「ハイ、こちらからはそちらの様子がうかがえますので…」
「そうなのかい?」
「ハイ、教授が毎朝、私の写真の隣にカワイイお花を飾ってくださっているのも知っていますよ。私の声は届かないと思いますが、教授の心の声は聞こえていますよ。」
「そう…なのかい?」
「ハイ…聞こえるだけで、私の声は届かないのがもどかしいのですが…」
「………」
「教授、泣かないでください…折角こうして今は会話が出来ているのですから…」
「…ウン…そうだね…」
「私から昨日の事をお話しますね。
教授はその後、晴海さんからいただいたお薬を飲んで、お部屋でおやすみになりました。
朝になっても頭痛が治まらないので、もう一度晴海さんからお薬をいたただいて、お部屋に戻ろうとした時に、脳梗塞で倒れてしまいました…
前澤君が救急車を呼んでくださり、病院へ運ばれ、手術を受け、手術は無事に終わって、今は病院のベッドで眠っています。」
「そうなのか…」
「ハイ。」
「あ、前澤君の事も知っているんだね?」
「ハイ、私がこちらの世界の力をお借りして歌恋と引き合わせました。」
「そうなのかい!? そんな事が出来るのかい!?」
「ハイ、詳しくはお話出来ないのですが、少々こちらの世界のお役人様と契約を交わしました…
彼は歌恋のこれからの人生に欠かせない存在になりますので…」
「それはボクも感じているよ。
彼が来てくれてから、歌恋は以前の様に感情のコントロールが利かなくなることが無くなったと思うんだ。」
「ハイ、私もそう思います。ですが、それ以上にこれから先…」
「これから先…?」
「…歌恋の未来は彼無しでは成立しないとだけお伝えしておきます。
未来の事はお話し出来ない決まりなのですよ…お察しいただけますか?
ここまで話せば感の鋭い教授なら察してくださるかと…」
「うん…よく覚えておくよ。でも…
一体、この先歌恋に何が…って…それは話せないんだよね…」
「ハイ…」
「伝えたい事というのはその事だったのかい…?」
「そうです。それを伝えた今、私は…もう帰らなくてはなりません…」
「そう…」
「ハイ…」
「また…会いに来れるのかな…」
「それは…残念ながら…1回限りの契約ですので…」
「そうか…」
「でも、いずれ刻が来れば会えます。」
「ボクが天に召されたら…かい?」
「ハイ…そういう事になります…」
「その時には互いに姿を見ることも出来るのかい?」
「ハイ、勿論。また、共に暮らしましょう。」
「ウン…待ち遠しいなぁ…」
「私もです。…ですが、教授にはまだそちらでの使命が残っていますので…」
「歌恋の事だね?」
「ハイ。」
「何が起こるのかはわからないけど、重大な事が起こるのはわかったよ。
ボクに何が出来るのか、今はわからないけど、歌恋の為ならこの命を捧げてもいい。
ボクはもう十分長生きさせてもらったしね。
泉君、知らせてくれてありがとう。」
「ハイ…教授…あの…これは本来お話しする事は許されない事なのですが…」
「なら話さなくていいよ。」
「教授…でも…」
「いいんだ。ボクは感が鋭いんだ。
泉君、キミがボクにそう言ってくれたんだよ。」
「そうですね…そうですよね。
きっと、教授なら察してくださいますね…」
「ウン。こちらの事はボクに任せて。」
「ハイ…それ…では…教授…私は今でも教授を…」
「ウン、泉君…ボクも…泉君? 泉君~!!」
「おじいちゃん!! おじいちゃん!! 奏!! 先生を!!」
「おぅ!! 今呼んでくる!!」
「あぁ…泉君…」
「おじいちゃん!! 私だよ!! 歌恋だよ!!」
「おぉ…歌恋…ということは…ボクは目覚めたのかい?」
「うん、そうだよ。今、奏が先生を呼びに行ってるからね。
おじいちゃん、どこか痛いところとかはない?」
「あぁ…大丈夫だよ…でも、凄く体が重く感じるよ…」
「それは3ヶ月も眠ったまんまだったから仕方ないよ…」
「3ヶ月…!? ボクはそんなに眠っていたのかい?」
「そうだよ…でも、目を覚ましてくれて良かった…本当に良かった…
おかえり!!おじいちゃん!!」
「ウン、ただいま。心配をかけたね…」
そこへ、奏と先生が駆け込んできた。
「歌恋!! 先生呼んできたぞ!! 教授!! わかりますか? 」
「あぁ、前澤君、心配かけたね。ボクが倒れた時、迅速に対応してくれたそうだね。ありがとう。」
「教授…覚えているんですか?」
「いや、ボクは覚えてないんだけど、泉君が教えてくれたんだ。」
「泉教授が…!? どういう事ですか…?」
「さっきね、泉君と話が出来たんだ…追々説明するよ。」
「ハイ…」
「篠山先生、私がわかりますか?」
「白衣を着ているから先生だというのはわかるけど、以前にお会いした事がある様な気がするんだよなぁ…えっと…あっ!! 思い出したよ!! 確か区民合唱団の…ちょっと珍しい名字だよね…石…えっと…」
「石渡です。」
「そう!! 石渡君!! 」
「ハイ、今回、篠山先生の担当医をさせていただきます。」
「そういえば、お医者さんをされているって言っていたよね。
まさかこんな形で再会する事になるとは…石渡先生、お世話になります…」
「篠山先生、手術は無事に終わっています。3ヶ月もの間眠り続けた原因は医学的には不明なのですが、こうして目覚められて、すぐに麻痺もなく普通にお話しされているのは奇跡的な事です!! 」
「そうなのかい?」
「ハイ、私は過去の症例から、少なからず後遺症は免れられないと考えていましたが、こうしてお話しさせていただいている限り、後遺症は無いのではないかと思います。
ひとまず、後日、検査をさせてください。
検査の結果、異常が無ければ眠り続けて鈍ってしまった身体のリハビリ、頑張りましょうね!!」
「ハイ、先生、宜しくお願いします。」
「ハイ、私共にお任せください。」
「ところで歌恋、優と華さんは?」
「あっ!! そうだ知らせなきゃ!! まだ学校だと思う。晴海ちゃんにも知らせなきゃ!! 私、電話してくるね!!」
「歌恋、連絡ならさっきオレがしといたぞ。今こちらに向かっているはずだ。」
「奏、ありがとう。」
「おぅ。」
程無く、学校にいたパパとママ、そして、買い出し帰りの晴海ちゃんが血相を変えて病室駆け込んで来た。
「父さん!!」
「お父様!!」
「旦那様!!」
「優、華さん、晴海ちゃん、心配かけたね。」
「父さん、3ヶ月も眠り続けていたんだよ!! 先生も原因がわからないっておっしゃるし、もしこのままずっと目覚めなかったらって不安だったよ…
良かった…本当に良かった…
身体はどうなの? 動かせない所とかは?」
「さっき歌恋にも言ったんだけど、凄く体が重く感じるだけで、動かせない所はないかなぁ。ヨイショ…ほら。」
おじいちゃんは身体を起こして手足を動かして見せた。
「お父様…本当に良かったです…おかえりなさい。」
「ウン、華さん、ただいま。ありがとう、心配をかけたね…」
「…んぁ…アタジ…ケホケホ…あの…アタシ、旦那様が…ケホケホ…ちょっと待ってぐだせぇ…」
「ウン、晴海ちゃん、ゴメンよ、心配かけたね。そんなに泣かないで…ホラ、ボクはこの通り。もう大丈夫。だから、ね。泣かないの。」
「へぃ…」
晴海ちゃんは胸を押さえながら、何度も深呼吸をした。
「ふぅ……あの、アタシ、旦那様がもし歩けなくなったりしたら…って、車の免許とったんスよ。でも、思ってたよりずっと元気そうで良かったッス。
旦那様の愛車、アタシがちゃんと手入れしてるッス。
旧車だから動かさないとダメになるって聞いたんで、買い物とかに使わせてもらってるッス。」
「そうなのかい? ありがとう。料理や家事だけじゃなくて、メカにも強かったんだね。本当に晴海ちゃんは凄いなぁ。」
「エヘヘ…旦那様、アタシ、今、車の運転が凄く楽しいんス。
退院したらアタシの運転でドライブ…行ってくれやすか…?」
「ウン。みんなで温泉なんかいいんじゃないかな?」
「そ…そうスね。」
「おじいちゃん、そうじゃなくて、晴海ちゃんはおじいちゃんとドライブしたいんだよ。」
「か、歌恋!! 何言ってんだ!! 」
「そうなのかい? こんなオジジとでいいのかい?」
「へ…へぃ…旦那様とドライブ…したいッス…」
「そうか。ボクで良ければドライブ、行こうね。」
「へぃ!! 腕磨いときやす!!」
「良かったね。晴海ちゃん。」
「お、おぅ…」
「では、私は検査とリハビリの段取りをしますので失礼しますね。長い睡眠から目覚めたばかりで体力が落ちていますので、あまりご無理はなさらぬ様に…」
「ハイ、先生。本当にありがとう…先生が担当医で良かった…」
「そう言っていただけると医者冥利に尽きます…それでは失礼しますね。」
先生はニッコリ笑ってお辞儀をしてから病室を出た。
先生と入れ替わりに数名の靴音が近付いてきてドアがけたたましくノックされた…
「ハイ、どうぞ…」
その返事に被り気味でドアは開き、ドドドっと数名がなだれ込んできた…
「教授!!」
「おぉ!! 嶋田君達じゃあないか!! 元気かい? 」
「教授…それはこっちのセリフです…」
「ハハハ、そうだったね… 長い間眠っていたから体が鈍っているけど、もう大丈夫だよ。 みんなにも心配をかけたね…
ん…!?…っていうか、もうみんなの耳にもボクが目覚めた事が伝わっているのかい?」
「オレが知らせました。校長先生にも知らせましたよ。」
「そうだったんだね、前澤君、ありがとう。」
「ハイ。ちなみに校長先生は今日は地方に出張されているみたいなので、帰ってきたらお見舞いに来るそうです。」
「そうかぁ…校長にも心配をかけてしまったなぁ…
そうだ…ボクの雑誌の連載はどうなったのかなぁ…」
「それは私が代役を勤めていますから安心してください。」
「そうなのかい!? ありがとう、華さん。」
「最初はお父様の代役が勤まるか不安でしたが、読者からの反響は良かったみたいで、私も執筆を通して自分を見つめ直す事が出来て、貴重な体験をさせていただきました。
でも、お父様が復活なさるので出版社の方もお喜びになりますね!!」
「ボクが家に帰れるまでは引き続き頼むよ。…実はね、あの雑誌の連載はいずれ華さんに継いで貰いたいって思ってたんだよ。」
「そうなんですか!? 」
「ウン。いずれね。」
「ハイ…お父様がそうおっしゃるなら私は喜んでお引き受けします。」
「ウン、ありがとう、華さん。
あ!! そうだ!! 嶋田君、映画は完成したのかい?…3ヶ月経ってるということは、もうコンクールも終わってるのかな?」
「ハイ、提出期限ギリギリの完成でしたが、なんとか間に合いました…それで…コンクールですが…グランプリは逃しました…」
「そうか…」
「でも、審査員特別賞をいただきました。」
「そうかい!! それはおめでとう!!」
「ありがとうございます。しかも、当日会場にいらしていた配給会社の方が作品をいたく気に入ってくださって、館数は少ないですが、今も映画館で上映していただいています。審査員のひとりだった映画評論家のキイコさんがテレビで僕らの作品を推してくださった事もあって結構反響をいただいてます。」
「そのおかげでね、私も奏も明日美先輩もプロダクションから声が掛かって…」
「そうなのかい!? 凄いじゃないか!!
…と、いうことは…」
「そうだよ。私、今、プロの声優と歌手なの!! まだまだ駆け出しだけどね…
勿論、学校もちゃんと行ってるよ。
ちなみに明日美先輩も同じプロダクションだよ。」
「そうかぁ~ 良かったね、あすみん。」
「ハイ!! 教授、ありがとうございます!!」
「オレは声優じゃなくて作曲家志望だから、ありがたいお話しですがお断りさせていただきました。でも、作品を観てくださった製作会社から、色々と曲のオファーをいただけるようになりました。
フリーなので完全出来高制ですから、まだ食っていける程の仕事量ではありませんが…」
「いや、それでも凄いじゃないか!! 大学1年で既にプロなんだから!!」
「ですので、プロの名に恥じない作品を作る様、心掛けます。」
「そうだね。前澤君なら十分プロとして通用する力を持っているとボクは思ってるよ。あとは業界で生き抜いていく術を身に付けていけば大丈夫さ。」
「ありがとうございます!!」
「観たいなぁ~出来上がった作品…」
「退院したら一緒に行こうよ。映画館で観て欲しいな。」
「そうだね、歌恋。そのためにもリハビリ頑張らなくちゃね。」
「そうだね。でも、今はあまり無理しないでね。疲れたでしょう? 」
「そうだね、少し休ませてもらおうかな…でも、寝るのはもう飽きたよ…」
「そうか…3ヶ月も寝てたんだもんね…でも、体力回復には栄養と睡眠が大事だよ。」
「その通りだね。じゃあ、少し横になろうかな…」
「じゃあ、僕らはそろそろ失礼しますね。」
「嶋田君、あすみん、みんなも顔を見せてくれてありがとう。回復への原動力をもらったよ。」
「そう言っていただけて嬉しいです。
あ!! それから、教授がお留守の間、お宅の庭の手入れは僕らがさせていただいてますからね。奥様との大切な想い出の場所なんですよね?」
「そうなのかい!?
ウン、そうなんだ。あの庭には泉君との想い出が沢山詰まってるんだ…ありがとう…ますます退院が楽しみになるよ。」
「ハイ、僕らにお任せください。教授は体調を整える事に集中くださいね。」
「ウン、そうさせてもらうね…」
先輩達が病室を後にしてからも、私達は看護士さんに面会時間が終了していることを告げられるまでおじいちゃんの病室に居た…
「じゃあ、父さん、また明日来るね。何か必要な物はあるかな?」
「晴海ちゃんが作ったご飯が食べたいなぁ。」
「それは検査が終わって、先生の許可がおりてからかな…」
「そうか…でも、お腹ペコペコなんだよ…」
「そうだろうね…ずっと点滴だったから…」
「ね? だから、優から先生に頼んでくれないかなぁ…」
「父さん、ずっと固形物食べてなかったんだから、いきなりは無理だよ…
もうしばらく我慢して。」
「そうだよね…」
「旦那様、先生の許可がおりたら、アタシが出汁の効いた旨めぇ重湯作ってきやすよ。それで、そん次はお粥にして、徐々に消化のいいものから慣らしていきやしょ。」
「そうだね、ありがとう、晴海ちゃん。」
「じゃあ、また明日ね。」
「ウン、また明日。」
私達は病室を後にして、晴海ちゃんが運転するおじいちゃんの車で家路についた…
それから1ヶ月、おじいちゃんはリハビリに励み、先生も驚く程のスピードで回復し、いよいよ退院の日を迎えた。
「石渡先生、看護士のみなさん、本当にお世話になりました。」
「篠山先生、私共は先生の回復のお手伝いをさせていただいたまでです。
先生の回復しようとする強い意思と努力に我々は感動いたしました…
決して諦めない強い心…
患者さんを回復へと導く立場の私達が逆に学ばせていただきました…
ありがとうございました…」
「いやいや、こうして回復出来たのは、みなさんの的確な導きがあったからだと思ってるし、それに、まだこの世への執着があるからね…」
「それは大事な事だと思います。」
「ボクにはまだこの世での使命が残っているから…」
「使命…ですか?」
「ウン。」
「歌う事ですか? もしそうなら、全力での歌唱はまだ控えた方が良いと思います。歌唱は血圧の上昇を伴いますから…」
「いや、そうじゃないんだ。ボクはもう若い頃みたいには歌えないし。」
「そんなことは…」
「いや、それは自分が一番よくわかるんだ…
でもね、ボクは歌う事を辞めるつもりはないよ。
歳と経験を重ねて来た事でしか表す事ができない表現があると思うからね。
だから、ボクは生涯現役を貫くつもりさ。」
「それを聞いて安心しました。」
「ウン、まだまだ頑張るよ。」
「これからも御活躍を楽しみにしてます。あ、でも、お体と相談しながら無理の無いようにお願いしますね。」
「ウン、ありがとう。
それでは、みなさん、ありがとうございました。
また近いうちにお会いしましょう。
あ、患者としてではなくね。」
「ハイ。是非とも。」
「それでは、みなさん、ごきげんよう!! じゃあ、みんな、家に帰ろう。晴海ちゃん、運転頼むね。」
「へい、任せてくだせぇ。」
私達は車に乗り込み、先生や看護士さん達の姿が見えなくなるまで手を降った…
そして、晴海ちゃんはおじいちゃんに食べたい料理のリクエストを聞いて、途中でスーパーに立ち寄り、車はおじいちゃんとっては4ヶ月振りの我が家にたどり着いた。
そこには、嶋田先輩や明日美先輩、映研のメンバー達、校長の姿もあった。
「教授、おかえりなさい!!」
「ただいま…凄いなぁ…こんなに集まってくれたんだね…庭も以前に増して綺麗になったなぁ…嬉しいなぁ…みんな、ありがとう…ボクは幸せものだよ。」
「父さん、みんな父さんに恩があるからって集まってくれたんだよ。」
「そうですよ。お父様の人徳ですよ。
私もお父様とお母様には返しきれない程の恩があります。」
「恩かぁ…ボクが自分のしたいようにしてきただけなんだけどなぁ…」
「旦那様、庭で立ち話もなんですんで、中に入りやしょ?」
「そうだね、晴海ちゃん。みんな中に入ろう。」
玄関を開け、中に入ると、そこにはおじいちゃんの門下生が勢揃いしていた。
「おぉ!! キミ達!!」
「教授、退院おめでとうございます!!」
「みんな、ありがとう…」
「今日は教授の快気祝いをしましょうと、私がみなさんに声をお掛けしました。」
「そうなのかい? 華さん、ありがとう。」
「じゃあ、アタシは旦那様のリクエスト料理をしこたま作るんで、待っててくだせぇ。ママさんもお願ぇ~しやす。
歌恋も手伝ってくれるか?」
「うん、もちろん!! 」
「じゃあ、皆さん、しばらくの間、御歓談くださいませ。」
その間、映研メンバーと奏は庭に停めたワゴン車から映像機材を降ろし、元ラウンジのピアノの部屋へ運んでセッティングした。
おじいちゃんが私達の作品を早く観たいと言ってたので、嶋田先輩が機材を借りる段取りをしてくれたのだ。
その間もおじいちゃんと門下生の人達は誰からともなく歌い始め、パパもピアノで加わり、気が付けばいつのまにか、大合唱大会になっていた。
「ほら、やっぱり始まった!!」
と、キッチンに居た私達は視線を合わせてニヤリとした。
ママが大声で
「お父様~ お父様は控え目にしてくださいね~ 先生もおっしゃっていましたからね~」
と言うと、パパが
「大丈夫さ~、ボクが目を光らせているから~」
と言い、おじいちゃんからも
「華さ~ん、大丈夫だよ~ ボクも、もう入院は懲りごりだから、セーブして歌うよ~ でも、楽しいなぁ~ ご飯の支度が済んだら華さんと歌恋も一緒に歌おう!! 」
と子供みたいに無邪気な返事が聞こえた。
おじいちゃんは本当に楽しそうで私達も自然に笑みがこぼれた。
「さて、出来たぞ。 この人数だとダイニングじゃぁ~ちと狭めぇから、ピアノの部屋にしやすか?」
「そうね。人数が多いからブッフェスタイルで良いと思うわよ。
歌恋、長テーブルとテーブルクロスを準備するから手伝ってくれる?」
「わかった。パパ~、奏~ 手伝って~」
ピアノの部屋にはスクリーンとプロジェクターが設置され、用意した長テーブルには、おじいちゃんの好物が沢山並んだ。
「本日は皆様お忙しい中、父の快気祝いにお集まりいただきましてありがとうございます。
父が倒れた時、私は妻と共に地方公演に出ていまして、一時はどうなることかと思いましたが、留守を守ってくれていた娘と相方の前澤君、メイドの晴海ちゃんの迅速な対応と、お医者様の懸命の治療と本人の努力で本日、心配されていた後遺症もなく、無事に退院することが出来ました。
今日は父からのリクエストに応える形で快気祝いをさせていただきたいと思います。
まずは父の好物ばかりではありますが、うちのメイドを務めてもらっている晴海ちゃんの料理をご堪能ください。
母と妻、そして晴海ちゃんの料理の師匠は同じシェフなので、母の料理を召し上がった事がある方なら、きっとその味のどこかに懐かしさを感じることと思います。
そして、これも父からのリクエストなのですが、食事の後は映画をご覧いただきます。
その作品は、関東芸大、つまり、我々と皆様の後輩にもあたります現役の生徒達によるアニメ作品です。
映像科4年の嶋田君が中心になって、企画から全て彼等の手で完成させた渾身の一作です。
映像が完成した段階で、うちの歌恋と声楽科2年の小林さんに声優での出演を、前澤君に作曲と声優での出演のお声掛けをいただき、企画に参加させていただきました。
作品は自主製作映画のコンクールに出品され、見事、審査員特別賞をいただきました。
配給会社も付いてくださり、館数こそ少ないものの、映画館での上映も果たしました。
また、メディアで取り上げていただいた事もあって話題になり、業界人の方々にも作品をご覧いただく事が出来ました。
その甲斐あって、嶋田君をはじめ、映研メンバーの生徒達、歌恋と小林さん、前澤君も将来への道が開けました。
私も映画館で観させていただきましたが大変素晴らしい作品でした。
内容については観てからのお楽しみという事で…
私達は産まれてから様々な御縁に恵まれ、」
「ねぇ、パパ?」
「なんだい? 歌恋?」
「私、もうお腹すいたよ…だし、 折角の晴海ちゃんの料理が冷めちゃうよ…」
「そ、そうだね…ちょっと話が長かったかな…
じゃぁ、あと父さんから皆様に御挨拶を…」
「ウン、優、ありがとう。
いつの間にか饒舌になったね。
え~っと…ボクが言おうと思ってた事はほとんど優が言ってくれたから、ボクからは手短に…
みなさん、今日はボクの為に集まってくれてありがとう。
多くの方々の力をお借りして、ボクはこうして生き長らえることが出来ました。
本当に沢山な方との御縁をいただき、ボクの人生は素晴らしいものになりました。
既にボクは十分長生きさせてもらっているとは思うんだけど、まだこの世への執着を捨てられないんだ。
だから、もうしばらくボクのワガママに付き合って欲しい…
今日の会はその序章だと思ってください…ナンテね。
さて、折角の料理が冷めてしまうからいただくとしよう。
実はさっきから腹がグゥ~グゥ~言っててね…
だから、ボクからの挨拶はこれくらいにしておくよ。
みんな、ありがとう!!
これからもよろしくね!!」
「では、父さんの快気を祝って、そして、これからも元気で居てくれる事を願って、そして、皆様の御多幸を祈りまして、乾杯!!」
「乾杯~!!!」
皆は、晴海ちゃんの料理に舌鼓を打ち、その味におばあちゃんの面影を感じ、涙する人も居た…
食事の後には、私達の映画の上演会が行われ、その完成度の高さ、繊細な心象表現に、終了時には皆、立ち上がり拍手と喝采が贈られた。
そして、その後はまた大合唱大会が始まったのは言うまでもない…
日が傾きかけた夕刻、
「みんな泊まっていけばいいのに…」
と言うおじいちゃんに、
「4ヶ月振りの帰宅なんですから、今夜は家族水入らずで過ごしてくださいよ…」
と、集まってくれた門下生の人達、校長先生、おじいちゃんの留守中に庭の手入れまでしてくれた嶋田先輩、明日美先輩、映研メンバーのみんなは帰り際におじいちゃんと固い握手とハグを交わして篠山家を後にした。
「ありがとう。本当にありがとう…」
「教授、また近いうちにお邪魔しても良いですか…?」
「ウン、勿論だよ!! いつでもおいで。うちはいつでも大歓迎さ!!」
「ありがとうございます、ではまた…」
「こちらこそありがとう、またね。」
皆を門まで見送り、私達は後片付けをして、4ヶ月振りのおじいちゃんが居る日常を取り戻した。
その夜の夕食後、おじいちゃんはさりげなく奏を部屋へ呼んだ。
「教授、奏です。」
「どうぞ、入って~」
「ハイ。教授、話があるって言ってましたが…」
「ウン、そうなんだ。覚えているかなぁ…ボクが目覚めた時に話した…」
「泉教授とお話をされたという…」
「そう。その事で前澤君、キミに話しておかねばならない事があるんだ…」
「ハイ…歌恋を呼ばずにオレを呼んだという事は、歌恋に関する事ですか?」
「ウン、ちょっと抽象的な話しになると思うけど、聞いてくれるかな…?」
「ハイ、勿論。」
「ありがとう、実はね…」
(第二十一楽章へ続く)