第7話 VS上位種
青年が走り去った後、ルイもすぐに行動に移りホブゴブリンに刺さっている短剣を回収した。そしてゴブリンアーチャーとゴブリンソーサラーに向かって走り出した。二匹とは距離が結構離れている。そのためルイは少女の様子を確認しながら走る。
ルイがエマの様子を見ると蹲っているところが見えた。それだけでなく近くにいたゴブリンが少女に向かって走っておりゴブリンアーチャーたち上位種も追撃しようと構えていた。
「危ない!」
ルイはここからでは声は届かないと思いつつも叫んだ。声が届いたのかは分からないがエマは蹲りながらも魔法を使ったらしく少女の周囲が風で覆われた。その風に触れたゴブリンが吹き飛ばされたのを見てルイは少し安堵した。しかし魔法を使ったエマが力尽きたように倒れこんだのを見てルイは焦る。
魔法を使った後に倒れたので恐らくは魔力を限界まで使ったのだろうと推測する。
魔導士は余程のことがない限り魔力がなくなるまで戦わない。魔法が使えなくなれば魔導士は足手まといになってしまう上に、限界まで魔力を使うと気を失ってしまうこともあり危険だからだ。
エマは魔力を限界まで使った上に弓矢による負傷で気を失ってしまったのだろう。怪我さえなければ気を失うこともなかったかもしれないが、そのようなことを考えている余裕はない。
しかしルイはすぐには切り替えることができずに悔しそうに顔を歪ませていた。元々、自分たちよりも格上の相手だ。無傷で済むとは思っていなかったし、死んでしまう可能性もある。とは言え、自分の出した作戦(作戦とは言い難い稚拙なものだったが)で人が負傷してしまうところを見るともっとやりようがあったのではないかと考えてしまう。
自分がもっと詳細で良い作戦を立てることができていれば怪我をせずに済んだかもしれない。自分がもっと強ければ怪我をする前にホブゴブリンたちを片付けて上位種との戦闘に入れたのに。自分が……。と後悔するルイだがまだ死んだわけではないと思い直した。
青年がポーションを持って向かっているから最悪な事態にはならないはずだ。
「……後で謝ろう」
そう思いながら上位種の二匹に顔を向ける。2匹をどうにかしなければ謝ることなどできない。そして二匹を倒すことに集中し始めたルイはホブゴブリンに突っ込んだ時よりもスピードを上げて二匹に接近する。しかし二匹もルイの接近に気付き、火球や矢を放ってきて簡単には近づけさせてくれなかった。
「……簡単に近づけさせてはくれないか」
ルイは攻撃を避けながらどうやって近づくか考える。接近戦に持ち込まなければ攻撃ができない。しかし良い作戦が思い浮かばず防戦一方になってしまう。
「(近づけない!もう少しスピードを上げて……いや今でも制御できるギリギリなのにこれ以上のスピードは自滅する可能性が高い……)」
もし自滅などしたら目も当てられない。そんなことになるならば暫くはこのまま様子を見て、どうするかを考えようとしていたルイだが火球と矢を見て気付いた。
「そうだよ! 魔力も矢も無限にある訳じゃない。このまま行けば遠くない内に切れるはず」
魔力や矢が切れたらこっちの物だ。そう思ったルイはゴブリンアーチャーの持つ矢があと何本あるのか確認する。
「空?」
ゴブリンアーチャーの背負う矢筒には一本の矢も入っておらず、手にも持っていなかった。
「いける!」
ルイはゴブリンアーチャーに向かって突っ込む。既に矢がないならゴブリンソーサラーの魔法に気を付けていれば良い。そう考えていたがゴブリンアーチャーはいつの間にか手に矢を持っていた。
「え? やばい!」
矢を構えたのを見てルイはすぐさま近くの木に身を隠す。しかしそこはゴブリンソーサラーからは丸見えの位置だった。ルイが気付いたときは既に火球がすぐそこまで来ており避けることができず直撃した。
「うわっ!」
火球をくらった衝撃で木の陰から飛び出し地面を転がる。そしてそこをゴブリンアーチャーに狙われた。
「——っ!」
ルイは必死に動き逃げた。その結果、矢は頬を掠めただけで済んだ。その後ルイは二匹から距離を取って考える。
(いつの間に矢を準備したんだ!? 矢筒は空なのを確認した。手にも持ってない。どうやって矢を……)
ゴブリンアーチャーを観察していると、腰にぶら下げている袋に手を入れるのが見えた。何をするつもりか見ているとそこから矢を取り出したのが見えた。明らかに矢が入る大きさの袋ではない。そこから矢が出てきたということは——
「アイテム袋……」
ゴブリンアーチャーはアイテム袋を持っていた。これではどれくらいの数の矢を持っているか分からない。これでは迂闊に接近することはできない。接近しすぎては矢を避け切れないため、接近するならば矢を射るまでに短剣が届くくらいに距離を詰める必要がある。全力で行けば可能だろうがルイはまだ制御ができない。制御に失敗すれば大きな隙ができてしまう。まだ二匹とも残っていることを考えるとできるだけ隙を作りたくはない。
「ゴブリンソーサラーは何も持って……ないよね?」
ルイはゴブリンソーサラーを観察し持っているものを確認する。
(見た感じ杖以外は何も持っていなさそうだね)
ゴブリンソーサラーは袋などを持っていなかった。そのことにルイは安堵した。しかし状況は変わっていない。どうすれば二匹に接近できるか考えるが良い手が思い浮かばない。
「(制御を成功させる……か……よし!)流星!」
流星の効果が切れかけていたため、再び魔法を使う。そして二匹の周囲を動き回り少しずつスピードを上げていった。しかしただ動いているだけでは動きを読まれてしまう。そのため動きを読まれないよう不規則な動きをする。
「(あと少しで自分が制御できる限界……集中!)」
そして自分の制御できる限界に達しそこからさらに上げていく。二匹も攻撃しようとするが、動きが読めず狙いが定まらないのかルイを顔だけで追いかけている感じになっていた。
「くっ……キツイ……でも……この調子なら」
そう思った瞬間、木を避けることができずぶつかってしまい止まってしまった。ゴブリンアーチャーとゴブリンソーサラーはその隙を逃さず、攻撃を仕掛けてくる。ルイは横っ飛びで何とか避けることができた。
「危なかった……」
森の中でただでさえ木などの障害物が多い。制御できるスピードでも注意しなければならないのだ。それを制御のできていないスピードで動き回るには一瞬の気の緩みも許されない。ルイは再び動き回る。今度は接近しながらスピードも上げていく。二匹が攻撃しようと動きを見せたらすぐに回避に移りながらも少しずつ距離を詰めていく。
「この距離なら今のスピードでも届く!」
ルイはゴブリンアーチャーに向かって走る。ゴブリンアーチャーは矢をルイに向けるが、ルイは短剣を投擲し左腕に命中させた。
「グギャ!」
短い悲鳴を上げ、持っていた矢を落とす。その隙に接近し、もう一本の短剣で刺突を繰り出した。しかし、短剣はゴブリンアーチャーの体に当たることなく終わった。ルイは立ち止まらずそのまま走り抜ける。攻撃を当てることができなかったルイだがその顔に悔しさは見えず、むしろ狙い通りにいったと笑顔だった。
ゴブリンアーチャーはアイテム袋から矢を取り出そうと腰に手をやるがそこにアイテム袋はなかった。困惑するゴブリンアーチャーを尻目にゴブリンソーサラーを警戒するルイの左手にはアイテム袋が握られていた。ルイの先程の刺突はゴブリンアーチャーではなく、腰にぶら下げているアイテム袋の紐を狙ったものだった。ルイは相手を負傷させるより先に攻撃手段を無くそうと考えていたのだ。
「よし!これでもう矢は使えない」
武器を持っていないゴブリンアーチャーはホブゴブリンと同程度の強さだ。
そのためゴブリンアーチャーは様子見程度にしておいて、ゴブリンソーサラーの相手に集中しようとしていた。しかしゴブリンアーチャーがルイの手にアイテム袋が握られていることに気付き、怒りのこもった声を上げてルイに向かって突進してきた。突進をサッと避けたルイは隙だらけの身体を斬りつけた。上位種なだけあって固く、短剣は深く傷を付けることができず浅く斬れただけだった。斬られたことでゴブリンアーチャーはさらに怒り、ルイに襲い掛かる。
「武器がないんだからさっさと逃走するなりしてくれたら良いのに……」
ゴブリンソーサラーを相手にしたかったルイだが、先にゴブリンアーチャーを倒すことに決める。攻撃の手数を増やすためにさっき投擲した短剣を取りに移動する。短剣はさっきまでゴブリンアーチャーがいた場所に落ちており、さほど距離は離れていない。そのため容易に拾うことができた。拾うためにゴブリンアーチャーから離れたことでゴブリンソーサラーが魔法を放ってきたが警戒をしていたルイはしっかりと避ける。その後、ルイは自分とゴブリンソーサラーの間にゴブリンアーチャーが来るように移動しながら戦う。
(これならゴブリンアーチャーが邪魔で魔法は撃てない! ゴブリンアーチャーを倒すまでは大人しくしていて!)
ゴブリンソーサラーはゴブリンアーチャーが邪魔にならない位置に移動しようとするが、それを見てルイは自分の位置を変えていく。
「グギャ! ゴギャ! ゴギャアアア!」
ゴブリンアーチャーは怒りで周りが見えておらず、攻撃も単調になっている。そのため相手をするのは楽だった。攻撃のタイミングをある程度掴んだルイはゴブリンアーチャーの攻撃が途切れるタイミングで攻撃を加えていく。傷がどんどん増えていき血が流れていったゴブリンアーチャーは動きが鈍くなってきた。動きが鈍くなったことゴブリンアーチャーに反してルイは攻撃を激化させていく。
そして戦うこと十五分ほど、ついにゴブリンアーチャーが地面に倒れ二度と動くことはなかった。
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