第2話 登録
「はあ……はあ……はあ」
ルイは切れた息を整えながら立ち上がり、投擲した短剣を回収してレイモンドのもとへ行く。ルイの顔は悔しさで歪んでいた。勝てるとは思っていなかったが、もっと良い戦いができると思っていた。しかし蓋を開けてみると、散々な結果に終わった。何とか一回だけ攻撃が当てることはできたが、傷がつくことはなかった。そしてレイモンドの蹴りを一度くらっただけで、その後しばらく動けなくなってしまった。これが試験でなく盗賊や魔物だったら殺されていてもおかしくはなかった。そのことを理解していたルイは自分の実力がまだまだだと実感した。
「それで試験の結果だが……」
「……はい」
「合格だ!」
「……はい、ありがとうございます」
「どうした?合格なのに嬉しそうじゃないな」
「自分の実力がまだまだだと実感したので、今は悔しさでいっぱいです」
「はっはっはっ! これでも俺は元Bランク冒険者だからな。そう簡単には負けん。だがお前は新人にしては実力がある方だ。自信を持て!」
「そうなんですか?」
「ああ、今の時点でEランクくらいだろう。経験を積み、あの魔法を使いこなせればDランク、いやCランク上位の者とやり合える位にはなるだろう。ただし! それは一対一の場合だ。複数を相手にするときは別だ。慢心せず鍛えていけ。俺は冒険者の教育もしているからな。希望すれば俺が鍛えてやる」
「分かりました。その時はよろしくお願いします!」
「それじゃあサラ、後のことは任せるぞ」
「はい。分かりました」
「ああ、そういえばまだ名前を聞いてなかったな。名前は?」
「ルイです。これからよろしくお願いします!」
「ああ、これからよろしく頼む!」
「それではルイさんこちらに付いて来て下さい。冒険者登録と説明を行います」
「分かりました!」
ルイはサラに付いて行き、ギルドの受付まで戻ってきた。そしてルイに一枚の紙とペンを差し出した。
「それではこれから冒険者登録を行います。まずこちらの書類に記入をお願いします」
「分かりました」
渡された書類には名前と性別、生年月日、職業を書く欄があった。ルイはそれを記入していく。
名前:ルイ・エトワルド
性別:男
生年月日:792年12月18日
職業:魔導士
「書けました」
「はい、確認しますね。……はい、問題はありません。ルイさんって男性だったのですね。てっきり女の子かと……」
「僕は男ですよ! ……確かによく間違えられますけど。僕ってそんなに男に見えないんですかね……はあ」
「ははは……ルイさんって、女の子に間違われる要素がいっぱいですからね」
「…………」
「そ、それではギルドカードを作成してくるので少しお待ちください」
サラは書類を持って奥に行くと、5分ほどで戻ってくる。その間、ルイはため息を何度も吐いていた。
「そ、それではこちらがギルドカードとなります。このカードがないと依頼を受注することができなくなるので、失くさないように気を付けてください。失くした場合、再発行することもできますが再発行には3万ゴールドかかります」
冒険者ランク:F
名前:ルイ・エトワルド
年齢:16歳
職業:魔導士
ルイがギルドカードを受け取ると、サラはギルドカードについて説明を始めた。ギルドカードには冒険者ランクと名前、年齢、職業が書かれている。そしてギルドカードに書かれないが、今までに受けた依頼の数とその内容、依頼の成功数と失敗数、現在受けている依頼の内容がカードに登録される。これは冒険者ギルドならどこの街でも確認できる。
「依頼の数ですか?」
「依頼の数と成功数、失敗数はランクを上げるために必要となります」
冒険者ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fと七つある。
ランクを上げるためにはランクごとに定められた数の依頼を受けなければならない。そして受けた依頼の数に対しての依頼の成功率でランクを上げられるか決められる。依頼の失敗が多いとランクが上げにくくなるので、自分の実力にあった依頼を見極めて受注をするようにとサラが注意した。
ただしCランクから上のランクはそれだけではなく、ランクを上げるための試験を受けなければならない。そしてランクアップ試験はいつでも受けられるわけではなく、BランクとCランクは半年に一回、Aランクは一年に一回、Sランクは二年に一回、試験が開かれる。登録をしたばかりのルイにはまだまだ先の話になりそうだ。
「ルイさんは登録したばかりですので、当然Fランクからのスタートとなります。Eランクに上がるためには最低でも二十回の依頼を受ける必要があります」
「二十回……分かりました」
「あとはそうですね、自分よりランクの上の人と協力して依頼を達成する場合もありますが、その場合はランクの上がるハードルが高くなります」
例えばFランクの人がEランクやDランクの人と組んで依頼をこなしランクを上げようとするとランクアップするために必要な受注数が増える。ただしFランクの人がCランク以上のランクの人と依頼を達成しても回数のカウントはされないとのことだ。
「説明は以上となりますが、何か聞きたいことはありますか?」
「依頼を受けるときはどうしたらいいですか?」
「依頼は依頼板にランクごとに張り出されています。自分のランクの依頼板の依頼書から受けたい依頼書を受付まで持ってきてください。常設依頼に関しては依頼書を剥がさず受付で直接言ってください。受付でギルドカードに登録をした時点で依頼を受けたことになります。依頼を達成した後は受付まで報告に来てください。依頼の報酬を渡したり、ギルドカードに書き込みをしますので」
「分かりました」
「他に聞きたいことはありますか?」
「今のところないですね」
「分かりました。本日は依頼を受けますか?」
「今日はどんな依頼があるか確認するだけにしようと思います」
「分かりました」
ルイは受付を離れると、壁の一角にある大きな依頼板の前に来た。
「ここがFランクの依頼板か。色んな依頼があるな」
討伐依頼に採取依頼、あとはちょっとした街中での雑用の依頼が張り出されている。
討伐依頼と言ってもFランクの依頼だからゴブリンの討伐などの常設依頼やホーンラビットの討伐などの簡単に討伐できる依頼がほとんどだ。
採取依頼も森の浅いところまでに生えている物が多い植物ばかりであまり危険がないようにされていることが分かる。
ルイは明日どんな依頼を受けるか考える。報酬は討伐依頼が一番高い。
「うーん、アイテム袋を早く手に入れたいから……やっぱり討伐依頼かな」
アイテム袋は空間魔法が使える魔導士が作る魔道具でこれがあるのとないとでは稼ぎに大きく差が出てしまう。持ち帰れる物が多くなるというのも大きい。移動の際にもアイテム袋に入れておけば重い荷物を担ぐ必要がないため移動が楽になり速度も上がる。戦闘になった際にも荷物が邪魔にならず、すぐに行動に移せるので早いところ手に入れておきたいところだ。
「決めた、明日は討伐依頼を受けよう」
ギルドを後のしたルイは宿屋に向かって歩いていた。
宿屋の場所はギルドを出る前に聞いていたため迷うことなくつくことができた。ルイが教えてもらった宿屋はお金に余裕のない下位ランクの冒険者がよく泊まるところだ。街に出てきたばかりでお金に余裕のないルイにとってはちょうど良い宿屋だ。さらにお風呂も付いており、食事も値段の割には量が多いというのも冒険者に好かれている理由の一つらしい。ルイの育ってきた村にはお風呂がなく、入ったことはないため楽しみにしている。
ルイは部屋が空いているか聞くため、宿屋の中に入っていく。
「いらっしゃい」
中に入ると受付にいた恰幅の良いおばちゃんがルイに声をかける。
ルイはおばちゃんのところまで歩いていくと再びおばちゃんが声をかける。
「宿泊かい?それとも食事かい?」
「宿泊です。空いていますか?」
「一人かい?」
「一人です」
「それなら空いているよ。それで素泊まりと朝夕の二食付きのどっちにするか決まっているかい?素泊まりは3000ゴールド、食事付きは3500ゴールドだよ」
「食事付きで一週間お願いします」
「食事付きで一週間だね。それじゃあ、ここに名前を書いてくれるかい?」
ルイは渡された宿帳に記帳し、おばさんに渡すと鍵を渡された。
「これは部屋の鍵だよ。部屋は三階の302号室だ。外に出るときは受付に鍵を渡しておくれ。鍵を無くした場合は10000ゴールド払ってもらうから、気を付けるんだよ」
「分かりました」
「食事の時間は朝食が6時から10時、夕食は18時から22時の間だよ。あと話していないのは大浴場だね。大浴場は18時から23時の間は開いているからその間に入っておくれ」
「分かりました」
「これで説明は終わりだよ。何か聞きたいことはあるかい?」
「今のところはないですね」
受付を終えたルイは部屋に向かう。
「302号室は……あった。ここだ」
ルイは早速鍵を開けて部屋の中に入る。部屋に入ったルイの目に映ったのはベッドと、その横に設置されている机と椅子だ。部屋を見回すと壁に壁掛けが付いておりハンガーが掛けられていた。衣装タンスがない代わりにハンガーがあるということみたいだ。部屋は掃除が行き届いており居心地も良さそうに思えた。
「風呂ありの二食付きであの値段か。かなり安いな……」
普通の宿屋ではだいたい一泊5000ゴールドは掛かる。3000ゴールドで泊まれる宿屋もあるにはあるが、素泊まりかつ大浴場はもちろん机や椅子などもない、ただ寝るためだけの部屋のところばかりだ。そう考えるとこの宿屋はかなり安い。なぜこんなに安いのか気になるルイだったが、明日依頼を受けるための準備をするため頭を切り替えるのだった
「Fランクの依頼は日帰りで行ける場所ばかりだったから大きい荷物は宿屋に置いておくとして……」
ルイは討伐証明など解体した物を入れる革袋と採取物を入れるための革袋、回復薬に水袋と携帯食料を準備した。
「うーん、解体用のナイフはどうしようか? 戦闘で使う短剣でも解体はできるけど……やっぱり持っていこう。後は短剣を手入れしておけば大丈夫かな」
短剣の手入れを終えたころには食事と風呂の時間が来ていた。