第1話 冒険者登録試験
ファスベルト王国のとある地方都市。
盾と剣と杖が描かれた看板を掲げる建物の前に、一人の少年がいた。
少年の名前はルイ・エトワルド。夜空を思わせる紺色の長い髪と、夜空に輝く星を思わせる金色の瞳。ルイは男とも女ともとれる中性的な顔立ちをしており、男にしては160センチを超えた程度と身長が低く細身だ。髪の長さと相まって一目で彼が男だとわかる人は少なかった。
先程も道を尋ねたときに女の子扱いをされてしまい少し機嫌が悪かった。
「やっと冒険者ギルドに着いた。想像以上に大きい」
冒険者ギルドは周辺の建物と比べてかなりの大きさがあった。ルイはその大きさに圧倒されていた。
これだけ大きいということは冒険者の数も多いということだ。
少年は一度深呼吸をして落ち着いたところで、自分の頬を両手で挟み込むように数回叩き気合を入れる。
「よし、行こう!」
冒険者ギルドのドアを開けて中に入っていく。中に入ると喧騒が聞こえてくる。喧騒が聞こえてくる方を見ると、たくさんのテーブルが並べられており冒険者らしき人達が酒を飲み料理を食べているのが見えた。どうやらギルドの一部が酒場となっているようだ。
笑い声や怒鳴り声も聞こえてくるが、みんなどこか楽しそうにしている。どうやらこれが冒険者ギルドの日常らしい。
あたりを見渡すと壁の一角にある大きな依頼板が目に入り、ここが紛れもなく冒険者ギルドであることをルイは実感した。
ルイはギルドの受付を見つけそちらに向かう。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「はい、分かりました。では、最初に説明させてもらいますね」
「はい、お願いします」
対応してくれたのは眼鏡をかけた茶髪の真面目そうな女性だ。
「まず、冒険者登録は誰でもできる訳ではありません」
「え!?」
それは初耳だった彼は冒険者として登録するのには他の冒険者の紹介状が必要だったりするのだろうかと考えていると、受付の女性は説明をしてくれた。
説明によると、冒険者になるには実力を見るための試験を受ける必要があるらしく、その試験に合格した者だけが冒険者になれるとのことだ。不合格だった場合、三ヶ月間は冒険者になるための試験を受けることができなくなるとのことだった。この試験はある程度の実力がないとすぐに死んでしまったり、大怪我を負ってしまう人が多いため作られたらしい。あと試験で怪我をすることもあるが、怪我について冒険者ギルドは一切の責任を負わないとのことだ。
「とりあえずは以上となります。冒険者になった後のことは試験に合格してからになります。何か聞きたいことはありますか?」
「その試験はすぐに受けることはできますか?」
「はい、できますよ。これから試験を受けますか?」
「それじゃあお願いします。すぐに受けます」
「分かりました。それではこちらへどうぞ」
受付嬢の案内に付いて行く。案内されたのは冒険者ギルドの訓練所だ。訓練所は四方が高い壁に囲まれており一定間隔で魔法陣が描かれていた。ルイは魔法陣についてはあまり知らないため不思議そうに見ている。
「あの、壁に描かれている魔法陣は何ですか?」
「あぁ、あの魔法陣は壁の強度を上げるためのものですよ。ここは訓練所ですが有事の際の住民の避難場所にもなっています。そのため壁が壊れるのを防ぐために魔法陣で強度を上げているのですよ。他にも土の魔石を取り付けて強度を上げていますから、そう簡単には壊れません」
「へぇ、そうなんですね。魔法陣と土の魔石の併用ですか……」
「それでは私は試験官を呼んできますので、ここで少しお待ちください」
「分かりました。あっ、試験官が来るまでの間、軽く準備運動していて良いですか?」
「はい、良いですよ」
「ありがとうございます」
訓練所に一人となったルイは、腰に差してある二本の短剣を抜き軽く動き始める。
「よっ……ほっ……はっ……ふっ!」
ルイはいったいどんな人が試験官なのか考えていた。試験官を務めているのだから実力はかなりあるはずだ。今の自分がどこまで通用するか試すことができることに少年は嬉しく思う。試験は緊張するが、あくまで試験だ。実力を見るためにある程度は加減をしてくれるだろう、少年はそう考えていた。
そして準備運動を始めて数分後、受付嬢が誰かと供に訓練所に入ってくるのが見え動きを止めて入口の方を見る。
「お待たせしました。こちらが試験官のレイモンドさんです」
試験官として紹介されたのは、腰に長剣を差した身長が2メートル近くある筋肉がムキムキの髭の生えた厳ついおじさんだった。
身長が160センチを超えたくらいの細身であるルイは憧れの目を向ける。
ルイは元々、短剣ではなく剣を使おうと考えていた。しかし筋肉が付きにくい体質らしく、いくら筋トレをしても筋肉が付かなかった。そのため剣を扱いきれずに振り回されてしまうため、剣よりも軽い短剣を使うことにした。しかし短剣はルイの戦い方に合っていることが分かった。ルイ自身もそれを気に入ったため武器を変えたことを後悔はしていない。
しかし自身の体型をコンプレックスに思うルイはレイモンドの身体をキラキラした目で眺めていた。
「今紹介された通り、俺が試験官のレイモンドだ。お前が冒険者の登録希望者だな?」
「はい!」
「本来なら外で魔物相手に戦ってもらい、それを見て判断するが今日は外に行く時間がない。そのため俺と戦ってもらう。あまり簡単にやられるようじゃ合格はやれないからな」
「分かりました」
「それでは早速始めるぞ! サラ、試験開始の合図は任せた」
「分かりました」
そう受付嬢(名前はサラと言うらしい)に言うと、ルイから10メートルぐらい離れた位置に移動し腰に差してある長剣を抜き構える。そしてそれを見たルイも短剣を構える。
「準備はよろしいですか?」
「ああ、良いぞ!」
「僕も大丈夫です」
「それでは……始め!」
ルイはレイモンドを警戒しつつ、どう戦えば良いか考えていたが突如悪寒が走りとっさにその場から飛び退く。
その瞬間それまでいた場所からヒュンと音が聞こえ、ルイが目をやるとそこにはレイモンドが長剣を振るった姿があった。
飛び退いていなければ、今の一振りで斬られて試験は続けられない状態になっていただろう。そうなっていれば試験は不合格。冒険者になることができなかっただろう。そんな自分を想像してしまったルイは鳥肌が立った。
「ふん!」
レイモンドは手を休めず、さらに踏み込んで何度も切りかかる。ルイはそれを必死で躱していく。一度距離を取ろうとしてもレイモンドはそれを許してくれず、距離が詰められていく。
試験でこれほどの激しい攻撃を仕掛けてくるとは思ってなかったルイは焦る。
(このままじゃ何もできずに終わってしまう。試験なんだからもう少し手加減してくれても……って……試験、なのに?手加減?ああ、そうか。僕は油断していたのか。試験だから大怪我をするような攻撃はしてこないだろう、試験だから実力を見るためにある程度は攻撃させてくれるだろうとか……冒険者は常に危険と隣り合わせだ。戦闘で油断するような人はすぐに死ぬか大怪我を負ってしまう。そんなのは冒険者を舐めていると言われても仕方ない。
もう一度気合を入れなおして試験を続けよう)
気合を入れなおしたルイは必死に攻撃を躱しながらタイミングを窺う。
レイモンドが剣を突き付けてきたとき、ルイは二本の短剣を使って軌道をずらし躱した。そのとき少しレイモンドに間ができた。その瞬間を逃さずにルイは魔法を使う。
「【星魔法】流星!……あっ……」
星魔法の流星は自身の移動速度を上昇させる魔法で、流星の如く高速移動が可能になる。ただ、ルイはまだ制御が完璧にできているわけではないためあまり速く動くと壁や木などの障害物を避けたりすることができずに激突してしまう。そして少年は今、気合を入れすぎるあまり制御できる範囲を超えてしまっていた。
少年がまずいと思ったときには目の前に壁があった。
「グハッ!……ゴホッゴホッ、力が入りすぎた」
「はっはっはっ、なんだ、魔法も使えたのか! 制御はまだまだ出来ていないようだがな」
「そうですね。完璧に制御できたら良いんですけどね」
しかし今ので、少年とレイモンドとの間に距離が空いた。少年は一度深呼吸をする。
「次はこっちから行きます!」
ルイは制御に気を付けて動き出す。魔法によって上がっているスピードを生かして、一気に距離を詰めて斬り付けたがレイモンドは難なく防いだ。しかしルイも防がれるだろうと思っていたため驚きはない。防がれた後も手を止めず何度も斬りつけていく。しかしレイモンドは全て防ぎ一度も攻撃が通ることはない。
(正面からじゃ無理か。それなら!)
ルイはスピードを生かして背後に回る。そして刺突を繰り出したがレイモンドはルイの方を見ずに避けた。自分の方を見ずに避けられるとは思っていなかったルイは驚きに目を張った。そして驚きで一瞬動きが止まったのをレイモンドは見逃さなかった。
「――っ! やばい!」
レイモンドが振るった長剣がルイを襲う。反応が遅れたルイは避けられないと判断し、短剣を身体と長剣の間に持っていき直撃を防いだ。しかし力では敵わず吹き飛ばされ地面に転がる。すぐに体勢を立て直すがレイモンドは追撃をするため距離を詰めていた。
(くっ……ここは距離を取って態勢を整え……いや、ここは攻める!)
ルイは低い姿勢でレイモンドに向かって突っ込んだ。突っ込んできたルイにタイミングを合わせてレイモンドは長剣を振り下ろそうとした。
(今だ!)
ルイは短剣を一本レイモンドに向けて投擲した。レイモンドはルイに振り下ろそうとした長剣で短剣を弾く。ルイはレイモンドが投擲された短剣に意識が向いた瞬間に速度を上げて一気に距離を詰めた。そしてすれ違いざまレイモンドの足を斬りつけた。
(硬っ! 何、今の硬さ!? 防具のないところを斬りつけたのに、鉄を斬りつけたときみたいだ! もう一度斬りつけて――)
ルイはさらにレイモンドの後ろに回り短剣を振るう。しかし短剣がレイモンドに当たる直前、横腹に衝撃が走り吹き飛ばされた。もろに攻撃を受けたルイはすぐに起き上がれず咳き込んでいる。
そして首筋に当たりそうなところで長剣を止められた。
「これで試験は終了だ。なかなか楽しめたぞ」