うみのうた(上)
「緊急事態発生!緊急事態発生!各員第一種戦闘態勢へ移行してください」
作戦司令室は慌ただしい様子で人や声が飛び交っていた。
「第五防衛ライン突破!敵は守護神を越え乗り込むつもりです」
メインモニターに大きな影が写し出され、こちらへ迫ってくるのがわかる。
「十五年ぶりらしいな、、、」司令官らしき者が呟いた。
良く晴れた夏の日、白河ハルトは実家の農作業を手伝いながら夏休みってなんだっけ?という思いにふけっていた。
夏休みと言えば晴れ渡る空、緑は生い茂りこんな日にすこし離れた都会へ行き、映画館や喫茶店でジュースを飲みながらカップルたちは楽しんでいるのだろう。
終業式後の教室での恋人がいなくても友達を集め海水浴やキャンプに出掛ける話題で夏休み前に盛り上がっているグループがいた。こんなにも夏が嫌いになるとは去年までは思わなかった。
今年、十五歳の誕生日を迎える前日にハルトは夜遅くまで起こされていた。
普段なら早く寝るようにとどやされていたのだが、どう言う訳か起きていることを思いつめた表情の父親から厳命されていた。
それから夜になり、気になることは父親のテンションだけはべらぼうに高く終始落ち着かない。
さっきから時計をなんども見ては落ち込んだり驚いたりと気持ち悪かった。
そして十二時の鐘が鳴り家族の皆がお祝いを言ってくれる中、父親は立ち上がりハルトの腕をつかみ「ちょっと来なさい!」いきなり外へと連れ出そうとする。
いきなりのことでハルトも抵抗するが本当に拒否する理由もないので結局外に連れ出されたが、街頭もない田舎の夜に懐中電灯も持たずにどこへ向かっているのかわからないが父親の足取りから目的地は決まっているようだった。
そしてある石像の前にたどり着く「よし、これで、、、」父親はハルトを石像の前に立たせ後ろから左手で肩を掴みもう一方の手で手首を掴むと石像の口のような場所に誘導する。
「親指でこの凹みを押しなさい」いきなりそんなことを言われてもハルトは底知れぬ恐怖に身を強張らせ全力でこれを拒否する。
「いやだよ、放せよ!」なんの説明もしない父親に最大の恐怖を覚え逃げようとするが父親は強引に腕を押し当てる。さすがに大人の力にはあらがえず簡単に親指が凹みに触れてしまった。
その瞬間、親指に痛みが走り触れたと分かった父親が力を緩めその拍子にハルトはしりもちをついてしまった。
「いってー」お尻も痛いが親指が気になり見てみると針で刺されたようで血が少し出ていた。
「今日からお前が白河家の当主だ!」父親は息子の身を案じることなく肩を軽くたたき謎のセリフを残しスキップしながら帰って行った。
あまりにも突然のことでしばらくハルトは地べたに座り込んでいた。だれもいないどころか街灯すらないない場所で微かに誰かの話し声が聞こえた気がした。
虫の鳴き声にしては奇妙だったので、ハルトは幽霊的なモノを想像しあわてて家に帰ったのだ。
そして次の朝、父親の姿はなく一通の手紙だけが残されていた。その手紙を要約すると「今日からお前が当主だ、とーちゃんは今日から海外で人類学の調査をするのでしばらく帰らない」と書かれてあった。それと最後に当主について詳しくは祖父に聞くようにと記されてあった。
そう書かれてあったのでそうすることにした。
「まずは元服おめでとう、ハルト」元服ってなんだ?とハルトは思った。
「当主じゃないの?」
「まぁウチでは同じことよ」そう言うと祖父はあらかじめ用意しておいたであろう一つの巻物を取り出し、中を見せてくれたが古い文字らしくまったく読めなかった。
それを察した祖父は一つ咳払いをしこう言った。
「白河家当主は隣人を生涯大切にすること」
「白河家当主は隣人との約束を必ず守ること」
「白河家当主は当家から遠く離れることがないこと」
「白河家当主は家業を継ぐこと」
ほかにもあるが今日は止めておこうと祖父は言った。そしてハルトは家業を継ぐためその日からすこしずつ農業の手伝いをすることになり、夏休みに入ってからは毎日手伝わされている。
最初はハルトも抵抗したがハルトは母親から現実を突きつけられる。もしあの家訓的なものを破ると恐ろしいことがあると。
「おかあさんも詳しくは知らないんだけど…」と母は話してくれた。
なんでも祖父は本家の人間ではないらしく、かつては大地主だった白河家がその当時の当主が突然家出をしてしまい。それを期に土地は枯れ農地を貸すことだけで贅沢していた本家は大混乱、本家に男子は逃げた長男のみしかも跡継ぎは男子と決まっていたその昔、苦肉の策で仮として選ばれたのが祖父だった。
しかし本家の人間は特に農業をやっていなかったのと貯えもあまりなかったので働く場所を求めこの土地からみんな出て行ってしまったそうだ。
いままで祖父が大切にしてきた土地が枯れてしまう。優しい祖父が好きだったハルトは家訓を守ることを決意するが、夏休みになりその決意は早くも崩れ去ろうとしていた。
当主になってからと言うものあんなに優しく孫に甘かった祖父はコロッと変わり、なにかにつけては「当主になったからには~」が口癖のように厳しくなってしまった。
「当主になるのが十五歳って早すぎ…せめて成人してからじゃないのかよぉ」と母親に愚痴を言うと、最年少で十五歳なだけであって十五歳になったからといって当主にならないといけないわけじゃないと聞いて父親に初めて殺意が湧いたが遠い外国にいる父親はあまりにも別次元すぎて怒りの矛先が見当たらずモンモンとした日々を過ごしていた。
そんなある日の夜に二階の自分の部屋でくつろいでいると突然どこからか自分を呼ぶ声がした。けっして家族のだれのものでもない声、ハルトは不気味に思ったので気づかないふりをする。
しかしとうとう窓からコツっとした音が聞こえた。気が進まなかったがもしかしたら友人がコッソリ遊びに来たのかと希望を持ち、ハルトはおそるおそる窓を開けた。
窓を開けるとそれはいきなり家の中に入ってきた。動物のように何食わぬ顔で入ってきたそれは人間の様だが人間にしてはあまりにも小さく、人間ではないとハルトは直感し腰が抜けそれを見ながら硬直してしまった。
「夜分遅くに失礼します。わたくしドングリ王国の交渉役を務めさせていただきます。ネゴと言うものです」たしかにドングリっぽい頭だなぁとハルトは思っているとそれはゆっくりと近づき右手を差し出した。
その時ハルトは小さい悲鳴を出してしまったが出された右手が握手を求めているものだと気づき握手をするといきなりフラッシュが大量に焚かれ完全に固まるハルトをよそにテレビクルーのような連中が現れリポートまで始まった。
まるでどこかの国の首脳たちが会談場で握手をした時の様にいつかテレビで見たときと同じ感じになっている。
「騒がしくてすいませぬ」気にしないでほしいと言われても突然現れた彼だけでも驚きなのに大量に現れたものだからハルトは完全にどうすれば言いのか混乱していた。
そして握手していた右手の親指にチクッとした痛みが走り何事かとみてみると何かの書類に拇印を押させられようとしていた。
さすがに今回は腕を引き抜き、完全に拒否できたがまさかのデジャブである。
「緊急事態なのです!ハルト殿!」ネゴは真剣なまなざしで訴えた。
しかしハルトは自分が拇印を押させられそうになっていた書類には二十四時間防御壁として白河ハルトを借用する旨が書かれていたのにハルトは疑いの視線を送る。
それに気付いたのか書類を素早くしまい助けてほしいと話し始めた。
今日の昼間に人間がドラゴン引きつれて自分たちの王国を襲撃し、去り際に再度くると言って帰って行ったらしい。
ドラゴンってなんだ?そんなものは存在しない空想上の生き物でありえない話だ。しかし彼らの存在もありえなく、もし仮に彼らの話を真に受けたとしても自分には対処できない事柄だと彼らに話した。
「我らと白河家の契約を反古にするおつもりですか?」ハルトは小さい彼から不吉なオーラを感じ取った。
「まず君らはなんなんだ?」ハルトはいったん流れを切り説明を求めた。
「我々は白河家の隣人です」彼はたったそのセリフだけを言った。祖父が言っていた隣人と言う言葉に疑問があった。そもそもこの白河家には隣家はない。一番近い相川さん宅まで2キロはある。
ハルトはなんとなく分かった。当主になった日に祖父に言われた言葉を、そしてそこに出てくる隣人とは彼らのことなのだと…
「第1条第1項 甲が危険に陥った場合、乙は全力を持ってこれに対処する!」ネゴが急に高々と声を上げ、契約書らしきものを読み上げる。
ハルトはただならぬ恐怖を覚えた。もし仮に自分が彼らの力にならなかった場合、祖父が大切に育てている作物はどうなってしまうのだろうか?
ハルトはやはり大好きな祖父を裏切ることはできない。自分に出来ることはやってみようとおもうのである。
次の日、ハルトは祖父に当主の仕事がある旨を恐る恐る伝えると「了解した」と簡単に農作業を休ませてもらえた。
祖父は当主の仕事やドングリたちのことをどれほど知っているのかと聞こうとしたがそうそうに仕事へ行ってしまい聞くことはできなかった。
「それでは基地防衛を司っています隊長を紹介いたします」そうネゴが言って紹介されたのは髭を生やしたドングリ星人だった。
ハルトはまずドングリ王国について説明を受ける。彼らの王国は地下にあり最上部に位置しているのが基地であり、その下に商業地区と一般のドングリが暮らすスペース、そしてそのさらに下に王族たちの住まいである王宮がある。
基地にいる隊員は王国を守る為、対ドラゴン対策を外に配置して敵の侵攻に備えるのが本来の任務であり、あくまで交戦はしないそうだ。
むしろ彼らは戦うこと自体出来ないそうで長らく相手を攻撃するような武器や行動自体の発想すら皆無だそうだ。
「俺は何すればいいんだ?」そう言うと早速隊長が対ドラゴン対策の増設を手伝ってほしいと提案してきた。
「本来ならニ週間と非常に長期間の工事が必要なんだが~」結構な数の隊員たちが様々な機材や資材を携えていた。
「目的地へ向け行軍を開始する」隊長のすがすがしい号令により隊員たちはきれいに整列し行進していくがハルトにはかなり遅いそれもそうだ、彼らは人間の赤ちゃんよりも小さく手足も当然短い。
午後一から敵が来るらしいが間に合うのだろうか?ハルトは心配になった。
「ぜんたーい、止まれ!」いきなり止まったのでハルトは隊長になにかあったのかと尋ねた。
「小休憩ですぞ」軽く額の汗をぬぐいながらすがすがしく言い放った。人間からしたら少し進んだだけである。
「ちなみにどこが目的地なんだ?」隊長はここから五百メートルほど離れた杉の木を指さした。
もしかしてあそこに行くまでにどれだけ時間が掛かるのだろうか、さらに不安になったハルトは大急ぎで家に戻り台車に籠を乗せ大急ぎで隊員たちのもとへ戻った。
「俺が運ぶからこれに乗ってくれ」そう言うとドングリたちに了承を得てから彼らを一人ずつ台車に乗せた。
彼らは思いのほか軽く慎重に持ち上げないと怪我をさせてしまいそうで全員を乗せるに時間が掛かってしまったが無事目的に当初の予定より早く到着した。
「ハルト殿はすごい頭脳の持ち主ですな~」やご機嫌な会話が止まないのは台車が気に入ったようで詳しく見ている。
隊長の掛け声とともに隊員たちは何かを作り始める。
ハルトはネゴに何を作るのか聞いてみると「ドラゴンバリアー四号です」というがネゴも良くわからないようだった。
透明な容器を組み立て、その周りに足場を組み始めた。そして透明の容器に謎の液体を注ぎ始めると出来たのがどう見ても世間でネコ除けと呼ばれるものだった。
「これって、ネコ除けじゃない?ドラゴンって猫のこと?」ハルトは素直に聞いてみる。
「ハルト殿、ネコ除けは非科学的でまったくネコ除けの効果はないんですよ」少し冷めたような目線でネゴに言われてしまった。
なぜか釈然としない雰囲気に悩みつつ「ドラゴンバリアー四号」の制作を手伝い。次のポイントへドングリたちを再び台車に乗せ運んだ。
次に向かったのはドングリたちの基地がある付近に山道がありその脇の草むらが「ドラゴンハングリー」と呼ばれる対策地だった。
そこにはいわゆる犬用のおやつ的な骨があった。ドラゴンは犬なのか?疑問が尽きないが骨にドラゴンを誘惑するエキスを塗布する手伝いをした。
「ちなみにこの液体はなんなんだ?」
「それは我々ドングリの汗です」どうやらドラゴンはドングリの汗や体臭に食欲を刺激される様でドラゴンにとってドングリは大好物らしい。
「これにてドラゴンハングリー改の完成ですぞ」隊員たちから歓声があがった。
時間が余ったのでハルトは一度家に戻り早めにお昼を済ませているとテーブルの下から突然ネゴがやってきた。
「ハルト殿敵襲です!」
危機せまる様子でネゴがやって来たのでいったいどこから現れた、という突っ込みは置いておいてこれは一大事だとハルトはネゴを連れ大急ぎでドングリ王国へ向かった。
そこにいたのはハルトと同じクラスの「赤石 ミドリ」だった。彼女がドラゴンなのか!?
ハルトは戸惑いネゴに尋ねると「違います!あの白いのがドラゴンです!」と大声で叫ぶ、そこには犬がいた。どうやら犬はドラゴンハングリーに夢中のようでリードを引っ張っている。
次第に石像に夢中になるミドリはリードを放してしまい犬はドラゴンハングリーに一目散で向かっていった。
ここで危機は去ったようでハルトとネゴは落ち着きを取り戻すがミドリは次の行動に出る。
「記録用に写真撮っておかなくちゃ」ミドリは石像の写真を撮り始めるとネゴが悲鳴をあげる。
「破壊光線だー!」ネゴはハルトの頭の上で混乱して踊り始める。
「ネゴ!いったいどうした?写真がやばいのか!?」
ネゴを両手で抱え訳を聞くとドングリ星人は写真のフラッシュに当たると毛が抜けひどい脱力感に襲われるそうだ。
「国家崩壊の危機だー!」かなり動揺するネゴを見てハルトは行くしかないと走り出す。
少し話が変わるが、この地方はかなりの田舎で小中と学年にクラスは一つ、クラスメイトは変わることもないし近所を歩いても知り合いしかほぼいない。
そんなハルトが人見知りだと実感したのが彼女、赤石 ミドリの転入である。
彼女は両親の都合で中学一年の途中からハルトと同じ学校に通うようになった。
初めての転校生にクラスメイトは賑わい皆がミドリに話しかける中、一人だけ話しかけることができなかったのがハルトである。
ミドリは都会から来たのでみんな都会の話題を聞きたくて毎日のようにミドリの周りに集まり話をしていたが、相変わらずハルトは話すことなく中学を卒業する。
それは高校に上がり、たまたま同じクラスになっても変わらなかった。
高校はここから少し離れた隣町にあるのだが、知らない人間も当然増えるが元々の友人もいるのでいままでとあまり変わりない生活を送っていたハルトは人見知りを解消することもそれを悩むこともたいしてなかった。
ハルトにとって世界で一番苦手な人間が赤石ミドリだった。
「あ、赤石さん!」それでもネゴたちの動揺に切羽詰ったハルトはミドリに話しかけた。
しかし、話しかけミドリから挨拶されたがなにも話せず固まるハルト、いったいどうしたらいい?そんなことばかり頭に渦巻さらに時間が進む、時間が進むとさらに話すタイミングを逃してしまう。
「どうしたの白河君?」ミドリが優しく話しかけるがハルトは言葉を発することができなく、五分が経過した。
「なんだかわからないけど、私帰るね」ミドリが申し訳なさそうに立ち去ろうとしたところで、これだけは伝えなくてはとハルトが何とか言葉をひねり出した。
「あ、あかしさん!写真、ここうちのだから!やめてほしぃ、、、」
「ここって白河くん家の敷地だったの?ごめんなさい、わたし気づかなくて」深々と頭を下げ写真を消すところをハルトに見せ、ごめんねと謝りながらミドリは帰って行った。
「はぁ~」地面に腰を落とし、なんとか危機を脱したハルトはネゴがいないことに気が付く、さっきまで肩の上に乗っていたような気がしたがいつのまにかいなくなっていた。
「おーいネゴー」呼ぶとすぐに草むらからネゴは現れた。
「どこ行ってたんだ?」するとネゴはドングリたちのルールには白河家以外の人間に姿を見られることを禁止されていると話した。
そもそも地上での活動自体、彼らにとって危険があまりに多くの人間に存在を知られるのはあまりいい結果を生まないだろうという意思がある。